イルム王国編14 学園都市1

 ミルニスの北部に市場と役所がありますが、今回そちらには行きません。現在、宿所となっている街の南側にある学生宿舎から中央部にあるミルニス学園まで徒歩で移動します。


 学生宿舎の周りは大体、砂です。赤茶けた砂以外何もありません。たまに学生が畑を作ろうとして放棄した跡がまばらに見えるぐらいです。ミルニス学園から南は馬車での移動が禁止されており、ミルニスを馬車で移動する場合は、街の外周をぐるりと周り、北ミルニスの大通りを進む必要があります。そのため、南部にある宿舎からミルニス学園までは歩いて行く必要があります。学園の北門だけは馬車が出入り出来る様にはなっているようです。


 ミルニス学園はミルニスの市街部の大半を占めており、イルム王国最大級の王立教育施設だそうです。そのためミルニスは学園都市とも呼ばれているそうです。今回は学園長に表敬訪問と言う形で学園に入ります。これだけ広いと学園長はミルニス太守より偉い気もしますが、そうでは無いそうです。


「ところで学園の許可は得ているのでしょうか?」


 少し不安になって尋ねました。


「もちろん、そんなもの取っている訳ないでしょう」


 筆頭書記官のお言葉です。


「そ……それは流石に不味いのでは無いでしょうか……?」


 エレシアちゃんが不安そうに言ってます。


「問題ありません。いざとなったら強行突破です」


「さすがに、それは辞めてください。千人長に怒られます」


 百人長が泣きついています。


「冗談ですよ。ちゃんとアポは取ってありますよ」


 筆頭書記官は笑いながら学園の入口の前に立ちます。


 学園の中に入ると樹木が道を作っていました。この辺りで樹木がこのように並んでいるの風景は非常に珍しいです。その貴重の樹木の木陰にいくつかの長椅子が置いてあります。その長椅子にはポツポツと学生が座っていました。大体、本を読んでいるか日なたぼっこをしていました。


 学生と言っても年齢はまちまちの様です。あどけない少年から髭の生えたおっさんまでいました。その大半は白い服を着て、頭に白い帽子をつけていました。もちろん筆頭書記官は獲物が居ないか物色しています。


「白は学生の象徴だよねぇ」


 百人長が言います。ちなみにミルニス学園では、学生は白い服を来て教師は黒い服を着るそうです。白には未熟と言う意味があり黒は習熟したと言う意味があるからそうです。もちろんこれは原則であり他の色を着ている生徒や教師もいます。


 そのまま樹木路を通過して中央の建物に向かいます。学園の中には似たような建物が整然と並んでいますがその中央には、ひときわ高い尖塔のある建物あります。この建物が学園の中心部で、そこに学園長室もあるそうです。


「それでは学園長に挨拶しに行きましょう」


 筆頭秘書官が、尖塔のある建物で門番に話しかけています。


「では許可が取れました。エレシア殿下参りましょう」


 中に入ると白い髭を生やし黒い服を着た教師らしき人がやってきました。


「これは、これは、エルフの王国のお偉い方様。ようこそミルニス学園へ。それでは私が園内を案内させていただく教師のウラトゥと申します。私は勤続30年になりまして、この学園でもそれなりの実績を残していると自負しています。学園長を決める時は是非推薦を……」


 ヘラヘラしながら教師が語りかけてきます。


「え……えっと、エ……エルフの王国は、他国の教育に干渉するつもりはないので……」


「まぁそれはしょうが無いですけど、是非に一筆お願いします。サインでよろしいので家宝にしたいと思いますので」


 紙と筆をいきなり渡してきました。ゲスな教師です……いや教師と言う職業が恐らくゲスな職業なのでしょう。


「こういうモノのは受け付けておりませんので」


 筆頭書記官が紙と筆を突き返します。


「……少しぐらい書いてくれても減るモノじゃ無いのだけどなぁ……」


「学園長に申しつけますよ」


「は、はい……こちらに着いて来てください」


 教師が建物内を案内します。どの部屋も大体、一部屋数十人から数百人は入れる大きな部屋ばかりです。前方には板書板が建ててあり、その前に台があります。そこから後ろ向かうと階段があり段々に長机と椅子が置いてありました。闘技場の一部を切り取った感じでしょうか?


「今日はどこも休講なんですよ。やっているのは一部のゼミぐらいですよね」


「あ、ここは講義をしていますね。静かにお願いします」


 講義をしている教室の前を通る『こんな事も分からないのかクズ共』『2+3と3+2が同じわけがないだろ、馬鹿!』などと言う罵声が飛んでいました。こういう場所に居ても気分が悪いのでさっさと立ち去ります。……しかし頭が悪そうな罵声です。


「今の罵声はどなたでしょうか?」


「この学園でも有数の教師の一人だ。専門は算術だな」


 算術と言うものを知らないのですが、恐らくこの教師が数学を全く理解していない事だけは分かります。やはり教師と言うものはクズの様です。


 そのまま建物内をジグザグに移動し、下の階から上の方に移動していきます。どこも同じ部屋が並んでいました。もっと高度な勉強をする研究室と言うものはこの建物には無いそうです。教員室もここでは無く研究室のある建物にあるという話です。建物の数が沢山あるので基本的には東西南北と数字で建物を区別しているそうです。


 途中で、『やべー外で寝てたら授業開始の時間が過ぎてるじゃねぇか、なんで生徒が呼びに来ないんだ。後で罰ゲームだ』と叫びながら黒い服を着た男が頭の悪くなりそうな臭い呼気をまき散らしながら走っていきます。


 私達は啞然としながら駄目教師を見送りました。


「ここが学園長室になります」


 尖塔の中央にある大きな部屋が学園長室です。教師がぶっきらぼうに扉を開けると中では学園長が紙に筆で何か書いている途中でした。学園長は黒い髭を蓄えており、黒ではなく赤い服を着ています。服には金銀の糸で施された刺繍がされていました。見た目はここに居る教師より若い感じです。筆頭書記官の言うには見た目40ぐらいと言う話です。


「学園長、忙しかったでしょうかぁ?まぁ大丈夫だとは思うけど」


「ウラトゥ君、ドアを開ける時はノックしなさいと何回言ったら分かるのかね」


 学園長は筆と紙を片付けながら言います。


「これは、これは、ノックは3回でしたね」


「そんなルールは無いだろ。これだから近頃の年寄りは、すぐ切れるし、適当な嘘を平気でつく……。2回でも3回でも良いからとにかく用事が有るときはノックをしたまえ。……それから、ここから先は、客人はわしが案内する。君は、どうせ余計な事をして迷惑をかけていたのだろう。君はさっさと仕事に戻りなさい。まぁ何時もの様に仕事もサボっていたのでしょうけど。」


「そんなことはしてませんよ」


 ――しっかり、失礼していましたよね……。


「それでは、ここは学園長の面子を立てて私は戻りますねぇ。用事があったら私の部屋にいつ来ていらしても構いません。私は西3研究棟のウラトゥ書字科研究室に居りますので」


 そういいながら教師が出て行きます。そこには絶対いかないでしょう。


「は……初めまして、エルフの王国から来たディルミス公爵が娘エレシアと申します」


 エレシアちゃんが学園長に挨拶をします。


「これは初めまして、公女殿下。私が、ミルニス学園の学園長をやっているドラグだ。元々は国の中央で法学官をやっていてだな。まぁここには栄転……分かりやすく言うと左遷だな。まぁ現宰相による報復人事でここに居るわけだ。先程も見たようにここの教師は難があるのものばかりだろう……人間としてもクズだけどねぇ……まぁ、まともな人間ならここで教師になどならずに王宮や地方で法学官になっているから当たり前だけどな。そういう私もこの学園を卒業した身なのだが……」


 学園長が自嘲気味に言います。

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