イルム王国編15 学園都市2


「こ……この学園では何を教えているのでしょうか?」


「この学園で教えているのはマースドライア教の教典の解釈の方法だよ。ミルニス学園は、元々法学官を養成するための学校なのだ。ここで学んだ学生の中で優秀なモノは法学官となり国政に携わる。そこそこなモノは学園で学んだ書字、会計の知識で市井の大商人に使えたり、地方太守の補佐をしたりする。中には冒険者になったり、起業するものも居るな。そして、一番の無能は楽士か教師になる訳だ」


 学園長が陽気そうなトーンで言っています。


「ぐ……具体的にはどのような事を」


「そうだな。まず読み書きと算術。これは最低限たたき込む。そもそも読み書きが出来なければ本を読むことが出来ないからな。それから算術。金勘定が出来ないものに国政など任せられないからな。それから教典の暗記だ。マースドライア教の教典を暗唱できなければ法学官の仕事は出来ないからな。ここまでが準備過程と言うやつだ。実は、この建物では準備過程のみをやっていて応用課程はやっていない。準備過程は、教師の中でもさらにろくでも無い連中が集まっているからな。そして準備過程は最大6年もある。もっともこの課程は家でも出来ることしかやらんので、大商人や太守の子なら準備課程をすっ飛ばして応用課程から編入することが多いな。まぁクズ共に教わっても時間の無駄だし一般家庭でも応用過程から編入を選ぶものも割と多いはずだ。そして準備過程を修了すると応用過程に入るわけだ。応用課程では昔の判例の研究や錬金などの技術などを学ぶ場所だ。応用課程は専門分野が多く、授業内容も細分化されているから授業は選択制になっている。応用課程は概ね3年だ。ちなみにこの学園の応用課程には文学や歴史を主に研究する史文部、魔術、錬金、農学、医学など研究する工芸部、音楽や芸術を専門に行う楽芸部、教典研究を専門に行う法部の4つがある。複数の部を掛け持ちする事も出来るが、一番人数が多いのが数だけ多くて無能の集まりたる史文部だな。この学園の全体6−7割が史文部を専攻する。1−2割が工芸部、1割が楽芸部だな。法部は特別な試験に合格しないと専攻できないので全体の1%ぐらいしかおらぬな……。ちなみに私はかつて法部と工芸部に所属していた。法部の数はもう少し多くても良いと思うのだがな。法学官はいつも人が足りていないのだよ……。——まぁそれはおいといて学園の中を案内しよう」


 学園長は立ち上がると部屋の外に出ました。その前に学園長は百人長は学園の外で待っている様に言い含めていました。仮にも、名目上でも、一応、勉学の場所と国が指定しているからには兵隊が許可無しに入るのは法違反になると言う話をして学園の中には入ってはいけないと言う事を説明していました。イルム王国の法では学園法は軍法より上に来るので学園内で護衛を外れても軍規違反にならないと言う説明をしたら納得して外に出て行きました。これは学園長が法学官と言うのも大きそうです。


「それではまずフェルパイアでも最大級と言われるミルニス学園の図書館にお連れしよう。ミルニス学園の価値の半分はこの図書館にあると言っても良い。教師の話を聞く時間があるなら図書館で本を読むべきだからな。だがしかし試験期間以外、あまり使われていないの現実だが……」


 その図書館は大きな立方体の形をしていて白い壁で覆われていました。フェルパイア独特の建物の構造をしておりイルム王国独特のガラスで覆われた建物では無いようです。フェルパイアの一般的な建物の構造をしているので中央に中庭がありそこから採光して居るようでした。


「図書館は本を保管するところだからな。日が入りすぎると本に良くないからこういう建物になっている。この図書館を廻ると一月でも足りないからな。一番大きなフロアに案内しよう」


 もしかして教典について調べられるかも知れません。それから魔道書などもあるとうれしいです。


 学園長の言うフロアに着くと壁面に本棚が沢山ならべられており、そこには本がぎっしり埋まっていました。中央部には読書用の机が並べられており、そこには乱雑に本が置かれていました。


「……これは呼んだまま片付けていないな。一体司書は仕事しているのか……。それより本を読みっぱなしの学生もどうにかしないと行けないな……」


 学園長が独りごちてこました。


「こ……これは、何でしょうか?」


 エレシアちゃんが机の上に置いてある本の一冊を持って学園長に尋ねます。


「これは法学書です。マースドライア教の法学官の解釈や判例をまとめたものです。その中でも相続法を体系的にまとめ上げられている本です」


「相続とは何でしょうですか?」


「誰が亡くなった時、その財産を誰が引き継ぐことです。相続の決まりがしっかりしていないと財産を廻って殺し合いにもなりかねませんし、場合によっては戦争になることもあります。そのために教組マースは、神から啓示を受け、相続に関する決まりごとを教典に書き残したのです」


 人間さんの世界ではそう言う習慣があるのでしょうか。そもそも《里》では相続と言う概念がありません。まず相続になる状況がまずありません。相続になる状況になっても親戚一同独立しているので財産を所望する人が居ません。そもそも、そうなる前に保管に困って《里》の図書館や倉庫に寄贈してしまうケースが大半です。おかげで《里》の図書館には整理切れないぐらいの大量の本が転がっていますし、倉庫にはいつ誰が置いて行ったのか分からない魔道具や武器などが一杯転がっています。寄贈したこれらの物品は欲しい人が持っていっても構わないです。私が腰にぶら下げている剣も恐らく昔誰か寄贈した一振りの剣だと思います。


「そ……相続は重要ですね。と……特に王位継承権などは……」


「エレシア殿下……それは……」


 センシティブな話題と思ったのか筆頭書記官が止めに入ります。


「ああ、それは良いテーマですね。ここに教典を元にした王族に関する相続法の解釈が書いてあります」


 学園長が一呼吸おきます。


「その前に基本的な相続法について説明します。これは教典に書かれている。マース曰く『親が子に財産を分け与える時、子にその財産を等分せよ。ただし女性もしくは正妻の子意外、奴隷の子も含めて半人として計算する』あります。この解釈は財産の合計を嫡出子は1、非嫡出子、奴隷の子、女性は1/2として計算し、その合計をで割ったものにそれぞれの配分をかけたものを基準の相続額とします」


「そ……その、ざ……財産には単純に足せないものもありますよね……」


「ええ、土地、家畜、世襲の権利などは単純に財産に計算出来ないものはかなりあります。これについてもいくつかの算定法があります。ただし、最後は金銭で清算するので幾らで算定するかは法学官と鑑定士が決めます。相続にはこの2つは必須の職業になります」


「それ……れでは、王位はどう換算するのでしょうか?かりに王様の財産を分割してしまうと国が弱くなってしまう気がするのですが……」


「王位に関しては『義務負債説』を採用しています。世襲の権利がもたらす義務が負債になると言う考えで、これは500年程前にドレン法学官長が提示した説になります。イルム王国ではこの『義務負債説』で王位の価値を計算しています」


「そ……それで王位の価値はどれぐらいになるのでしょうか?」


「マイナスになります。つまり王位を相続すると負債になると言うことです」


「い……今の国王陛下の場合はどうなるのでしょうか?」


「4人まで妻として持てると教典にありますので陛下の第4夫人の王子までを嫡子と扱います。それ以外の王子は非嫡出子としてカウントしています。現王の場合は、正王后、右王妃、左王妃の王子だけが嫡子として認められています。正王后に王子は居ないので、現右王妃の第五王子と現左王妃の第八王子が嫡子としてカウントされています。この2人が自動的に次期王位継承権の第一になります」


「う……生まれた順は関係ないのでしょうか?」


「神はそのような事を取り決めていないので、順番は関係ありません」


「正王后、右王妃、左王妃だと3人ですよね」


「実は、夭折した前左王妃がおりまして、それを加えて4人としています。この様な場合、前妻に存命の子が居ない場合は除外し、居る場合は加算するとしています。前左王妃には存命の王女がいますので、4人の中に含まれています。これは過去に離婚と結婚を繰り返し嫡出子を増やした法の悪用があったのでこのような解釈になったと聞いています。あのケースでは八人の妻を持ち、1年ごとに離婚と結婚を繰り返し全員一度は正妻であると主張したケースだったと思います。詳細は、『イルム王国判決集相続法編』に書いてあります」


 そのような本を読んでいる時間は無いので多分読みません。


「ところで教典はどこにあるのでしょうか?」


 本棚をぐるりと眺めてみましたが、マースドライア教の教典の様なものは一つのありませんでした。教典の一部を詳細解説しているような分厚い本がいくつもあるのに教典だけが見つかりませんでした


「教典は準備過程で暗唱しているから不要だろう。不要なものだからおいていない訳だ」


 ここでもマースドライア教の教典を探すのは難しい様です。

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