イルム王国編7 街道の盗賊2

 準備が出来たようなので、アラワシを通した上空から盗賊の様子を眺めています。


 前方に盗賊が立ちはだかり、後方から馬車が見えるギリギリの所を馬に乗った集団が一定間隔を開けながら進んでいました。前方の盗賊の左右の窪地の様な所にそれぞれ30人ほどが臥せっています。前方の盗賊の中には黒いローブと黒い布を頭に巻き付けた魔法使いらしき人も混じっていました。杖を撫でながら呪文を復唱をしているようでした。《遅延術式》でも使っているのでしょうか?《遅延術式》とは魔法をあらかじめ詠唱し、発動直前の状態で待機させておくことであたかも同時に複数の魔法を放っている様にみせるギミックだと思いました。しかし普通10や20ぐらいの魔法なら同時発動できるはずなので余り意味が無いギミックな気もします。この間同時発動を実験したときは100同時もできました……。しかも《遅延術式》で待機させる魔法はあらかじめ相手の動きを読んで準備しないと行けないはずです。不要な魔法は発動前に破棄しないと行けなくなるのでかなり無駄に魔法を唱えている可能性があると思います。初手で複数の《火矢ファイアーアロー》を飛ばして威嚇でもするのでしょうか?後はシールド系の魔法をいくつか待機させているようです。接敵したら仲間にかけるのでしょう。しかし、あのような弱い盾では清掃係の石つぶては防げない気がします。——などと様子見していると下っ端の盗賊らしき声が聞こえてきます。


『それでそのエルフ達は捕らえるだけで良んですかい』


『賓客として扱えと言うのがお頭からの命令だ。余計な事はするなよ』


『賓客ですかぁ……奴隷として売り飛ばした方が実入り良くないですかぁ』


『エルフの奴隷は高く売れるけどなぁ。エルフを奴隷にするのは禁止されているだろ。そうすると闇市場から流すしかないがそこから足がつくから駄目だ……』


『しかし、なぜエルフを奴隷にしては行けないでしょうねぇ』


『アルメノンは知っているよな?』


『へい、ハーフエルフの国ですよね。それとエルフを奴隷にして行けない事がどう結びつくのでしょうか?……ああ……それをお上は恐れているのですかぁ……もったいない……』


 ……などと話しておりました。


 それはさておき、北側の兵隊達の様子も見てみます。ここから1/8エルフ里(約500メートル)ぐらいの場所で兵隊が行軍演習をしている様です。1/8エルフ里と言うと《飛翔》で一歩の距離です。相当近くに展開していました。荒れ地の中に演習場の様なものがあり兵隊達はその中で武器を磨いて、靴の調子をチェックしていました。その中の斥候兵らしき一名か二名は遠めがねで、街道の方をじっと見つめていました。遠眼鏡が見ているのは馬車の様です。


 アラワシを街道の上空を旋回させておきます。後は街道沿いに居る動物が居れば、それとも《感覚共有》したいところですが、兎とか狼みたいな丁度良い動物が近くに居なかったので諦めました。


 馬車が前方の盗賊に接敵します。盗賊の集団の中で何故か寒空の中で半裸で、巨大な斬馬刀を持った暑苦しそうながたいの良い男が前に出てきて大きな声で口上を述べます。


「死にたくなかったら、武器を捨てて降伏しろ」


 暑苦しい男の後ろで何人か盗賊が弓を構えて馬車に向かって弓をつがえています。黒いローブを着た魔法使いはどうやら精神統一しているようです。それを見た御者達が馬車を止めます。馬車からは右のエイニアと会計が降りてきます。


「あんだ、気持ちよく寝ていたのに」


 右のエイニアが言います。


「武器を捨てて大人しく投降すれば命だけは助けてやる……げ、護衛もエルフか……奴隷商には売れないな……まぁ楽しんだ後闇市場に流せば良いか……」


「あんな粗忽者のエルフの買い手とか居るのですかねぇ……後、お楽しみも駄目ですよ。お頭に怒られますから」


「面倒な掟だよな……」


「三不の掟は絶対ですよ。これがあるから我が盗賊団は百年続いている訳ですから……」


「お頭怒らすと怖いしなぁ。首が飛ぶだけですめば幸いでしたってなるからなぁ」


 暑苦しい男が肩をすくめます。


「粗忽モノがなんだって?」


 いつの間にか右のエイニアが暑苦しい男の前に立ち、下から舐め上げる様にガンを飛ばしていました。恐らく《縮歩》で移動したのでしょう。


「姐さん、やっちまってください」


 会計が言っていました。影が薄いのでもちろん誰も反応しません。


「……げ……単騎で殴り込むとは随分威勢が良いな」


 暑苦しい男がひるみます。


「で、粗忽者って誰だ」


「もちろんお前だろ」


 次の瞬間、暑苦しい男が後ろに吹っ飛びます。右のエイニアに蹴飛ばされたようです。でかい身体が後ろで待機している盗賊達をなぎ倒して行きます。


「威勢の良い割には弱いな」


「油断しただけだ……」


 暑苦しい男が起き上がります。そして唾を吐きます。


「口の中に砂が入っちまったぜ……。交渉の余地はなさそうだな」


 暑苦しい男が手を上げると盗賊が弓を放ちます。一斉に放たれた矢は《盾》にぶつかり全部落ちます。


「これは手練れの魔法使いがいるな。まぁそれも想定済みだ」


 ……後方の盗賊が近づいてくる気配を確認しましたので左の方に《念話》を飛ばします。次の瞬間、書記官が馬車から降りてきます。


「……ふむ、嫌なにおいがするな」


 ……などと言っています。


「お前が魔法使いか?」


 それを見つけた暑苦しい男がとんでもない勘違いをしているようです。


「囲い込みフォーメーションだ。分隊は回り込め」


 暑苦しい男が指図すると前方の盗賊が五人組が二つ飛び出し、右と左から周りこもうとします。


「おっと、ここは通さないぜ」


 右のが後ろに下がりそれを邪魔します。素早い動きで10人同時に相手にしています。恐らく相手には残像しか見えないでしょう。


「……こいつ《分身》を使いやがる」


 それは《分身》ではなく高速移動しているだけな気がします……。


「何、相手は一人だ。いつもどおりやれば大丈夫」


 次の瞬間、黒ローブから無数の《火矢》が飛んできました……先程準備していたものでしょう。まぁこの威力なら《盾》で十分でしょう。次の瞬間、予想どおり《火矢》は《盾》にぶつかり霧散します。


「予想どおり、護衛が強いな。だが後ろからの攻撃は耐えられまい」


 ちょうど後ろから接近していた盗賊が馬車を後ろから襲おうとしていました。馬に乗った盗賊が湾曲刀サーベルを構えて馬車に突撃してきます。


「ここまで予想どおりだなぁ。じゃあ、そろそろ準備するよ」


 ルエイニアが言います。……ところで何の準備をするのでしょう。


 何頭かの馬が後ろから突撃してきたところを左のユリニアが弓で攻撃します。それも矢を放つのではなく弓の柄で殴っています。


(弓が壊れませんか?)


(この弓はその程度で壊れる柔な作りはしていません)


 弓で殴られた盗賊と馬は方向感覚を失いフラフラと横にそれていきます。一方、前方では右のエイニアが10人同時の相手をしています。あれだけ動いて息切れしないのでしょうか?


(まだ肩慣らしってとこ)


 ……全然、大丈夫そうです。


 最初に突撃してきた馬は裁きましたが、後続の盗賊達は馬車の手前で停止します。そこに小柄な盗賊が馬の背に乗って叫んでします。小柄の盗賊は鞍の上に立っています。無駄に器用な様です。


「これで挟み撃ちだぞ……死にたくなければ大人しく武器を捨てて降参しろ」


 小柄な盗賊が無理をして叫んでおり言い終わった後、咳き込んでいました。


「さぁ、どうする?」


「今すぐ降参しますか、それとも殴られるか選ばせてあげます」


 左のユリニアが応答します。そのまま弓に矢をつがえて弾くと、小柄な男の左耳のすぐそばを通過して矢が飛んでいきます。


「……おばちゃん、無茶しちゃ駄目だよ。この前後挟まれて逃げられると思う?」


 小柄な男は、一瞬固まった後を声を震わせながら言います。


「そうですね。これは、困りましたね……」


「そうだろ、さっさと武器を捨てて降参するが良い」


「そうではなくてですね……」


「ん、どうした降参するなら今だぞ」


「……どうやってなぐり飛ばそうかと思いまして、ただ加減を間違えて死なれても困りますので、大人しく拷……尋問を受けてもらいませんと」


 左の声が何時もより低く、どうも静かに切れている感じでした。恐らくおばちゃんと言われたのが気になった感じです。


「……今、拷問っていいかけましたよね……」


 書記官が言います。それを左がにらみつけると書記官は蛇に飲まれたカエルの様な状態になっていました。


(味方を攻撃してどうするのですか)


(少しやりすぎただけだ。反省してはいない)


 ……開き直っていました。

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