アルビス市民国編5 晩餐会の巻
「我らとエルフの友誼、そして神の思し召しに乾杯」と言うアルビス総督のかけ声と共に晩餐会が始まります。ここは宮殿の中にある迎賓食堂です。迎賓食堂はかなりの広さがあり、そこに大きな丸いテーブルが真ん中に置いてあります。そこは最大二、三十人が囲んで座れるほどの大きさのテーブルがあります。
大理石の柱を贅沢に使った部屋で、天井は色々の絵が絵が描かれています。天井に描かれているのは主に空をモチーフにしたものが多く、空色成分が多い絵が多くまるででエレシアちゃんを祝福しているかの様です。このモチーフは神を称えるモチーフだそうです。空を基軸にして幾何学紋様を組み合わせるそうです。何故神を称えるのがこうなるのかはよく分かりませんでした。アルビスの国教であるマースドライア教ではこうすると言う話の様です。よく分かりませんが神そのものを描いてはいけないそうです。マースドライア教では神は不可知なものであるので神そのものを描いてはいけないと言う決まりがあるらしいです……。確か曾祖父が神々と共に戦ったことがあると言う話を聞いた事がありますが不可知なら戦えない気がしますのでマースドライア教の神様とは別の代物でしょうか?マースドライア教に出てくる神はただ一柱です。一方曾祖父の話に出てくる神々はたしか十七柱だったと思います。この十七柱も大神と言う大きな権能を持つ始原神だけの話で単に神と呼ばれる存在なら確か八百万ほどいると聞いた記憶があります。《里》はともかくちょっとした国より多い数の神が存在するのです。本来十七柱の神々から唯一神を信じるマースドライア教と言うものが生まれた経緯が少し気になりました。
また天井近くの壁の周りを見回すと肖像画が周回する様に沢山掲げられており、その下にはフェルパイア文字で名前が書いてあります。どうやら歴代のアルビス総督の肖像画の様です。
天井からはシャンデリアが吊り下げら部屋を明るく照らしています。そのシャンデリアには大量の蝋燭が使われておりそれが灯りを灯していました。シャンデリアに使われているのは一般的な蝋燭では無く
大きなテーブルの上座にエレシアちゃん一行が座っています。つまりエレシアちゃん、筆頭秘書官、秘書官、右と左、つまり左を意味するエイニアと右を意味するユリニア、竜つまりノルシア、そして私の七人です。外交官と会計は今から引き継ぎ作業があるそうで公使館の方に行っているそうで外交官は引き継ぎが終わった後そのまま王国に帰るとの事で、どこまでも不憫の役回りのようです。引き返す外交官の代わりにフェルパイア担当の外交官がこちらに来ると言う話です。外交官に交代に伴う資金や物資の調整で影の薄い会計も借り出されているそうです。
一方アルビス市側はアルビス総督のドロル。ガッチリした体形で分厚い布を頭に巻いておりあごひげを蓄えているむさい男です。それからドロルの奥さんと娘が二人、アルビス警邏隊長、警邏護衛副隊長の六人が席についていました。アルビスの評議員達は今日の晩餐会には来ないそうです。
「あくまで私的な持てなしですので身内だけで正式な式典は明日行います」
ドロルは言います。
それからまず最初に食前水なるものが運ばれてきました。酢を蜂蜜で割って水で薄めたモノだそうです。
「酸味があるものを最初にとると食欲が増します」
総督が薦めてきたですし、お酒ではないので頂くことにします。マースドライアの教えではお酒を飲む事を推奨していないので総督はお酒を飲みません。教典曰く『酒に飲まれるな』とあります。しかし実際にお酒を飲まないのは一部の敬虔な信者だけで、どこでもお酒は普通に売っており公式の場でも普通に飲むらしいです。
食前水で乾杯をした後、最初に出てきたのは五種類の豆を使ったサラダでした。ハト豆、孔雀豆、オウム豆、ムーン豆、ココ豆とフェルパイアで呼ばれている五種類の茹でた豆に刻んだ胡瓜、玉ネギ、オーリブの実、レタスなどを混ぜ合わせて檸檬とオリーブオイルで味付けしたものです。サッパリした味付けですがいろんな種類の豆の食感が口の中で踊りを踊っています。豆は少し生っぽい食感があり癖があるので好みが分かれるところでしょうか。
サラダを食べ終わると総督ドロルの自己紹介が始まりました。アルビスで数代続く豪商の次男として産まれ若い時はディベーユ共和国で学を修め、それから政治の道を志したなどと話していましたが、わりとどうでも良い話ので割愛します。自己紹介が終わると今度は家族の紹介を始めました。今の奥さんは、二度目の奥さんで娘は十七歳のシェーサさんと十三歳のルーダさんと言う話です。十七歳と十三歳ではほんの四歳しか違わないにも関わらず見た目も大きさも随分違う様です。十七歳の方は若干大人びていますが、大人になりきれていない印象がしました。十三歳の方はまだ子どもです——この国の人間の通念では半分大人扱いになるそうです。
「わしには他に前妻の息子が居るけどな。既に一人立ちして王国にいるのじゃ。だからこの晩餐会には参加できないのだよ」
王国と言うのはフェルパイア連合の二大国の一つイルム王国の事の様です。ここで一旦話が途切れました。次の料理が運ばれてきたからです。
次の皿は川魚の素揚げです。この辺りではイデイルと呼ばれる魚で冬でも腐るほど取れるそうです。冬場は川の底の方でじっとして動かないので網を投げればイデイルを群れごと掬えるとの話でした。イデイルの素揚げは塩と胡椒と檸檬をかけて食べます。口の中で少し雑な味がしました。香辛料や香草——例えばコリアンダーやローリエと言った草——を巧く組み合わせればもう少し旨味を引き出せるのではないかと思いました。
「イデイルは秋頃が旬なのだが冬のイデイルも結構いけるだろ」
総督はそう言っていましたが私は大雑把でいまいちな気がしました。一方隣の竜は貪るように食べていました。
「ノルシア、私の分も食べますか?」
「いやいや、客人にそのようなマネはさせられぬ。侍従よおかわりを持て」
総督はそう言うと山盛りのイデイルの素揚げが運ばれてきました。当然
「ノルシアと言うか。良い食べっぷりだの」
総督が変に感心していました。ちなみにアルビスの一般的な食事は右手でつかんで食べるそうです。最近は他国の影響でフォークやナイフも使うようになってきたのそうですが、まだまだ一般には普及していないそうです。なので竜が魚を手づかみで放り込むように食べても特にマナー違反と言う事にはならないそうです。
「……とはいえちゃんと作法を教えないと行けませんね。あの野生児に」
「ところで、エレシア殿下は他のエルフの王族とは少し違う気がするのですが……」
エレシアちゃんの髪の方を見ながら総督が言いましす。確かに国王、王妃、四姉妹は森エルフですから濃い緑の髪をしていますがエレシアちゃんはそうではなくスカイブルーの髪をしています。スカイブルーの髪は髪の色のバリエーションが多い草原エルフや里エルフの間でもほとんど見られない珍しい髪の色の持ち主です。
「それは父親に似たからです。エレシア様の父上、ディルミス公爵は現国王ミュンディスフラン三世陛下の従兄弟で御座います」
エレシアちゃんが言い淀んでいるとその話に筆頭秘書官が割って入ります。
「従姉妹と言うことはやはり王族になるのか。いやエルフの王族にしては珍しいと思ったので聞いたまでだ……失礼だった。この通り忘れてくれ」
総督が頭を下げて取り繕います。
エレシアちゃんが少々落ち着きのない感じがしましたので軽く声をかけてみました。先程していたフェルパイア・カードの話をしてみました。そうこうする内に肉料理が運ばれてきました。
次の皿は、骨付き仔鴨の香草焼きでした。複数の香辛料と香草につけ込んだ仔鴨をじっくり炙り焼きしたものだそうです。横に檸檬が添えてあります。この料理は骨を手で付かんでがぶりしゃぶりつくのがアルビスでのマナーだそうです。言うとおり食べるとあっという間に手がベタベタになってしまいましたので横に置いてあったウォーターボールで手についた油をそぎ落とします。
香草焼きは仔鴨の脂と塩と香草が複雑に絡み合い、旨味と爽快な香りを鼻腔に響かせていきます。口の中は芳醇な香りと淡白な肉と濃厚な脂のコンストラクトが口福を運んできます。これはもう少し食べたいところですが、あまり食べ過ぎると少ししつこい気がします。なので口をサッパリさせるために檸檬水を頼んで飲み干します。
この辺りになるとそれぞれの組み合わせで会話を始めていました。特にシェーサさんとルーダさんは、右と左の二人と馬が合うようで、何やらおしゃれの話で盛り上がっている様でした。筆頭秘書官は奥方と話しこんでいました。どうやら闘技場に関する濃い話をしているようでした。
「この街の闘技場はフェルパイア随一で周辺国家からもお客さんが来ます。このアルビスの最大の観光資源ですわ。最近は複数の剣闘士を組ませてマンティコア、メデゥーサなどの怪物と戦わせるのが受けていますの。中でも
奥方の話が終わると豚のキョフテ・ステーキと言うモノが出てきました。共通語でキョフテと言う食べ物はフェルパイアの家庭料理で羊や山羊などの端肉をミンチにし刻んだ玉ネギ、塩、香辛料、香草などを混ぜてよくこねたものを手のひらサイズの団子状や板状にして煮たり焼いたりして食べるものだそうです。しかし今日の晩餐会にでた豚のキョフテ・ステーキは羊ではなくアルビスのドングリ林で放し飼いされた豚肉を使っています。フェルパイアの中でも豊富なドングリ林があるのはアルビスだけであり、ここで放し飼いで育てられた豚はアルビス豚と言う名産だそうです。アルビス豚は肉質が柔らかく脂に甘味がありとろける様な舌触りと言う話です。その名産をミンチにして本来の手のひらサイズではなくかなり大きなステーキ状に固めてじっくり焼き上げた逸品と給仕は説明していました。これを檸檬をベースとしたソースをかけて食べます。
「この料理はエルフの王国の皆様を持てなすために特別に用意したものだ。宮殿の料理人がアルビスの家庭料理で何かおもてなしが出来ないかと考えたところキョフテをエルフの王国で食べられているステーキぐらいの大きさにし特製の豚肉をベースにして作り上げた逸品じゃ」
ドロルが言います。しかし、これは十割豚肉にするより三割ぐらい牛肉を混ぜた方が美味しくなる気がします。いっそのこと十割牛肉でも良いかと思いました。脂の多い肉に合う檸檬ソースは赤身の多い牛肉にとはイマイチ合わないのでソースも変える必要があるでしょう。香辛料が効いていればソース無しでも十分味わえるでしょう。
肉料理が続いた後は穀物料理が運ばれてきました。米と言う穀物を煮込んだ料理です。炒めた米と一口小に切った鳥肉とセロリ、人参、玉ネギ、葱などの草を細かく刻み炒めて特製の出汁でじっくり弱火で煮込んだ一品です。サーブしたあと仕上げに檸檬を上から絞ります。黄色い香辛料により黄色い見た目をした細長い米が口の中でパラリとほぐれます。
この米と言うものは小麦と違った味わいがあります。小麦だけではなく米にについても研究しようと思い心の中でメモすることにします。総督の言うにはこの米はアルビス市民国では作付けしておらず、フェルパイア南方の河川敷だけで作られていると言う話です。
ピラウを掬って口に含むとサラッとした感触と様々な出汁を吸い込んだ米が口の中で跳ね回っていました。
ここまで来るとルーダさんは段々眠くなってきたのか口数が減ってきました。晩餐会が始まってから結構な時間が経っており小さな子はそろそろ眠る時間なので仕方ないと思います。なお竜は米をパクつきながら「これに羊の丸焼きがあるとなお良い」と言っています。
子ども達が眠り落ちて侍従達にお部屋に連れて行かれるのを見計らった様に総督が尋ねてきます。
「エルフの王国の方々に失礼な質問だが、最近この街で起きている人さらい事件について何か聞いた事はないかな?」
「……そのような話は聞いた事ありません」
筆頭秘書官はキッパリと答えました。話がよく分かりませんがどうやらそのような事件が起きているそうです。
「いやなに、市民が突然に奴隷に落とされて帝国に売られていると言う噂があってな……色々調べているもののどうにも分からぬ事が多くてな……ここのところこの事件にかかりきりになっているのだよ……すまんこれは秘密の話だったわ……」
最後にデザートが出てきました。ニジクと言う橙色の果物と砂糖を固めたようなザルメと言う名のお菓子でした。ニジクを一度干し蜂蜜シロップで漬け戻して固めた感じで正直甘すぎてしつこい味でした。アルビス市民は、これを旨そうに頬張るそうです。このお菓子にもいっそのこと檸檬をかけた方が良いかもしれません。
「アルビス自慢のスイーツですよ」と元首は言っていました。
最後に口直しの苦くて黒いお茶の様なもの——コーヒーと言うそうです——が出てきて晩餐会はお開きになりました。
食事を終えると夜も更けており寒い風が外から吹き込み夜空には月と星々が
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます