アルビス市民国編6 猫と図書館の巻

 翌朝、エレシアちゃんと朝食を取っていると侍従がやってきて評議員との懇親会を夜明五刻(午後2時前)に行うと告げられました。


 食堂の周りには可愛らしい小動物がうろついています。


 猫。猫です。宮殿では鼠対策のために猫を飼っているそうです。フェルパイアに伝わる伝承では猫は神の使いと言われており、更に古い伝承にも猫が悪い魔物から穀物を守る話が沢山あると言う事です。マースドライア教の教組であるマースも猫好きで有名だったと聞きます。彼の周りには常に十匹以上の猫が必ず同席していており、ある日、信者が「マース様、何故いつも猫を回りに侍らせているのでしょうか?」と問いたところ。マース曰く「猫は神の使いであるから神の声を聞くために猫を侍らせるのは当然であろう」だそうです。その逸話にあやかる為に猫を飼っている家が沢山あります。当然、この宮殿も例外ではなく宮殿の中には多くの猫が飼われてます。そして宮殿に住んでいる猫たちは宮殿鼠改きゅうでんねずみあらためと言う役職をもれなく持っているのだそうです。確かに猫は大変可愛いので神の使いと呼ばれて不思議な事はありません。宮殿内に放し飼いにされている猫の一匹に宮殿将軍猫と呼ばれている猫が居ます。その宮殿将軍猫が猫というよりクッションの様に丸い体躯をのっそり揺らしながら喉を鳴らして床に寝そべっていました。


 ちなみに宮殿の床には床暖房が入っており冬場でも暖かいのです。ただし維持費がかなりかかるので必要最低限の場所だけ温めているそうです。宮殿の床は基本的には石で出来ていますがそのすぐしたは空洞になっており、ここに風を通せる様になっています。冬場は内風呂用の窯で出た熱を床の下に流し込んでいるようです。広い宮殿の床下は細かく仕切られており必要な場所にだけ熱が行き渡る様に設計されています。この種類の暖房は構造の問題上、基本一階だけしか温められないのですが、そこは宮殿だけあり、2階、3階と言った上の方の階にも熱が行き渡る様になっていました。この床暖房刻字魔法を利用して作っているらしいです。と言うのはその構造に関しては極秘と言われたので耳と目で宮殿の構造を調べた結果、要所要所に刻字らしきものが刻まれていたのが確認されたからです。


 閑話休題それはともかく、宮殿将軍猫を見つけたエレシアちゃんは宮殿将軍猫に抱きつき猫クッションをもふもふしています。猫はあくびをしながらノビをしています。


「こ……この猫可愛いです」


 そう言うエレシアちゃんもとても可愛いらしいです。猫とエレシアちゃんの破壊力は月をも破壊してしまいそうな可愛さを周りに発散していました。世界がとろけそうな感覚に陥ります。私はエレシアちゃんが猫と戯れる様子をじっとを眺めてみました。猫と戯れるエレシアちゃんの笑顔の可愛さを形容するにはこの世の言葉の中には存在しないでしょう。神話時代について書かれた本の中に花の女神マルメリーナの愛らしさを称えている詩があるのですが、それですら形容するには足りません。ちなみに花の女神はエルフの守護神とされている女神です。


 エレシアちゃんが宮殿将軍猫と戯れていると他の猫たちもエレシアちゃんの周りに集まってきます。エレシアちゃんがその猫たちを撫でると猫たちは喉をならして気持ち良さそうにあくびをします。それを私がじっと見ているとノルシアが話しかけてきます。


「主は飯を食わぬのか?なら我が変わりに食べるぞ……」


「ダメです。後で食べますから食べ足りないのなら、そちらでおかわりでも貰ってください」


 エレシアちゃん成分を十分堪能した後、遅めの朝食をいただきました。エレシアちゃんは、その間も猫さんに囲まれてふにゃっとして居ます。まるで猫と一体化したようです。あまりに可愛いので永久保存したいところですが、あいにく《映像術式》は覚えていないの永久保存ができません……早く覚える必要がありそうです。そのためには取りあえず図書館に出向いて、魔法の書でも探すことにします。


 評議員との懇親会までかなりの時間があるので図書館に出かけることにしました。竜はもう少し朝食を食べていたいと言うことのなのでエレシアちゃんの護衛を申しつけて起きました。食べるのに夢中になって護衛対象を見失わないないようにと申しつけておくと。「我は食べながらでも戦えるぞ」と変な事を言っていました。


 アルビス市の図書館は中央広場の近くにあります。小さくまとまっているので少し歩けばすぐたどり尽きます。図書館の利用には市民登録証が必要だそうですが冒険者ギルドの登録証を見せて無理矢理頼みこむと在アルビス外国人特別閲覧許可証と言うモノを発行して貰いました。許可証の職業欄を見ると〔賢者〕と書かれています。〔賢者〕と申請した覚えは無いので司書を問い詰めてみるとエルフの王国から既に特別申請が出されていたと言う話でした。


 いつものことながらエルフの王国は手際が良いのか悪いのかよく分からないところがあります。


 それはともかく図書館を閲覧できるのは幸先が良いと申しましょうか利用料を払うと書架に入り、アルビスやフェルパイアについて書かれた本を探すことにしてみます。それから魔法の本とマースドライア教についてに書かれた本も探します。


 アルビス市にある書の大半はエルフの王国とは違い羊皮紙を使っていない様でした。少し目の粗い葦紙と言うものを使っていて、それに専用のインキで書かれている様です。葦紙は紙葦と言う名の川辺に生えている草を編んで作った紙です。保存性や強度は羊皮紙に劣りますが一枚の値段が羊皮紙と比べて格段に安い為フェルパイアではよく使われています。


 図書館を利用するにはエルフの王国とは違い保証料と利用料がかかり保証料は帝国金貨一枚、利用料は帝国銀貨一枚だそうです——ちなみに帝国金貨をルキットと言い、帝国銀貨をシェイセンと言うのですがいちいち思い出すのが面倒なので金貨、銀貨と表記します——利用料も保証料も高額の為か図書館の中にはほとんど人はいません。


 図書館から本を持ち出して借りて読むことも出来るますが価格は本の種類によって異なります。ただ保証料は最低金貨一枚以上で、六日借りると貸本料が最低銀貨一枚からになっています。保証金は本を返した時に返金されますが本が毀損していたり紛失すると案分されて没収されるそうです。


「司書の給料は安すぎてここの本は借りられないのですよ。でも本を借りに来る人があまりいないから、日中はここにある本を読み放題なの。読み放題だから安い給料だけどここで仕事しているのよ。本好きの天国よ」と司書は言っていました。どうやら相当本が好きな人のようです。


 アルビスの本は葦紙を虫から作った紐で束ねてあります。この虫と言うのが口から糸を吐く不思議な虫らしく秋生まれた幼虫が寒くなると繭を纏って冬眠するそうです。この虫は糸虫と呼ばれています。その繭をほぐして作ったのが柔らかい薄手の光沢のある布や丈夫な紐になります。この糸虫で作った生地や糸はフェルパイアの重要な交易品の一つで高値で取引されているそうです。


 ——と言う事が書いてある本を最初に手に取り読みました。


 次にフェルパイア語の教本や歴史書を探してみました。途中で温泉に関する本を見つけたので先に読みたいと思いましたが時間もないので先に歴史書を探す方が先にしました。温泉にはどうしても行きたいです。ここに来るまで温泉についての情報はフェルパイア南部にあるらしいと言う情報ぐらいしか無かったので、この本を喉から手が出るほど読みたいのですが今は時間が無いのでアルビス市について書いた本を優先して探すことにしました。


 しばらくして『アルビスの歴史』と言う本があったので手に取ってみました。


 ——我がアルビス市民国の歴史は浅いが見逃せない場所がいくつかある。一つは闘技場でもう一つは中央市場だ……と言う出だしで始まっている街の案内書ガイドブックみたいなものに過ぎませんでした。


 魔法の本も探してみましたが全くありませんでした。そこで司書に魔法や歴史・風俗について書かれている本があるのか尋ねてみました。


「そう言う本はもっと大きい国に行かないとないよ」


 司書は開き直ってきました。仕方ないのでお薦めの本を聞いてみると『戦士ギルドの優等生』『洞穴を墓場に選ぶのは間違っているのだろうか?』『どれが魔法の推薦目録?』『老婆戦記』などと本の背に書いてある分厚い薄い本が並べてある書庫に連れて行かれました。分厚い薄い本と言う言い方も矛盾を感じますが里にあった薄い本をひたすら分厚くした様な本なのでこういう形容をしたくなります。表紙には挿絵が描かれてて本をめくると途中途中に人の絵が描かれているような本でした。


「これは何でしょうか?」と司書に尋ねてみると。


「これは《おもろ草子》と言いまして。東方からやってきた小説の一種です」


 随分分厚い小説を大量においている様でした。エルフの王国ではこの手の本はあまりおいてありませんでした。それと言うのもページ数が増えるほど筆写に時間がかかるため本の値段が高くなるからです。そのため分厚い本ほど実用性が高いか高価でも書い手のつく魔法書などが中心になっていると言う話でした。ところがアルビスでは実用書が少なく小説の方が圧倒的に多いのです。そこで司書に尋ねてみました。


「これだけの量を書き写するのは大変はないでしょうか?それなら普通の本を書き写した方が良いのでは無いでしょうか?そもそも、こんなに大量の薄い本を仕入れる事は可能なのでしょうか」


「それはですね。〔おもろ草子〕はドワーフの工房の最先端技術で制作されていて驚くほど安く作れるのですよ。通常は注文が来てから一冊ずつ作り始めますが〔おもろ草子〕は最初に何百冊と言う数が作られるので納品までの期間も短いのも特徴です。その理由は〔おもろ草子〕は需要があるので発刊する度にすぐ売り切れてしまうぐらいです。ドワーフの工房の本は沢山作るほど安くできるそうです……しかし、どういう仕組みで本を大量に作ると安くできるのかは工房の秘密になっていて謎なのですけど……通常の方法で作成された同じ厚さの本の価格の十分の一から百分の一売っているのですよ。まぁそれでも一冊金貨一枚以上するのであまり多くは仕入れられないのですけどね。ほら、うちの国ってそんに大きく無いし、本好きが少ないから図書館に予算が回ってこないんですよね。大衆浴場には湯水の様に税金投入しているのにですよ。そんな余裕があれば本代にも少し回して欲しいところですよ。——それより、これなんかお薦めです。私が思う去年の最高の一冊です」


 司書に手渡された『三角定規と分度器』と書いてある本を少し読んでみました……三角定規と定規は何かの暗喩の様で実際は二人の男性の篤い友情の物語でした。恐らく筆頭秘書長が喜びそうな本ですが私向きではないのでそっと本を閉じ本棚に戻してます。筆頭秘書官には後でこっそり教えてあげましょう。


 それよりドワーフの工房の最先端技術と言うものが少し気になります。機会があればドワーフの国にも行ってみたいところです。しかし私達とは正反対の性質があるので少し躊躇するのですよね。ドワーフは規律と規格化が大好きなのですよ。里の人達なら目分量でやるような事まで一字一句細かく指定してくるのです。ドワーフの書いたと言う『薬の作り方』と言う本では治療薬一つ作るのに耳かき一杯を単位とした非常に細かい量の薬草の名前がずらりと並んでいて抽出する時間、攪拌する回数、薬草の調合の順番などしつこく事細かに記述されていました。治療薬一瓶作るのにいちいち気が遠くなるような文章が延々と書かれていました。結局、目分量で適当で作れるものをいちいち事細かに記述する理由が良く分かりませんでした。


 それはともかくホントにこのような本しかこの図書館にはないのでしょうか?司書にもう一度尋ねてみます。


「これは少し違いますね……それはともかく他に本はないのでしょうか?例えば歴史を書いた本とか?」


「そうは言っても予算に限度あるから冊数増やそうとすると〔おもろ草子〕を大量に仕入れるしか無いんだよね……図書館の予算って少ないのよ。給料も安いし。公衆浴場の予算少し分けてくれればいいのにねぇ、一日ぐらい風呂に入らなくても死なないでしょ。それでね今一番読まれているのも全部〔おもろ草紙〕だよ。貴方にはこの本が性癖に刺さらないのかぁ。こんなにお薦めなのよ。この三角定規の真っ直ぐ振りと分度器の曲がりっぷりが噛み合わない様で凄く噛み合っているところが興奮するんだけど……」


 司書が鼻息を荒くしながら残念そうに語っています。他の本も薦めてくれるのですが肝心なアルビス市の歴史や文化に関する本はみつかりませんでした。それよりお風呂に一日入らなかったら死ぬと思いますよ。たとえ肉体は死ななくても心が死にます。


「それはともかくアルビス市について書かかれた本はないのでしょうか?歴史や文化、風俗について書かれた本です」


「……興味が無いから知らない……ではなく……捨てた……ではなくあまりに需要が無いので閉書庫の方にしまってあるかもしれない……きっとどこかに埋もれているはずです……ホントに読みたいのなら一年以内……十年……きっといつか見つけておきますよ……それよりアルビス市を舞台にした〔おもろ草紙〕は未だ出てないんですよ……。出ていたら聖地巡礼したい……いやお薦めするのですけど」


 何か司書さんがトンデモ無いことを口走って居るような気がしますが気にしないことにします。司書は更に続けて言います。


「……性癖を教えてくれば貴方に刺さるお薦め〔おもろ草子〕を教えてあげますよ。そういえばアルビス市がお好みでしたね?それなら『都市間戦争』などはいかがしょうか?これは〔都市〕が禁止された国で市民と軍隊が繰り広げる驚天動地の物語です。これは演劇にもなりましたね……あいにくアルビス市は闘技場があるのに劇場がないので近くの国の劇場まで見に行きましたよ……この主人公がまた格好良くてですね……あ、ヒロインはどうでも良いです。それよりもこの主人公の友人がけなげで可愛いんですよ。主人公と友人の絡みを想像しただけで鼻血が出てしまいそうです……」


 ——司書が話題をそらして長々と『都市間戦争』と言う〔おもろ草紙〕に付いて暑苦しく話しています。耳に半分ぐらい蓋をして聞き流しながら周りの本棚を調べましたが歴史や文化に関する本は全く見つかりませんでした。マースドライア教に関する本もありませんでした。これは法学官と言う教典を読む人達が個人的に所持していますが図書館には置かれないそうです。これマースドライア教では教典の毀損が神に対する冒涜に等しいため他人に貸し出す行為が厳禁になっているというもっともらしい理由を聞かされました。


 そうする内に鐘の音が四回鳴り一拍おいてまた四回鳴っているのが聞こえて来てきました。夜明四刻おひるの合図です。そこで一旦調査を打ち切り宮殿に戻りました。恐らく二度とアルビスの図書館には行かないと思います。

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