アルビス市民国編4 浴場の巻

 受け取った袋を巾着の中に無造作に投げ入れて日暮れになるまで竜を引き連れて街に出ることにしました。もちろん目的はお風呂です。フェルパイアには大衆浴場ハンマームと言う大衆向けの浴場があり、お金を払えばいつでも入れる大きなお風呂があります。メインは蒸し風呂ですが、お湯の張ってあるお風呂もあります。垢すりやマッサージなどのサービスが充実しているそうです。フェルパイアの大衆浴場は庶民のコミュニケーションの場であり、いろいろな情報も飛び交っているそうです。ここに週二、三回、一般市民はお風呂に入りに通うそうです。これは一回行かないといけません。デレスではお風呂もまともに無かった事もあって私の風呂好き魂が大衆浴場に向けて足を勧めていきます。


 一部では家の中にお風呂を持っていて毎日お風呂に入っているそうですが家の中にお風呂を構えている家はあまり多くはないと言う話です。それと言うのもまずお風呂に十分な水を得る為には街の中央を流れる《北アルビス川》からくみ上げて大きな水瓶に入れて運ばないと行けない事、それからお湯を沸かすのに火事対策の為、十分な空間のある内庭が必要と法で義務づけられていること、最後にお風呂自体が部屋に備え付けられているため沸かしたお湯をくみ上げてそこまで運ぶ必要があり、そのために大量の奴隷が必要になるからだそうです。


 歩みを進めるとすぐに大衆浴場に着きました。大衆浴場は中央広場から少し離れた《北アルビス川》の近くにあります。それは、色とりどりの煉瓦を積み重ねてアルビスの紋章を表現した建物の中にあります。左右に大きな煙突が立ち上っていますが威圧をかけないような細工がなされていました。うっかりすると宮殿と間違えそうな面構えをしています。アルビスの紋章は大麦と巻いた布を斜め十字型に組み合わせた紋章でこれは食べ物と着るモノには困らない街と言う意味が込められているそうです。豪勢な建物で宮殿と見間違うような豪華な建物でした入口には大きな大理石の柱が構えており幾何学的な紋様のステンドグラスが天井を飾っています。建物の川沿いには大きな水車が備え付けられており、どうやらこれで水を汲んでいる感じです。


 袋の中から銀貨を一枚だして大衆浴場の受付にそっと差し出します。そうすると受付の女の人はいぶかしげにこちらをじろじろ見た後、銅貨十九枚と木の札を渡してきました。料金を聞いてみると銅貨一枚だそうで、おつりを数えるのが大変なので銀貨で払うのは勘弁してくださいと言っていました。これは気を付けないと行けませんでした。


 更に話を聞いてみると大衆浴場は市民の為に作られており国が運営しているそうです。そのため銅貨一枚と言う安い値段でお風呂に入る事ができるそうです。ただし、これには条件があるらしく大衆浴場に入れるのは市民もしくは市民に準じる外国人のみと言う話でした。私はエルフの王国から来た賓客扱いで大衆浴場を使ってもいいそうです。


 市民しか入れないと言うことは準市民や農奴、奴隷は入る事が出来ないわけです。そこで北の奴隷地区の光景を思い出し奴隷こそお風呂に入れるべきでは無いかと思いました。綺麗にしていないと病気になりやすいものです。それからお風呂は週二、三日ではなく毎日入るべきです。


 ホントはエレシアちゃんも連れて行きたいところですが、あのようなところにエレシア様を入れるのはよくありませんと頭髪のない男が言うので諦めました。一般市民の中に突然王族などが現れるとパニックに陥る可能性があると言う治安的な配慮が必要と言っていました。変わりに内湯を用意するらしいですが、やはり入るならこれぐらい大きいお風呂が良いと思います。


 ちなみに大衆浴場に出かけると言ったとき、清掃係の右の方はなじみの店があると言いながら颯爽と出かけていきました。秘書官と外交官は買い物があるそうでエレシアちゃんはお留守番するそうです。エレシアちゃんは左の方を護衛につれて宮殿の中を散歩してから内湯に入ると言っていました。エレシアちゃんと内湯も捨てがたいのですが、やはり有名な大衆浴場と聞いては捨て置けませんのでここは涙を呑んで大衆浴場に来たわけです。ちなみに筆頭秘書官は真っ先にどこかに消えていました。


 受付で札を貰った後、その先にある狭い入口をくぐると下り階段があります。どうやらアルビスのお風呂は半地下あります。話によればフェルパイアではお風呂は半地下に作るのが一般的だそうです。階段を下ると広まった待合部屋あります。話に寄れば大衆浴場は本来混浴でしたが風紀が乱れると言う事でいつからか男女別々になったそうです。ところで風紀が乱れるとはどういうことでしょうか?また謎の言葉増えてしまいました。同じように風紀が乱れると言う理由かは知りませんが浴場に入る時は身体に布をまいて浴場まで行く決まりがあるそうです。そこで布を借り受けると素早く着替えて衣服を預けます。衣服と木札を渡すと代わり小さな腕に付ける札を受け取りました。この札を帰る時に渡すと預けた衣服を返してくれるそうです。くれぐれも手首につけた札を無くさない様にと注意を受けました。それから専用草履サンダルを履いてお風呂の中に入っていきます。お風呂の中は磨いた石や向きだしの状態の土塊などで敷き詰めており場所によって滑りやすく、また足が汚れると言う理由で専用草履を履く必要があるようです。


 大衆浴場の中には様々な施設があります。例えばサウナと呼ばれる蒸し風呂があります。フェルパイアに於いては蒸し風呂の方が一般的だそうです。アルビスの大浴場は川から直接水を得る事が出来るので大浴場を設置しているのだそうです。フェルパイアの中でアルビスと同じ規模の都市にある大衆浴場は蒸し風呂しか無いところも多いそうです。それからお湯の代わりに水が張ってある水風呂、上からお湯をかけ流している滝湯などが所狭しと設置してありました。アルビスでは湯上がりの時に飲む牛乳なども売っているそうです。浴場の中には湯女や三助と言う人達がいて追加のお金を払えば身体を洗ったり垢すりやマッサージをしてくれます。これらの料金は手首の木札に印を打って衣服を受け取る時に印の分だけ料金支払うらしいです。


 お風呂の天井には沢山の飾り窓があり外の日光を巧み取り込むしかけになっていました。飾り窓にはエルフの王国では見ない真っ平らな板状のすりガラスが張ってあります。その部分だけをみてもこの国がどれだけ公衆浴場を重要視しているのか分かるしろものです。


 風呂に入ると湯女に銅貨一枚で垢すりとマッサージをすると声を掛けられましたが、やはり身体を自分で洗う方がお風呂は気持ち良いと思うのでそれは断って自分で身体を洗ってお風呂に入ります。時間が時間と言う事もあって結構な人が既にお風呂に入って居ていました。


「ノルシア、やはりお風呂は気持ち良いモノですね」


「いや我にはよく分からんぞ」


 本当に風情が無い竜ですね。風流が分からない竜は放置することにしてお風呂でのんびりする事にします。


 一旦お風呂を上がると今度はサウナの方に入ってみます。サウナは火精の風を直接肌に受けるような空気のお風呂で、ここで汗を沢山かくことで身体の汚れを落とすらしいです。サウナに入った後は冷たい水に浸かると血行が良くなり身体に良いと言われているそうです。しかし、この灼熱の中に長時間居られるものだと感心していました。私はすぐに出てくると水を浴びます。


「ちべたい……」


 水風呂は身体が冷えるのでもう一度温かいお風呂に入り直すことにします。なお竜は係員がやってきて危ないからそろそろ出ろと言うまでずっとサウナに入っていた様です。


「お風呂はよく分からぬがサウナは火竜ファイアー・ドラゴン息吹ブレスを浴びている様で気持ちいいな」


 この竜は一体何を言っているのでしょうか?相変わらず語彙に偏りがあります。


 滝湯は気持ち良いです。そこには『貴方も簡単滝修行』と言う文字が書いてありましたが、これは修業になるのでしょうか……。


 滝湯に打たれながら周りの話に聞き耳を立てて見ると『また人さらいが現れたらしい』とか『闘技場にあの冒険者達がやってくる』などと言う話で盛り上がっていました。


 お風呂で一刻ぐらい過ごし外に出ると日が暮れかけています。まだ時間があるので中央市場に寄ってからから宮殿に戻ることにします。やはり見知らぬ土地へ行ったとき最初にするのは、そこに住んでいる人達が日常どういうものを好み食べているかと言う事を知ることだと思います。昔から本を読んでいるときも異国に出てくる食べ物がどういう形がして一体どのような味がするのだろうかなどと考えにふける事がありましたので、こういう機会は逃せません。ただ、筆頭書記長オーガ・ロードが買い食いはしないで帰ってこいと言うので今日は視察に留めることにして食べ歩きは次の機会にします。


 アルビス市の中央市場は中央広場から南に少し外れたところにあります。それは市場が中央区の南部の大半を占拠しているからです。そろそろ日没が近いともあって人の流れはスムーズになっている様です。既に店じまいしているお店もいくつか見られます。これは冬場だからで夏場はこの時間が一番混むらしいです。


 中央市場を歩いていると香辛料や砂糖が売っている店がありました。いくつもの口をあけた大きな麻袋に砂糖や香辛料が入っており、そこに名前と値段の書いてある立て札が立ててあります。値段を見てみるとかなり安い値段で売っていました。袋の中にある香辛料や砂糖を一つ一つのぞいていると店の番をしている商人が声をかけてきました。


「この品々が珍しいんかな?しかし中々お目が高いですな。この店を選ぶとは、品質でも他には負けないと自負しております。エルフのお客さん。まぁイルム王国で仕入れてきた奴を売ってるだけですけどな」


 イルム王国とはここから南東にあるフェルパイア王国の二大強国の一つで通称王国と呼ばれている国です。アルビスの次の目的地でもあります。ちょうど外交官がイルム王国と滞在の調整を行っていると思います。それとも引き継ぎの準備を行っているのでしょうか?その辺はよく知りません。


「しかし、エルフの王国で売っているものに比べると数分の一以下のお値段ですね……。それに見たことがない香辛料も沢山売っていますよね。これとかこれとか」


「それはクローブとフェンネルな。クローブはな舌に甘く痺れる刺激を与えるんで肉と相性がいいんや。肉だけではなく、甘さを引き立たせる為に飲み物に入れたり、お菓子にも使ったりもするんや。で、フェンネルの方はな甘い匂いがしてな消臭と消化促進に効果があって魚と相性がいいんだ。まぁエルフの王国より安いのは当然だわ。エルフの王国まで運ぶには《砂の大瀑布》超えないと行けないから一度に量は運べへんし供給も不安定だからどうしても高いだろ。あそこに商人が行くのは結構リスク高いで……そういえば……お客さんはエルフの王国の方か来られたエルフさんなののですな。その露出の……いや軽装をしておりますしな。こちらにもエルフやハーフエルフは住んでいるのですが、全身を覆う衣服を着ているのが普通でしてな一見エルフとは分からない事もあるのですわ。しかし、その格好ですと耳ですぐ分かりますな……。あ、そういえば耳の話を嫌がるエルフもいるさかい、もしかして失礼でおましたかな?もしかしてアルビスは初めてなのですかな?もしかして闘技場の競技の観戦に?それなら、ここでお土産としてお安い香辛料や砂糖を買っていたらどうですかな。香辛料に限っていえばここより安い店はないと思うで、少し勉強しますから」


 商人が怒濤の如く話してきます。


 しかし香辛料の効能に関しては元が草ですから一目見れば分かりましたので、長々と話を聞いても少し違っているのではないかと首を傾げる説明もありますが、少し香辛料を仕入れようかと思い舞いました。しかし当面の間フェルパイアに滞在しますし、エレシアちゃんの護衛の依頼が終わったあとはそのままエルフの王国に帰る訳ではなくフェルパイア南の山岳地帯にあると言う温泉に行くつもりなので、ここで香辛料を大量に仕入れてももったいない気がします。この香辛料はイルム王国から仕入れたと言っていますので、恐らくイルム王国で仕入れた方が安いでしょうし、何よりの後イルム王国に行きますからその時に買った方が良いでしょう。それに香辛料を買うならその麻袋をまるごと買いたいものです。ここに並べてあるぐらいの量なら巾着の中に十分入る量です。しかし、ここで突然全部買うと言ってもそのまま持って帰る訳には行けないので馬車か荷車を用意しないと行けません。そうすると晩餐会に間に合いません。それに香辛料は時間が経つと風味が落ちてしまいますので、日持ちを良くする魔法も掛けておく必要もあります。実は里に伝わる足の早い食べ物を少なくとも千年ぐらいは保存できる下代魔法があるのです。単純に保存プリザーブドと呼ばれている魔法で子どもでも使えるぐらい簡単な魔法です。里では百年、二百年以上経った食べ物を食べることが結構あって、その時に新鮮な状態のまま食べられる様にする普段使いの便利な魔法です。珍しい竜の肉や草を見つけた時にいつでも食べられる様にする為に使われる魔法ですが、食事を作るのが面倒な時なども他所の家から貰ってきた料理にこの魔法を掛けて何日も過ごす事もあります。そういえば、この魔法を掛けた料理を保存した状態で数百年忘れていた掃除の時に発見されたこともありました。


「いえ、まだ来たばかりですし、また今度にします」


 逡巡した後——途中でかなり話が脱線していましたが——そう答えました。


「なら、用事が終わったらまた来てな」


 他にもどういう香辛料がないか見て回っていましたが、どうも塩だけはエルフの王国の倍以上の価格で売られていました。


「そういえば塩は高いのですね?」


「ああ塩だけはどうにもならないですわ。塩は帝国が抑えていてな。流通量が絞られているんや。帝国は海に面しているさかい、いくらでも塩は取れるはずだがな。しかも塩は帝国では専売品でな。帝国政府の義塩役人以外は扱えないようになっておってな。一円でも高く売りつけるんや。言い値で買わされているんよ。最近は帝国とも関係も悪くてどうしても高くなってしまうんや。でもアルビスの塩はフェルパイアの他の国の半分ぐらいの価格で買えるのよ。ただ市場には卸していないんや」


「それは、どうすれば買えるのでしょうか?」


「それに関しては秘密でな。ぶっちゃけると市民以外は手に入らないんや。結局、お客さんみたいな外国から来た人や、商売に使う場合は結局市場で買わないといけないんよ」


「それは失礼しました」


「いや、うっかり口滑らせたわいも悪い」


「それより、塩は海で採れるのでしょうか?」


「ああ、聞いた話だと海の水を大きな畑に流し込んで、放置しておくと塩が浮いてでてくるらしいんや。それをかき集めると塩になるとか言う話や。まぁあくまでも聞いた話だがな。わいは海は見たことないからよく分からんのよ」


 海と言うものも気になりますね。昔読んだ本によれば大きな船で遠くの海に出ると周り一面に海だけが広がり周りに何も無い様な場所に行けるそうです。太陽と月が海から昇り海に沈むのだそうです。海と言うものはかなり壮大な代物のですし、いつか見に行きたいものです。


「しかし、塩が海で取れるとなるとエルフの王国の方が塩が安いのは少し不思議です」


「いやそれは不思議でもないな。確か、エルフの王国の近くに塩の取れる山があったと聞いた事があるんや。エルフの王国で売っている塩は、おそらく採掘してきたやつだろうよ。ほらこれは北の方から来た塩でな少し赤みがかって塊になっている。こいつは岩塩と呼んでいる。こっちは帝国から買った塩で海塩と呼んでいるやつや。こっちはさらっとしている」


「塩にもいろいろあるのですね」


「まぁ純粋な塩の中にいろいろ混じっているのだろうな。拘りのある料理人は岩塩はガツンと塩気を出したい肉料理につかって、純粋に塩の味を引き出したいときは海塩と使いわけるらしいんや。まぁわいは商人だから細かいところまではようわからんけど」


「まぁ勉強にはなりました」


 勉強になりましたし、このまま立ち去るのも何なので香辛料を少しずつ買うことにしました。コリアンダー、ターメリック、ナツメグ、クローブ、オールスパイス、乾燥させたディル、タイムといったものをひとすくい分ずつ麻袋に小分けして入れてもらいそれを束ねて小さな麻袋に入れて貰うと何枚かの銀貨と交換します。袋の代もばかになりません。しかし1袋で銀貨1枚する香辛料もあるので香辛料の方が全体的には高いです。香辛料のなかでも有名は胡椒は全体的にみれば安い方だそうです。南方への貿易路路が開拓されてここ数十年で胡椒は急激に安くなったと言う話です。高い香辛料の中にはひとつまみ金貨一枚と言う香辛料もあるそうです。何しろ同じ重さの金貨の百倍の値段がつくのだそうです。それは花の中のめしべから抽出したもので一千輪の花からひとつまみしか取れないそうです。もっともこの店にはそのような香辛料は置いてありませんでした。そもそも出回っていないと言う話で、ドワーフの国なら手に入るかも知れないと言う話です。これはその花が咲いているのドワーフの国だからではなく花から香辛料の部分を効率良く抽出する技術がドワーフの国にしか無いからだそうです。


「しかし、それ今、買うて大丈夫なんか?」


「まぁ宿に置いておきますのでたぶん大丈夫です」


「そういやエルフで思い出したんだがな、エルフの公女様がやってこられるだろ」


「はい、そうですね」


「ほれでな随分少ない人員で来ているって話やそうやん。何でも女王が護衛を出し渋って二人しか付けなかったとか、そのうち一人は新米冒険者だとかそんな噂を聞いているんだが、そんな人数で大丈夫なんかねぇ。このアルビスも最近きな臭いんやけどなぁ。最近人さらいが頻繁に現れているんだよ。嬢ちゃんも気をつけてな」


 エルフの女王は護衛出し渋ったのではなく最大戦力を投入していますし二人ではなく四人です。恐らく南の砦で直属の護衛が入れ替わり、古竜が追加された話までは伝わっていないようです。どうやら噂が間違って伝わっている可能性があります。恐らくデレス君主国に滞在している間に伝わった噂なのでしょう。


「確かに人は少ないですけどそれは補給とかの問題でしょうね。戦力は半端ないと聞いて降ります。人さらいぐらいなら護衛に掛かれば簡単に返り討ちにされるのではないでしょうか?」


「して、その護衛はどれぐらいの腕前なのか?」


「私は魔王でも用意しないかぎり瞬殺されるのではないかと思います」


「それは流石にホラやろ。そんな護衛がついていたなら超級Sクラスを超えた冒険者や。神級EXクラスの冒険者などここ数十年聞いた事もないがな。そもそも極級SSクラス絶級SSSクラスですから聞いたことが無い。まぁ超級Sクラスはそこそこいるがな、アレは名誉職みたいなものだな。国が箔付けの為にかならず一組は置いているぐらいだからやたらと多いな。……エルフの王国ではそう思われているのかなぁ。ま、それはそれで良い話を聞いたわ。これはオマケだ」


 商人はそうと言うとあめ玉を渡します。あめ玉は1個銅貨1枚で売っていますが平均的な準市民の一日の収入が銅貨1〜2枚なので決して安いお菓子みたいでは無いです。


「ホラではないと思いますけど」


「食いつくなぁ。もしかしておまえさんがその護衛とやらか?」


「いや違います」


 反射的に否定してしました。


「……まぁいいか。そんな伝説が護衛についたのを秘匿しているとなると……エルフの王国に何か企みが……いやもう商人が首を突っ込む領域ではないな……」


 たぶん、それは無いと思います。


「ところで超級Sクラスと言うのは強いのでしょうか?」


「まぁ超級Sクラスはお飾りみたいなモノだから実際の強さとはかなり違うな。中には《かけだし》の実力しかないのに国のプライドの為に超級Sクラスやらされているパーティも居るぐらいだからな。ただ今闘技場に来ている……名前が思い出せんが……あいつらは超級Sクラスでも割と強いぞ。何しろ特級Aクラスでの下積みが長いし何しろパーティの連携がものすごい上手い。連携が上手すぎてあのメンバーが一人でも欠けたら崩壊しないのか心配になるぐらいやな」


「ところで特級Aクラスというのは?」


「あら、エルフの王国の冒険者には格付け制度がないのかい?」


「エルフの王国の冒険者ギルドは冒険者の実力は位階レベルで現していますね。ちなみに私は位階レベル10みたいですけど」


「ああ、あそこは、冒険者の絶対的実力を判断する制度なんや。まぁその位階レベル10がどれぐらい強いかは分からんけど一応中堅クラスなんかな?フェルパイア広域冒険者ギルド連合は格付け制度を取っているんよ。下から、《かけだし》、《中堅》、《準級Cクラス》、《急級Bクラス》、《特級Aクラス》、《超級Sクラス》に分類されるな。個人に付ける場合も多いが準級以上の上級は、大体パーティに付いている格付けや。一応準級Cクラス以上が魔物退治に遠征出来る冒険者な。特級Aクラスにもなるとフェルパイア随一の冒険者や。まぁ超級Sクラス特級Aクラスより上にされているが先程言った国の都合で特級Aクラスより数が多くて飾りみたいなのも多いけどな。商人はこの格付けと予算と行き先の安全性を加味して雇う冒険者を決めるものだよ。参考になったかな」


「大体、分かりました」


 そこまで話を聞くと店を立ち去り香辛料の入った袋ごと無造作に巾着にしまい込んでおきました。次に回ったのは穀物を売っているお店です。


 穀物を売っている店に行くと売っている小麦粉は全て小金色をしていました。店主に白い小麦がないのかと聞いてみたところ白い小麦を作るには高度な技術が要るらしくエルフの王国から輸入しているそうです。その量はかなり少なく入荷する前に全て金持ちが買いとってしまうので市場には流れてこないのだそうです。小麦以外には大麦、ソバ、それから見慣れない細長い穀類などが売っていました。アルビス市では小麦より大麦をメインに食べるらしくパンより粥にして食べる事が多いそうです。小麦はパンにして食べるらしいですが、アルビス市はともかくフェルパイアは全体的に小麦に適している土地が少なく割と高級品に入るそうです。それでも小麦粉を焼き固めると長期間保存できるので軍隊が携行食として使うことがあるそうです。市場にも焼き固めた固いパンが売っています。それは固くて丸く平たく大きなビスケットみたいな感じです。試しに一枚買って叩いてみるとコンと言う音がしました。固くてそのまま食べるのは辛いのでちぎって水やスープなどに浸して食べるそうです。これだけ固く、あまり美味しくないのにかなりの高級品の様で、こんなに高いのに需要があるのかと聞いたところ冒険者が携行食として買っていくと言う話です。冒険者の食は味より携行に適しているかが重要なので固いパンや干肉の様なものを多少高くても買っていくそうです。人里離れた場所での冒険の最中に食糧が切れるほど冒険者に取って致命的な状況は無いのでこのような携行食は必須だそうです。要するに里にある薄く焼いた保存食みたいなものでしょうか?ただし里の保存食は水につけなくてもそのまま食べられます。


 小麦粉はエルフの王国で十分な量を調達しているので当分必要無いですし、それ以外の穀物も特に興味が湧かなかったので穀物の補充はせずにそのまま店を後にし市場を巡回していました。当然ながら市場の中では焼いた肉が売っています。羊の肉を削いで棒に丸っと巻き付けてじっくり火で炙っている焼肉がつけ込んだ香辛料と絡み合い芳ばしい匂いを漂わせており空いたお腹にずしりと響いてきます。しかしながら晩餐会の前に買い食いは辞める様に筆頭書記官オーガ・ロードに申しつけられているのでぐっと我慢しました。そこの竜は喉をゴクリと鳴らしてました。少しは我慢を覚えないさい何度も諭しました。こっちも我慢しているのですよ。


 アルビスは果物も豊富です。特に柑橘類の種類が大変豊富でいろいろ並んでいます。それ以外の果物、例えば石榴ざくろ無花果いちじくと言ったモノも所狭しと並んでいました。ただ生の果実は少なくほとんどが干した果物でした。これはアルビス市では果物類の大半を輸入に頼っているからのもありますが、冬場は保存に干し果物が中心になるそうです。生の果物はもう少し夏から秋に並べられるそうです。夏場は保存に適さない西瓜すいかと言った果物が売られるそうです。


 果物類は晩餐会までに食べる必要はありませんし明日の朝以降に食べても良いので多少買ってみることにしました。帝国銀貨一枚払って数種類の果物を見繕って袋に詰めて貰い宮殿まで戻るとちょうど日暮れの鐘の音が市内に響き渡っていました。


 竜が果物を欲しそうな目で見つめてみますが「これは晩餐会の後に食べるものです」と言いながら巾着の中にしまっておきます。筆頭秘書官に見つかると何か言われそうな気がするので巾着の中に隠しておくことにします。何でも入る巾着ですからこの程度の果物は袋ごと巾着に入ってしまいます。巾着の中に先程買った香辛料と果物がちゃんと入って居る事を確認してから宮殿の中に戻ります。

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