デレス君主国13 変な踊りの巻
既に日も暮れ夜の闇の中に星々が瞬いています。大天幕の前には篝火が並べられ煌煌と闇を照らしています。篝火の作り出す小径を私と竜と族長はくぐり大天幕の中に入ります……昨日より多くの食べ物がそこには並べられています。
「主、我はすぐにもむしゃぶりつきたいぞ」
「少しは我慢しなさい」
大天幕の中の雰囲気は昨日とは打ってかわり陽気な空気が流れています。今晩、奥の方に座しているのは〔大ハン〕ではなく優男の様です。どうやらデレス相撲の優勝者が今日の主賓の様です。中を見渡すとすっかりできあがった男達が大声で話をしています。どうやら今日の相撲の感想戦を行っている様です。かなり盛り上がっている感じでしたが、私にはよく分かりませんでした。天幕の中に漂う甘い空気はどうやら酒精の様です。今日の宴には酒精が振る舞われている様です。その甘ったるい匂いはどうやら馬の乳から作った馬乳酒の様です。族長曰く『今晩は身内の宴だから酒が出る』だそうで族長も早速話の輪の中に入り盃を煽っていました。それを横目に見ながら私はお椀にお茶を注ぎながら本日の夕食の方を見渡します。量は多いですのですが昨日とあまり代わり映えはしませんでした。竜は並べてある大皿を丸ごと一人で食べ尽くしそうな勢いで食べています。周りが少し引いている気もします。取りあえず竜は放置しエレシアちゃんの姿を探す事にします。
エレシアちゃん一向は天幕の右隅の一角に集まっていました。私がそこに向かうと筆頭秘書官がとても暑苦しく今日の相撲について熱く語っていました。
「やはり男同士がっぷり組み合ってくんずほずれつしているのは溜まりませんわ。勤続休暇を断って派遣団に参加して正解でしたわ」
この筆頭秘書官は一体何を言っているのでしょう。
右と左の方を見ると、この相撲を王国に持ち帰れないかと話し合っていました。デレス相撲は男同士でやるものですよねとやんわり指摘すると『それなら女同士でやるエルフ相撲を作れば良い」「それいただきました」などと意味不明の事を話しています。どうやらこのアホの子二人も酒精にやられた感じです。
それはともかくエレシアちゃんに話しかけます。エレシアちゃんに今日の具合を聞いてみると『す……少し疲れました』と言っています。エレシアちゃんは繊細なのできっと緊張しすぎたのでしょう。もう少し余裕を持ってくつろいで過ごすべきだと助言します『フ……フレナ様、で……できますか……』と言っていましたが、エレシアちゃんの存在そのものが癒しなのですから大丈夫ですと強く言っておきました。
天幕の中央では皺が入った男達——筆頭秘書官はこの人達のことを『おっさん』と言っていました——が輪を作って変な踊りを踊っています。ゾンビが現れたかのような仕草で太鼓や不思議な楽器や怪鳥の様な歌声を出す歌い手が紡ぐ音楽に併せて変な踊りを踊り続けています。それに併せて酔っ払い達が手を合わせたり、かけ声をかけていましまた。奥の座では優男がもみくちゃにされていました。……そういえば〔大ハン〕とそのご子息を見かけません。
「そりゃ、〔大ハン〕様がここに居られたら彼等も騒げないからのぉ」
不意に赤ら顔の族長が現れてそう呟きます。私達の間にどっしり座って酒をぐいっと飲んでいます。
「それよりわしの孫はどうじゃったか?賢いだろ。おぬしの婿にどうじゃ?」
「そう言われましても年の差もありますし……」
「エルフから見たら人間の寿命は一瞬なじゃろうがなぁ、それでも楽しいぞ。この宴をみよ」
そう言いながら酒の入った盃を飲み干します。
「今日の宴は、ご先祖様に楽しんでもらうのが目的じゃから、わしら楽しそうにしていないとご先祖様も楽しくないじゃろ。だからこうやって騒ぐわけじゃ」
「主賓は、あそこの優男では無いのですか?」
「今日の主賓は、ご先祖様じゃ。こうして楽しくお迎えしてるわけじゃ。奴はご先祖様達の接待係じゃよ」
デレスの神話によれば夜が一番長い日にご先祖がやってくるでした。それはちょうど年の最後に当たる訳です。これは偶然でなく年の最後が夜が一番長い日になるように暦が作られているからですすが、あのおっさん達が奇妙な踊りを踊っているのも接待なのでしょうか?そこは、きれいどころを並べるべきでは無いかと思うのです。おっさん達の奇妙な踊りを見るよりエレシアちゃんを見ている方がよっぽど癒やしだと思います。
「まぁ、それより今はこれじゃな」と言いつつ族長は緋色のガラス瓶を取り出します。
「
「エルフの王国から取り寄せたとっておきじゃぞ。こういうめでたい日に飲まずに何時飲むと言うのじゃ」
族長もすっかりできあがっている様です。
「わしも久しぶり踊りに参加してくるかのぉ」
ワインをがぶ飲みしながら族長が言っています。
「あの葡萄酒は?」
こっそり秘書官に聞いてみます。本当は筆頭秘書官に聞きたいところですが未だに相撲について熱く語っているので話しかける隙がありません。
「恐らくエルフの王国の西の
秘書官はワインの瓶を眺めながら言います。私は酒類には興味が無いとでエルフの王国では特に気にしなかったのですが葡萄酒は王国の重要な交易品の一つだそうです。それも古いモノほど価値が高く。エルフの王国は百年級の葡萄酒がその辺に転がっているので人間さんがありがたがって高値で買ってくれるのだそうです。
「まぁドワーフはワインを飲みませんけどね。あいつらは酒の味が分からないですから。ドワーフは単なる
「ところで今日は〔大ハン〕を見かけませんけど?」
「〔大ハン〕様は、わしらが恐縮しないように気を遣ってるのじゃぞ。それから〔大ハン〕様は過去の〔大ハン〕様達を持てなさいといけないからな今頃家族総出で儀式を行っているところじゃろう」
「儀式というのはどういうモノなのでしょうか?」
「〔大ハン〕様の一族のみに伝わる秘儀と言われておるのじゃ、わしもこの年になるが一度も見たことが無いのじゃ」
「それはいつから行われているのでしょうか?」
「その辺は良くは分からぬ……東の砂漠に居た時代から続く秘儀とだけは聞いておる」
東の砂漠に居た時代と言うと数百年前でしょうか……私が森で訓練していたぐらいですし神秘性は無さそうです。
「それでは〔大ハン〕の息子達も一緒でしょうか?」
「ああ、そうじゃ。あの賢きムルク様も〔大ハン〕様と一緒じゃ、それでじゃ、この間ムルク様が……」
……族長に聞いてはいけない事を滑らせてしまったようです。再び孫の自慢話が延々と始まってしまいました。
これは長くなるなと思った瞬間、外から聞こえる叫声で話は中断されました。
「た……大変です」
大声を上げながら大天幕の中に女性が飛び込んで来ました。見るとそれは昼間、休憩所にいた少女です。
「……見かけませんでしたか?」と言いながら大天幕の中を慌てふためきながら駆けずり回っています。
「どうしましたか?」
思わず声をかけて呼び止めてしまいました。
「グルク様を見かけませんでしたか?」
グルク様……昨日天幕に怒鳴り込んできた小僧でしょうか?
「いえ、今日は見ていませんけど?どうしたのでしょうか?」
「グルク様がいつまで経っても〔大ハン〕様の
それより宮殿天幕とは何でしょう?ここより大きな天幕があるのでしょうか?エレシアちゃんに聞くと昼間、そこで〔大ハン〕と面会があったそうです……。もしかするとデレス相撲の手伝いよりそっちを見にいった方が良かったかも知れません……。
「んーわしも今日は見てないのぉ」
族長が言います。
「そ、それは困りました……。親子水入らずで合われる少ない機会におられないとは……ああ、もしかしてクユグ様みたいに出奔なされたとか……」
少女が取り乱して言います。
「ま、それはないじゃろ、あいつはそう言うタマじゃないからな」
「イブル様、どうしてそういうことが言えるのでしょうか?グルク様はお優しくいつも部下のことを案じて居られます。聡明で勇ましくデレスでは右に出るものはない勇者です。さればこそ」
なぜか少女が族長に食ってかかります。族長の名前はイブルと言うのですか……今知りました。
「いやまぁ、だからじゃ。自分の部下を捨てて出奔などせんじゃろ」
族長が苦し紛れにいいます。
「そ、それはそうですね。グルク様が私どもを見捨てるはずがありなせん。取り乱しましたわ」
「それより最後にグルク様を見たのはいつでしょうか?」
「今日の朝です。休憩所に行く前に拝見しています」
「それでは調べてみますか……案内してくれます?ノルシア何時までも食べてないで行きますよ」
相変わらず肉にしゃぶりついているノルシアを引き剥がし、少女の案内で五男の天幕の方に行きます。
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