デレス君主国9 開幕の巻

 エレシアちゃん達の天幕にたどり付くと周りの様子を確認します。森の様に林立している多くの天幕に大勢の人が詰めかけていますがエレシアちゃんの周りの天幕はそれほどでもありません。身につけている衣裳も派手な色合いで宝石類も身にまとっておりこの辺は貴人の集まっているスペースの様です。


 竜が息を切らせているので水筒に入ったお茶を与えていると見慣れた顔が飛び込んで来ました。


「族長はなぜここに居るのでしょう。ご自分の天幕があるのでは?」


 仮にも氏族長と名乗っているからにはこの辺の大きな天幕を一つ占拠していそうなはずですがなぜかエレシアちゃんの天幕の中にさぞ当然の様な顔をして居座っています。


「なに、わしは解説役じゃ。ほれお客人達はデレスの相撲とやらを知らぬだろう。それゆえ〔大ハン〕がわしを使わせたのじゃ」


「何も族長で無くても構わないのでは?」


「そりゃ〔大ハン〕の立場もあるじゃろ。どこの馬とも知れぬ若い衆を付けて粗相でもしたら〔大ハン〕が却って恥をかくだけじゃしな」


「もし粗相をしたら……」


「まぁ死刑だろうじゃ。わしは老い先短いゆえ大丈夫じゃ」


 そのつもりも無いのに族長がさも当然そうに言います。


「それよりアイツが今年の優勝候補じゃ。うむ体調もバッチリと見える」


 そういうと小太りの男を指さします。顔つきはやや精悍で日に焼けていますが一見すると柔和な感じです。しかし目つきは鷹のようにするどく油断できなささそうな狡猾さを内に秘めている感じです。上半身は何も身につけておらず肌が見てています。頭の上は髪の毛がさみしく地肌が見え隠れしていました。腹部はポッコリ突き出しており、一見強そうには見えません。しかも腹部の曲線は残念という他ありません。どういうことかと言うとポッコリ突き出したお腹が綺麗な曲線を描いていないのです。むしろだらしがない感じがします。とはいえ、直線的で腹が直線で何分割もされているよりはずっとマシ外です。そのような腹部を持つ選手も周りに何人かおり、その肉体は鍛え上げられ筋肉が隆起しており強そうな感じがしまます。しかし腹部の直線がすべて台無しにしていました。


「その優勝候補はあのあたりにいる肉付きの良い若者たちより強いのですか?」


「試合を見てみるといい。あいつらでは手も足もでんぞ。デレスの相撲は若さや筋肉だけでは決まらない。駆け引き、身のこなし、打たれずよさ、経験、それら全てがバランス良いものが最強なのじゃ」


 族長は言います。


 林立した天幕の中は既に人で溢れかえってます。その最前線には若い女性が沢山陣取っています。色取り取りのデレスの衣装を着込んだ彼女たちは贔屓にしている選手を見つけると手を振りながら大きな声で選手の名前を呼んで必死にアピールしています。そういえばデレス相撲は男にとっては己の強さをアピールしてお嫁さん探しをするのでした。嫁に行く方の女性も意中の男性を射止めようと必死にアピールしているようです。 会場の外周を登場選手達が手を振りながら巡回しています。選手が天幕の前を通る度に歓声が湧きます。登場する選手の数は二百ぐらいでしょうか?少なくとも里より沢山の選手がこの大会に参加するようです。


巡回が一段落すると白い髭を生やし濃く日に焼けた深い皺を顔に刻んだ白い髪の男が会場の一段高い壇上の上に立ちます。それを見た選手達は一斉に駆け出し、壇上の前に整列します。足元覚束なく壇上に立った男は弱々しい見た目とは似つかない透き通った声で話し始めます。デレスの〔大ハン〕言葉で話し出したらしく良くは聞き取れません。そこは族長が通訳してくれました。


「今から開会式が始まるぞ。ビシッとして話を聞くが良い」


『よくぞ集まったデレスの若き民よ。今日は年暮れのデレスの祖先に奉るデレス相撲の試合である。この会場に参加した勇者もそうで無い明日の勇者も今日と言う日を待ちわびて居たであろう。そもそもデレスの相撲は古の伝承によれば、荒涼の凍てつく無人の砂漠に天のみが有った上古の時代に天より舞い降りし蒼炎の雄狼と銀氷の雌狼が舞い降り紅の牡鹿と白き牝鹿を解き放ち砂漠を生命溢れる大地に買えたと言う。そして銀氷の雌狼は、火焰の飛鷹、深紅の大鷲、黄玄の大虎、純白の獅子、妖紫の捷豹、青白き羚羊、黒白の猛熊、赤銅の野兎、黒灰の狡狐、黄緑の隼、漆黒の山羊、紅蓮の狼らを産み最後に天に帰っていった。残された蒼炎の雄狼は天に吠え、残された子ども達の行く末を天に願った。天はその願いに応え、山吹の雄羊と乳白の雌羊のつがいを蒼炎の雄狼に与えた。乳白の雌羊は乳を子ども達に与え、山吹の雄羊の手ずからの毛で寒さをしのぐ服を与えた。また白き雄山羊と黒き雌山羊が自らの血を飲ませ、蒼白の雄馬と丹赤の雌馬は彼等達を乗せ砂漠を飛び交った。成人した蒼炎の雄狼と銀氷の雌狼の息子達は人の姿を取りて大いなる砂漠の支配者となった我らの先祖である。我らはその始祖たる精霊に感謝の意を表し、その健全な精神とそれに従属する肉体を示し、この夜の最も長くなる季節に大地に一時帰りし始祖たる精霊を歓待するのである。皆のモノ始祖たる精霊に感謝の意を込め今こそ奉納の相撲を行わんとす。くれぐれも粗相ならぬように』


 そこから果てしなく長い『近頃の若い者は……』で始まる話が始まったので以降は割愛します。中座したかったのですが、族長に止められました。目をこすりながらよく分からない説教を延々と聞かされた後、壇上の男は最後に声を張り上げて言います。


『くれぐれも祖先たる精霊に失礼の無きよう、正々堂々全力を尽くし勝負する事を誓え』


 そのかけ声と共に壇上の男は思いきり「ゴホゴホ」と咳き込みます。壇上に水筒を持った女性が駆け上がってきて言います。


『おじいちゃん無理をしないでください』


『娘よ。わしはまだ爺では無い』


 爺と呼ばれた男はそう言って女性から水筒奪うとクイッと飲み干し再び、声を張り上げます。


『皆のモノ正々堂々と全力を尽くすか!?』


 そうすると会場に並んだ選手達が「おう!」と叫びます。話が無駄に長かった気がするのですが、これで終わりでしょうか?


『それでは次は〔大ハン〕様からのお言葉だ』


爺がそう言って壇上を降りると近衛兵に囲まれた〔大ハン〕が壇上に昇ります。


「開会式はまだ続くのでしょうか?」


「〔大ハン〕のお言葉の後、〔大ハン〕の奥方のお言葉、それから去年の優勝者の言葉と続いて、今年の選手代表の宣誓そして、審判団による競技の説明があるぞ、それから選手退場の行進が行われそれから試合開始じゃ」


「どれくらいかかるでしょうか?」


「そうじゃな……お昼過ぎには終わるじゃろ」


 まだ日がでてそれほど立っていない時間だと思うのですが……。冬場は朝が遅いとは言え日の出前には起きていますし、それから準備を行いましたがそれでも普段起きて朝食を食べているぐらいの時間にしかなっていません。そこから昼過ぎと言うともう一食食べてくればよかったと思えるぐらいの時間です。竜の方を見ると如何にもじっと起きている様に見えますが、どう見ても寝ています。右と左のはこのような場には慣れたものか平然としております。エレシアちゃんは真剣に話を聞いていました。


「まぁ、これだけ長いと調子悪くなるものも出るからの。休憩所で休んでも良いのではあるがな。あと水分はあまり取らんほうがいいな便所は混むからの。その辺で穴を掘ってしても構わんがな」

「そうですか」


 最後の一言はは余計だと思います。それはともかく休憩所と言うと先程いた天幕ですが、丁度真反対の方向にありかなり遠いです。それに先程の様に会場の上を跳んで行くのは少し難しいところです。ここは素直にじっとしていることにします。デレスの神話や伝承については多少興味があるのでその辺りを話す時は良いのですが、選手達の説教となると皆揃ったかのようにお決まりの文句を延々と繰り返しているだけなので正直退屈過ぎます。あくびをかみ殺しながら、さてどうしたものかと思案しつつ時間を潰していると選手達が退場し始めます。


 どうやら開会式が終わったようです。

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