デレス君主国10 予選の巻

 とても長い開会式が終わり、少し長い休憩しに行くことにしました。すっかり疲れました。身体がこわばって仕方が無いので、軽く伸びをしたあと、右腕を左肩に巻き付け凝り固まった腱を伸ばします。左腕も同様にします。最後に両手を組んで大きく伸びおします。一方隣に居た竜は器用に目を空けたままぐっすり寝ていたようで逆に元気であふれかえっている様です。エレシアちゃんはかなり疲れた様で、秘書官に抱えられて休んでいます。秘書官に「私が変わりにエレシアちゃんの面倒を見ましょう」と声かけしたのですが「賢者様は今のうちに休んでください。この後忙しいですから。出来れば軽食を食べておくとよろしいかも知れません」と断られました。右と左の二人は流石に緊張していたらしく脱力すると床の上にへたり込んでいました。床には赤を貴重とした幾何学模様が編み込まれた絨毯が引かれており、ほんのり温かく油断すると寝てしまいそうな感じです。


 しばらく時間があるようなので今のうちに用事を済ませようと思います。デレスの人達は昼食は馬乳酒で軽く済ませる様ですがそれでは持ちません。隣に居る竜も『早く飯を食わせろ』と言う顔でこちらを見ているので一緒に先程の休憩所に向かいました。


 休憩所に向かうと先程とうって変わって混んでいました。先程の赤い服を来た侍女だけでなく、青や黄色や白い服を来た女性達もその応対をしています。天幕の中に入ると赤い服の侍女が話しかけてきます。


「試合はどうでしたか?」


「ちょうど開会式が終わったところでまだ試合は始まっていません。今からしばらく休憩を挟んでそれから試合を始めるそうです」


 侍女は目を輝かせながら開会式の話を聞いてきます。……長々と同じ説教を繰り返していただけなのですが登壇する順番を話しただけで目の色を変えながらしつこく内容を聞いてきます。話の半分ぐらいは既に忘れているので適当に返しておきました。


「ところでグルク様は見かけなかったでしょうか?」


 グルク様……そういえば聞き覚えがあります。族長が昨晩説明していた〔大ハン〕の息子の一人で五男の名前でしたでしょうか?たしかグルク・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとか・ウヌ・なんとかさんで、昨日、天幕に喧嘩越しで乗り込んで来て〔大ハン〕に向かって叫んだあとそのまま引きずり出されて帰っていった人です。


「〔大ハン〕の息子さんのグルク・ウヌ・なんとかですか?」


「ええ、〔大ハン〕様のご子息のグルク・ウヌ・ドゥエム・ウヌ・イルム・ウヌ・ディトゥ・ウヌ・ジルチ・ウヌ・ヤンジ・ウヌ・ディエン・ウヌ・ボルム・ウヌ・ヤルク・ウヌ……様です」


 デレス人は、あのやたら長い名前を全部覚えているのでしょうか……。あのような名前は一生覚えられる気がしません。


「グルク様なら昨日天幕で騒いだ後、見ていません。開会式でもそれらしき人は見ていません」


「……そうですか……」


 侍女が溜息をついています。


「どうしたのですか?」


「いえ、グルク様はデレス相撲にどうしても出たいとおっしゃっていたのですが、やはり出られなかったようですね……」


「グルク様は大会に出られないのですか?」


「はい、大会に出れる事が出来るのは氏族の下に居る壮年男子だけなのです。グルク様は氏族の上の階級、それも〔大ハン〕のご子息ですので

出場することが出来ません。上のもの達は奉納が滞りなく見届ける義務があり大会そのものへの参加は許されていないのです」


「それは伝統なのですか?」


「そう聞いております……グルク様は伝統を変えてやると息巻いていましたが、やはり無理でしたか」


 そう言うと侍女は溜息をついています。


「それより何か食べ物と飲み物をいただけませんか?隣に居る大食らいの分も」


「我はそんなに大食らいか?」


「どん引きするほど大食らいですよ」


「かなり少食になったと思ったのだがな」


「人の世界を竜の基準で見ないように」


 耳元でささやきました。


「その基準とやらを我は知る必要があるのだな」


「そういうことです」


 人の世界の基準については私もよく分かってませんが、これから学んでいけば良いことだと思います。


 休憩所で串刺しにした焼いた羊肉を何本が食べると元の天幕に戻ります。竜は肉を抱えてホクホクしています。


「それは他のメンバーの分も入って居るので一人で全部食べてはいけませんよ」


 試合開始まではまだ時間があるそうで、エレシアちゃんは誰かと話をしていました。赤い衣裳を着込んだその男は、少し皺の入った鋭い顔で少し優しげな瞳をしており中肉中背でそこそこの肉付きをしています。かなり鍛錬している感じの体つきです。


「こちらは〔大ハン〕の次男のジナグ様です。正式な名前は……」


 秘書官がこちらに現れ話しかけます


「そこからは長いので省略していいです」


「賢者様、お初にお目にかかります。紹介に上がりましたジナグです。エルフの王国の姫君が来られていると聞いたゆえ機会と思い挨拶に伺ったまで」


 男性が古風な共通語で話しかけてきます……ところで私を賢者様と吹き込んだのは一体誰でしょうか?


 竜がその隙に天幕の中に入って肉を食い散らかそうとしているのを引き留めます。竜娘から肉を取り上げて左右の清掃係に預けます。竜はふてくされています。


「ジナグ様、初めまして。私はエレシアちゃんの護衛として冒険者ギルドから雇われている魔法剣士のフレナと申します。こちらは従者のノルシアです」


 ノルシアの襟をつかんでお辞儀させます。


「ノルシア殿と申すか?羊肉がお好みなのかな?」


「我は肉なら何でも好きだぞ」


「今回の催しには私も多くの羊を提供している。存分に食べられると良い」


 竜が目を輝かせています。話を鵜呑みにして羊を丸呑みしそうな勢いなので後で釘を刺す必要がありそうです。


「それほど羊を提供してしまって大丈夫なのでしょうか?」


「手元にあまり沢山の羊があっても冬を越せるのが大変だからな。去年と同じ頭数まで減らしておる。しっかり面倒が見られる頭数以上羊を飼っても意味が無かろう。頭数を増やさない分、羊に手間がかけられる。そうすることで旨い羊肉が取れるし商人が羊毛を高く買い取ってくれるのだ。無理に羊を増やすと草を食い尽くしてしまう。そして草を尽くすと草原は荒れ地に荒れ地は砂漠に変わってしまうそうならない様に羊の頭数を制限すべきなのであるが皆増やすことにばかり考えて居る。無理に羊を増やすより一頭の価値を上げる事の方が重要では無いかと思う」


 羊を増やすことが良いこととされているデレス君主国において、この次男は一風変わった考えを持っている感じです。


「それはともかく賢者様、弟のサトゥの様子を見てやってはくれぬか?落馬してから足を引きずってあまり動き回れないそうで、馬に乗るのも従者三人がかりだそうだ。賢者様の力で治せぬだろうか?」


「私は賢者ではなく魔法剣士のフレナですので……怪我の治療に関してはエレシアちゃんに頼んだ方がよろしいのでは?」


「エレシア姫の治療の腕は確かなのですか?」


「ええ、エレシアちゃんは優れた治癒術師ヒーラーです」


「……いや……それは困るな……エルフの王国に借りを作ってしまう……それに後継者問題にも影響を与えてしまうに違いない……やはり、この話は、聞かなかったことにしてくれ」


 何か気になることを言っています一旦忘れることにします。次男には思慮深い側面が見え隠れします。


「それではお騒がせした。そろそろ戻らねばならぬでな。下僕達が心配しているだろうからなそこの娘も羊肉を食べたそうな顔をしておる」


竜の方を見ると肉を見ながらよだれを拭っています。〔大ハン〕の次男は、ゆっくり天幕を後にします。


 そういえばエレシアちゃんはどうしているのでしょうかと奥の方を見やると椅子に座って目をつぶって瞑想していました。かなりお疲れみたいなのでその姿をじっと眺めていました。


 ああいうときは温めた手拭タオルを目の上に載せると気持ち良いので、温めた手拭を用意します。そこで巾着から手拭を取り出すと水精さんと火精さんに一声かけます。少し待てば温めた手拭のできあがりです。


「ひゃっ」


 手拭をエレシアちゃんの額の上に載せるとびっくりして叫声を上げます。


「あ……フ……フレナ様」


「エレシアちゃん驚きましたか?でもこの手拭を額に載せておくと気持ち良いです。目に温かみがジンワリと浸透してリラックスできます。しばらく、そのまま休んだらどうでしょうか?」


「そ……そうさせて貰います」


 ついでに外から帷帳を下げておきます。エレシアちゃんの周りに帷帳を下げておく事で外から見えなくなるだけではなく陽光も遮断してくれるのでくつろげるのでは無いかと思います。

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