デレス君主国7 準備の巻

 族長に連れられ大天幕を出るとやんわり日差しが照りつけています……それより風が凍てついています。やはり寒い気がします。まぁ真冬なので仕方が無いです。一応隣に半精霊の竜が居ますので竜を通じて風精さんと火精さんを呼びだします。風精で凍てつく風を閉ざし火精で身体を温めます。これは良い感じです。竜が抗議していますが……あれだけ食べていたのでほんの一寸の精霊を借りても全く問題無いはず……ありません。それでもまだまだおつりが沢山あるはずです。それ以前に下僕なのですから少しは言う事を聞いて貰うことにします。


「分かりましたか?」


 これで大丈夫です。


「我もほかほかしたいぞ」


 などと竜が言っていますが放置して起きます。その程度は自力で出来るはずです。何しろ半分精霊です。


 族長が前を歩き、その後ろを私達がついて行きます。天幕が並んでいる場所を抜けると荒野が一面広がって居ます。地平線まで荒野が埋め尽くしています。


 その中に沢山のデレス人が言ったり来たりしています。1,2,3……百人超えた当たりで数えるのを諦めました。やはり人間の国は人が多い気がします。デレス君主国はあまり人口が多くない国らしいですがそれでもエルフの王国の首都並みに人がいます。一体どこから現れているのか皆目見当が付きません。


「この国には一体どのくらい人が要るのでしょうか?」


 族長に聞いてみます。


「分からぬ」


「分からないのですか?」


「数えたことは無いからな……だが、恐らく〔大ハン〕なら恐らく知っておろう。だが教えてくれぬとは思うがな。まぁざっくり言うと氏族一つが数百人から万人おる。その氏族が百前後あったじゃろうか」


「教えてはくれないのですか?」


「どれだけ兵隊が動かせるかは〔大ハン〕の機密事項じゃ。ゆえに人口も〔大ハン〕のみが知っておる。仮に他に知っているものが口を滑らせれば……たぶん死刑じゃろ」


「死刑ですか?」


「こう、すぱっと首が刎ね飛ぶだろうな」


 族長は首を着るように手を動かしながら笑います。そんなに首を刎ねまくっていたら人が要らなくないのでしょうか?族長に聞いてみましたが軽く微笑んだけで何も答えません。


「それより作業じゃ作業じゃ。お前さん達ぼーっと立っておらんで手伝ってくれんか」


 そこには木の棒・紐・動物の皮・獣布フエルト・骨などが沢山並べられています。フェルトは原色をパッチワークの様に組み合わせた派手な紋様をしています。原色を組み合わせると派手すぎな感じもしますが、ここにあるのは色が空に良く馴染んでおり嫌みを感じさせません。これらを組み立てると天幕の様なモノが出来そうな感じです。


「これは天幕ですか?」


「ああ、これは貴人用の天幕じゃよ。上の屋根はしっかりしているが横の方は見通しが良いじゃろ。それからこの防柵フェンスが風を防いでくれるわけじゃ」


「先人の知恵ですね」


「そうじゃ。だがこいつを組み立てるには五人がかりじゃな。余人を連れてくる上少し待っておれ」


 そういって族長は人の群れの中に颯爽と駆けていきます。周りを見渡すと他にも似たような天幕が並んでいます。どうやら、この一帯は婦人の観戦エリアみたいです。周りの天幕とそこに置いてある棒や布を見比べると割と簡単な構造で組み立てられている感じです。そこで見よう見まねで組み立て見ることにしました。


「ノルシアはその棒を真っ直ぐ立ててしっかり持っていてください」


「こ、こうか?」


「そうですそのまましっかりおさえて居てください」


 まず中心になる棒をしっかり土の中に埋め込み直立させます。その四方にみ棒を埋め込むとその上に布・皮を被せて広げていきます。かなり大きな布でした。棒が倒れれない事を確認したら今度は前後に防柵を並べていきます。


「こんな感じでしょうか?」


 竜が乗っても大丈夫そうです。それに間違っていたら分解して建て直せばいいだけです。


 そうこうしていると族長が何人かの若者を連れて駆けながら戻ってきました。族長は肩で息をしながら問いかけます。


「それでは皆に手伝って貰おう……おや?……客人よ、ここにあった資材は知らないか?」


「あ、それなら先程組み立てました。ほらこちらに……問題があれば解体します」


 先程組み立てた天幕を指さします。


「ふむ、よく出来ているな。見た目はな。じゃがちゃんと打ち込まないと天幕は一瞬で崩れてしまうのじゃ。どれどれ……」


 族長は天幕を支えている棒を揺らしたり衝撃を与えたりしています……。


「何と頑丈な……これほどの天幕を作れるとはお主ただ者では無いな」


「タダのエルフですけど」


「いやいや、これは後学のためにももう一つお願いできるかな?ここに居る若者にも教えてやりたいぞ」


 族長が懇願するのでもう一つ天幕を建てました。


 先程の様に棒を何本か差した後、一気に布・皮を被せていきます。


「こんな感じです」


「ちょ……ちょっし待て、いましがた、その布を宙返りしながら棒の上にかけていたよな?」


「ええ、簡単ですよ。ここの端をもって、一回転しながら被せると綺麗にふんわり布が棒の上に載せられます」


「……流石にそれは人間には無理じゃ……もう少し簡単な方法なないのか?」


「いえ、コレより簡単な方法は分かりません……」


「……まぁ、これは例外じゃ。そこのモノ達、天幕の建て方を今から説明するからな。あ、客人達は疲れただろうからそこでしばらく休むと言い。お茶と茶菓子もあるぞ」


 若者の一人が運んできた温かい水筒と袋に入った白い塊を族長が私に渡しながら言います。


 それから族長は懇切丁寧に若者達に天幕の建て方を説明しました。かなり長い時間をかけながら五人かかりで天幕を作り上げていきます。白い塊のお菓子とお茶をのんびり飲みながらその様子を拝見することにします。そこの竜……がっついて食べるんじゃ有りません。


「これは酸っぱいぞ」


 慌てて竜から白い塊を取り上げます……。全く油断も隙もありません。


「減るもんじゃないじゃろ」


「これは食べたら減ります」


 天幕に囲われた大きな空間を覗いてみると徐々に整備されて会場らしきモノが出来ております。整備されたと言っても石やガラクタの類が取り除いているだけです。


「あの広場が会場なのですか?」


「まず、あそこで一斉に予選をやるのじゃ」


「でここに居る方々は予選には出られるのでしょうか?」


「僕はまだ資格がありません」


「僕は予備予選で落ちました……」


 ここに相撲大会に出る方は居ないようです。


「しかしデレス相撲とはどういうモノなのでしょうか?もう少し詳しく教えていただけないでしょうか?」


「天に奉納する儀式じゃ。大いなる大地を祭殿にみたて若い男が戦いそれを天に奉納する東の砂漠に居た頃から面々と続いておる。天がもっとも低く昼が短くなる時に天に奉納するのじゃ。天に、太陽に、闘技のエレルギーを奉納する事で天の力を復活させ新たな年を呼び込むための聖なる儀式じゃ。エネルギーを受け取った天は再び空高く舞い上がり昼間を長くするわけじゃ。そして天の力が弱まると冥界との距離が近づき先祖の霊が降臨するので持てなしもする必要もある。そのために大量の御馳走を用意するのじゃ」


 そういえば昨日の御馳走は先祖的なものを歓迎するためのモノでしょうか?それはともかくデレス相撲がどのような競技かという点には一切触れずに話が終わりそうにないので間に割り込みます。


「そう言う由来的なものではなくて具体的にどういう代物なのか知りたいのです」


「そりゃみれば分かる」


「どういう代物なのか細かく説明してくださらないでしょうか?」


「あ、そこの若いの説明して差し上げろ」


 ……これは説明が面倒になったので恐らく丸投げしたようです。


「か、変わりに説明します。このように組み合い身体を先に地に着けた方が負けになる簡単な競技です」


 若者がもう一人の若者と右手を上に左手を下にして組み合います。


「なるほど……それだけですか?」


 それだと転ばせるだけで終わりでしょうね……。


「あ、後このようにつり上げて三カウント取った場合も勝ちになります」


 説明を振られた若者がもう一人の若者を持ち上げようとしながらウンウン言っています。当然地面から全く浮いていません。


「……無理して持ちあげようとしなくていいです」


「こ、このように簡単なルールなので勝負自体は大体かなり短い時間で終わります」


「それなら逃げ回っていれば引き分けに持ち込めるのではないでしょうか?」


「いえ、逃げ回った場合は反則負けになります」


「なるほど、それでは闘技場などはないのでしょうか?」


「だ、大地全ては闘技場です」


 どうやらデレス相撲にはこの線から出たら負けみたいなルールは無い様らしいです。族長は地平全部が競技場だと言っていましたが、逃げたら失格なので、そんなに場所は取らない様です。


「じゃがな競技と関係無い理由で怪我した不味いじゃろ。だからこうやって競技場を整備しておるのじゃ」


「あちらで沢山の人が何やらやっている所でしょうか?」


 遠目で見てみると細かい石や木切れやゴミなどを拾ったり地面の穴を平らにしている感じです。


「そうじゃ、ああやってゴミや石などに当たって怪我しない様に準備するのじゃ。まあ本番はあんな環境じゃないけどな」


 族長が呵々と大笑しています。


「本番とは」


「首切り合戦じゃよ」


 突然穏当ではない発言が出ました……そういえばこういう人でした。


「本番と戦争の事じゃな。戦争はここ最近あまりないけどな。だが魔獣狩りの出動は結構あるぞ」


「最近増えているらしいですね」


「どこから来たのか分からぬが強いのが増えているようなじゃ……。どこぞでは竜がやってきたとか。もしわしが居たならちぎっては投げしてやったものを……」


 竜がビクッとしています。


「それなら今ここでやりましょうか?必要なら竜を連れてきますけど?」


 そもそも竜なら隣に立っています。


「いやいや、客人にそんな手を煩わせる必要ない。わしももう年だしじゃな。そう言うのは若いモノに任せるよ」


 呵々と言いながら去って行きます……まだ準備終わってないと思うのですが……これは逃げたのでしょうか?


「あの準備はどうするのでしょうか?」


「ああ、わしらの担当は終わりじゃし、その辺でぶらっとしながら休憩すると良いぞ。あっちに行けば茶と茶菓子があるぞ」


 隣を見ると竜がよだれを垂らしています……まだ食べ足りないのでしょうか?


 竜に尋ねてみます。「我はまだ食べ足りない?」予想どおりの回答でした。分かりました……休憩所に行くことにします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る