デレス君主国6 朝食の巻

 目が覚めると天幕から薄らと太陽の光が差し込んでいます。つまり朝です。


 天幕の中の火はまだゆっくりと燃えていました。火精さんはちゃんと火の番をしていたようです……そう命じたので当たり前です。


 おはようございます。


 ……返事が無い?


 周りを見ると既に誰も居ません。どうやら寝過ごしたようです。まだ日が出たばかりのはずですが……。みんなを探して一旦天幕から出てみます。外は中に比べるとかなり寒いです。寒いと言うより痛いので一回天幕に引き返しました。


「さむい……」


 部屋の中が温すぎて外があまりに寒く感じたので巾着の中から服を取り出し上に外套を羽織ります……昨日までは外套無しでも十分でしたのに不思議なものです。外套を羽織り外に出直すとどこから肉の焼ける匂いがするのでそちらに向かう事にします。


「おはようございいます。肉の匂いが芳ばしいですね」


「おはよう。そんなに良い匂いが充満しているかね?わしにはサッパリわからん。だが、この肉はまだ食えないのは分かるぞ。まだまだ生焼けだからそのまま食うと当たるぞ。これが良い具合に火が通るのは昼過ぎだなんだな」と肉を焼いている年老いた男が答えました。


「ま、こういう時に便利なものもあるがな」


 そう言うと男は袋の中から干し肉を取り出すと齧り付きました。


「堅くて塩辛いが、これはこれで良い物だ」


「それはそのまま食べるものでしょうか?」


 その干し肉は、そのまましゃぶりつくようなモノには見えません……竜なら別でしょうが……。


「まぁホントは酒があると良いのだが流石に朝から飲むわけにはいかねぇな……あ、そういえば客人よ朝食ならあっちの天幕に行けば食えるぞ」


 老いた男は指を差します。見れば昨日の大きな天幕です。


「それではそちらに向かいます。美味しいお肉が焼けると良いですね」


「ああ、出来たら食わせてやろう……まあその時に入ればの話だが」


 その時にはたぶん居なそうな気がします。それはともかく朝食を食べに大天幕の方に向かう事にしまます。


 大天幕をくぐるとそこには沢山の食べ物が並んでいました。白い液体とか固形物とかいろいろ。生温かい空気が天幕中を巡回し、食べ物の皿の前に沢山の人が並んでいました。後から聞いた話によれば普段は朝は馬乳を沸かして飲むぐらいで普段はこのような腹ごしらえはしないそうです。今日はデレス相撲の準備があるので特別だそうです。


 ……もう少し遅く来てもよかった気がします。


「フ……フレナ様おはようございます。こちらに席を取ってありますので一緒に食べませんか?」


 そこにエレシアちゃんが声をかけてきます。流石気が利く子です。目を細めてそちらに向かいます。それより竜は主を置き去りにして何処に行ったのでしょうか?


「あ……あの、ノルシアさんならあちらに……」


 エレシアちゃんの指さす方向を見るとものすごい勢いで皿を空にしているメイドがいまし……見なかったことにしましょう。


「エレシアちゃん、おはようございいます。それからそこのオマケも」


「おまけは酷いな……」「流石にその扱いは酷いと思います」



 左右のどちらがどちらか忘れた護衛の二人です。


「それは無い」「賢者様、そろそろ名前を覚えてください」


 抗議していますが無視して朝ご飯を食べることにします。


 聞いた話によれば宴会の翌日の朝の食事は朝番が早起きして用意するのだそうです。これは戦争の演習でもあると言う話です。確かに味はいまいちな気がします。干し肉を加工したものや乳製品が沢山並んでいます。見た目はどれも似たような感じです。


「しかし、この乳の塊、みんな少しずつ味が違います」


「ど……どれも乳をとった動物が違いや……か……加工の方法も違うと言う話です」


 エレシアちゃんが説明してくれました。


「と言うことはこれは山羊の乳でしょうか?」


 何やらこれは少々臭みがある白い粘体の塊を一つつかんで口の中に放り込みます。これはチーズの一種で、やや柔らかめの弾力があります、口の中に入れた瞬間に臭みが口の中に充満します。一瞬呻きそうな感じですがある意味癖になりそうな食感と味がします。


 飲み物は温かいお茶です。例の東方から来たとか言う代物でエルフの王国で飲まれている茶とは全く違う草を煎じて要るのではないかと思われます。少々苦味が感じられますがほんのりと甘くそして鼻腔に柔らかな葉の香りが突き抜けてくる代物です。


 ゆっくりお茶を飲みながら朝の一時を過ごすことにします。


「そ……それで今日はどのような予定なのでしょうか?」


 エレシアちゃんが秘書官に尋ねております。


「今日は、デレス相撲の観戦とそれから表敬訪問ですか?」


「デレス相撲とは何でしょうか?」


「デレス相撲と言うのはデレス君主国に伝わる格闘競技らしいです。話によれば伝説の時代から存在する伝統行事らしいです。何分拝見したことが無いので細かい事までは分かりませんが円状の闘技場の中で二人が素手で対峙し相手を転ばせるか円の外に追い出せば勝ちと言う競技らしいです」


 話はまだ続きましたが要約するとこの寒い中半裸で格闘をするらしいです。外は晴れていますが——デレス君主国では雨が振ることの方が珍しいです——冷気をたっぷり含んだ風が吹き付けて、砂が舞い散っている訳です。その中にわざわざ半裸で格闘するそうです。


「そのようなことはしなくてよくありませんか?」


「伝統らしいので……」


 しかし伝統なら仕方ないのでしょうか……?


「いやいやそれだけではないぞ」


 振り向くと昨日の族長が目の前に居ました。族長が突然会話に割り込んできます。


「そこの若いの昨晩振りじゃな。この相撲にはちゃんと意味があるのだぞ。デレスの地は冬場はこのように荒涼としておりとても寒い。それに打ち勝つだけの身体を作らねばならない。そのためにこのような舞台を設けて身体を鍛える訳じゃ。これは一つ目の理由じゃ」


「一つ目と言う事は二つ目や三つ目があると言うことですか?」


「そうじゃな。デレスの地ではいつ何時、戦が起きるか分からん。そのためにいつ何時でも戦う準備が出来てなければならない。例えば突然ゴブリンの群れが襲ってきたりじゃな」


「……とは言いましてもこの辺にゴブリンの群れは居ませんが……」


「ん……昔は居たのじゃ。少なくとも伝説によれば北の砂漠では毎日の様にゴブリンと戦っていたそうじゃ」


 それは伝説の話では?まあ、そこは良いとしましょう。


「デレスの若者は当然馬に乗って戦う訳じゃが戦は馬上だけでは決まらぬものじゃ。最後に敵を倒すには相手を組み伏せて寝首をかくのが一番確実じゃからな。その時相撲の技量が訳に立つわけじゃな。これが二つ目」


「三つ目もあるのでしょうか?」


「無論じゃ。若いもの達のお披露目の場じゃ、嫁取りに不可欠なのじゃこれが三つ目。わしの妻も相撲で優勝したときにゲットしたもんじゃ」


 なぜ寒いところで半裸で格闘技すると嫁取りが出来るのか分からないのですがデレス君主国はそう言うものの様です。


「それでは、わしは相撲の準備をしに行かねばならぬのでな。これでさらばじゃ」


 族長はそうと言うと小走りで大天幕の外に出て行きました。しかし朝から元気過ぎる気がします。デレスの白いねっとりした食べ物を食べつづけると朝から元気になるのでしょうか?私はもう少し寝たい所です。


「それではもう一眠りしてきます」


 朝食を食べ終わると天幕を出ようとします……しかし寒いので辞めました。しばらく、天幕の中でぬくぬくする事にします。食べ物の匂いが充満していますがその程度は我慢することにします。温かさには勝てません。


「しかしよく食べますね……」


 それはともかく飽きずに朝ご飯を食べ続けている竜に話しかけてみます。


「我のことか?」


「そうですけど。食べたものは一体どこに入っているのですか?」


「どこかだろう」


「亜空間につながっているのでしょうか?」


「それは分からぬ」


「そもそも食べたものは消化されているのでしょうか?」


「それも分からぬ」


 竜でも竜のことが分からないそうです。竜の生態と言うものも一回研究してみると面白そうな気がいたします。しかし、それは今することは無いと思います。


「ところでエレシアちゃんは今日はどうするのでしょうか?」


「フ……フレナさま。これから外交官と打ち合わせ……そ……それから来賓としての用事があって……」


 エレシアちゃんは今日も急がしそうな感じですです。


「当然、そこの右と左のはエレシアちゃんの護衛ですよね?」


「いや……」「そうでも無いですけど」


「護衛ですよね?」


 念のためにもう一度聞いてみます。


「うん」「はい」


 右と左のがうつむいて頷いています。やはり護衛で忙しそうです。どうやら、この私だけが暇みたいな感じです。


「それなら相撲の準備を手伝わないか?」


 いきなり後ろから族長が声をかけてきます。いつの間に戻ってきたのでしょう?この私の出し抜くとは彼はただ者では無いのではないでしょうか?


「それも良いかと思います。ほら、そこの竜……ノルシアも行きますよ」


 私は、未だに朝ご飯を食べ続けている竜の襟首をつかみ上げて諭しました。


「我はまだ食べ足りぬのだが……」


「いえいえ食べた分はちゃんと働きなさい。流石に食べ過ぎです」


「主がそう言うなら仕方が無い……」


 竜もしぶしぶ後を突いてきます。

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