仲直りのしるしに④

 喫茶店に入ると店員さんにまずは謝罪する。そうしたらなんと、意外なことに怒られるどころかむしろ喜んでくれた。最近あの不良たちが来て困っていたらしい。


 まあ、終わり良ければすべてよしってことでいいかな。でも大目に注文しておこう。


 比較的広い店舗内は幸か不幸か、お客さんは少なくて席は空いており選び放題だ。

 その空いた席から対面式の席を選び、桜木の作戦通りに僕がエスコートした。


「……ごめん。和美」


 今日遅れたことや昨日のこと、それら全部のことを謝る。


「別に、怒ってないし」


 和美は僕を見ずそっぽを向いたままそんなことを言う。

 いや、さっき怒ってるんだけど! とか言ってましたよね?

 でもそれを言ったら仲直りデートの意味はなくなる。耐えろ、秋人。


「……まあ、その……昨日のハンバーグ、美味かったぞ」

「べ、別に、たまにはいいかなーって思っただけ」


 少し顔が赤くなった。自分が作ったものを他人に褒められると嬉しいのは男女関わらず同じなんだな。勉強になったよ。


「そっか、でもありがとうな」

「お待たせしましたーたっぷりフルーツパフェふんわり風味です」


 入ったとき謝った店員さんに頼んでいたスイーツ、その王道パフェがきた。

 そして、店員さんはパフェを僕らのテーブルに置いてくれた。


「あ、店員さん。ありがとうございます」


 運んでくれた店員さんも同じ人だったので色んな意味を含めて感謝の言葉を告げる。


「なあ、和美」

「な、何?」


 和美はそっけない態度だが、桜木が昨日言っていた『女の子は甘いものが好き』の例にもれず、そっぽ向いたまま目だけはしっかりとパフェを捉えている。


 サイズ自体は普通のパフェと同じだが、バナナ、イチゴ、リンゴ、パイナップルなど色とりどりのフルーツがパフェの各所に鎮座し、ふんわりとした柔らかそうなクリームが、容器からはみ出すくらいに乗っている。

 その上には赤いさくらんぼ、チェリーがキラキラと輝き美味しそうだ。


「覚えてるか?」

「え? 何を?」


 首を傾げながらちょっと僕の方を見てくれた。


「このパフェ、昔一緒に食べたパフェなんだ」

「……! そういえば!」


 よし、完全に僕の方を向いてくれた。いや僕というよりはパフェの方を向いてるけど、まあいいことにしよう。


「思い出してくれたか」

「うん。懐かしいなー」

「ああそうだな。でもそのときはひとり一個は食べきれないから、ふたりで一個食べたんだよな」


 兄妹で仲良く分け合った思い出のパフェ――と言っても十年ほど昔の話だ。

 確か、他にも誰かと一緒に食べに来たと思うんだけど……どうしても思い出せない。

 何か、変な靄がかかって……見えない。心に蓋をされ、もやもやした感じだ。


「ああ! 覚えてる覚えてる! でお兄ちゃんとあーんってし合って……」


 凄く目をキラキラさせながら入店してから僕の目を見て、途中で言い淀む。


「そ、そうだっけ?」


 確かに、そんなことがあったような……気がしないでもない。


「し、知らない!」


 今度は顔だけではなく耳まで真っ赤になってまた顔を逸らしてしまった。

 くそ……せっかく見てくれたのに……だが、僕にはまだ秘策がある。


「……まあ、昔話はともかくとして……」


 と制服のポケットに入れていたある物を取り出す。


「――これ、受け取ってくれないか?」


 それを和美に見せると、両手を出してくれたのでその手の手のひらの上に置いて渡す。


「……髪ゴム?」


 それを目の高さまで近づけて、ソレの名前を呼んだ。

 そう、髪の長い女子の必需品、髪ゴム。昼休みにこっそり抜けて買ってきた代物だ。

 黒のゴムに大小の星型の飾りが二つ重なるように並んで付いてる。


「ああ。和美は髪が長いし、弓術の稽古のときはその髪が邪魔そうだったからな。髪ゴムでまとめれば稽古しやすくなるかなって……」


 実際に射る姿はあまり見たことないが、和美の靡く茶髪を普段見ていてそう思っていたからな。ちょうどいい機会だ。


「へー。星がついてる」


 マジマジとその髪ゴムを見つめている。な、何か恥ずかしいな。


「和美は星を見るのが好きだから、星の飾りがついてる方がいいかなって……いやだったら使わなくても――」

「着けてみるね」


 和美は、自分のセンスの欠片もなさを知っている僕の言葉を遮り、この場で実際に着けるらしい言葉を発する。

 小さな口で僕のあげた髪ゴムを咥え、後ろで茶色の長い髪を束ねている。

 その、何か、女の子を感じる場面ベストスリーには絶対入るシーンだなこれ。

 そして、髪も束ね終わり、柔らかそうな唇に挟んだ髪ゴムを取って結っていく。


「……どう、かな?」


 ついに結い終わったのか、和美は頬を紅く染めている。

 そして、僕に結った髪が良く見えるようにと配慮してくれたのか、はたまた見て欲しいのか、頭を左右に振ってくる。


「…………」


 髪を結った位置は高く、一般的にポニーテールと呼ばれるものだろう。

 そのテール先は恐らく、ブラの少し上かちょうどあたりだ。

 茶色の髪に僕のあげた白色と黄色の星の飾りが輝いている。

 その、なんだか……我が妹ながら、女の子を感じる。

 でも、それ以上に――ポニーテールでセーラー服を着た女の子に、どこかで会ったことがあるような、そんな既視感を覚える。


「……? お兄ちゃん?」


 見とれていた僕を和美は不安そうに首を傾げている。


「あ、ああ! よく似合ってる。可愛いよ」

「か、かわ……」


 可愛いと聞いた瞬間、凄い勢いで赤くなった。今度は首元すら赤い。


「どうかしたか?」

「な、何でもない!」


 いや、とても何でもないようには見えないんだけど……まあ、いっか、喜んでくれてはいるみたいだし。


「ねえ、お兄ちゃん」


 今度は俯いて、僕を呼ぶ。


「何だ?」

「こういうの、他の人にあげたこととか、ある?」


 少しだけ顔を上げて、上目遣いで訊いてくる。


「いや、ないけど……」


 さすがに髪ゴムをあげたことはないからな……。

 蒼に小さい頃くまのぬいぐるみをあげたくらいだな。


「ふーん……そっか」


 何やら納得した様子で喜んでいるのか、にまあという笑みを浮かべている。


「ねえ、それってあたしだけってことだよね?」


 大切なことを確認するように、そう訊ねてくる。


「そうだな」

「ふふ、そっか。なら、いいかな」


 今度は声に出して笑ったぞ。この笑い方をするときの和美は上機嫌だ。

 でも、いいかなっていうのは一体なんだろうな?


「それはどういう意味だ?」

「昨日のあおい先輩とのデート。許してあげてもいいかなっていう意味」


 おお。昨日のことは許してくれるらしい。だが、気になる単語があった。


「いやあれはデートじゃ……」


 幽霊の調査に学校にふたりで行っていただけだぞ。


「いいえデートですぅ! 女の子とふたりでどっかに行ったらデートになるんですぅ!」


 そうなのか。ん? だとしたら――


「じゃあ、今僕はデートしてることになるんだけど……いいのか?」

「え、何で?」


 和美はキョトンとして理由を訊いてくる。


「女の子とふたりでどっかに行ったらデートなんだろ? 僕は今、和美と喫茶店に行ってるんだから和美の言うデートとやらのしっかり定義に当てはまるぞ」


 今の会話で少し分かったが、デートって言うのはそういう意味なんだな。

 桜木も妹とスイーツデート仲直り大作戦とか言ってたし、男女ふたりでどっかに行く、というのがデートの意味とみていいだろう。


「そ、それは……その、そうだけど……妹はいいの! 家族だから!」


 ん? 家族はいい? うーん……デート、また分からなくなったぞ。


「そっか。まあよく分からないけど、許してくれたんならよかった」


 それだけで今日はいいや。


「でも、昨日のこと許してあげたからって、またそういうの、しちゃダメだからね?」

「そういうのって?」


 また、妹と喧嘩なんてまっぴらごめんだ。

 地雷を踏まぬよう、恐らく僕の苦手な分野の話なんだろうから詳しく訊きたいんだが。


「じ、自分で考えて」

「なんだそりゃ」


 赤くなって答えてくれない。もうこれ対処のしようがないな。


「……じゃあ、はい」


 目の前のパフェからスプーンで一口分すくって、僕の方に差し出した。

 しかも左手も下に添えて。


「……? 何だよ、急に」


 突然の和美の行動に、困惑する。


「む、昔みたいにあーんしてあげる……」


 やっぱり、そういうやつだよな。


「な、何で?」


 何故、今そのあーんなるものをするのか意味が分からなかったので和美に訊く。


「そ、それは……仲直りのしるしに……」


 な、なるほど。


「……その、いいのか?」


 さすがにこういうのに疎い僕でも分かる。これは恋人同士が良くやっている行為だ。

 なので、どうも尻込みする。


「いいの。じゃあ、はい、あーん」


 そんな僕の心なんて知らない和美は、昔懐かしい美味しそうなクリームが乗った銀色のスプーンを遠慮なく僕の口元へ近づけて来た。


「あ、あーん……」


 僕もここまできたら覚悟を決める。自分からスプーンに乗ったクリームを口ですくい、食べる。今、鏡を見たら凄く赤い顔をしている自分が映るだろうな……。


「ど、どう? 美味しい?」


 あ、和美も恥ずかしいのか、赤くなってる。


 何だか不安そうに訊いてくる和美だが、僕は恥ずかしがってるのが自分だけじゃないと分かって安心した。


「ああ。美味しいよ。懐かしい味がした」


 そのおかげで慌てず落ち着いて、感想を言えた。ふう、良かった。


「そう。ならよかった。じゃあ、あーん」

「え?」


 今度は和美が口を開けて、何かを待っている。な、何だ?


「お兄ちゃんも、あたしにしてよ。じゃないと不公平じゃん」

「そ、そうなのか?」


 そういえば、前見たラブコメの漫画でもお互いにしてたな。

 やっぱり、和美が言う通りそういうものなんだろうか?


「そうなの。じゃあ、あーん……」


 再び、小さな口を開けた和美に、


「……あーん」


 思い出のパフェのクリームをスプーンですくって、和美の口元に運ぶ。

 そして舌の上までくると和美が口を閉じたので、スプーンを引いて食べさせてあげた。


「うん。美味しい!」


 笑顔で味の感想を言ってくれる。


「なら、良かった……」


 ふう、これで仲直りの儀はおしまいかな。


「じゃあ、もっと。あーん」


 強請る言葉と甘えるような声で、また口を開け、待機。

 え、まさかの……おかわりですか?


「まだやるのか?」

「当たり前じゃん。私が満足するまでやってもらうから、覚悟してね。お兄ちゃん」

「マジかよ……」


 勘弁してくれ……。てか、それ何か不公平じゃ……?



 結局、パフェが全部なくなるまであーんをさせられてしまった。やっと終わった――

 と、思ったら「お兄ちゃんにもしないと不公平」ということでもうひとつおかわりし、僕に延々と食べさせ続けるという恥ずかしすぎる結末が待ち構えていた。

 まあ、多く注文しようと思っていたから結果的には良いんだけど……。

 帰り際、僕が店を出ようとすると店員さんに「やりましたね!」と言われて最初は意味が分からなかったが――僕の好きな作品では、関係の硬直したカップルが見事アツアツに戻るときに知人や友人に言われる言葉だと思い出した。

 僕が和美の彼氏というのがあの不良たち以外にも、喫茶店の人にも誤認されてしまったらしい。やっぱり、僕と和美のことを覚えている店員さんはいないみたいだな。

 まあ、その、和美ごめんなさい……。

 でも仲直りのしるしに髪ゴムあげたんだから許して欲しいな。


 そして、上機嫌の和美と完全放置で何も言わない桜木を連れて我が家へ帰るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る