仲直りのしるしに③

 光田先生の熱血指導もそこそこに、「村雨くんも反省してますから」と宥めて早く帰れるよう促してくれたのは、僕が絶対逃がすと誓った久保田先生だった。本当マジ天使だ。


 今度、ファンクラブでも作ろうかな。もし、作るとしたら【くぼっちふぁんくらぶ】と名付けよう。あ、もしかしたらもうあるかも? じゃあ入会しないとな。


 て、いかんいかん。久保田先生のことは後だ。


 今僕は、今朝桜木と別れた校門近くにある桜の木の下にいる。 


「はあ、疲れた……」


 そこで思わずその言葉を吐き出す。

 久保田先生のおかげで帰れはしたが、説教を受けるのは疲労が溜まるもんだな……。


『なにがあったのかしらないけど……おつかれさま』


 お、桜木の声だ。ずっとここで待っていてくれたんだな。

 遅れたのに怒りもしない。それに何だか元気が出てくる声だ。


「ありがとう桜木。詳しくは家に帰ったら話すよ」

『うん!』

「じゃあ、光田先生のせいで遅くなったけど――」 

『作戦、開始だね!』


 始めるぞ。妹との仲直りデートとやらを。



 今僕は一旦帰って近所の喫茶店に向かっている。直接行ってもいいんじゃないか? と桜木に提案すると『ダメだよ! それじゃデートじゃない!』と言われて、制服から私服に着替えさせられた。いや、でも和美は学校帰りで直で行くだろうけど……まあいいか。


 メッセージアプリ【リネ】を使って昨日桜木が言っていた指示通り、今日の昼休みに送ったメッセージに返信がないか確認する。すると……あった。来るみたいだな。


 でも、時間通りだと遅刻してしまっているから、出だしからもう破綻してるんじゃないかと不安になるが『ダイジョウブ! 遅れたのはかえっていいかも。待ってる間ドキドキするし!』と意味不明ながら力強い言葉で桜木に力説されたので、慌てずに済んだ。


 ついに運命の喫茶店の近くまできて、僕の目がセーラー服の和美を捉えたが……ん?


「……?」


 ちゃんと待っててくれた和美が喫茶店の壁際に追い込まれて複数の男に囲まれている。


『ナゴミちゃん、男の人に囲まれている……タイヘン!』


 不安そうな声で桜木が慌てている。さっきの僕とは逆だな。


「少し、待っててくれ」


 見えない桜木にそう告げる。


『え? あ、うん……気をつけてね?』


 今度は僕の身を案じる心配そうな声を出す桜木。


「ああ」


 僕はそう言い残して、急いで和美のもとに向かう。



「――なあ。俺らと話さない?」

「お断りします。人を待っているので」

「ちょっとだけだからさ、ね? いいじゃん?」

「それに、待ってる人ってまだ来てないんでしょ? 約束忘れてるんじゃない?」

「そんなことはありえません。私が待っている人は約束を絶対守る人です」

「さあ、どうだかね。まあいいから、俺たちと来な。楽しい時間が待ってるぜ」

「――待たせたな、和美」


 男たちが囲む外から、その囲いの中心にいる和美の名を呼ぶ。


「……ッ! 遅い!」


 僕に気づいた和美は嬉しそうな顔をした後、すぐさま怒りだす。


「悪い悪い。ちょっと色々立て込んでてな」


 後ろ頭を掻きながら、囲う男の壁を押しのけて和美のいるところに行こうとすると、


「――おっと。ちょっと待ってもらおうか」


 髪を金髪に染め、鍛えたと思われる筋肉を見せつけながら、一番柄が悪いと思った男が僕と和美の間を遮る。


「……何でしょうか?」 

「お前が和美ちゃんの彼氏か?」

「カレ、シ?」


 男の言葉を聞いて和美は首を傾げている。何それ? と言った様子だ。

 確かに、和美の今まで浮ついた話を聞かなかったからな……。

 だが、ごめん。和美。僕はこの男が誤解した状況を利用させてもらうよ。


「……ええ、そうですけど。何か?」

「は? 何言って――」


 和美がバラしそうになったので口を閉じらせるためシッと口に右人差し指につける。


「ふーん、そっか」


 バレたかなと一瞬思ったが、どうやら問いかけてきた男はもちろん他の男たちも僕のことを和美の彼氏と認識したようだな。「なんだこの男は?」と大層イラついた様子だ。

 だが、この大柄な男は僕から興味をなくしたのか、和美の方に向き――


 ――ドンッ!


 壁に手をついて和美を見下ろした。


「ねえ、和美ちゃんこんなチビ捨ててさ、俺と付き合わない?」


 何かと思えばそんなことを言っている。


「え? は?」


 さっきから自分がどういう状況に於かれているのか理解できていない様子の和美は僕と大男を交互に見ている。


「それがいいね、ボスの方がお似合いだぜ」


 ほう、やっぱりあの大男のほうが立場は上か。じゃあ、お前は子分その一と呼ぼう。


「こんなヒョロヒョロしたもやし野郎なんかより、兄貴の方がいい男だと思うぜ?」


 兄貴ってことはお前もヤツの下か。ではお前は子分そのニだな。

 確かに和美には僕なんかよりもっとしっかりした男が似合うだろうな。

 だが断じてお前らではない。和美がよくても、お兄ちゃんが許しません。


「……ヒョロヒョロした? ……もやし野郎?」


 和美が得体の知れない負のオーラを纏いながら何かボソボソと呟いているが……ここはとりあえず和美をこいつらから引き離すことを目指そう。


「確かにその通りかもしれないけど、僕にとっては大切な彼女。ここは手を引いてもらえないでしょうか?」


 敬語が若干外れてしまったが、絶賛壁ドン中の大男から壁ドンされ中の和美の腕を横から掴んで引き離す。すると、和美が僕の目をみて、何か決心したように頷き――


「そ、そうなの。私達ラブラブなんです!」


 腕を絡めてきて慣れないだろう恋人の演技をしてくれる。


「じゃあ、いこっか」

「うん!」


 お互い顔を見ながら恋人のフリで入店しそのまま逃げる作戦に出る。

 て、うわ、今まで妹の顔なんて見てなかったけど……意外に可愛いな。


「待てって言ってんだろうが!」

「……くらえ!」


 後ろからさっきの大男の声とその子分の声が聞えたと思ったその刹那――


 ――僕は後頭部を殴られ店の入り口で倒れていた。


「お、お兄ちゃん!? 大丈夫!?」


 心配する演技も忘れた妹の声が聞える。


「……先に手を出したのはそっちだからな」


 よし、これで日本に於ける正当防衛に該当する条件は満たしただろう。

 妹に手を出されてイラついていたからね。ちょうどいいさ。


「和美、悪いけど店に先に入っていてくれ」


 だが、和美がここにいたら、またあのときみたいに――

 ――あの、とき? なんで、そんなことを思う?

 いや、今はそれどころじゃない。成すべきことに集中だ。


「お兄ちゃん? ケガして――」

「安心しろ。すぐ終わらせる」


 確かに殴られてうつ伏せで倒れたときに擦ったのか腕から血が出てるが、大丈夫だ。


「すぐ終わらせる? ハッ、出来もしないことをよく言うぜ」


 僕のこのさまを見て嘲笑する子分その一は何故か楽しそうに笑っている。


「兄貴の出る幕はねえです。俺だけで十分っす」


 そのまま僕をいたぶりたいのか、親分の大男に意見具申し、


「そうだな、行って来い」


 金髪の大男も許可を出した。血の気の多いヤツらだな。


「さあ、もやしのおチビちゃん。先手はくれてやる」

「……いえ、遠慮しておきます」


 立ち上がりながら、子分その一の提案を断る。

 それにさっき先手はお前らにやったしな。


「は? いいから来いよ」


 イラつく声を出しながら、僕から仕掛けるように言ってくる。

 恐らくその狙いは、彼女を盗られそうな僕が歯向かってきたのを周知に認識させ、返り討ちにして笑いものにすること。今だって田舎にしてはかなりの人数が集まっているし。


「申し訳ないけど僕は自分から君に拳を振り上げるほど、侍魂を捨ててはいないものでね」


 今はもう辞めているが、一度はこの手に剣を、刀を握った身だ。たとえ、負けて笑い物にされようと己の剣を曲げるつもりはない。


 でも――負ける気なんて毛頭ないけどね。


「何言ってんの? こいつ」

「頭イカれてんじゃねえか?」


 と子分その一、子分そのニの順に続ける。


「さあ、どうだか。イカれてるか試してみなよ」


 少し、睨んでみる。威力は蒼の何分の一だろうか。

 足りなかったらいけないから、手招きも追加しておこう

「ッ……! 野郎ッ!」


 頭に血が上ったのか正面から僕の顔目掛けて殴りかかってきた。

 僕はそれを当たる寸前のところで――右手でいなして掴む。


「なッ――」


 子分その一は己の推進力で勝手に前に進んでくれるのと僕が引き寄せたので背中が見え、掴んだ右腕を子分その一の背中につけて固定、体重をかける。

 よく刑事ドラマなんかでやっている捕縛術だ。あの眼鏡の子供のいる探偵事務所とか。


「これで分かったろ。お前と僕とでは実力差がある。それでも、まだやるか?」


 間接も極めようかと思ったが、脅しにとどめよう。


「――ッ! や、野郎ども! やれ!」


 と大男は子分そのニに指示しているが、野郎どもって僕が捕縛したその一とそこで若干怯えてるそのニ以外いないぞ。まあ、まだやる気らしいな。


「……やれやれ」


 何故か何もしていないのに気を失っているその一を放し、二人の方を向く。


「おおおおおおおおおおおおお!」

「うおおおおおおおおおおおお!」


 て、親分のあんたもかい……まあいいけどさ。

 二人して僕目掛けて殴りにくる。いや、蹴りとか頭にないのか?

 目線から大男の狙いは腹部。もう一人は股間……だと?


 そこはなしでしょうよ……。


 まず先に到達した大男の腹部への攻撃は、大男の肩を掴み、跳び箱の要領で身体を曲げないよう真っ直ぐ伸ばし、前転しながら避ける。いわゆる前転宙返りというやつだ。


 その次の子分そのニの股間への攻撃は、僕が大男の攻撃を避けてしまったため当たらない。だが、僕がいた位置に推進力で前にでてしまった大男がいる。つまりその攻撃は大男の太もも当たりに当たるはずだ。


 着地した僕はすぐさま振り返る。


「――ッ。って何すんだ!」

「す、すいません! ボス!」


 大男は自分を殴ってきた子分そのニに怒っている。

 どうやら読み通りになったようだな。


 ……ん? 今度は何やら話し合っている。しばらくして、何か作戦でも思いついたのか頷き合って、僕の少し後ろに子分そのニが立ち、僕の前には大男が陣取った。


 なるほど、前後から殴りかかればどちらかの攻撃は僕には見えない。だから僕の攻撃への対応が遅れて、少なくともどっちかの攻撃が当たるっていう魂胆か。考えたな。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 二人してまた殴りかかってくる。もう分かった。狙いは頭部だな。

 ここまで頭に血が上っている人間が攻撃するとすれば、プロでもない限り頭と相場が決まっている。


 僕はそれらの攻撃を屈んで避けてふたりそれぞれにぶつかるように仕向ける。

 さしずめクロスカウンターみたいな様子だな。

 お互いの攻撃がお互いの急所、頭部に当たるのだから、それはもう悲惨だ。

 屈んで避けたついでに右足を一周させて足払い、大男、子分そのニ共々倒しておく。


「なんで! なんでこんなヒョロ男にッ!」


 大男が立ち上がることもなく、そんなことを言ってくる。


「お前らは攻撃が雑なんだ。だから僕の何処を狙っているのか読みやすい。読みやすいってことは避けやすいってことでもある。であるなら、この状態も必然ってことだ」


 事実を淡々と述べる。読みやすいのは事実だからな。今も現役で剣の稽古を積んでいる蒼の方が上手くいなせるだろうが、数年のブランクがある僕ではこれくらいが限界だ。


「……ち、覚えてろよ! ――おら、いくぞお前ら!」


 そんな捨て台詞を吐き仲間思いなのか伸びている子分その一と子分そのニを肩に担いで、夕暮れに染まった道の先へ消えて行った。


「……行ったか」


 強くなるんだぞ……なんて師匠のように思いながら喫茶店へ振り返る。


「お、お兄ちゃん……」

「な、和美? 先に店に入ってろって――」

「もう! なんで今日遅かったの!」


 いきなりほっぺたを膨らませてご立腹のご様子。


「え? ああそれは、その、何と言えばいいか……」

「ていうか! 昨日遅くなるときは連絡するって約束したじゃん! もう忘れたの!?」


 僕が何を言おうか考えを纏めて言い淀んで詰め寄ってきた。

 でもその言い分は正論だ。


「お、覚えてるよ……先生に頼みごとをされて、その説明を聞いてたら遅くなったんだ」

『へーそうだったんだね――じゃなくて! さっきのなに!?』


 和美に遅れた理由を説明しているといつの間にか桜木がきた。

 僕のことを心配してくれたのかもしれないな。そこは嬉しいんだが……。


「いやそれは――」

「……お兄ちゃん? ねえ、聞いてる? あたし怒ってるんだけど!」


 桜木に答えようとすると今度は和美の方を疎かにしてしまう。

 さらに怒って我を忘れたのか、詰め寄りすぎて今にも抱きつかれそうな距離だ。


『あんなに多い男の人をひとりでゲキタイしちゃうなんて……すごい!』


 桜木も褒めてくれるが今度は耳元で言われたので、耳がイカレそうになる。


「あああああああ! もう!」


 あまりにも矢継ぎ早にくるふたりの話に、僕の脳が対応しきれず叫んでしまう。


『「ど、どうしたの?」』


 何と和美と桜木の声がハモる。凄いな。まあ、それは置いといて。


「とにかく、店の中で話そう。ここにいちゃ他のお客さんに迷惑だ」


 さっきの騒ぎのせいか、喫茶店の前は人だかりが出来ていた。これ以上騒ぎを広げてはお店にも迷惑だしな。まあ、全部遅れた僕が悪いんだけど……後で余分に注文して許してもらおう。


『う、うん』

「わ、分かった」


 僕の提案を了承してくれた幽霊の桜木と妹の和美を連れて僕は喫茶店へと入った。

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