第二章 「ユーレイプロデュース!」

壱ノ段 仲直りのしるしに

仲直りのしるしに①

 ………………………………………………………………


『――きろー! 朝だよぉー! 学校チコクしちゃうよー』


 …………誰かに起こされてる……誰だ?


「……ねえ、さん?」

『わたしはお姉ちゃんじゃないよ』


 ああ、そうか。この声は昨日学校で拾ってきてしまったユーレイさんか……。

 にしても……なんだか途轍もなく良い夢を見ていた気がするんだが……思い出せないな。


「……おお、しゃくりゃぎか……」


 起き抜けに寝惚け眼を擦りながらベットから身体を起こす。

 どうやったのか分からないが、窓のカーテンが開いて外から気持ちのいい朝日が部屋に差し込んでおり、驚いたことに外から心地よい風が吹き込み可愛らしい小鳥のさえずりが聴こえる。まさか、窓も開けたの? 幽霊なのに? もしかして、例の風でか?


「さくらぎ、だよ? もう、キミがつけてくれた名前なんだから、ちゃんと呼んでよぉ」


 僕がちゃんと名前を呼ばなかったことにユーレイの女の子しゃくりゃぎ……じゃなくて桜木はご立腹の様子だ。全く以て仰る通りです。


「すまん。ちょっと顔洗ってくる」


 強烈な眠気に誘われて今にも二度寝しかねないベットから脱出した僕は、一階にある洗面所へと向かう。早く眠気を覚まさないと……。

 それにしても起きたら女の子がいるって中々恥ずかしいもんだな……見えないけど。


『ちょ、ちょっと、昨日の仲直り作戦――忘れてないよね?』


 ドアノブに手をかけたその瞬間に昨日の仲直り計画を忘れてないか桜木に確認された。


「ああ、ちゃんと覚えてるよ」 


 振り向き声の聞えた窓のあたりを見ながら大丈夫と答える。

 そのせいで寝不足なんだしな。


『よかった……じゃあ、ちゃんと作戦通りにやるんだぞぉ?』


 桜木はまるでお姉さんのようにそう言う。


「まかせておけ、でもサポートは頼む」


 少しの自信とちゃんと仲直りできるだろうかという不安がある。でも桜木のサポートがあれば何とかなるだろう。


『うん! じゃあ、今日一日がんばろー』

『おー!』

「…………」


 え、何、それ? これもしかして僕も言わなきゃいけない感じなのか?

 朝からキツいな……。


『もう! キミもやるの!』


 ……ああ、やっぱりか。でもやらなきゃ顔洗いに行けなさそうだし、それにもし桜木が怒って付いて来てくれなかったら仲直りは難しくなるだろうしな……。


「……へいへい」


 ここはひとつやってやろう。


『じゃあ気を取り直して……がんばろー』

『おおー!』


 という元気な桜木の声に続いて、


「おぉ……」



 と桜木と対照的な僕の力ない掛け声が合わさる。


『よし! 気合も入ったことだし、顔洗いにいってらっしゃい!』

「はいはい」


 お前は僕のお母さんか、と桜木に思いつつドアを開け廊下に出る。

 幽霊だというのに、生きている僕とは凄いテンションの違いだな。


「まったく……朝から元気な幽霊もいたもんだな」


 そう一言だけ呟いて洗面所へ向かうのだった。


 洗面所で顔を洗った後、部屋に戻った僕は桜木がいるのをすっかり忘れていた。だから僕が制服に着替えようとパジャマを脱ぎ出すと桜木が『あああ、ごごめんね! いますぐ出るから……!』と恥ずかしそうな声を出し、慌てて出て行ってしまう一幕があったのは言うまでもなく必然だと言える。いや、決して着替えを見せつけて興奮するとかそういうプレイではなく、ただ本当に忘れていた。その場でも謝ったが聞えなかったかもしれないし、後できちんと謝らないとな。桜木は見えないし。


 そんな一悶着があったものの何とか制服には着替えることができた。

 その後、朝食を摂るためについていくと言った桜木をつれて二階から一階へ下り、昨日ハンバーグを食べた部屋へ入ると……和美がすでにトーストを食べようとしていた。

 セーラー服姿の和美は僕を認識するとプイッとそっぽを向いて不機嫌そうに食べ始める。

 三人くらいなら座れるL字型ソファには和美の桜美中学校指定の通学鞄が置いてあり、僕もその隣に自分の学生鞄を置く。

 どうやら不機嫌のようだが、僕は朝の挨拶をするべく和美のいるテーブルへ寄る。


「おはよ」

「…………」


 返事は、ないか……。


「……なあ、和美」

「…………何」


 僕の方を見ようともせず、ただひたすらトーストを食べているが返事は返ってきた。

 心底不機嫌そうだけど……。


「今日午後の予定、空けておいてくれないか?」

「なんで?」

「それは……秘密だ」


 桜木と昨日考えたプラン通りに【デートの約束】なるものを試みるが……、


「…………ごちそうさま」


 そんなものは無視して流し台があるところに食器を持って行き、洗っている。


「……なあ、これで大丈夫かな」


 超絶に不安なんだが……。


『ダイジョーブ! 作戦のソウテイ内だよ』

「ならいいんだけど……」


 と僕がこの和美を見ても自信満々でいる桜木に相談している間に洗い物を終えたのか、和美は、さっき見たソファに置いてある通学鞄をサッと素早く持ち玄関に行ってしまった。


「あ、いっけね」


 急いで和美を追うと図らずも昨日和美が僕を迎えてくれた立ち位置になっていた。

 その場所で扉に手をかけながらローファーを履いている和美の後ろ姿に、


「いってらっしゃい!」


 と挨拶をすると……。


「…………いってきます」


 綺麗な茶色の髪を靡かせ、ドアを開ける後ろ姿のまま小さくそう呟いて中学校に行ってしまった。


 振り向いてはくれなかったものの答えてはくれたな。


『アイサツ。ちゃんとかえしてくれたね!』


 桜木も今の光景を見ていたのかそう言ってくる。


「ああ、ひとまず安心だな」

『じゃあ、次は――』

「蒼に会わせる、だったな」


 昨日蒼と電話した後、約束したからな。


『うん! 楽しみだなー』


 本当にワクワク心が躍っている様子だな。そんなにか?


「ただの女子だぞ?」

『それでも気になるじゃん! アキトくんの女の子の友達!』

「良く分からんが、もう少ししたら来ると思うぞ」


 ピンポーン。


 噂をすればなんとやら。玄関のインターフォンが鳴った。


「お、きたみ――」

『――来たあぁぁ!』

「――てうるさっ!」


 桜木はあまりの嬉しさに興奮して大声を出し……いや叫んで喜んでいるけど、いきなり近くで叫ばれた僕は耳を塞ぎ悶絶する。

 不意だったから心臓がバクバクしてる……身体に悪いぜ。


「……秋? 大丈夫?」


 僕が苦痛に喘いだのが玄関の近くだったため外に響いていたらしく、心配そうな蒼の声が聞えた。つまりは僕が出て来るのを待ってる……急がねば!


「だ、大丈夫だ。今行く」


 そう伝えて、素早くソファに置いた自分の学生鞄を手に取り、スニーカーを履いて蒼が待つ外へと出た。


(あ、鍵もかけないとな。焦って忘れるところだった)


 しっかり鍵をかけ、蒼のいる方を向く。


「……おはよ。待たせたな」

『おお! このコが!』


 桜木は『待ってました!』と言わんばかりの声を上げている。


「おはよ、秋。……で、さっきの声は大丈夫だったの?」

「うん。ちょっとイヤホンしてたら音量が大きくてね……はは……」


 幽霊が横で叫んだから耳が死んでましたとは言えないのでそう言い訳をする。


「ふーん。ならいいんけど……じゃあ、行こっか?」

「うん」


 そういうやりとりをした後、僕と蒼は並んで学校までの通学路を歩く。


『へーこのコがアオイちゃんかー』

「…………」


 こんなに桜木が喋っているのに蒼は別段驚いた様子はない。

 ということは、蒼には見えても聞えてもいないみたいだな。


『思ってたよりスゴクかわいい! こんなコと昨日は一緒にいたんだね……』


 桜木は蒼の容姿が自分の想像を上回ったらしく感嘆の声を上げている。

 後半部分は何やら感心しているが……何だ?


「秋、昨日は……その……ちゃんと寝れた?」

「あんまり寝てないな……」


 妹と仲直りする作戦を桜木と一緒に練ってたからな。睡眠時間としてはあんまり変わりないかもしれないが……深い眠りではなかった。思い出せないが夢も見たしな。


「そうなの? 実は私も寝れなくて……」


 蒼もどうやら僕と同じで寝れてないらしい。

 小学生の頃は規則正しい生活をしていたが……高校生の今は夜更かしとかしてんのかな。


「へー。何で寝れなかったんだ?」

「昨日、私たち一緒に帰ったり色々話したりでしょ? 電話でもそういう話したけど……それが懐かしくて興奮しちゃって……あ、変な意味じゃないからね!」


 興奮という単語を使ったので僕が誤解しかねないと思ったのか、赤面し忠告してくる。


「わ、分かってるよ」


 でも、そんなにも思ってくれてたのか。電話でも足りないくらいに。


「……それならよし。で、秋はどうして寝れなかったの?」


 今度は僕が話す番……か。恥ずかしいけど、蒼ならいいかな。


「えっと……言い難いんだけどな……妹と喧嘩しちゃって……」

「妹と喧嘩? 和美ちゃんと喧嘩したの?」

「ああ。それで色々仲直りしようと考えを練ってたら……寝るのが遅くなった」

『わたしたち昨日いっぱい考えてたもんね……』


 桜木もそう言ってくれるが、蒼に聞えないのが見ていて歯がゆい。


「そうだったの。あの大人しい和美ちゃんとね……」


 え? 大人しいの? かなりはっちゃけてると思ったんだけど……。


「外ではどうだか知らないけど、家だと凄い強暴だぞ……」

「そうなんだ。大変だね」


 大変ですよ……前は帰ってきたと思ったら、いきなり鞄を投げつけてきて「片づけといて」と一言だけ言い残してすぐどっか行ったもんな。


「まあな……そういえば、蒼は和美の弓術指導もしてるんだっけ?」


 和美は十歳から弓術を習っていて、その指導をこの蒼がしている。

 ちなみに稽古場は僕と蒼が剣の稽古をしていたところの近くだ。


「そうね。といっても基本しか教えてないけどね」


 基本ね……この人の言う基本は何かと常軌を逸しているからな……。

 和美、かなりのスパルタ教育を受けてそうだ。


「ねえ、仲直りするなら私手伝おうか?」


 蒼はそんな提案をしてくれるが、


「いや、これは僕の問題だ。和美に向き合うチャンスでもあるし」


 僕はそう言って断る。それに桜木がサポートについてくれるからな。


「で、でも」

「もし、何かあったら蒼にも手伝ってもらうよ」


 心配そうな蒼に僕は妥協案を提示する。


「うん。ちゃんと頼ってよ?」


 蒼は僕が出した妥協案に乗ってくれた。


「ああ」


 そんな会話をしながら次々と変わる住宅街の風景と朝特有の清々しさを前に、僕たちは通学路を進んで授業のある桜美高等学校へと向かう。



 学校に近づくにつれて通学中の生徒を見かけるようになり……皆が皆ではないが、大体の生徒が僕の隣を歩く女子生徒を見て驚き、中には二度見するやつまでいた。


 理由は、まあ何となく察しがついている。昨日僕たちが下校時に一緒に帰ったところを見た生徒は少ない。今日初めて見たやつが大半だ。


 蒼という男子生徒公認美少女を冴えない低身長な男子が連れて歩くという衝撃的な光景を前にすると驚くのも無理はない。噂にだけはならないようにしないと、蒼のために。

 そんな落ち着けない状況の中、学校に到着したのだが……ここでも変わらないな。


 桜木は、学校の中に入っても話せないだろうからと『昨日会った桜にいるよ!』と言い残してそれっきり声が聞えないので桜の木のそばにいるのかも。帰りには迎えに行こう。


「お、おい、秋人。お前……誰と学校に来たんだ?」


 教室に入るなり、唯一ともいえる僕の友人――草加竜輝が大層驚いた様子で声をかけてきた。ちなみにこいつは昨日HRが終わるなり一番で帰った帰宅部エースだ。


「蒼と、だけど……」

「な、名前呼び……だと……」


 何やら変な誤解をしてそうだな……仕方ない、僕と蒼の関係を説明するか。


「いや、別に変な関係じゃないぞ? ただの幼なじみってだけだ」

「それ、初耳なんだけど……?」


「今初めて言ったし、これまで言う必要を感じなかったからな。それより早く席に戻った方がいいぞ。怒られたら面倒だろ?」


 この面倒臭いのを引き離すのも兼ねて光田先生の存在を示唆する。実際の話、そっちの方も面倒臭いからな。


「あ、担任光田だっけか? あーまたアイツが担任とは……運が無いぜ」

「運が無いのはお互い様だ」


 やれやれと大げさなリアクションをとる草加に僕も笑って同調する。


「じゃ、席戻るわ。後で村雨さんのことみっちり訊くから覚えとけよ」


 そんな、心底嫌なことを言い残し席に戻っていった。面倒臭い……。

 てか、蒼さん。何時の間に席に着いてるんですか……まあいいか。

 僕も早くしないと光田先生に絞られ今後の授業にも差し支えるので、教卓を正面に見て右後方にある自分の席に早足で着く。ちなみに蒼の席は僕の前だ。


 クラスの皆もいそいそと座り出し……キーンコーンという学校のチャイムが鳴った。


「「おはようございます」」


 きっちり時間通りに光田先生と久保田先生が教室に入ってきて朝の挨拶をする。

 クラスの皆もそれに返し、朝のHRが始まった。セーフだな。

 そして、そのHRも終わる時間になり、もう終わるかなとか思っていると、光田先生と久保田先生が何やら目を合わせてアイコンタクトをした。な、なんだ?


「では、む、村雨くん?」

「「はい」」


 久保田先生が教室にいる皆を見回し、僕らと同じ名字を呼んだので、応えた僕と蒼の声が重なった。


「ええっと……秋人くん?」


 今度は名前で呼んできた。どうやら僕の方だったらしい。

 くん、と呼んではいたが久保田先生のことだから分からないしな。蒼っていうのも男の名前にも聞えるし。だから蒼も返事をしたんだろう。


「はい」

「放課後でいいので保健室に来るようにお願いします」

「……? 分かりました」


 保健室……? 何だろうな。生徒指導室や教務室なら分かるが。


「忘れないでくださいね?」


 微笑みかけながら、僕にそう念を押す。重要なことなのかな?


「はい」


 久保田先生の指示について疑問に思いつつも、草加が号令をかけ朝のHRは終わった。


「おい、秋人お前……久保田先生とも幼なじみだったりする?」


 HRが終わった瞬間に寄って来た日直の草加が意味不明なことを言ってくる。


「は? そんなことあるはずないだろ」

「ちぇ、お前だけ良い思いしやがって。俺ンとこにはなんもねぇのに」


 悪態をつくなら他にしてくれ……てかどこが良い思いなんだ。


「いや、僕先生に呼び出されたんだけど? どこにも羨ましい要素は――」

「バカ。呼び出された相手を考えろ」

「……久保田先生?」

「呼び出された場所は?」

「……保健室」


 ま、まさかそういう……? いやいやありえん。


「羨まけしからん。せめてどっちかにしろよ」

「なんだそれ」


 こいつの話は時折分からなくなるぜ。


「……なあ、蒼」


 次の授業は音楽なので、せっかくだから一緒に行こうと思って声をかけるが、


「今忙しいから後にして」


 と、そっけない対応をされ先に行ってしまった。

 何故か不機嫌そうだったが……何かあったのかな?


「あーあ。振られたなありゃ」

「何だよ、振られたって?」


 率直に思ったことを訊く。


「……まあいいわ。あ、それより授業行こうぜ。音楽の先生も美人だよなー」


 呆れたという顔で草加に話題を変えられた。……振られたって何?


 質問には答えてくれず、しかも、今の流れからよりにもよってこいつと行くことになりそうだ。まあ、授業は受けないと卒業できないしな。行くしかない。仕方なく、蒼とではなく僕と草加で教室を離れ昨日蒼と行った専門教室棟にある音楽室へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る