幼なじみの剣士③

 幽霊調査を終えた僕らは、教務室に鍵を返しに向かう。

 ひとまず、これで一段落ついた。後は、帰るだけだ。

 この調査で得られたことは多かったな。特に最後に行った情報処理室の件は凄そうだ。蒼はどこであの情報を手に入れたのか気になるが、今は置いておこう。

 何はともあれ、蒼に感謝だ。


「あ、あの」


 一緒に歩いていた蒼が、その歩みを止め立ち止まる。

 な、何だ?


「どうかしたのか?」


 進行方向から蒼の方を向いて、何かあったのか訊ねる。


「わ、私を使って、試してみたいこととか、あ、あるんじゃないの?」


 自分を右手で指差しつつ、そんなことを言ってくる。

 た、試す……?


「別にないけど……試すってなんだ?」

「え?」

「え?」


 お互い意外な反応が返ってきて驚きの声が交互に出た。

 試すって、何なんだろうな?


「その、た、試すって何を試すんだ?」

「えっと……そ、それは……その……」


 言おうか言わまいか迷っている、というより自分の口では言い難いことを言うように迫られたような顔をして言葉に詰まっている。な、何なんだ?


「す、スカートめくりする幽霊なら、その……私を使って、おびき出す……みたいなのもいいんじゃ……ないかな?」


 歯切れの悪い口調でそう言う蒼は『わ、言っちゃった』みたいな心底恥ずかしそうな顔をしてる。

 一体何なんだ? おびき出す?


「蒼を使って、おびき出す……? ど、どうやって……?」

「そ、それは……」


 しばしの沈黙。相当なことなんだろうか?


「それは……?」


 その沈黙を破って僕が訊き返す。


「あ、秋が私のを……めく……って……おびき出すってこと!」

「――はあ!?」


 驚愕の言葉が飛び出してきた。つまりは僕に蒼のスカートをめくらせて幽霊をおびき出そうって話だったのか……。そんなの、駄目に決まってる。

 とんでもないことを仰せになられた蒼さんは、かああと赤く赤面して、


「何で言わせんの! 察しなさいよ!」


 とセクハラされたお姉さんの如くご立腹の様子……これ僕のせいなの?


「いや無理だろ! そんなの察せるか! 第一不健全だ!」


 事実を端的に伝える。


「そのつもりで来たっていうのに……色々準備して、結局どうしようか悩んで、秋のためなら、囮になったっていいかな……って思ったっていうのに……」


 え? もしかして初めに言っていた遅刻した理由の準備って……それ?

 心の準備を整えていたら遅れた、と?

 てか、蒼さん。泣きそうになってる……。で、でもな。


「だ、駄目だろそんなの!」


 たとえ僕のために考えてくれたのだとしても、僕が男で蒼が女の子である以上それはいけない、いけないんですよ……。


「……う……ヒクッ……う、うぇ……」


 クールな外見からは想像できない女の子の嗚咽が聞え出し目は悲しそうに潤んでいる。

 蒼が……泣いてしまった。僕がスカートめくりを拒絶したから。


「泣くなよ!」

「ばっで……」


 俯いて、ついに零れ始めた涙のしずくを拭いつつ、言葉にならない声を発する。


(だって……て言ったのか?)


 あのクールな蒼が泣いているというのは中々珍しい。

 そして僕はこの涙をこれ以上見たくない。何故か強くそんな気持ちになった。

 それに可愛い顔が台無しだしな。


「分かった! 分かったから!」

「……う……ううぇ?」


 目元に手を当てがい肩をヒクヒクと上下させ、まるで幼子のようだった蒼が、チラッと上目遣いで僕を見てから、顔を上げてくれた。


「やるよ。やればいいんだろ! だから泣くな」


 そうおかしな宥め方をせざるを得ず、嫌なスカートめくりをする流れになってしまった。


「……うん」


 まあ、蒼が泣きやんでくれたので、良しとしよう。普通は男がスカートめくりをしようとして女の子は泣くと思うんだけど、蒼は違うのか? 本当に女の子は良く分からん。


「で、でも……本当にいいのか?」


 念のため確認する。もし、嫌だったら僕はお縄にかかってしまうからな。


「う、うん。いい、よ……」


 さっきまで泣いていたからかやっぱり恥ずかしいのか分からないが、紅潮した顔で了承のご回答だ。マジか。でも、ここでやっぱり駄目とか言っちゃったらそれこそ号泣されるかもしれない。……よし、僕も男だ。覚悟を決めよう。


「……いくぞ」


 何だか今まさに戦に臨む侍のような気分になる。やろうとしてるのは侍とは程遠いが。


「来て――」


 蒼も迎え撃つ構えで手を後ろで組んでスカート前を空けてくれている。


「すーはー」


 呼吸を整え、いざ尋常に――


「――ハ!」


 チェック柄の可愛い制服のスカート、その裾に手を手をかけ、一気にめくり上げる。

 もちろん、目は閉じて視界をシャットアウトした。これで変な気も起らない、はず。


「ひゃ!」


 可愛い悲鳴を上げた蒼は目を閉じ、ぷるぷると小刻みに足が震えている。


「…………」

「…………」


 しばらく、ふたりしてその体制のまま廊下に佇む。傍から見たら何とシュールな、いや性犯罪の光景だろうか。この姿を誰かにみられたら、スカートめくりの幽霊は僕にされて本物の幽霊をおびき出すどころではなくなる。出来る限り早く切り上げたい!


「……何も、起こらない、な」

「…………」


 目をまだ瞑っているので状況がさっぱり分からないが……蒼の返事がない。何かあったのだろうか?


「蒼?」

「ふぇ!? あ、ああー。そう、だね……」


 心ここにあらずという放心状態だったのか焦った声で答えてくる。しっかりしてくれ。


「す、スカート。戻してもいい、よな?」


 一刻も早くこの性犯罪者のような、変態的体制を中止したい僕はその確認をとる。


「……うん」


 何故か名残り惜しそうな、でも安心したような、それらを足して割ったみたいな声でこの手を放す許可を頂けた。

 そっとスカートから手を離してちゃんと元に戻ったか確認した後、目を開けた。


「やっぱり、無理してたんじゃないか?」


 さっき震えてたし、幽霊を見つけるためとはいえ嫌だったんじゃ?


「そ、そんなこと、ないよ?」


 否定はしているけど……まあ、いっか。とりあえずは危機を脱したわけだし。


「どうだかな」

「暗くなってきたし、そろそろ帰ろう。それにこんなところを誰かに見られたら……」


 蒼が鍵を借りに行ったとき教務室にはいなかったが、光田先生に見つかれば生徒指導室へゴーすることになり、面倒くさい。

 蒼は言い訳しても優等生だから大丈夫だろうか、僕はそうはいかないだろうしな。


「……了解」


 蒼もそこは分かってくれたみたいで、帰ることに了承してくれた。




 今度こそ幽霊調査を終えた僕と蒼は、教務室に鍵を返し昇降口から校門へと向かう。

 その途中には大きな桜の木があり、綺麗なピンク色の花がまだ咲いている。

 桜には詳しくないが、これはソメイヨシノと呼ばれる一般的な桜だ。開花にはある一定の温度に達する必要があり、寒さの後に温かくならないと咲かない。桜の中でも個体差がないのが特徴で、桜の開花期を予測する指標にもなっていると聞いたことがある。詳細は知らないけど、このソメイヨシノはどの桜よりも優しい色の花が咲く。僕の個人的な好みなんだけどね。だから花の色はピンクよりも桜色と言った方がいいかもしれない。


 そんな美しい桜がもう群青色になっている空に彩りを加えている時間だ。

 知らぬ間にもう相当暗くなっていたみたいだ。


「じゃ、家まで送るよ」


 桜の傍に立ち止まって、蒼にそう告げる。

 もう、こんなに暗いからな。いくら剣の技術が高い蒼でも、何も持っていない今はただの女の子、ひとりで帰すのは心配だ。


「そんな、悪いよ」


 やっぱり断ってきた。蒼は、こういうとき遠慮しがちになるからな。

 だがここで引く僕ではない。


「もうこんなに日が落ちてるし、不審者がいるかもしれないのに女の子ひとり帰すわけにはいかない」

「いいの? ちょっと遠いよ?」


 よし、送ってもよさそうな流れになってきたな。

 蒼の家はここから約十五分程だ。そこまで遠いって程じゃない。


「いいに決まってるだろ。家が学校から離れてるのも知ってるし。それに、僕のためにこんなに調べてくれたんだろ?」


 そのお礼ってわけじゃないけど、僕のためにここまで付き合ってくれた蒼の帰りを送るくらいしてもいいだろう。


「え?」


 心底驚いた声を上げた。気づかれていないと思っていたらしい。


「バレてないと思ったのか? 騒動の現場を回ってるとき、こそこそ紙見てたろ?」


 それに、友達に教えてもらったとかも言ってたしな。これで気づかないわけがない。


「……うん、ちょっとだけね。あんまり役に立ててないけど……」

「そんなことない。僕にとってはどれも貴重で役立つ情報だったよ」

「そ、そう?」


 事実を伝えると、短いとはいえ肩まではある綺麗な髪を照れくさそうにくるくるする。

 その仕草も昔と一緒だな。変わってないのは安心する。


「ああ。また、頼んでもいいか? 蒼さえ良ければだけど……」

「もちろん、いいよ」


 僕の頼みに快諾して、優しい笑顔を見せてくれた。良い幼なじみを持って嬉しいよ。


「助かる。あ、そうだ」


 今思いついたことをするため、制服のズボンにあるポケットから携帯電話を取り出す。


「スマホ?」


 と蒼は僕の携帯電話のスマートフォンの略称を口にした。ちなみに僕のスマホのOSは日本ではあまりなじみのないもので、皆とは違う。


「うん。よかったら電話番号とか、交換しないか?」


 さっき思いついたのは連絡先を交換することだ。蒼とまた連絡が取りたいとき、連絡先を交換してないと色々不便になるからな。


「え。な、なんで?」


 対して蒼は好意的な反応ではない。むう、それもそうか。

 男と連絡先を交換するなんて、女子からしたら抵抗があって当然と言っていい。

 だけど、ちゃんと理由を説明すれば蒼だって分かってくれるはずだ。


「また幽霊について調べるとき、事前に連絡が欲しいからな」

「そ、そういうことね! 分かった! 了解! アンダースタンド!」


 僕の説明を聞いた蒼はウンウンと凄い勢いで頷いている。なんかオーバーリアクションで怖いが……ちょっと首を振りすぎて赤くなってるのは大丈夫かな。


「お、おう……」

 と軽く引きつつ、スマホ画面を操作して自分の携帯番号を蒼に見せる。

「はい。これが僕の番号」

「あ、ありがと……」


 お礼を言ったあと、蒼は自分のスマホを取り出し僕の番号を素早く入力していく。

「……できた」


 スマホの電話アプリである連絡帳に登録し終わり、蒼の手が止まって完了の報告。

 機械音痴ってわけじゃないみたいだな。


「お、そうか。じゃあ早速かけてみてくれ」

「う、うん」


 さっき登録した連絡帳から僕の番号をタップして――


 ――おお、きたきた。


 ちゃんと軽快な着信音が僕のスマホから鳴った。これで連絡先交換は終了なんだが……これで終わるのは何だか味気ないので出てみよう。僕はスマホの受話器をとるアイコンをタップした。


『……もしもし?』

『もしもし。お、ちゃんとかかったな』

『うん。こ、これで交換できたのかな?』

『厳密にはまだだな。電話帳に登録しないと』


 僕が着信履歴から電話帳に蒼の番号を登録して連絡先交換は完了だ。

 にしてもすぐ近くにいる相手に電話越しで会話するって意外に恥ずかしいものだな。


『そっか。じゃあ切るね』

『分かった』

『……バイバイ』


 かけた方から切るというビジネス的マナーに則ったのか蒼が電話を切った。

「よし、お互いの電話番号が分かったな」

「うん」


 心なしか蒼は嬉しそうだ。僕も飛び上がりたいほど嬉しいんだが……高校に入ってから僕のスマホに『初めて新しい電話番号が追加される』という悲劇的な事実は秘密にしたいので、飛び上がるもいかず平然を装う。が、ニヤニヤしそうだ。いかん。


「これでいつでも話せるな」

「そ、そうだね」


 いつでも話せる、か。こんな道具を発明した偉人は凄いな。世界中どこにいても大切な人と話せるんだから。


「あ、あのさ」


 そんな文明の利器について考えている途中に蒼が僕に呼びかけてきた。


「ん?」

「その、騒動以外のことでも……電話していい、かな?」

「ああ。いつでもいいぞ」


 むしろ、そっちの方が主目的な気がする。幽霊騒動がどうのと、体の良い建前で本当は今まで空白だったこの数年を少しでも埋めたかった……からかもしれない。


「そ、そっか。じゃあいっぱい電話する」


 蒼もそんなことを言っている。僕と同じ気持ち、だったのかな?


「おう。ただ、あんまり遅くかけると僕が寝てるかもだから出れないぞ」

「も、もちろん時間は考える! 秋の健康を考えないと本末転倒だし」


 どこまでも優しいな、蒼。何だか涙が出そうになる。


「そうか。僕からも幽霊について何か分かったことがあったら電話するよ」

「うん」

「電話番号も交換したし、続きは帰りながら話そう。先生だけじゃなくて地域の人の目もあるし」


 僕らの通う高校は少し評判が悪い。だから、地域の人にこんな時間に生徒がいると学校に連絡がいってかなり怒られるそうだ。光田先生はともかく、久保田先生の胃に穴が開くことがあってはならない。


「わ、分かった」


 蒼もそこは理解しているらしく、急いで帰る構えだ。


「じゃあ、一緒に帰ろうか」

「うん」


 そうして、蒼いの家に向かうため校門へ足を向けたそのとき――


『うーさーぎおーいし、かーのーやーまー』


 桜の木、それも上から心に透き通るような歌声が聞えた。

 誰もが一度は耳にした名曲の歌い出し。


『こんなに暗くなっちゃったけど……まだ誰かいるかなー?』


 今度はきちんとした言葉。周りを見ても、誰もいない……な、何なんだ?


(――え?)


 心の底からの感嘆が神経へと伝達されたのか足が竦んで動けない。


 驚きもあるけど、大切な何かがそこにいる気がして、ここで待っている気がして。

「……? どうかしたの?」


 その言葉で注意が現実に戻ってきた。

 気づくと突然立ち止まりきょろきょろ何か探していた僕に、心配そうな顔を向けてくる蒼の顔が見えた。


「い、いや、何でもないよ。それより、どっちが早く帰れるか競争だ!」


 急いで帰りたい。さっきとは違う理由で。


「ええ? いきなり? ちょ、ちょっと待ってよぉ!」


 僕はひたすら走り、蒼は急に走りだした僕を追う形でそれぞれ学校を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る