幼なじみの剣士②

 空が下校したときより少し暗くなり、見渡す限り山と空しかない田舎町に夕方の風景が広がる。先ほど、少し出てきた風で道に落ちている桜の花びらが舞う美しい夕暮れ時に、僕はひとりで校門の正門前に立っていた。

 蒼が指定した時間と僕が考えた場所は午後四時三十分の正門前。

 現在時刻を確認するため腕時計をみると……ただ今、四時四十七分を指している。


「……もうそろそろかな」


 蒼が遅刻するとはなかなか珍しい。いや、中学生になった頃から話してないから、分からないけど……。何かあったのかな?


「――ごめん!」

「おお、蒼」


 正門から向かい側の道路に、下校したときと同じ紺色のブレザー制服を着た蒼が立っているのが見えた。遅刻しないように走ったのか、離れていても息が乱れているのが分かる。


「遅れちゃって、ごめんね……」


 僕たちを隔てている車が途切れるのを待ち、再び正門側へ走って渡ってきた蒼は、はあはあと息を切らしながら謝ってくる。とにかく、何事もなかったみたいで安心だな。


「気にすることないぞ。僕だってさっき来たばっかりだからな」

「はあ……帰るときと逆になっちゃったね」


 そんな言葉をこぼしながら苦笑いしている。

 確かに下校したときは蒼が待っててくれたからな。これでおあいこだ。


「はは、そうだな」


 笑う僕から蒼は校舎へと視線を移し――


「じゃあ、ひとまず怪しいところを回ってみる?」


 何やら早速、調査開始という面持ちで遅刻の失態を挽回するつもりか、そう訊ねてくる。


「うん、そうしよう。よろしくな、蒼」

「まかせて」


 僕が了承すると、そう力強く答えてくれた。

 その強くて頼りになる女の子の声に、どこか懐かしさと何か大事な、大切なことを忘れているような……そんな焦燥を感じながら、僕らは幽霊騒動の調査に向かった。


 蒼に付いて校門、生徒用昇降口を抜けた僕は教務室に辿りつく。すると蒼は待っててと一言だけ言い残して教務室に入って行ってしまった。残された僕は、ぽつんと一人教務室前の廊下で蒼が出てくるのをひたすら待つ。その間何の気なしに蒼と先生の話声を聞き、しばらく経つと……蒼が出てきた。後ろ姿から見えたその手には……鍵。

 それも一つ二つじゃないな。


 ――なるほど、最初は教務室に何の用があるのか疑問だったが、蒼が先ほど教務室で借りてきた鍵を見て納得した。それに蒼が僕ではなく自分で鍵を借りる役割を負った理由も同時に分かった。

 もし、僕が鍵を借りにきても「明日でいいだろ」でばっさり切り捨てられるだろうが、この高校で二番目の優等生である蒼が「忘れ物をしたのですが、心当たりがある教室の鍵を借りてもいいですか?」とでも言えば貸さない先生はいない。

 この念の入り様……蒼はマジで幽霊調査をするため教室に入る気満々なのだ。半ば冗談かもとか思っていた自分が馬鹿らしくなってくるね。

 まあ、何はともあれ、蒼のおかげで各教室へ入れるようになったな。僕は何もしてないけど……それに加えてこれからどうすればいいか全く分からないというお荷物そのものだ。


「蒼、まずはどこを調べたらいいかな?」


 何が何でもお荷物は嫌なので、捜査中の警部と巡査さながら蒼に指示を仰ぐ。


「うーんと、音楽室かな。勝手に楽器が鳴ったところ……らしい」


 音楽室……それはまた如何にもな場所であるある心霊現象だな……。


「なるほどな。じゃあ行ってみるか」

「うん」


 僕らの通う高校、桜美高等学校の校舎は二棟ある。東から順に一般教室棟、専門教室棟という正式名称があるが、東棟西棟と一般的に呼ばれている。その二棟ある校舎のうち、音楽室は専門教室棟三階の端にあり、一般教室棟の一階にある教務室から行くには連絡橋を渡り階段を上る必要がある。だが……その移動する間、蒼との会話が――全くない。

 これが思いの他気まずいの恥ずかしいの。夕暮れに照らされた校舎に女子といるのが、むず痒くて仕方がない。


「……」


 蒼は依然として黙ったまま音楽室への道を進んでいる。

 連絡橋を渡りきって階段をのぼり終わる頃、この状況に耐えられなくなった僕は、調査が始まった当初から気になっていたことを訊ねることにした。

「ひとつ訊いてもいいか?」

「ん? いいけど、何?」

 う、いざ訊こうとしたら、蒼の顔を見てしまい「失礼かも?」とか思えてきた……。

「その、言い難いんだが……」

「はっきり物を言いなさい。男でしょ」

 歯切れの悪い僕にしびれを切らし、蒼の後ろをついて歩いていた僕に振り返った。

 整った顔だけをこちらに向け、その左顔を見ながら歩く。

 ええい! 蒼もこう言ってるんだ。訊いてみよう。


「……今日、遅刻した理由を訊いても?」

「……最低」


 何となく予想はついていた返答だ……。


「いや、その、剣の稽古にも遅刻とかしなかったお前が遅れたのが、ちょっと気になっただけで……」

「女の子には色々準備があるの! それだけ!」


 これ以上言うことはない、訊くな、馬鹿というように言い切られてしまった。

 ……準備? さっぱり思い付かないぞ?

 だがこれ以上訊いたら僕の命が危ういかもしれない。


「……なるほど。ごめん」

「……謝らないでよ」


 これ以上はもう言わないという意思表示で謝ると予想外な言葉が返ってきた。


「秋は……その、……のこと心配して、くれた?」


 蒼は何故か俯いてしまい、ぼそぼそっと今にも消えそうな声で話す。

 所々しか聞き取れず、何と言っているか分からない。


「な、何? ごめん。ちょっと聞えなかった」

「わ、私のこと心配したのかって訊いてるの!」


 ギュッと閉じた両手を下に突き出し、紅潮した顔を僕の方に向け歩みを止めた。

 さっきの弱々しい声と打って変わって、はっきりとした大きな声だ。

 な、何だ……そんなことか。僕も歩くのを止めて、答える。そりゃもちろん――


「……心配したよ。僕との遊びの約束には必ず先に来てた蒼が、今日に限って遅れたからな。どうしたのかな、何かあったのかなって思った。だからさっき訊いたんだよ」

「…………」


 思っていたことをただそのまま告げると……黙ってしまった。


「ん? どうしたんだ?」

「な、何でもない!」

「そんな風には見えないぞ? 顔が赤いし」


 ぽーっと頬を赤くしている蒼は正直に言うと可愛い。が、もしかしたら、風邪なのかもしれない。春でもまだ肌寒いからな……もしそうだったら大変だ。


「私が何でもないって言ったら何でもないの!」


 そう言ってついにプイッと前を向いて歩き出してしまった。僕も後に続く。


「ならいいけど……風邪とかだったら大変だし今日は早く寝たほうがいいぞ」

「あ、ありがと。でも風邪じゃないから、絶対風邪じゃないから」

「なんで二回も言うんだよ」

「大事なことだから」


 意味が分からない。なんだ大事なことって……?


「そうか。お、着いたな」


 そうこう話しているうちに、目的地に到着した。


「うん、音楽室だね」


 そう言うと蒼は防音仕様の厚い扉を開け中へと入っていく。

 僕もそれに続いて捜査現場に足を踏み入れる。


「吹奏楽部は……いないみたいだな」


 目に入ったのは教室を囲む白い壁。それには防音性能を高めるためか小さな円形の穴を規則的に配置した木目調の板が張り付けられている。

 教室内には授業で生徒が使う机や指揮者が立つ台などの他に、高そうなグランドピアノやギター、伝統行事に使う和太鼓などの楽器が各所に配置、保管されているが……肝心のそれを扱う演奏者たる吹奏楽部員の姿はない。


「始業式だったからね。吹奏楽部だけじゃなく全部の部活が活動してないみたい」

 

 なるほど、どうりで静かなわけだ。


「じゃあ、幽霊もいるかな」

「さあ、それは分からないね」


 蒼は僕の言葉に欧米人がよくするリアクション。冗談っぽく肩をすくめている。


「……で、その勝手に鳴ったという楽器は?」

「そこのジャラジャラしてるやつ」


 ジャラジャラ……? そんなもん楽器であったか?


 蒼の顔に疑いの眼差しを向けた後、蒼が指し示すその指先を線で辿っていく。


「ジャラジャラしてるやつ……ああ、アレか」


 あった。確かにジャラジャラしてる。

 木でできた棒に金属製らしい棒が一列に吊り下がっている。


「風が吹いても鳴るそうなんだけど、そのときはそのジャラジャラの近くに誰もいなくて窓も開いてなかった……らしい」


「ということは、風も吹いてないし誰も触れてないのに、ひとりでにそこのジャラジャラがシャラシャラ鳴ったってことかな」


 それはまた怖い心霊現象だな……。


「そういうことなんだろうけど……吹奏楽の部員がきいたら怒りそうな表現ね」

「確かに……でもその楽器の名前知らないし……」


 言い訳がましくてすいません、全国の吹奏楽部の皆さん。

 ジャラジャラで通じてしまった事実がより一層申し訳なく思える。


「ええっと、ウィンドチャイムとかツリーチャイムって呼ばれてる楽器らしいよ」

「知ってたのか。さすが博識の蒼だな」


 小学生の頃、物知りなヤツだな、と思ってはいた。それは今でも健在らしいな。


「まあね! と言いたいところだけど吹奏楽の友達に教えてもらってただけだよ」

「そうなのか。でも、凄いことには変わりない」

「そ、そんなことないけど、ありがと」


 普段褒められ慣れていないのか、照れながらお礼を言われた。


「いえいえ、でもなんで名前を知ってたのにジャラジャラしたやつなんて呼んだんだ?」


 そのまま名前で呼んでくれたら、僕も恥をかかなくてよかったんだが……。


「咄嗟に名前が出てこなかったし、そ、その方が秋には伝わるかなーって……思っただけだよ」


 人差し指でぽりぽりと頬をかく仕草をしながら、そんなことを言う。

 僕のことを考えて……か。それは純粋に嬉しいな。


「確かに僕にはそっちの方が直感的でどの楽器か分かりやすかったよ。気を使ってくれてありがとな」


 ここはしっかりお礼を言っておこう。楽器に詳しい人には失礼かもしれないが、実際に正式名称よりジャラジャラのほうが分かりやすかった。


「いえいえ……ふふ」

「なんだ、いきなり笑って……」

「なんかこういうの懐かしくて、ついね」


 ……蒼も僕と同じで、この状況にどこか懐かしさを感じていたみたいだ。


「……そうだな。昔はよくこうやって話してたもんな」

「ま、そんな話は後にして……何か分かった?」


 思い出話はここまでという風に、表情をマジメモードに切り替えた蒼が調査結果の報告を待っている。


「……まださっぱりだけど、やっぱり性別は男なのかなーって考えてる」

「ふーん。それはどうして?」


 報告を聞いた蒼は理由を訊ねる。


「吹奏楽部って言ったら九割近く女子が部員だろ?」

「それは、そうね」

「うん。女子部員の気を引こうとしたのか、はたまたその女子が怖がる反応を楽しむためにしたのか……それは分からないけど、そんなことをするのは大抵男だろう」


 ちょっと男差別のような意見になってしまったが、ここで起きた現象を自然に考えれば結論は男になる。なるんだけど……。


「じゃあ、秋が気になってた幽霊の性別問題は解決したのかな」

「――いいや。まだだよ」


 まだ僕が納得するに足る条件は満たされていない。


「そうなの?」

「ああ。この楽器が勝手に鳴る件も状況証拠だけで物的証拠が無い。何かそういったのがあればいいんだけど」


 状況的に見れば男とみるのが妥当。でも、そう断言できる証拠は――今のところない。


「じゃあ、どうしたら秋は納得するの?」

「うーん……難しい質問だな」


 顎に手を当てながら、思案する。

 どう答えていいか、さっぱり分からないな……。


「じゃあ、質問を変える。秋の言うその物的証拠っていうのは……何?」

「……もっと難しくしてない?」


 普通、質問を変えるときは簡単になるんじゃ……この蒼さんに求めるのは間違いか。


「いいから、簡潔かつ具体的に答えなさい。男でしょ」

「いや、僕が男かも関係ないだろ」


 簡潔かつ具体的ってかなりハードル上がってるんですが……。


「い! い! か! ら!」


 僕の主張は意に介さず、有無を言わせぬ形相で迫って来るぅ。


「う、分かった言うから、そんなに怒った顔するなよ……」


 どうどうと馬を落ち着かせる要領で蒼をなだめる。

 蒼を怒らせてしまったが、実は僕の答えは初めからほとんど決まっていた。


「――やっぱり、この目で見る以外にないと思う」


 最初に言えば良かったと後悔しながら蒼の質問に要望の通り簡潔かつ具体的に答える。


「……そんなところだろうなって思ってた」


 想定していた通りの答えを聞けたのか、さっきの怖い顔が嘘のように蒼の表情が緩む。


「え?」


 蒼とは真逆で全く想定外の言葉が返ってきた僕は、驚きの言葉を返すしかない。


「秋って、昔から自分で見たモノ以外信じないから、そうじゃないかなってね」


 見たモノ以外は信じない――これは何故か僕が大切にしている言葉で、昔蒼にも教えたことがある。この言葉を深く胸に刻んで、僕は生きてきた。

 蒼はその言葉を覚えていたのか。


「覚えてたのか。その、あのときのこと……」

「――忘れるわけないでしょ」


 そんなことは未来永劫ありえない、とでも言いたげな真剣そのものの眼で僕を貫く。


「ま、とにかく、秋の口から納得する条件を聞けてよかった。私、こういうの苦手で秋の力になれるか分からないけど……一緒に探そう?」

「え、でも悪い――」

「――そうやって、一人でなんとかしようって頑張るのも、昔と一緒」

「…………」


 そんなことも……。


「私には、頼っていいんだよ。どんなに小さなことでも、どんなに大変なことでも……」

「私は秋の味方だよ」


 そんなセリフを優しい笑顔を浮かべながら言ってくる。


「……全く、蒼には敵わないな」


 昔、僕が言ったセリフそのままだ。蒼はずっと覚えていたんだな。


「蒼のお言葉に甘えて、頼らせてもらう。一緒に幽霊を探して欲しい」


 ここまで言われた僕は――素直に蒼に頼む。


「うん、どんときなさい」


 腰に手を当てお姉さんのような口調で頼まれてくれた。


「じゃあ、次の場所行ってみよっか。今度は何か分かるかもだよ」

「うん、よろしく頼む。蒼」

「まかせて」


 校門前で言われたときと全く同じ言葉なのに、優しげで何でも包み込んでくれそうな、柔らかな口調で答えてくれた。


 渡り廊下の先にある蒼に連れられた体育館の更衣室は、照明が点いたり消えたりするという心霊現象が起こった場所だった。しかしそういった現象は起こらず手がかりもなし。仕方なく、来た道を引き返す形で校舎の専門教室棟に戻ってきた僕らはある教室の前にきていた。ドアの上にある表示プレートには視聴覚室の文字がある。


「視聴覚室?」

「あと情報処理室もね、鍵は借りられなかったけど」


 そう言って蒼は鍵を開けて教室の中へと進んでいく。

 確か情報処理室には学校のサーバーが置いてある。さすがの蒼も借りられなかったのか。

 そんなことを思いながら僕が中に入ると壁に備え付けられている巨大な白いスクリーンが最初に目に入った。天井の中央からはスクリーンに映像を投影するためのプロジェクターが吊り下げられている。そのスクリーンの対面には白いテーブルが何列も並び、何かを視聴するのには最高の環境があった。

 見たところ、何も異常はなさそうだな。


「ここは何か騒動になったのか?」


 視聴覚室や情報処理室で何かあったことを聞いたことがないんだが……。


「勝手に画面が点いて、映画研究会オリジナル映画が先生と生徒の前で本邦初公開されたらしい……あんまり騒ぎにはならなかったけど」

「それは、なんというか……悲惨だな。で、情報処理室では何が?」

「勝手にパソコンの電源が落ちたそうよ、それも全部一斉に……」


 蒼が友達から聞いたと思われる情報を次々話してくれる。

 パソコンの電源が突然一斉に落ちる……か。それは気味が悪いな……。


「全部って、四十台近くあるパソコンが?」


 大体一クラスは三十人くらいで編成されていて、教員と合わせて全員が使っても大丈夫なようにそれなりの数があるはずだ。


「うん、非常電源でなんとか持ったらしいんだけど……下手したら大事なデータ類が吹き飛ぶ寸前だったみたいよ」


 それで騒動になってないってことは……教員達がもみ消したってことかもな。データ管理がどうのと最近は煩いそうだしな。


「もし、幽霊の仕業だったなら、幽霊騒動の唯一の実害なのかもな」

「スカートめくりだって立派な実害でしょ」

「はは、そうだったな」


 少し笑いながら冗談めかしく同意するが、


「笑い事じゃない!」


 と睨まれて一喝されてしまった。


「……ごめん」

「分かればよろしい」


 僕がすぐ謝ると何かに満足したのかウンウンと首を縦に振って頷いている。

 一体何が気に入らなかったのやら……。

 これだから女の子は何を考えているのか分からない。


「で、どう? 何か分かったことはある?」


 今度は真面目な表情で訊いてきた。分かったこと……か。


「そうだな、ここは幽霊の性別には関係なさそうだが、騒動としては一番の事件性が……スカートめくりの件と同じくらいあると思う」


 途中、蒼のツリ目がちなお目目の上にある眉毛がぴくっと動いたので、言う内容を瞬時修正しつつ話す。

 実際、データが吹っ飛びかけたんだからな。今までのとはわけが違う。


「なるほどね」


 そう言って僕と同じく顎に手を当てて思案顔をする。


「何か目的意識みたいなものがあって故意にしたのか、単なるいたずらなのか……」


 どちらにせよ、迷惑極まりないのには変わりない。


「うーん。ここでもあまり得られたことはないみたいだね」

「いや、そうでもない。性別については分からないけど、なんだか共通してるものがありそうだ」


 そう、これまでの調査で女子がらみ以外共通点が見当たらなかったが、今回の件は女子も男子も関係ない。でも何か引っかかってはいるんだよな……。


「共通してるものって、今まで見て回った騒動の件?」

「うん。でもそれが何なのかは分からない。もうちょっと考えないとね」

「そうか。じゃあ、無駄じゃなかったってことだね」


 そこは安心したという顔をする蒼は僕にそう言う。


「その通りだ。ありがとう、蒼」

「どういたしまして!」


 お礼をすると蒼は今日一番の良い笑顔を見せてくれた。


「じゃあ、もう六時くらいになったし、鍵を返して帰ろうか」


 思えばもう一時間以上も経っていて、外は暗くなっている。

 そろそろ帰らないとまずい。


「え、もういいの? まだオバケ見てないのに」

「これだけ色々見れたらもう十分だ」

「でも……」


 蒼はまだ納得してくれないようだ。どうしてここまで本気になって付きあってくれているのか分からないが、ありがたい。しかし、さすがに女の子をこれ以上暗い中、帰すわけにはいかない。少し、言い方を変えてみようか。


「そ、そうだな……幽霊はまだ見れてないから、今日のところはここまでにしよう。暗くなってきたし、光田先生に見つかったら面倒だ」


 これなら、どうだ?


「そういうことなら、仕方ないね」


 一応、納得してくれたみたいだな。良かった。


「ああ、仕方ない」


 そんなやり取りの後、僕らは視聴覚室を出た。

 このときの僕はまだあんなことになるとは、微塵にも思っていなかった。

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