@かきこさん

藤村灯

第1話 @かきこさん

 夕食後、いつものようにだらだらとスマホを弄っていると、知らないアカウントにフォローされたのに気付いた。


 かきこさん。


 フォロイーは僕一人。フォロワーは0。作成したばかりのアカウントで、アイコンはデフォルトのひよこマークのまま。


 誰のアカウントなのか、僕に心当たりはない。


 いま眺めているのは、“ひとりごと”を投稿するSNSアプリ、モノログの個人アカウントのタイムライン。高校生の日常アカに有益な“ひとりごと”が流れるはずもない。業者でなければ学校の知り合いだろうか?


『agえ』


 タイプミスなのかいたずらなのか。奇妙なリプライが送られてくる。

 ブロックしようかとも思ったが、女の子の名前っぽいのが微妙に気になった。僕に片想いしてくれているクラスの女子だったりしたら、ちょっともったいないじゃないか。

 しばらく待っても、打ち直してくる気配はない。


『誰かな?』


 リプを返してみたけど反応はない。ふと名前の響きに聞き覚えがあるような気がして検索してみた。


 かきこさん。


 やはり都市伝説系のキーワードだった。でもまだ新しい噂なのかマイナーなのか、ヒットしたのはオカルト系のブログがひとつ、IT系のサイトのコラムがひとつだけ。曰く――


・出現するSNSは特に限られていない。

・アイコンは常にデフォルトのもの。

・登録日はバラバラ。直近のことも、数年前のこともある。

・かきこさんがフォローするのは常に一人だけ。

・リプライを送られたら、24時間以内に一文字でも多くレスを返さなければならない。

・かきこさんのリプに一日にひとつ“いいね”が付かなければならない。次の日には一つ以上多い“いいね”が必要。

・上記二つの条件が守られれば、7日後にはフォローが外れる。

・条件を守ることが出来なかったり、ブロックした場合は不幸にみまわれる。


 一方にしか記されていない情報も多いが、双方の記述を要約するとだいたいこんな内容だった。


 怪談話には必須な、かきこさんの生まれた経緯や、遭遇した被害者の具体的な末路は記されていない。ITサイトのコラムの方では、どこかの大学の人工知能の実験ではないかとほのめかされている。


 タイムラインにいる友人のいたずらだろうか? いや、それならいない奴の方が怪しいかもしれない。

 こんな茶番に付き合う義理はない。けれど、急いでブロックするのも怖がっているようでしゃくにさわる。


 その日はとりあえず、かきこさんのレスに“いいね”を付けておいた。



 翌日、学校で友人にかきこさんのことを尋ねてみた。みんなきょとんとした表情で、そもそもかきこさんの噂も初めて耳にしたという。いたずら好きの坂巻あたりが、「引っ掛かった! びびったか?」と大笑いしてお開きになるものだと思っていたので、なんだか肩透かしをくらった気分だった。


「なんか知らんけど、決まりを守っておいたほうが良いんじゃねえの?」


 小心者の小野田に至っては、信じ込んでしまったのかそんなことを呟く。


「……わかった。それなら“いいね”付けるの協力してくれよな」


 すっかり鼻白んでしまった僕だったが、とりあえず友人達にはそう頼んでおいた。



 かきこさんからのレスは、昨日と同じ時間、昨日の僕のレスの下に付いた。


『lfあdま』


 クエスチョンマークも数えて、僕のリプよりきっかり一文字多い。


『おやすみなさい』


 お座成りにリプを返し、小野田に頼んで僕の分と併せ、2つの“いいね”を付けておく。


 おかしな挙動をするbotのたぐいなのかもしれない。少しばかり気味が悪い気もするが、7日間あしらうくらい何の問題もない。その時はそう思っていた。



『zfkaからdあ』


 長くなってくると、かきこさんの“ひとりごと”が、何か意味のあるもののように見えてきた。

 怖がる気持ちがあるから、でたらめな文字の群れから意味を拾い上げているだけだ。


「なんで僕が怖がらなきゃいけないのさ!?」


 己の微かな恐れに反発し、僕は毎日読んでいたweb小説のページから、適当な個所をコピーして貼り付けた。


 それがいけなかったらしい。



『hiufgbdぶfbvcalofhfヴぉいriyaeころgbvaloncの;hbihebロvbiaohco・¥fplじんvふhvばhlygbvctfcvjncw5wc4――――』


 次のかきこさんのレスは、僕の貼り付けた文章よりはるかに多く、500文字の制限を超え、7つの“ひとりごと”に渡っていた。面白がった友人だけでなく、どこからかかきこさんの噂を知ったらしい、知らない人のアカウントまでもが、かきこさんの“ひとりごと”に“いいね”を付けて行く。4日目にして計算が乱れ、僕は少しばかり焦りを抱いた。



『skfncodmbwe]tkorコロjdk;wjdス[phlw4b+cmpw:jmcvi埋あさksdじぇうぃivjnoqeprnbp江ああs頭...:f;.beplvpekrveqrtb,lrb,koopbkopavniafhのxsxろcesweweedfe!!dd!urioqfer――――』


 5日目。昨日もweb小説をコピペしたせいか、かきこさんのレスは10にまで増えていた。


「……ひょっとして、自分で入力しないといけないのか?」


 とはいっても、5000文字を越える文章を書くのも面倒だ。かきこさんをまね、キーをでたらめにタッチしてレスを返す。問題は“いいね”の方だ。友人たちは皆付けてくれているが、面白半分の通りすがりが付ける数では足りないかもしれない。


 なんとなく、昨日と同じ数の“いいね”が付くまで画面を眺めていたが、どうしてもあと一つ足りない。ギリギリまで待ってみてもいいだろうけど、待てば待つほどタイムラインに埋もれてしまう。どうにも気になって眠れそうにない。


 僕は、愚痴を吐くために作って放置しておいた裏アカウントを使い、かきこさんの“ひとりごと”に“いいね”を付けた。



『,,,;mvaojrgioqおまhbfgol56rvkこlいんヴhbvjbvbぁlskmdls:dgegjjelkvdp:wmdlcn jgvahb vさつjkjjkjfbvkannna嘘bbsqkのljwdilwjkdlwjdlwmamamamhからdlだwijjdlwdjncv njwnvw;ncw;55蟇85cwcwlcnqjkdsだsl――――』


 6日目。30に増えたかきこさんの“ひとりごと”を目にし、寒気を覚えた。


「そっちはでたらめなくせに、理不尽じゃあないか!!」


 イラついてスマホをベットに投げ付け、部屋をうろうろと歩き回る。

 ひょっとして、自分で書いた、意味のあるレスじゃないといけないってことか。


 そう思い当たった僕は、春に宿題で書いたレポートのファイルを思い出した。あれは僕自身が打ち込んだものだし、意味の通った文字列だ。でたらめな文字列を投げ返してもいいだろうけど、正直僕は少し怖くなっていた。


 パソコンを立ち上げ、ファイルの入ったUSBメモリからファイルを開き、コピペを始める。ちまちました文字数制限がもどかしい。10回ほど作業を繰り返した頃、不意にパチンとモニタが暗くなった。


 パソコンだけじゃない。部屋の灯りも消えている。


「お母さーん! 電気消えたよ!! ブレーカー落ちた!?」


 階下から両親のやり取りが聞こえてくるが、なかなか灯りはつかない。カーテンを開けてみると、窓の外の街灯も消え、あたり一面闇が広がっている。


 間が悪い。何かのトラブルで停電したようだ。


「停電みたいね。今夜はもう寝なさい。あら、こんな時間にどこか出るの?」

「ちょっと、コンビニ――」


 時間の余裕はある。レスは明日になってからでも充分間に合うし、なんならこの下らないやり取りを止めてしまってもいい。頭では分かっている。それなのに、夜の闇の中冷静さを失った僕は、寝間着の上にブレザーを羽織り、停電していない隣町まで自転車を走らせると、駅前のネットカフェで残りの作業を済ませた。



 翌朝、目覚めて一番にスマホで確認すると、かきこさんへの“いいね”は昨日よりすこし少なかった。裏アカウントで“いいね”を付け、さらに両方のアカでかきこさんのリプを“よびかけ”で広め、“いいね”を募る。


 授業中、なかなか増えない“いいね”を何度も確認していたのを先生に見つかり、スマホを没収された。焦りと苛立ちを抱えたまま放課後を待ち、長々とした説教のあと返されたスマホを確認する。なんとか昨日を上回っていた“いいね”の数に、安堵のため息が漏れた。


 家に帰るとすぐに、僕は部屋に籠ってかきこさんのレスを待った。階下からお母さんが夕飯に呼ぶ声が聞こえたが、「気分が悪い」とやり過ごす。


『;tojmvnvいつfsohniauashgauvcaiubcudwbオマjcj;dエgahlGYDHG無jjj身体からdda;:dadatttmamae憑s::udddaskwdkpこカwofojbmls:q:@,mw5vd.lpsbhlihak墓qbxlhhhhhbcuwvmmxmalskidpqidつpsugunisuguniqe――――』


 待ちに待ったかきこさんのレスは50を越え、止まらずにさらに増え続ける。


「な……なんだよ……なんなんだよッッ!?」


 枕に顔を埋め、怒りにひとしきり叫び声をあげたあと、恐るおそるスマホを確認する。レスの数は108。文字数を数えると、53986文字だった。


 スマホの電源を落とし、頭から布団を被り冷静になるよう務める。もう最後の一日だ。でたらめの文字列、なんならひたすら0を打ち込んだレスを付けたとしても、最後に“いいね”の数だけ帳尻が合えばいい。膨れ上がった無責任な通りすがりのせいで数は増えてしまったが、やりとりを目にした者なら今回も同じように“いいね”を付けるだろう。


 ひたすら0を入力し始めたけれど、送信ボタンを押すのがためらわれた。この段になって僕は、かきこさんがただのプログラムではないと思い始めている。ネットに巣食う悪霊にせよ、ながらスマホで事故死した女子学生にせよ。かきこさんを怒らせたまま終わるのは、非常に危険な事のように思える。


 長い葛藤のあと、0だけの“ひとりごと”を削除した僕は、意味のあるレスを入力し始めた。


『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――』


 一万回繰り返したあと、かきこさんの“ひとりごと”を拡散し、“いいね”が付くのをひたすら待ち続ける。無意味な文字の群れをスパムと思われたのか、なかなか“いいね”の数は増えない。


 苛立った僕は、裏の方でも“いいね”を付け“よびかけ”をしようとアカウントを切り替える。


 そこにリプライが一つ送られているのを目にした。


『みtjyuケtzza;』






            §



「で、そいつはどうなったワケ?」

「おかしくなって引き籠ってるって。その子のモノログのアカウント名が“かきこさん”なんだって」

「うん? 結局自演だったって話?」

「そこまでは聞いてないけど……」

「結局どうなの? この“かきこさん”ってののリプには、返事しといたほうがいいの?」

「んんー、それはあんたがこの話を信じるかどうかでしょ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

@かきこさん 藤村灯 @fujimura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画