第15話

惇信院様の御世というから、宝暦の頃であろう。

蔵前に伊勢屋という質屋があったが、ある武家から鎧櫃を質草として預かった。

黒漆塗りの網代の鎧櫃で、造りは立派であったが、相当に古く、紋などはかすれて見えなくなっていた。

その武家は故あって浪々の身となるうちに、先祖伝来のものなどはすべて売り払い、その鎧櫃のみが残っていたという。

鎧がすでに無いのに、鎧櫃のみあるというのもおかしな話であったが、伊勢屋の番頭は悪い造りではないと判断し、預かり証を渡した。

しかし、その鎧櫃を預かり蔵に置いた夜、蔵の中からなにやらものが転がるような音が聞こえだした。

手代の一人が小僧を連れて、その蔵を開けると、置かれた質草の間を何かが転がっている。

灯りを照らし目を凝らすと、それは三十歳ほどのざんばら髪の男の生首であった。

生首は灯りで照らされるのを嫌ったのか、ゴロゴロと転がり、あの鎧櫃の前で飛び上がり、その中に入って消えた。

手代と小僧は驚いて主人にこのことを伝え、朝になって店の者が大勢で鎧櫃を開けてみたが、中には何も無かった。

しかし、その夜から蔵からものが転がる音がたびたび聞こえだし、番頭の何人かが蔵を覗くと、やはりその生首が転がっているのが見えたという。

伊勢屋の主人も困って、鎧櫃の持ち主を尋ねたが、姿を消してしまい、どこに行ったかも分からなかった。

最後には伊勢屋の主人も覚悟を決め、

「私も質屋渡世のものだ。預かった以上は、勝手に処分することは出来ない。とりあえず、質流れになるまでほっておけ」

と店の者に命じた。

その後しばらく、伊勢屋からの蔵から怪音は消えず、「伊勢屋の転がり首」の話は有名なった。

そして、ついに質流れの期限が来たが、やはり預け主は現れず、主人は旦那寺で鎧櫃の供養をしようとした。

しかし、ある大身の旗本の用人が伊勢屋を尋ね、

「首が転がるは、武家には吉兆である。我が主人は良き首ならば、家宝にすると申せられておる。相応の値ならば、その鎧櫃を引き取る」

と申し出た。

主人は驚いたが、断ることでもないので、その旗本に鎧櫃を引き取ってもらった。

その後、転がる首の話は聞こえてこない。


             <江戸奇談回顧録より>


偽江戸怪談の15作目。

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