第12話

陸奥戸倉家中に三次孫右衛門という武辺者がいた。

馬廻組五十石取りで剣は當田流、上意討ちの討ち手となったこともある。

しかし、剣よりも「丹治打」と称する飛礫の術(つぶてじゅつ)の使い手として名高かった。

彼は常に懐に三寸ほどの丸い飛礫種(石)を入れており、あるとき主君である戸倉筑前守が、

「あの燕を打て」

と命じると、すぐに礫で飛翔する燕を打ち落としたという。

以来、「天狗打ちの孫右衛門」と呼ばれていた。

その頃、膳番奉行の殿村兵衛の屋敷は「石屋敷」という噂があった。

この家を訪れた武士が奥座敷にいると、どこからともなく石が飛んできて、その頭を打つという。

筑前守が殿村に真偽を問うと、

「恥ずかしながら、そういう怪異がございます。家人や女子供には石は飛びませんが、武士が夜に奥座敷が入りますと、天井より一寸ほどの一個の石が飛んできて頭を割ります」

と答えた。

筑前守はしばし考えて、孫右衛門を呼び、

「天狗の類かもしれぬが、城下にそういう怪異があるのは、我が家の面目に関わる。石のことならば、お前が一度確かめよ」

と命じた。

主命なればと孫右衛門は殿村宅を訪れ、暮六つ過ぎに奥座敷に入った。

しかし、すぐには石は飛んでこない。

仕方がないので孫右衛門は座って待つと、夜四つに天井から急に石が飛んできた。

孫右衛門は素早い身のこなしでこの石を躱し、懐にあった自らの飛礫種を天井に打ちかけた。

飛礫種は不思議にも天井に吸い込まれるように消えた。

すると、今度は天井から次々と石が飛来し、孫右衛門はそれを幾度かよけたが、ついに一個の石が頭に当たり、額から血が出た。

すると、天井から、

「技より数ぞ、覚えたか」

という大声が聞こえ、呵々大笑ともに屋敷が震えた。

よく見ると、孫右衛門の頭を割ったのは、天井に放った自らの飛礫種であった。

この後、石が打たれる怪異は無くなった。

「天狗の石合戦」の顛末は城下をにぎわし、孫右衛門の武名はより高まったが、思うところあって、彼は自分の子供に飛礫術を教えず、「丹治打」は絶えてしまった。

今も三次の家には、孫右衛門の頭を割った飛礫種が「天狗の返し石」として祀られている。


                <陸奥奇談集より>


偽江戸怪談の十ニ作目。

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