第7話
寛永十五年正月元旦、御府内に激しい風塵が吹き、前を歩く人の顔が分からぬほどの黒い土埃が舞った。
その土埃があまりの黒く、これが火事の煙であると思い込み、手桶に水を入れて火元を探して駆け回る人もいたほどである。
戸田因幡守の一行は、そんな中を、年始御礼の初登城から帰るところであったが、供の者が黒の土埃の中になにやら赤い筋のようなものが幾本も伸びていることに気付き、主人にこれを伝えた。
戸田因幡守は駕籠から顔を出し、
「あれは火の粉かもしれぬ。誰かやって、あの赤き筋の元を見てまいれ」
と命じ、若い家臣がこの筋を追うことになった。
赤い筋はお濠の向こう側、それも北の方から流れているようで、家臣は四屋口からお濠を渡り、尾張大納言様の下屋敷前を右に曲がり北へ向かった。
すると、市ヶ谷の八幡宮の隣にある法性寺という寺のあたりで、赤い筋が不意に消えた。
家臣は主命でもあるので、その寺の門を入り、元旦から不作法に訪れたことを詫びてから、住職に赤き筋のことを尋ねた。
すると、住職は、
「困ったものじゃ」
と嘆いたが、
「これも何かの縁故、ご覧いただこう」
と言って、家臣を本堂に案内した。
本堂内陣の脇間の台に骨箱らしきものが置かれていたが、住職はそれを下ろして、家臣の前に置き、
「これはさる武家から、お預かりしているものです」
と言ってから、箱の蓋を取った。
そこには、おそらく辰砂で染められたらしい真っ赤な人骨が納められていた。
「去年の煤払いの時に、土蔵の中から見つかったそうです。これが見つかって以来、そのお屋敷では赤い砂が吹き込むようになりました」
住職は手を合わせてから、箱の蓋を閉めた。
そして、
「この骨がどこの誰かも分かりませんが、正月を終わりましたら、きちんと供養いたします。どうかご内密に」
と言って頭を下げた。
家臣が帰ってこのことを伝えると、戸田因幡守は、
「古き甕棺から朱塗りの骨が見つかることがあると聞く。いずれにしても、元旦から火事でなくて良かった」
と笑ったという。
<寛永見聞日記より>
嘘江戸随筆風怪談の七作目です。細かい固有名詞は嘘とほんとを混ぜ込んでいます。
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