第4話
目白の蓮花山金乗院の納所坊主である永慶は、住職の使いで松戸に出かけたが、先方で引き留められ、駒塚橋を渡る頃には九つの鐘が鳴っていた。
幸い、その日は月夜であったため、永慶は足元を気にせず足早に進んでいたが、水神社の前でふと立ち止まり、脇を流れる江戸川(現在の神田川中流)に目を向けると、川中になにやら怪しいものがいることに気付いた。
それは、四本の細長い棒を束ねたものを川の流れの中に突っ立て、その上に座っている人のように見えた。
品川の干潟で脚立を立てて青鱚を狙う釣り人のようであったらしい。
しかし、大洗堰のある流れの早いこの川で、脚立釣りをするのもおかしいし、そもそも、この辺りは紫鯉を御上に献上する以外は、殺生禁止の御留川となっている。
これは御禁制を破る不届きものかと思い、永慶は近くの辻番にかけ込もうとしたが、その怪しいものの棒がゆらゆらと動いているのが分かった。
目を凝らし、月明かりに照らされた姿を見ると、四本の棒かと思ったのは、その怪しいものの異様に長い手足であった。
それは長い手足を川の中で前後させ、こちらに向かってきたので、永慶は恐ろしくなって胸突坂の方向に逃げようとした。
すると、その怪しいものはしわがれた声で、
「わずらわし、わずらわし」
と叫び、器用にその長い手足を畳むと、水の中に沈んで消えた。
永慶は寺に帰り、このことを住職に話すと、
「河童の類かもしれぬが、飛騨に手長足長という化け物がいると聞く。あるいはそうしたものだったのかもしれぬ」
と言ったという。
<安政巷間録より>
偽江戸随筆怪談の四作目。地形や寺院名以外はほぼ嘘です。
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