第24話 依頼主の正体 

 玉と侍、そして老婆の三人は、八百屋の店先から一階の奥にある座敷へ場所を移した。座敷机を前に、玉と侍が並ぶようにして座る。その向かいに座りながら、状況を知らない老婆がいそいそと煎茶を淹れて回った。


 愉快そうに笑う侍をヨソに、むっつりと黙りこむ玉。正反対な表情をしている若い二人を、老婆は心配そうに見やる。


「あのぅ、幸松坊ちゃん。これはどういう状況でございますか?」

「うん? ああ、私が彼女を怒らせてしまったんだよ」


 口ではそう言いつつ機嫌良さげな侍に、老婆困惑する。


「何か失礼なことでもありましたか?」

「いや、彼女に非は無いよ。……あるとしたら、ばあやだな」


「私めにございますか!?」

「こんな万年閑古鳥の八百屋の店番に、素人の女の子を立たせるなんてヒドイじゃないか」


 玉はびっくりして目を丸くした。万年……閑古鳥の八百屋だって??

 

 玉の驚いた表情に、侍も驚いた顔を見せる。


「おや、知らなかったのか。ばあや、教えてあげないとダメじゃないか」


 侍は面白そうに煎茶を啜り、玉に話かけた。


「ここはね、娘さん。年中ぜ~んぜん売れない、ダメダメ八百屋なんだよ。商品は悪くないんだが、何せ場所も悪けりゃ人手も居なくてね。見ての通り店にはよぼよぼの爺さん婆さんだけだから、中々店番も出来ないんだ」

「で、でも……じゃあ、売れ残った野菜は?」


「ばあや。確か近所の棒手振りが、盗み同然でかっぱらっていくんだっけ?」

「ホホホ。まぁ、そんなところです」

「ええ!?」


 ケロリと衝撃的なことを言う老婆に、玉は驚いた。野菜が売れないだけならまだしも、商品を盗まれてもニコニコしている老夫婦は、何を考えているのだろうか。


「じゃあどうやって、おじいさんとおばあさんは生活しているのですか?」

「まぁ、気になりますか?」


 老婆は微笑みながら、侍を見やった。


「この幸松坊ちゃんのおかげでございます。お嬢さん、貴女の看病を我々に頼んだのはこの方でございますよ」

「この……お侍さんが?」

「そうでございます。そのお手当や、たまにくださるお小遣いで、我々は暮らしているのです」


 玉はまた混乱した。全く面識もないこの侍が、何故赤の他人の玉の看病を、わざわざお金を使ってまで老夫婦に頼んだのだろうか。


 玉の様子を見ていた侍が、申し訳無さそうに口を開けた。


「君が不審がるのも無理はないよ。……私は、君に謝らねばならないんだ」


 侍は玉に、真剣な眼差しを向けた。またも玉は、その真っ直ぐな瞳に思わずドギマギしてしまう。


「……君を、斬ったのは私だ」


 そう言われた瞬間、玉の桃色の傷跡が疼いて、目の前が真っ暗になった。






 


 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る