第25話 あの夜の真相
茫然とする玉を気遣いながら、侍は淡々と話を続けた。
「あの夜……。あの夜、私はある寺で休息を取っていた。丁度疲れが癒えたところで、外に繰り出そうと寺の門を開けたのだ。そこに走り込んで来たのが、君だった」
侍は腰に刺した刀の柄に手をやり、カチリと鳴らす。
「私がきちんと確認すれば良かったのだ……、でも私はそうしなかった。君が兄上を狙った
「兄上……?」
「ああ、私と一緒に居た侍だ。何分、あのお方は敵が多くてね」
ここまで言うと侍は言葉を切り、玉に深々と頭を下げた。
「本当に済まなかった。君が尼だとも気がつかなかったのは私の失態だ。本当に取り返しのつかないことをしてしまった」
『要するにこの方は、敵から兄君を守ろうとして私を斬ったのね』
だとすれば、玉には飛んだとばっちりである。普通に考えれば、この時玉は侍に対して怒りを露わにしてもよかった。
だが、玉には不思議と、そういう感情が湧かなかった。寺育ち故なのか、それとも天性の優しさの為なのか。むしろここまで申し訳無さそうに頭を下げる侍に、同情する気持ちが溢れて来たのである。
「もう事情は十分わかりました、お侍さま。もうそんなにご自分を責めないでください」
「しかし……」
「私は、むしろ感謝しているのです。実は私、あの時岡場所から逃げてきたところだったんです」
「まぁ、岡場所から!?」
老婆が驚いて声を上げた。侍も深刻そうな目で玉の話に聞き入る。
「実は人に騙されて、身代わりとして売られたんです。でも脱走しました……あの時、貴方に出会わなければ、私はきっと連れ戻されていたでしょう」
玉はあの夜の恐怖を思い出し、涙ぐみながら言った。
「そうなれば、私は自害する気でおりました。だから貴方は、私の命の恩人なのです。むしろ、御礼を言わせていただきたいくらいです」
困惑する侍と老婆に向かって、玉は上品に深々と頭を下げた。
「今までありがとうございました。でも、私は脱走した遊女の身です。私がここに居れば、岡場所の管理者がやってくるかもしれません。そうなれば皆さんにご迷惑がかかってしまいます。だから……」
ここまで言って、玉は次から次へと溢れてくる涙をこぼしながら決意を固めた。
「今夜には、ここを出ようと思います。お世話になりまし……」
「その必要は無い」
玉が言葉を言い終わか終わらないかのタイミングで、侍が被せるように低い声を発した。彼のセリフに驚いたのは玉である。
「嬉しいお言葉ですが、でもこのままでは……」
「いいから、きちんと私の話を聞きなさい」
侍は冷静に、玉の口を塞いだ。
「幕府公認の吉原ならまだしも、岡場所は禁止された遊郭。存在自体が違法なのだから、君が嫌々帰る必要なんてないんだ」
真剣に玉を説得する侍の瞳に、彼女の眼は釘付けになる。
「でも、私は売られたのに……」
「そもそも、幕府は人買いを禁じている。しかも君は身代わりで売られたんだろう? ならば、君が行かねばならない理由がない。それに……」
侍は、久しぶりに優しげな笑みを頬に浮かべた。
「君の様子を見ている限り、ここを出た後のアテがあるとは思えないしね……。それに刀を刺した侍が、女の子一人守れないようでどうする?」
玉は顔を真っ赤にして、俯いた。
この人は……何もかもお見通しなのだ。
そう思うと自分の心の隅まで見透かされたような気がして、身体中がそわそわと浮ついた。
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