第15話 斬殺

生娘きむすめじゃあ!」

 

 欲情した爺はそう叫ぶと、いきなり玉を押し倒した。湿っぽい畳の上で、玉は否応なく組み敷かれる。


「や、やめてっ!」


 必死で抵抗しながら大声を上げる玉だが、助けなど来るはずもない。爺は玉が嫌がれば嫌がる程、喜んだ。


「たまらん、たまらんわぃ。高い金を出しただけのことはあるってもんじゃの。さ、おじさんにお股を見せてごらん? ワシが女将に代わって検分してやろう」

「嫌です、放してくださいっ……!」

「観念せぇや。売られたお前が悪いんじゃぞ?」


 そう言いながら、爺は玉の着物を引き裂いていく。ビリビリと破れる布の音を聞きながら、玉は次第に抵抗する気力を失っていった。


 このまま、この男に凌辱されてしまうのか。

 玉は涙をこらえて、目をつぶった。その時である。


『まだ諦めるには早いんじゃねぇか?』


 頭の中に聞き覚えがある声が響いた。


『……花園さん!?』


 玉はびっくりして目を開ける。

 しかし勿論、そこに花園がいるはずなど無い。


 花園の代わりに瞳の中に飛び込んで来たのは、灯のついた行燈だった。


『なんだ、空耳か……』


 行燈の燃える火を見つめながら、玉は溜息をついた。

 しかし花園の声に促されたのか、玉はいつのまにか冷静さを取り戻していた。


 『私は、ここで終わる訳に行かない。けがされる訳に行かない』


  生来誇り高い玉の中に、新たな決心がフツフツと湧いて来た。それに伴って、絶望ゆえに萎えていた身体の力も、不思議なことに戻ってくる。

  

「そうですよね、花園さん。諦めちゃ、いけませんよね」


 玉はその場にいない花園に、そう答えた。


「ん? 何を言っておるのかな?」

 

 玉の着物を破き終わった爺が、とうとう彼女の白い肌に臭い舌を当てる。

 その瞬間だった。


「放せ無礼者!」


 玉はそう叫ぶと、全身全霊で爺の腕に噛みついた。


「痛いっ!!」


 爺が一瞬怯んだ隙に玉は男の手か逃れ、行燈の脇まで逃げ込んだ。こぼれ出る裸体を隠すため、爺の男物の着物を奪い身体に纏う。


 噛まれた爺は激高するかと思いきや、おぞましい程ニヤニヤしている。今までこういったことはし慣れているらしい。むしろ大好物だと言わんばかりに、猫撫で声を出しながら玉に迫った。


「お転婆ちゃんですのぉ。怖がらずにおじさんのところにおいで。初めてでも痛くしないからねぇ」

「やめて、近寄らないで!!」

「ほほう、見た目に寄らず強情な娘じゃのう。ならおじさんから迎えに行ってあげようねぇ」


 爺の吐き気を催す様な手が、玉の胸に一直線に伸びる。

 すると咄嗟に、玉は行燈を思い切り倒した。


「な、何をする!?」


 爺の狼狽をヨソに、行燈から瞬く間に油が畳に流れだし、炎が上がり始めた。煙が部屋中に充満し、息も出来ないほどの熱波が襲う。


「こ、こりゃいかん! 火事じゃ、火事じゃぞ!」


 流石の爺もこれには動揺して、命からがら部屋から逃げ出した。


「何の騒ぎだい!?」


 悲鳴を聞きつけた宿の女将が、どたばたと階段を上がって来る音が聞こえてくる。立ち込める煙の中で、玉は決断を下した。


『今しかない!』


 玉は覚悟を決め、部屋の出口とは反対方向に走った。そこには小さいが窓がある。無我夢中で這い上り、やっと身体を窓にねじ込んだ。


「お待ち、どこへ行くんだい!」

 

 背後から女将の怒鳴り声が聞こえる。しかし玉に振り返る余裕など無かった。


 後先も考えず、玉は二階から外に飛び出した。彼女の身体はゴロゴロと屋根の上を転げ回り、ドサッと地面に叩きつけられる。激しい痛みが全身を襲うが、それにかまけている時間は無い。


「火つけだぁ!」


 背後から玉を追う男達の声が迫る。追手から逃れるべく、玉は一目散に駆けだした。しかし草履も履いていない彼女が、そう長く走れるものではない。段々と、追手の声が近くなってくる。


 まさに万事休す。諦めかけた玉の目の前に、なんと寺社が現れ出た。それも運がいいことに、門から二人の若い侍が丁度出て来たところだったのである。

 玉は藁にもすがる思いで、助けを求めようと走り寄った。


「そこのお侍さま! 助けてください、お願いします!」


 ……だが、これがいけなかった。


曲者くせものッ!」

 

 その一声と共に、侍は玉に問答無用で刃を向ける。

 そしてあっという間に、肩から胸まで、一太刀でばっさりと切りつけられた。


「……え?」


 状況がわからず混乱する玉の身体から、真紅の血が迸り出る。急速に失血した少女の肉体はあっという間に力を失い、顔面から地面に崩れ落ちた。玉の意思に反して、彼女の動きは鉛のように鈍くなっていく。


『どうして、こんなことに?』


 あまりにもむごい自分の運命に戸惑いながら、かすかに開いた口で土を噛んだ。そして薄れゆく意識の中で、若い侍の声を聞いた。


「御無事ですか、兄上様」

「大事ない。しかしなんだコイツは、少年か?」


「いえ、どうも少女のようです。この髪は……たぶん尼でしょう。ああ、どうしたものか。曲者かと思い切ってしまいました」

「なんだ女か。ならば捨ておけ」


「しかし兄上様。尼殺しは八代祟ると言います」

「知った事か、興味はない」

「ですが……。私にはとても放っておけません……」


 ここまで聞いた時、玉の意識は、完全に途切れた。

 

語句

生娘(きむすめ):処女のこと。

 


 



 


 


 

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