第11話 思わぬ追放

『あの女、勘付いてやがるかもしれない。もし入れ替わりの証拠を抑えられたら、二人とも死ぬぞ』

 

 花園が発したこの言葉を、玉は何度も頭の中で反芻した。とてもではないが、玉にはこれが信じられなかった。どうして、私達のことがばれてしまったのだろう。どうして、春日局に勘付かれたと、花園にはわかったのだろう。


「で、でも院主様……、そんなこと春日局さまは一言も」

「だからお前は甘いんだよ。言葉の表面をすくうな。その裏にある真意を見抜け」


 厳しい口調でそう言うと、花園は着ている尼頭巾をうっとおしそうに取った。院主に化ける為に、思いっきり削ぎ取られた黒髪が現れる。

 豊かで美しい髪だったが、元・花魁と疑われぬように花園の指図で院主よりもかなり短く、ばっさりと切ってしまった。しっかり結髪できるようになるまでには、どれ程時間がかかるだろうか。


「なぁ玉。春日局が、私に『妙な京ことば』と言ったのを覚えてるか」

「はい。でもあれは、江戸よりも力が弱まった京のことを馬鹿にしただけでございましょう?」

「違う。あれはあの女の、カマかけだ」


 尼頭巾を放り投げて、花園は短い髪を掻き上げた。


「本物の院主なら、お前が言った通りに受け取るだろう。だが偽物である私は一瞬、『私の付け焼刃の京都弁を笑った』と思考してしまった。あの女は見ていたんだよ、私がどう反応するかを」

「じゃあ、春日局さまは院主様が動揺するか見る為にワザとあのように?」


「そう。で、私は思わぬその攻撃に、まんまとハマってしまった。わずかだが、微笑みを歪ませてしまったんだよ」


 花園は悔しそうに、舌うちをした。


「クソッ! この私が敵の前でうろたえるなんて、思いもしなかったぜ」

「ですが院主様、それだけでは替え玉の証拠にはなりません」

「わからねぇぞ。そのすぐ後に、『吉原の女郎じゃあるまいし』って春日は言ったんだよ」


 気を落ちつける為、花園は用意されていたお茶菓子をもしゃもしゃと頬張り始めた。紅梅の形に造形された練り切りで、砂糖漬けの梅の身が混ぜ込まれている風味豊かな菓子だ。


「私らが居た宿坊辺りに足抜け女郎が逃げ込んだってのは、多分春日局も知ってるだろう。自分で言うのはなんだが、この花園さまは吉原で名の通った花魁だったからな。吉原の協力がありゃ、もしかしたら証拠を押さえられるかもしれない。だが、あくまでも『かもしれない』ってだけの話だ」


 紅梅の菓子を食べきると、今度は松をかたどった深緑の茶菓子に手を出した。抹茶の風味が効いた餡菓子で上等なものだが、花園はスイカの種でも食べるように、バクバクと頬張っていく。


「いいか、玉。春日局は多分、何かしらに気がついているだろう。でも今すぐ私を殺さないってことは、私に利用価値があるからなんだ。私らが生き残る方法は、唯一つ」


 そこまで言うと、花園は指についた最後の餡をぺロリと舐め取った。


「決して、替え玉の証拠を掴ませないこと。そして相手が替え玉の確証を得るより前に、大奥に上がり、一刻も早く将軍の寵姫になるんだ。んでもって将軍の子、それもタダの子じゃない、お世継ぎを産むしかない」

「お世継ぎを!?」


「そうだ。そうなれば例え証拠を握られても、あの春日局は私に手だし出来ない。これは私とあの女の時間の戦いなんだ。いち早く将軍の心を掴む、そうしなければ死ぬ運命さ」

「そ、そんな……」


「馬鹿。何を怖気づいていやがる。どうせ私らは、死にかけてたところから這いずりのぼって、生き残ってるだけなんだぜ? 私がついてるじゃねぇか玉。安心しろよ」


 ここでやっと、花園の顔に笑顔が戻った。玉はこの花園の笑顔を見て、暫くぶりに安堵することが出来た。この人に付いて行けば、大丈夫。そう思わせてくれる笑顔だった。……しかし。


「慶光院、院主様付きの尼。玉は居るか!?」


 いきなり、襖の向うから大きな女の声が響いた。


「な、なにか御用でしょうか?」


 そう言って玉が恐る恐る襖を開けると、そこにはまた新手の侍女が、威圧的な態度で堂々と立っていた。後ろには、屈強な警備の侍たちが何人も控えている。


「お前が玉か」

「あ、はい」


「春日局さまからお沙汰が下った。お前の大奥入りは認められていない故、今すぐ荷物をまとめて出て行きなさい!」

「そ、そんな!?」


 玉は、急なことにひどく動揺した。


「私は院主様付きの侍女です。院主様が大奥にお入りになるのなら、私が付いて参るのは当然ではないですか!」

「何を寝ぼけたことを。大奥入りを認められたのは院主様だけじゃ、お付きの侍女まで連れてくるという約束はしていない。京へでもどこでも、今すぐお帰り!」


「滅茶苦茶です! ここから京まで、女一人でどうやって帰れと!?」

「ならば吉原へでも行って、金を稼いでこい。尼とはいえ若い女の身ならば、それくらい可能であろう?」


 新手の侍女はせせら笑うと、侍に指図して玉を屋敷から摘まみ出してしまった。花園が止める間もなく、玉はたった一人、江戸の町に放り出されたのである。



語句

寵姫(ちょうき):特に寵愛を受けている妃のこと。

沙汰(さた):決定したことの知らせ。




 

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