第4話 売られた姫と、遊女

「私と院主様は、院主の代替わりの『継目御礼つぎめおれい』のために江戸城へ参りました。通例通り、そのまま幾日か江戸の拝領屋敷でお世話になり、その後に伊勢へ帰る予定やったんです」

「へぇ、それに何か問題があるのか」


「あったんです! 拝領屋敷に居たのはええのですが、数日滞在の予定が、何故か十日、二十日、ひと月と難癖をつけては無理やり伸ばされてきたんでございます!」

「そりゃおかしな話だな」


 確かに、侍女の話すこの経験はおかしかった。天下の幕府がたかだか地方の院主の為に、そこまでする理由が無い。


「院主様と私は怖なって、何度も帰らせてくれはるように、お役人にお話ししました。せやけど、ニコニコと気味の悪い顔で笑うだけで取り合ってくれません。そこで院主様は、京の御実家にふみをお出しにならはりました。暫くしてやっと、幕府の許しが出て屋敷から出発することが出来たんです」


 尼の実家がとりなしたってことか。花園は黙って聞きながら、ぼんやりと二人の旅路を想像した。


「せやけど、後から追われるのやないかと、肝を冷やしながら江戸を旅しました。院主様もやつれた顔をされていらっしゃったんです。でも昨日、この宿坊に入ったら、この人達が居はりました。この人達は御実家の、六条小路家の家人けにんです。これで安心やと、院主様は笑っていらっしゃったのです。せやのに、せやのに!」


 侍女は物凄い形相で男達を睨みつけた。


「もうすぐ気色悪い江戸を出られると思ってたのに! この人達は、院主様に向かって『大奥へ行け!』と言うたんです!」

「失礼な。そんな言葉遣い、我らはしてへんで!」


 中年男が、即座に言い返した。しかし、侍女も負けてはいない。


「内容は同じやないですか!」

「何やと、侍女風情が!」


 中年男と侍女は激しく言い争っている。花園は二人に向かって一喝した。


「五月蠅い、ちょっと黙れ!」


 部屋中が一気に静かになった。花園はその場で、ゆっくりと考えた。この話には、幾つもの謎がある。


「解らないことが多すぎる。まず、どうして尼さんが江戸に留め置かれたんだ?」

「さぁ、わからしません」


 侍女はそう言って首を振った。


「でも多分、このオッサン達は知ってるぞ」


 花園はニッコリ笑いながら、甘い声で中年男に近づいた。男は、あからさまに警戒の色を強くする。花園の指が、スッと中年男の股間を擦った。


「教えてくれよ、オジサマ❤」

「知らぬ、ワシは何も知らぬ」

「シラ切ってんじゃねーよ?」


 その瞬間、花園の甘い声色にドスが混じった。そして指の代わりに、剃刀を中年男の股間に当てる。


「な、何するんや!」

「ホントは知ってんだろ。だからわざわざ江戸まで来て、訳のわかんないこと尼さんに押し付けたんだろ。まさかとは思うが、将軍が尼さんに惚れたってことじゃないだろうな?」


 花園のカマかけに、中年男の顔色がズンと悪くなった。

 図星のようだ。しかも、最悪のパターンの。


 それを聞いた侍女が、金切り声を上げた。


「院主様は御仏に仕える方やのに、そんなこと出来まへん!」

「それを無理やりやらせようってのが、将軍様とこのオッサン達の魂胆だったらしいゼ」


 花園は中年男の股間から剃刀を離して、溜息をついた。


「侍女のアンタはまだ小さいからわからなかったんだろうが、多分尼さんはピンと気がついたんだな。幕府は自分を、将軍に献上するつもりだってな。で、必死に実家に助けを求めた。ところが実家は助けるどころか、幕府とグルになったんだ。そりゃ、死にたくもなるわな」


 花園はもう一度中年男に目線を移して、問いかけた。


「尼さんがどれだけ嫌がってるか、アンタら解ったはずだろうが。何で助けてやらなかったんだ。京都の公家さんなんだから、どうにでもなったろうに」


 花園は考えを巡らせた。権力があり、なおかつ気位も高い公家が、嫌がる娘を差し出す理由とすれば……。


「金か」

 

 この一言を聞いた家人達全員が、恥ずかしそうに頭を垂れた。わかりやすい、余りにもわかりやすすぎる。花園はそこにいる全員を嘲った。


「貴族さまってのは情に厚い連中だなぁ。自分の都合で尼にさせといて、今度は娘を一族郎党で囲いこんで、将軍の夜の慰み者にするってか! しかも理由が金とは、こりゃあ上品な話だ。さぞ大枚を積まれたんだろうよ」


 花園はここまで言いきると、尼君の衣服を整えてやりながら、哀しく呟いた。


「親に金で売られるなんてな。せっかくお姫様に生まれて来たのに、これじゃワタシら女郎と一緒じゃねぇか……」


 花園は尼君の持っていた懐紙を顔にかけてやると、スッと立ちあがった。


「さ、話は終わりだ。お前らの大事な大事なお姫様は死んじまったんだから、もう諦めな。さて、私は色々ワケありでね。これで失礼させてもらうよ」


 そう言って部屋を出ようとした途端、中年男が花園の前に立ちはだかった。


「何すんだよ、どけよ」

「そうはさせへん。貴様にはここに居てもらう。お前、足抜けの女郎なんやろ?」


 中年男がニンマリと笑うと、あっという間に花園は手足を縛られ、男達に監禁されてしまった。


語句

文(ふみ):手紙のこと

宿坊(しゅくぼう):寺社が提供した宿泊施設

家人(けにん):家来のこと


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