第3話 美しい尼君の自殺体
花園は冷静に尼君を床に横たえると、首筋に手を当てた。冷たい肌だ。
「ったく、何で死ぬことあるんだよ。女郎でも無い癖に」
花園はいつもの如く悪態をついた。この尼君は暗い室内で見ても、若くて非常に美しい女性だった。しっとりとした紫色の衣に白の尼頭巾を被った姿は、妖艶といってもいい程だ。
着ている物も、目利きな花園にはすぐ上等な絹が使われていると解った。ということは、だ。
「この尼さん、結構高い身分なんだろ?」
花園は泣いてばかりいる侍女に対して、吐きかけるように問うた。
「左様でございます。伊勢慶光院の院主様であらしゃいます」
侍女は京訛りの発音で、嗚咽しながらもやっとのことで答えた。
「院主ってことは、元はお姫様か?」
「はい、京の六条小路家の姫君はんです。幼い頃に院主になるため、出家しはりました」
「ってことは親の言いつけで出家か。味気ない尼さん生活に嫌気が刺したってとこか」
「ちゃいます!」
侍女がキッと声を荒げた。
「院主様は
侍女の反論の声が大きかったのだろうか。次の瞬間、侍女が閉めていたはずの障子が一斉に外側から開かれた。瞬く間に何人もの人が部屋になだれ込み、部屋中の行燈に灯がともされ、全てが露わになる。
なだれ込んで来た人混みの先頭にいた人物が、声を上げた。
「く、曲者や!」
見ると、京風の身なりをした中年の男が立っている。男の後ろには、京風の家来達が目を丸くして自殺体と花園を見比べている。
「曲者だって? 失礼なジジイだな」
どう考えても曲者には違いないのだが、花園にそういった正論は通じない。花園は悪態をつきながら、花園は逃亡のためにボロボロになった長襦袢の裾を、サッと捌いた。すると彼女の真っ白な太腿がチラリと見える。これも、この花魁の計算のウチだ。
美女の太腿を見て、眩惑しない男はいない。自分の美性をはっきり飲みこんでいる女の、手練手管の一つだ。こんな状況にも関わらず、男達は生唾を飲み込んだ。これで、花園に有利になる。彼女はこう確信していた。
「それよりアンタら、この尼さんの知り合いか?」
花園はもう一度チラリと裾を捌きながら、中年の男に問うた。
「勿論や! ああ、院主様。どないしてこんなことに!?」
「貴方達の所為であらしゃるでしょう!?」
侍女が中年男の態度に、大泣きしながら噛みついた。
「どういうことだ、話せ」
花園の一言に、侍女は堰を切ったように事の顛末を話し始めた。
語句
手練手管(てれんてくだ):客を操るために使う、遊女のテクニックのこと。
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