第5話 花魁がお姫様!?

「どういうつもりだ、私とヤルってなら金取るぞ!」


 縛られた花園は、ギリギリと歯ぎしりしながら怒鳴った。 


「アホか、そんな暇あれへんわ!」


 中年男は家人が用意した煙管をスパスパと忙しなく吸いながら、何か考えているようだ。気を落ち着かせようとして煙草を吸っているのだろうが、逆に吸い過ぎてむせ込んでいる。その馬鹿さ加減に、花園は呆れた。


「オッサン、もう諦めな。死人を生き返らせるなんて無理だ」

「五月蠅いわい! ワシが悩んでるのは、院主様の御遺体の処理のことや」

「はぁ?」


 花園はますます呆れた。だとしたら、ここで女を監禁する理由が無い。


「じゃあ、私は関係ねーだろ!」

「ある、貴様には院主様になっていただく」

「私が……院主様だとぉ?」


 花園は耳を疑った。

 今まで散々悪事を働いてきたし、仏なんて信じたことないし、精進料理なんて大嫌いだった。しかも山のような男を抱いた私が、院主だって??

 

「ちょっと待て。こんな汚い女郎が、院主なんて出来る訳ないだろ。オッサン頭おかしくなったんじゃねーか?」

「お前の中身なんてどうでもええ。必要なのは……」


 中年男が花園の白く小さな顎を鷲掴みにした。


「お前の器量や。お前と話とって、ワシは気がついたんや。お前の面差しは、不思議なくらい院主様に似とる。声色までそっくりや。お前を身代わりとして差し出せば、将軍様も気がつけへんやろ」

「このクソジジイ!」


 花園は中年男の手に思いっきり噛みついた。


「イテテテ!」

「ジジイの血は何色だ、ホントに人間かよ!? そこまでして金を放したくねぇのか!」


「ワシやない、六条小路家のためや。大奥よりいただいた金子きんすは、瀕死やった六条小路を救ったのや」

「院主が死んでしまったんなら、返せばいいだけの話だろ」


「今更、もう返されへん。方々の借金や、進物や、御改築のために使ってしまわれた」

「見栄を張るのだけは一丁前だな。バレたら私もアンタらも、死罪だ」


 中年男はズイっと顔を花園に近づけて、睨みつけた。不快な加齢臭が鼻をつく。


「せやから、お前にやってもらうんや。さっき、外の家来から連絡があったで。足抜け女郎を探して、吉原の輩がこの辺を探しまわってるとな。もしここでワシがお前を差し出したら、お前は吉原で責め死にや。せやけど、院主様の代わりに大奥に入るって言うんなら話は別やで。大奥なら、吉原の連中は手を出せん。お前は生き延び、ワシらは金を返さんで済む。どうや?」


 花園は思い切り、男に唾を吐いた。


「腐ってるな、アンタら」

「なら、この話は無しや。お前の吉原のお友達を呼んでくるだけや」


 唾をぬぐいながら、中年男は外に出ようとした。その時だ。


「待てよ」


 静かに、花園は、俯きながら呟いた。


「フン、そこまで言うならなってやるよ。院主様、いやアンタらのお姫様にな。でも、それには一つ条件がある」


 花園は顎で家来に指示を出し、縄をほどかせた。そしてそのまま、部屋に設えられていた院主用の高貴な座に、どっかりと座り直した。


「私をお前って言うんじゃねぇ。その呼ばれ方が私は大嫌いなんだ。私はお前らのお姫様だ、そう思って接しろ。いや、思うんじゃねえ。これから本当にそれを体現しろ、いいな?」


 そう言いながら座に座っているボロボロの花魁からは、不思議なオーラが滲み出ていた。家人達はそれに、早くも圧倒されていた。中年男までも、自分より劣った身分の、卑しい女郎に対して膝をつき平伏した。


 これこそが、悪役花魁と呼ばれた「花園」の不思議な力だった。しかし、もしかしたら花園は、この院主の死体を見た時から、もうこのシナリオを頭に描いていたのかもしれない。この部屋にいる全員が、彼女に踊らされていただけかもしれない。


 でもそれはもはや、誰にもわからない。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る