第25話 えへへ、お洗濯にも便利ですよ!

 マルモル領最西端基地シダニア城内にて、その付近に出現したモンスターや野盗を対処するために建設された城内には兵士の声ではなく様々な種族の声が響いていた。今となっては、この「カゴシマ」国内において聞こえるその声は泣き声か叫び声しかなくなったかと思われたが、ここに集まった各3種の亜人たちは活気ある声で今のこの世でも充実しているようでもあった。


 アスラン新国王の下に集った亜人や人の中でも、戦闘部隊に配属された者や彼らを補助する者たちはこの城を中心として活動を行っている。そして、この場では、亜人と人が肩を並べて来たる決戦の日のための戦闘訓練が行われていた。


 勿論それは冒険者でも例外ではなく、その冒険者の1人、人一倍の肉体を持ったマサムネという男もその戦闘訓練に参加していた。しかし彼が他の者と違う点は、彼の対戦相手がガラハドというマサムネにも負けず劣らずの大男だったということだ。


「キ、キツイですぞ~!!?」


 その額から体から汗を大量にだらだらと流しながら、弱音を吐くマサムネ。だが、それも無理はない。相手は『アヴァロン』屈指の戦闘ギルド「十二騎士団」の元団員にして、戦闘に優れた種族オーク相手に1人対2体でも引けを取らない程の男である。


「ほらほら、どうした、もうギブアップですかー?」


「うひぃー!?」


 一方で、ガラハドにはまだまだ体力の余裕があるのか、ぴょんぴょんと跳ねながら相対するマサムネを挑発する。


 その姿に頭に来たわけではないが、しかし負けられない気持ちがふつふつと沸き上がるとマサムネはもう一度息を大きく整えてから、持っている斧を握りなおす。その表情を見てガラハドもやる気を感じ取ると盾を構えなおす。


 一瞬の静寂の後、その静寂を先に破ったのはマサムネであった。彼は手にした片手斧をガラハドに向けて投げつけ、続けざまにSCシステム・クリスタルから、新しい片手斧をすぐさま取り出すと、勢いをつけてガラハドへと踏み込む。


 その狙いはガラハドの足、オーク戦以来教わってきた相手を倒すのではなく、戦力を削ぐこと。彼の足を打つことができれば大きく戦力を削げる、そう確信したが故のマサムネの行動である。


 だが、その攻撃に対してガラハドはまず飛んできた片手斧を左手の盾で軽く流し、続いて姿勢を低くした状態の横降りで自分の足を狙おうとするマサムネの片手斧に合わせて、その斧の刃を足で踏みつけ、最後に無防備になった彼の頭をパコォッン!と打った。


「アイターッ!!?」


 その死ぬまではないが死ぬほど痛い一撃にその場でゴロゴロとのたうち回るマサムネを見下ろしながら、ガラハドはため息交じりに話しかける。


「おいおい!木製の武器でなかったら、お前の頭はかち割れてたぞ!それに一回失敗した戦術を同じ相手に使うな!相手に読まれていたら対処されやすい。奇策は一回限りだから奇策なんだ」


 話す最中にもガラハドはマサムネの傍でしゃがみながら、彼のの巨体をぼこぼことまるで木魚でも叩くがごとく軽快に木剣で叩き続ける。


「まぁ、でも大分体の扱いには慣れてきたようだな。それだけは認めてやる」


「うー、ありがとうございなす」


「・・・茄子?」


 そんなマサムネとガラハドの練習試合が終わると、それを遠くから見ていた1人のビーストの女性がマサムネへとぱたぱたと駆け寄る。


「マサムネ様、お怪我は大丈夫ですか?」


「Oh、ムイたん!」


 ムイと呼ばれたその犬型のビーストは心配そうにマサムネの額を摩り、心配そうに語りかける。


「あぁ!マサムネ様、額が腫れております。お薬を持ってきた方がよろしいでしょうか?」


 その様子を呆れながら見ていたガラハドは「唾でもつけとけ」と吐き捨てた。その一方で、当のマサムネはハァハァと別の意味で息を荒くして、答える。


「ムイたんの唾でも可!」


「わ、私のですか!?」


「うるせぇ、この筋肉野郎が俺の唾でもくらえ!!ぺぺぺぺぺ」


「ぎゃあーーー!!?中年の唾がっ!!?」


 そのマサムネとガラハドの仲睦まじい?様子に微笑むこのムイと呼ばれるビーストであるが、そんな彼女もアーサやレイたちの遊撃隊が各地で救い出した亜人の内の1人である。救い出された亜人たちの多くがこうやってアスランのためにマルモル領内へと集まって来ている。勿論、彼らは奴隷としての生活を避けるためでもあるが、亜人と人と争いなく生活できるこの環境が有ってからこそ、その噂が噂を呼び、自らこの地を訪れる亜人も今では少なくない。


 しかしその一方で、亜人解放の動きに呼応して「カゴシマ」国の兵士たちの動きも次第に活発化してきている。なので、こうやって亜人と人とが協力して、自分たちの生活を守るため、アスラン新国王の掲げる亜人と人との共存できる国の設立を果たすために汗水たらして奮闘しているのだ。


「どうですか、皆さんの様子は?」


「ん?」


 ガラハドとマサムネが戯れながら、その様子をムイが心配そうに眺めていると、不意にその後方から凛とした声が聞こえてきた。


「アスラン様だ」「え!?アスラン様?」「アスラン陛下!」


 徐々に周りの亜人や人もその存在に気付きざわざわと声を上げ始める。そして、ガラハドがマサムネをぽいっと放って振り向くと、そこにはアスランとシゲルが立っていた。


「まぁ、良い調子ですよ。戦力もそれなりに整ってきたし、練度も日に日に上がっている。それに、士気に至っては」


 そこにいたアスランに対してそう言うと、ガラハドは周りを指差した。


「アスラン様!我々は準備万端でございます!!」


「いつでも戦争できますよ!」


 その場にいた亜人や人たちはアスランの方を見て、嬉しそうにまた力強く歓声を上げている。皆が皆アスランの姿を見てやる気を高め、その声にアスラン自身も元気をもらっているようだった。


 そんな亜人や人の姿を横目に、シゲルはガラハドにそっと近づくと表情はそのままで、しかし他の者には聞こえない音量で囁く。


「本当の所は?」


 その本質を素直に尋ねるシゲルの問いに、ガラハドは険しい顔で正直に答える。


「向こうに攻めるだけの戦力はない。守るにしても1、2回が限度だ。まだ戦争を経験していないから士気は高いが、一度攻め込まれれば一気に士気が落ちる。何がともあれ今の戦力なら一戦必勝でないと終わりだ」


「・・・そうですか。こちらも情報を集めていますが、どうやらあちらは近々攻め込んでくる気配です。決戦の日は思いのほか近いかもしれませんね」


「はぁ・・・やれやれ、そろそろボウズたちを呼び戻すかね。それで例の準備は?」


「場所、数、敵戦力の把握、色々と準備は整いつつありますが、難点が1つ」


「難点?」


 ガラハドの質問に、シゲルは苦笑いをしながらも空を指差した。そこには雲がちらほら見えるが、だが一般的に言えば晴れたいい天気である。


「天気か・・・」


 そのシゲルのハンドサインにガラハドはシゲルの言いたいことを大体察したように呟き、自分もその何ともならない課題を見上げる。


「天候だけは運ですからね。運も実力のうちとは言いますが、こればかりはどうしようもありません」


 ガラハドとシゲルは、この戦いにおいて、ミスラ王軍の戦力や蓄えなどにおいて圧倒的に不利なアスラン新国王軍が勝つためには純粋に戦っては勝ち目は1つもないことは既に承知済みであった。であるならばと、彼らは様々な戦略を考案した。


 まずは、暗殺。小癪な手段ではあるが、この手段が一番リスクが少ない。だが、王宮のある都市バルバラは大分前から冒険者を危険視しており、冒険者は都市には入ることすらできなくなったことがベッキーやフィーの調査で分かっている。であれば、国者の出番ではあるが、こちらにいる国者関係者に王宮に踏み入れる者や忍び込める者がいないので、暗殺は難しい。


 次に、包囲。都市バルバラの周辺の支城を確実に落としていき、都市を孤立させる。じわじわとミスラ王軍の苦しめ、包囲を止めさせるためにはミスラ王から王位をアスラン新国王に譲る条件をつける。だが、これはこちらに数の優位がないと上手くいかない作戦であるし、途中で失敗した場合の立て直しが効かないという理由で難しい。


 最後に残った手段は、今の戦力と蓄えだけで可能な作戦であるが、そこには大きな問題点というか難点が1つあった。それが今話題に出た“天気”である。元の世界であるならば、テレビやパソコン、それこそ『Mirage』を装着すればどこにいてもすぐ数分後の正確な天気が分かる。何なら先一週間の天気でも簡単に調べることができるが、そんな便利なものなどないこのゲームの中において、天気を予想するのは困難である。


 この天気というどうしようもない神の領域の問題が解消できていない今、ガラハドもシゲルも中々戦争を始めることができずに、刻一刻と迫るミスラ王軍の侵攻に焦っていた。


 もし相手に先手を打たれたら、使える戦術は限られてしまう。できることであれば、戦力でも物資でも劣っているこちら側から時間や戦場、そして天気までをも掌握する必要がある。だがそれができない今、焦る中でガラハドもシゲルも勝てる一手を考えなければならなかった。


 そんな中、ガラハドとシゲルの近くでマサムネとわいわいきゃいきゃいと話していたムイが鼻をひくつかせ、ふと空を見上げた。


「あら?マサムネ様、そろそろお城の中に戻りませんと」


「いやいや、拙者まだムイたんのために練習しますぞ!」


「でも、雨の中練習されてはお風邪を召します。今日はお城でお休みしたほうがいいかと思います」


「雨?雨なんか降っていませんぞ?」


 マサムネはムイのその言葉に疑問を抱き、同じく空を見上げる。確かに先程よりは雲が増えてきたような気はしたが、だが雨が降りそうな気配はまるでない。以前空を見上げて不思議な顔をしているマサムネに対し、ムイは少し得意げにそして嬉しそうに話を続ける。


「いえ、確かに今はまだ降ってはいませんが、私たちビーストにはこれから雨が降るのかどうかを何となく感じ取る力があるんです。だから大体なら天気を予報できるんですよ」


「ほー、それは凄いですな!」


「えへへ、お洗濯にも便利ですよ!」


 ムイはマサムネに褒められたのが嬉しいのか、スカートからぴょこんと出ている彼女の尻尾がパタパタと横に揺れる。


 そんな一見和やかに聞こえるただの会話を、しかしガラハドとシゲルは目を丸くして聞いていた。


「棚から牡丹餅」とガラハド。


「瓢箪から駒」とシゲル。


 またとない好機を見つけ出しニヤリと笑った2人は、急いでムイに駆け寄るとマサムネを押し飛ばして彼女に話しかける。


「むぎゃーーー!?」


「い、今の話、本当か!?」


「あわわ!?マサムネ様っ!?」


 マサムネが無残にも突き飛ばされたことと、ガラハドの剣幕に驚きながらもムイはこくこくと頷いた。


「み、皆様も、お洗濯は取り込んでおいた方がいい、ですよ?」


「そうじゃなくて、天気を予測できるのか?」


「は、はい」


「どれくらい後の天気が分かりますか?」


「2、3日なら確実に、それ以降だと多少時間がずれることがありますが・・・」


 代わる代わる質問を投げかけるガラハドとシゲルに終始たじたじに答えるムイ。


「「2、3日」」


 だがその一方で、そのムイの答えに表情を明るくしたガラハドとシゲルは顔を見合わせ、声を揃えてそう言った。


「瓢箪から駒」とガラハド。


「棚から牡丹餅」とシゲル。


 今まさに、作戦の最後のピースが揃った。


 突き飛ばされたマサムネは何が何やらといった表情で立ち上がるが、するとそこにポツリと一滴の雫がマサムネの鼻に落ちてきた。


「おや、雨ですな」


 マサムネが見上げたその空には、先程までには無かったどんよりとした灰色の雲がかかっており、そこからぽたぽたと雨の雫が落ちていた。しかし、この灰色の雲こそがアスラン新国王軍を勝利に導く、この国から亜人を解放する兆しだったのである。

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