戦争、そして解放

第24話 伝わらなければ意味がない

 「カゴシマ」国のほぼ中央に位置するハイル領の某所にて、都市バルバラへと続く草木に囲まれた街道を4匹の馬に護送され一台の馬車が走っていた。


 馬に乗る4人と馬車を運転する2人の計6人の男たちが身に着けるのは「カゴシマ」国の紋章入りの鎧。ということは彼らは皆「カゴシマ」国に使える兵士であるということになる。


 そんな彼らの運転する馬車の役目は、人を運ぶことでもなく、物資を運ぶことでもない。


 “奴隷”を運ぶためのものであった。


 馬車の荷台には大きな粗悪な牢屋が設置されており、その中には薄汚れた衣服を着た数多のビーストたちが鎖に繋がれ閉じ込められていた。その牢屋の中に閉じ込められたビーストたちのほとんどが女性か子どもであり、全員これからの未来を不安がった表情で身を寄せ合っていた。


 「カゴシマ」国の現国王ミスラ王は国中の亜人の反乱・暴動防止を掲げ、亜人の集落に反乱分子がいる疑いがあれば、その集落の亜人を捕まえて奴隷として使役することを許可している。建前としては、亜人に奴隷になりたくなければ大人しくしておけということであるが、実際の所は、一方的に王国側からの亜人たちに謀反の疑いをかけたり、亜人をわざと挑発し反乱を助長させたりして、亜人を捕まえては都合のよい奴隷として利用しているのだ。


 力仕事としてオークたちが利用され、武器製造にドワーフたちが利用され、雑用・下働きとしてビーストたちが利用され、新薬の実験などにエルフたちが利用されている。


 そして、最近では特殊な利用目的で亜人の女性や子どもの需要も金と時間を持て余す一部の者たちに増えているという。


 そんな中、馬車の運転席にいた1人の兵士が暇そうに牢屋を振り返るとそこにいる亜人たちを眺めながら話し出す。


「おい、こんなに亜人がいるんだから、1人ぐらい盗んでもばれないだろ?1匹貰っとかねぇか?あとで色々と使えるしよ」


 その提案に対して、一方で馬車を牽く馬の手綱を握る兵士は隣に座る兵士を見ることなく冷静に答える。


「やめとけ、やめとけ。この前も出荷前に手を出した奴が指を何本か切り落とされたって聞いたぞ」


「うへぇ、そりゃ災難」


「欲しけりゃ、自分で買うんだな」


「あ~あ、上等な亜人の雌は高いからな俺たちみたいな一兵卒には無理だろ。せいぜい遊ぶので一杯一杯さ。でもよ・・・」


 そう言うと兵士は、牢屋に近いビーストの女性の髪を掴むと強引にそばに寄せてその顔を鉄格子へと押し付ける。


「へへ、味見してみたいな~」


「おい!?噛まれても知らないぞ!」


 手綱を握る兵士は少し焦った様子でビーストに悪戯をする兵士に忠告した。しかし、兵士はその忠告を無視してビーストの顔を撫でまわす。


「へっ!噛んできたりでもすれば、その場で処分できる。そっちの方が願ったり叶ったりよ、なぁッ!」


「嫌ッ!やめてください!!」


 この下卑た兵士の言う通り、奴隷を運ぶ兵士は奴隷には手を付けてはならないが、奴隷から攻撃を受けた際には防衛手段としてその場で奴隷を好きに処分することができる。


「たく!後処理が面倒くさいからやめろ!」


 相変わらずビーストにちょっかいを続ける兵士に痺れを切らした手綱を握る兵士は、その兵士を引っ張らろうと片手を伸ばしたその瞬間、その彼の首にストンと矢が突き刺さった。そして、矢を受けた兵士はそのままぐらりと揺れ馬車から無残に落ちると、ゴロゴロと街道へと転がり二度と下卑たことを言えない状態になってしまった。


「て、敵襲!?敵襲ッ!!」


 手綱を握る兵士は急ぎ馬車を止めると、馬車から降りて身を屈める。彼の右隣にいた兵士の首を狙えたということは狙撃者は馬車の右側にいるはずである。なので、兵士は馬車の死角からちらりと右側に広がる膝丈ぐらいの草原を見るが、しかし矢を射た敵の姿は見当たらない。


「展開、右側注意!!」


 乗馬していた兵士たちはそれぞれ馬から降りると、武器を装着し、馬車右側の草原を注視して馬車を守るように展開する。だが、草原はそよそよとそよぐばかりで、生き物の気配がしない。その異様な雰囲気に檻にいるビーストたちも徐々に何事かと騒ぎ始める。


「グォォォオオオオオオオオッ!!!!!」


「な、なんだ!?この音は!?」


 すると兵士たちの注意が草原へと向く最中、突然彼らの馬車のはるか前方から空気を震わすほどの咆哮が轟く。


 兵士一同がその声の方を向くと、そこには人間サイズの大盾と大斧をそれぞれ左右の片手に楽々と構えたオークが単身突っ込んでくる姿が目に写りこんできた。その土煙を上げながら、ドカドカと走り込んでくる姿に全員が理解が追い付かずに一瞬立ち尽くす。その間にも、物凄い速さで一歩一歩とオークは近づいてきており、1人の兵士が状況を理解できた頃には目の前に1体のオークが立ちはだかっていた。


 そして、そのオークはあえて大斧ではなく、大盾で目の前の兵士を突き飛ばすと、再び大声を上げる。


「聞け!!「カゴシマ」国に仕える臆病な兵士共!!逃げたければ、逃げよ!」


 震えあがる兵士たちを前にしてオークはもう一度息を大きく吸い込む。


「だが、来るのであれば、死ぬ気で来い!!」


 最後にそう叫ぶと、オークは片手に持った大斧を地面に盛大に叩きつけた。人間の力では到底不可能なその力技を目の当たりにして、兵士と言えども実際に戦場で戦った経験などない兵士たちは完全に戦意を喪失してしまう。


「ひぃいいいいい!!!?」


 また、兵士の大半はオークを日常的に見慣れている。都市やその周辺では、いつも多数のオークたちが労働を行っている。しかし、そのオークたちとここにいるオークの違いは鎖に繋がれておらず、その手足が自由に動くということである。檻に入れられた獣と檻から出た獣、同じ獣でもその迫力はけた違いであった。


「か、囲め!!囲め!!!相手はたかが1体だ!!」


 1人の兵士長らしき人物のその言葉に、残りの兵士が呼応してオークの周りに配置する。そんな兵士たちは残り4人。内3人がオークを取り囲み、指示を出した残りの1人は少し後方に控えている。


「やれやれ。また、3人・・・か」


 オークは少し前のことを思い出してふと笑う。自分を追い込んだあの冒険者たちも同じような戦法をしていた。しかし、冒険者たちとこの兵士たちとで圧倒的に違うのは”目”である。彼らは戦士の”目”をしていない。故に、恐れる心配はない。


「う、うぁぁぁぁああああ!!」


 チームワークを微塵も感じさせない兵士たちの1人がやけくそな気合と共にオークへと切りかかった。光り輝くその新品な剣を掲げ、オーク目掛けて力の限り振り下ろす。


「ふんッ!!」


 だが、オークの片手で振った大斧に剣の刃は粉砕され、その衝撃で兵士の手からは剣が吹き飛び残骸は草原へと散らばった。更に、オークは続けざまに右隣に構えていた兵士に大斧を投げ、最後にもう一人の兵士に大盾を投げつけた。


 一瞬にしてオークの周りから兵士が2人も吹き飛ばされ、その理解を超えた光景に怯える兵士。しかし、これでオークはもう武器を失った丸腰であり、今が好機なのかもしれないと戦闘経験のないその頭で考えた兵士はもう一本の剣を腰から抜き、もう一度オーク目掛けて剣を突き刺す。


 今度はオークに剣を破壊する術はない。


 そう思っていたが、その兵士の渾身の一撃をオークは右手に装着した小手で易々と払うと、ぽかんと空いた兵士の腹部にその丸太のような拳を打ち込んだ。


「おぶぅっ!!?」


 兵士は勿論ぴかぴかの鎧を身に着けていたが、オークの拳の前ではそんなものが役に立つわけはなく、兵士はその鎧もろとも強打されると、彼の体はボールのように宙に浮かんで飛んでいった。


(な、何なんだ!?何なのだ、あのオークは!?)


 その一部始終を馬車の陰に隠れて見ていた最後の兵士は、静かに馬車の死角を利用して、オークから見えないように、馬車の運転席へと回りこむ。


 このまま逃げれば、助かる。兵士は手綱へと手をかける。


 しかし、兵士は大事なことを忘れていた。


 最初に自分たちが狙撃されたことを。


 そしてその事実を思い出すことなく、やっとのことで手綱を握った兵士であるが、その手の甲を一本の矢が突き抜け、その痛みを感じる前に続けざまにもう一本の矢が彼の頭を射貫いた。


「何が・・・どうなっているの?」


「た、助かったの?」


 一瞬にして、自分たちを攫った兵士たちが次々に倒されていった光景を目の当たりにして、嬉しさ半分理解できないために言葉を失うビーストたち。


 すると、そんな彼らの直ぐ近くで男性の声がした。


「よーし、もう大丈夫だ!今出してあげるからな!!」


 そこには兜で顔をすっぽりと覆い隠した1人の青年が鍵束を持って立っていた。その青年が牢屋の鍵をこれでもないあれでもないと色々試していると、先程のオークが牢屋にずいと歩み寄り、青年を退かすと腕力だけで牢屋をこじ開けた。


「これで空いたぞ、アーサ」


「わぁお、便利な筋肉ですこと・・・」


 その後すぐにビーストたちは1人ずつ青年から鎖を外してもらい、彼らは街道にて自由を手にし、彼らは泣きながら青年とオークにお礼を言った。絶望の中、自分たちを助けてくれた存在たち。どんなにお礼を言っても感謝しきれない。すると、ビーストの中の1人が何かできることはないかと、その青年に問い掛ける。


 しかし、青年はビーストたちには何の見返りも求めずに、オークに支えられながらも馬に飛び乗ると彼らを見下ろして言い放った。


「お礼無用!我らは「カゴシマ」国の新国王『アスラン』王の下で戦う戦士である!我らは『アスラン』様の御意思、亜人と人の共存できる国を作るために戦うだけである!」


「新国王?」


「亜人と人の共存ですって!?」


 青年の言い放ったその言葉に全く理解の追い付かないビーストたちはざわざわと騒ぎ立てるが、お構いなしに青年は大きな声で話を続ける。


「住む村や家がないという者はここより東の地マルモル領のシルヴァリアという街へと向かえ、そこでは亜人と人とが区別なく生きることができる!」


 最後にそう言い残すと、青年は馬を走らせて駆けるオークと共に消え去った。


 新国王『アスラン』、亜人と人が区別なく生きる場所。


 助けられたビーストたちの耳にはその言葉が残った。


 もしかしたら、今この国で何かが起きようとしているのかもしれないとビーストたちは感じ、行く当てもない彼らはその東にあるという地へと歩みを進めた。


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「うーん、皆アスランの所へ行ってくれるかな?」


 俺とガルは牢屋に閉じ込められていたビーストたちを解放したそのすぐ後、近場の森の茂みの中へと飛び込むとその様子を伺っていた。


「時にアーサ、あの台詞は何だ?何か芝居がかっていたぞ」


 すると、俺の横でガルが同じくその巨体を伏せながらも話しかけてきた。


「あれ?いやー、シゲルさんに言われたセリフに自分なりに手を加えてみたんだけど、あっちの方がかっこよくない?」


「伝わらなければ意味がない」


「・・・」


 思いのほか冷静沈着なガルの発言にぐうの音も出ない。


「・・・というか、ガル」


「どうした?」


「なんか話すのが流暢になった?前はもっと、こう、途切れ途切れだったような」


 ガル率いる俺たちと戦ったオークの軍勢はあの冒険者とオークとの戦い後、ガルだけを残してそれぞれのオークたちは各地のオークの集落へと散らばった。勿論、これからの「カゴシマ」国との一戦に向けての助力の願い出のためであるが、その一方で残ったガルはというと、アスランが率いる新生「カゴシマ」国の設立に向け俺たちと共に戦ってくれている。


「アスラン殿下とリッキー殿に教わった。話すことは平和につながると。良いことだ」


「まぁ、確かに良いことだな」


 あの兵士たちには通じなかったけどね。


「お!見てみろ、皆東に移動し始めたみたいだ」


 そんなこんなと茂みの中でガルとひそひそと話していると、先ほど解放したビーストの一団が東へと歩き始めた。これで、アスランの力になってくれる亜人が1人でも多く増えるかもしれない。俺たちのレジスタンス的なこの働きも報われるというわけである。


 アスランの出世が分かったあの夜から、俺たちプレイヤーたちは忙しい毎日を送ることになった。とは言え、アスランの助力、ミーシャさんやガルを始めとする亜人の協力を得られるようになった今、俺たちの思い描いていた国盗りは現実のものへと着々と進んでいっていた。というわけで、俺たちプレイヤーはそれぞれに役割を決め、今はシルヴァリアを本拠地とし「カゴシマ」国の各地で奮闘しているのである。


「よっしゃ!任務成功だな!あとはあの2人の帰りをm」


「もういるぞ」


「どぉわぁぁ!!?」


 俺たちがレイとミーシャさんの帰りを待っていると、急に横の草むらが話し出した。しかし、よく見てみるとその草はレイとミーシャさんであった。2人とも草をびっしりと付けたコートを着て、頭から足まで草だらけになっていたので何とも見分けがつきにくい。


 ちなみに、この草だらけのコートは、シゲルさんのアイディアとエルフの技術を応用して作られたこの世界では珍しい「ギリースーツ」である。先ほどの馬車襲撃の際に、レイとミーシャさんはこのコートを着て茂みに隠れていたので、兵士に見つかることなく矢を射ることができたというわけだ。しかも、このコートに生い茂っている草は偽物ではなく本当に茂っているので、ポイっと草むらに放り出したものなら、見つけるのに一苦労する品物だ。まだ試作段階なので量産はできないらしいが、これが量産された日には戦術の幅が広がるとシゲルさんは喜んでいた。


 そんな草を生やしたレイとミーシャさんを連れ、俺たちはまた別の場所へと移動することにする。


 次もまた「カゴシマ」国の兵士たちが呑気に亜人たちを輸送している馬車を狙い、そこに閉じ込められている亜人たちを解放する。


 基本的にはこの作業の繰り返しが俺たち“遊撃隊”の役割である。


 そんなこんなで、現在アスラン新国王軍には複数の部隊が存在している。


 まずは、内政部隊。新国王(自称)アスランを中心として、そこにシゲルさんやシルヴァリアのNPCも加わって、集まってきた亜人への生活補助と協力要請を行っている。また、元々マルモル領の各地に住んでいたNPCとの兼ね合いもあり、日々目まぐるしく働いているようであるが、アスランの真剣で前向きな対応に協力するNPCたちも増えてきているようだった。


 次に、戦闘部隊。ガラハドを中心としたミスラ王軍と戦うための準備を行う部隊である。マルモル領の最西端、隣のハイル領を目の前にしたシダニア城を起点に、その領線に防衛網を築き上げつつも、ミスラ王軍の戦力や配置などを計算して戦術を考えている。ちなみに俺たち遊撃隊もこの部隊の一員であるが、マサムネ、リッキーは工作隊、シゲルさんは諜報隊に所属して各自活動を行っている。あと、シダニア城には元々複数の「カゴシマ」国の兵士が駐屯していたが、ガラハドとガルという二大戦力を前面に押し出した冒険者とオーク連合隊が一瞬にして奪い去った。


 最後に、調達部隊。ベッキーを中心に各地から必要物資を取り揃える部隊である。人は人から、亜人は亜人から物資を調達できるので、様々な品物が揃うらしい。戦闘に必要な武器防具から、生活に必要な食べ物や各種材料まで、多くのものを蓄えるように動いてくれている。


 俺たちプレイヤーはというと、各々のやりたいことに合わせてこの3部隊の内のどれかに所属することとなった。


 初めにシルヴァリアにいた約20人ぐらいのプレイヤーたちの中には、当たり前だが戦いたくはない者も多くいた。オークとの戦闘の際は、全員が戦うしかなかったが、今はNPCの味方も増えたことで、各プレイヤーが戦闘以外の色々な場面で己が活躍できる場を探して生き生きと活動できている。


 俺たちプレイヤーは戦うことだけが全てではない。皆の心の中にそんな感情が芽生え始めてきたそんな気がした、今日この頃であったとさ。

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