第22話 『ゲームの世界に閉じ込められ(中略)ません!!』完

 あのエルフとの一件で男としてぐんと成長した俺は、日が落ちる前にシルヴァリアへと堂々と帰還した。すると、街の入り口には見慣れた青年が佇んでいるではないか。


 凛とした背筋に綺麗な顔立ちをしたその青年はアスランである。


 しかし、アスランを照らす夕日の所為か、その顔はとても悲しそうに見える。


「アスラン」


 そんなアスランにそっと近づき、物憂げな彼の名を呼ぶ。


「アーサさん、お帰りなさい」


「もう体の調子はいいのか?」


 自然とアスランの隣に立ち、一緒に夕日の光を顔に浴びる。本物ではないはずなのに、夕暮れは少し暖かく、そして少し眩しい。


「えぇ、皆様のおかげ様で、この通りに大分良くなりました」


 一方で、アスランは自身の胸に拳を当て元気そうに笑って答えたが、その表情にはまだ悲しさが残っているようだった。そして、再び夕日を見つめると、彼はポツリと呟いた。


「エレノアたちは無事でしょうか・・・。あれから数日経ちましたが、この街にはまだ来ないようですね」


 アスランは目が覚めて以来、ずっと行方が分からない近衛兵たちのことを心配していた。あのPKに襲われた日にはぐれたNPCたちのことだが、俺たちはずっとアスランに黙ってきたことがある。今それを、その事実を彼に伝えるべきかどうか。


 近衛兵がどうなったか俺たちには大体分かっていた。


 手練れのPKたち。プレイヤーでも苦戦する相手に果たしてNPCである近衛兵の人たちが勝てるだろうか。いや、それは無理に等しい。彼らは無事でない可能性が高い、とアスランに伝えるべきであろうか。そうすれば彼の抱く不安は解消される。されるが・・・、それはあまり良い選択肢ではない。


 そんな考えと迷いが顔に出てしまっていたのか、アスランが不意に話し掛けてきた。


「エレノアたちはやはり死んでしまったのでしょうか。あの夜、私一人を逃がすために」


「そ、それ・・・は」


 アスランもさすがに察しているのか、でも一方で俺はというと気の利いたことも言えずにただ言葉に詰まる。


 そんな俺を横目にアスランは誰に話すわけでもなく語り始める。


「私たちはいつか死ぬ時を迎えます、生きていれば死ぬことは当然にやってきます。私の父もかつて戦場で亡くなりました。戦死ではなく、急な病死だったそうですが、その際に私は近くにおれず、父の最後の言葉を聞くことも、掛けることもできませんでした」


 アスランは悲し気な声で話し、少し間を置いてから続きを語る。


「そして、今回もまたエレノアたちの最後の言葉を聞くことも、掛けることもできませんでした」


 そう言い終えたアスランの目からは少し涙が零れ落ちた気がしたが、沈みゆく最後の夕日の光が、その表情をかき消したので詳細は分からない。


 ただ、アスランも心の中では理解していたのかもしれない。彼の近衛兵たちの行く末を何となくは察していたのだろう。


 それでも振り切れない思いが未だにアスランにはあるのだろうし、だからこそ一人でこんな場所に佇んでいたのだろう。だが、そんな一人ぼっちな彼に力添えできるほどの人間は残念ながらここにはいなかった。


 俺が短絡的な予想を述べたところで、また言葉だけの慰めをしたところで、何も変わらないということが今のアスランの表情から窺われた気がした。


 これ以上語ることはよした方がいいみたいだ。


 結局何もできないままただ夕日が沈むのを2人で静かに眺めた後、俺たちは宿場に帰ることにした。


 しかし、その瞬間、急にグイっと何者かが俺の腕を引っ張ったので、思わず体が大きく崩れた。


「おわッ!?」


 何事かと思い振り返ると、そこにはあの水辺にいた美しいエルフが顔を赤くして立っていた。勿論、今度は残念ながらしっかりと服を着ている。


「「・・・」」


 押し黙る彼女と押し黙る俺。


 エルフである彼女がどうしてこんな場所に?も、もしかして裸を見られたから報復しにきたのか!?


 そうこうと考えているうちに俺の横からひょっこりとアスランが顔を出し、そこにいるエルフを見て驚きの声を上げる。


「おや!珍しい!エルフがしかも1人で集落から離れて、こんな場所にいるなんて」


「そ、そうなの?」


「えぇ、エルフは基本的には外界とは遮断して生活を営む種族ですから。よっぽどの大事な用事がないとその姿を見せないとか。でもそんなエルフが何でここに?アーサさんのお知り合いですか?」


「いえいえ!全然!?」


 “お尻”は見ましたが、“お知り”合いではありません。


 すると、俺のその言葉に落ち込んだのか、エルフさんの赤かった顔は次第に暗くなってしまった。しかも、あの長く尖がったお耳も気持ち垂れているように見える。


「あ、あの・・・、それで俺に何か用ですか?」


 そのエルフさんの顔を見て話そうと目を合わせようとするが、エルフさんは恥ずかしいのかすぐにそっぽを向き、ただただだんまりとしている。


 そんなエルフさんに俺とアスランが対応に困っていると、彼女は腰の包みから綺麗な指輪を一つ取り出し、あろうことかそれを俺に突き出した。その指輪には装飾はなくただ銀色に輝くリングであったが、とても綺麗なものだった。


 ただ・・・、この指輪をどうすればいいのだろうか?


 とりあえず、差し出されたのでその指輪を手に取ってみる。徐々に見えだした月明かりに照らされて淡く光るその指輪は本当に綺麗なものである。


 すると、受け取った瞬間今度はエルフさんの顔がどっと赤くなった。長く尖がった耳は元気を取り戻し、その先まで真っ赤に染まっている。


「あ」


 だがその時、アスランが急にそんな声を出したので、「い」や「う」ではなく「え」とだけ俺が答えると、彼は何かを思い出したかのように語り出す。


「そう言えば、エルフの習慣では結婚したい相手に指輪を渡すそうですよ。男性からなら“金”、女性からなら“銀”の指輪を渡すと聞きました」


「はぁ」


 さすがはNPCと言うべきか、この世界の事情についてよくご存じで。それはともかく、ただ今俺の手にある指輪の色は“銀”。それに、相手は無論女性で、しかも超美人。


「ということは?」


「ということは、婚約成立ってことになります」



『ゲームの世界に閉じ込められた!?でも、帰りたいとは思いません!!』


                  完


次回からは、『俺の嫁がエルフなんだけど、何か質問ある?』が連載されます!


乞うご期待!!

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