第21話 !?

 「カゴシマ」国 都市バルバラの王宮にて


 ミスラ王は豪勢な王室にて豪華な装飾の施された座り心地の良さそうな椅子に腰かけていたが、しかしその表情は険しいものであった。


「ミスラ様!冒険者が戻ってまいりました!」


 すると、そこに王室の扉を叩く音の後、外から衛兵の報告の声が響く。その男の到着を今か今かと待っていたミスラ王は安心したように顔が緩んだが、すぐにキッと正すと「入れ」とだけ言って1人の冒険者を迎え入れる。


「失礼いたします!」


 そう言うと衛兵が扉を開け、そこから1人の冒険者が入ってきた。衛兵は警護のために元その男の後に自分も王室へと入ろうとしたが、ミスラ王は「お前は出ていろ」とその衛兵に対し命令し、王室にはミスラ王とその冒険者だけが残った。


 入ってきた男はこの場に見合わない小汚い恰好をしている。その名は、ユウマ。プレイヤーであるアスランやNPCであるアーサを襲った、プレイヤーを殺すプレイヤー、所謂PKである。


 だが、そんな彼はその残虐なるも能力のある腕を買われ、ミスラ王の下で極秘裏に活動を行っている。


 その活動こそが王の消したいものを消し、王の欲するものを手に入れてくることだ。「カゴシマ」国の王であるとはいえ、彼も国中に何かと敵が多い身である。なので、そのような自分の座を脅かす者たちを、多くは亜人や冒険者たちを排除するためにユウマのような冒険者を手懐けているのだ。そして、その見返りに彼は冒険者にも関わらず王宮内での豪華で自由な生活を与えらえていた。


 ユウマたちにとって、ここでの暮らしは元の世界での生活よりもはるかに快適で自由であった。自分で何もしなくても、豪華な料理を食べることができ、いくら部屋を汚しても召使の亜人がすぐに綺麗にしてくれる。気に入らない奴は簡単に殺せるし、それは罪にはならない。


 親に見捨てられ、社会に見捨てられ、元の世界には居場所など何処にもなかったユウマたちにとって、この『アヴァロン』は例え仮想でも心落ち着く場所であった。ここでなら彼らは生きている実感があったのだ。だから、元の世界へとログアウトできなくなったとしても彼らは大して悲しむことなどなく、むしろ慌てふためく他のプレイヤーたちを横目に彼らは彼ら自身のこの世界での生き方を見つけ出し始めていたのである。


「それでユウマよ、仕事は上手くいったのか?」


 すると、二人きりになるや否や、ミスラ王は焦り気味にユウマへとそう問い掛ける。


「まぁ、上手くいったと思うぜ」


 一方で、この国で一番に偉いはずの王の前だというのに、敬意を払う様子も見せないユウマはそう言うとS・Cシステム・クリスタルからいくつかの服と剣を取り出し王室の豪勢な机の上にそれらを並べる。それらは王国の貴族に従える近衛兵が身に着けるものであり、そのどれもが黒々とした血に染められていた。


「う!?こ、こんなものは要らん!すぐに処分しろ!」


 だが、ミスラ王はそれらを掴むとユウマの足元へと投げ捨てた。ミスラ王が望んだものはこのような死の証ではなく、“死”そのものであったのだ。今までに処分したくても立場上処分できなかった、自分以外にをどうしても処分しておきたかったのである。しかも、国者ではなく、できれば亜人や冒険者に処分させれば問題は一つも残らない。


「ま、まぁ・・・一先ずは上手くいったということか」


 ミスラ王は冷静さを取り戻すと、再び椅子に深く腰掛け少し明るい表情になった。何がともあれ、彼の作戦は上手くいったのだ。これで彼に邪魔する可能性のあるものはまた一つ“偶然にも”消え、一歩一歩と「カゴシマ」国は彼の理想する国へと進みつつあった。


 報告を終えたユウマは、少し疲れた様子でその投げ捨てられた血に塗れた剣と服をS・Cに乱雑にしまうと、そのまま王室から出ようと王に背を向ける。


「あの小僧は・・・、確実に殺しておるな?」


 だが、そこでミスラ王が立ち去ろうとするユウマの背中に冷たく問い掛ける。


 勿論、あの小僧とはアスランのことである。


 今回の作戦の一番の目的はアスランを殺害すること、そして、その周りにいる者も皆殺しにすることで今回の件を知る者はいなくなる。だからこそ、腕が立ち、足のつかない冒険者に暗殺を命じたのである。でなければ、冒険者を養うはずがない。


 一瞬の静寂の後、何も言い答え返さないユウマにもう一度問い掛ける。


「ユウマよ、アスランを確実に殺したのであろうな」


 その言葉にユウマは自分の左腕をさすりながら、首から上だけを王に向け「勿論」とだけ答えた。


「・・・そうか、ではまた仕事があれば呼ぶ、今は休め。下がってよい」


「あいよ」


 それだけを言い残したユウマが王室から退出した後、ミスラ王は自分の拳を握りしめ、深くため息をつく。彼は後悔をしていないと言えば嘘になる。だが、彼の野望のためにはこうするしかなかったのだ。全てはあの日、彼の兄をその手で亡き者にしたあの日から、彼は後悔しかない道を進んでいるのだから。その野望のためであれば、たとえ気に食わない冒険者の手を借りようとも今の彼は我慢するしかないのだ。


 その一方で、王室から自分の部屋へと戻ると、ユウマの目の前には大きな部屋でくつろぐ1人の男と1人の女。


 男の名はコジロウ、部屋の真ん中に自分の弓やら短剣やらを盛大に広げ、装備1つ1つを丁寧に手入れしている。


 女の名はアラフィネ、3人でも余裕で寝られる大きなベッドに上半身裸でうつ伏せになり、獣人である猫のビーストにマッサージを受けている。


「あー、ユウマー、おかえりー」


 部屋に入ってすぐ、何やら不機嫌そうな顔で立ち尽くすユウマに気が付いたのか、アラフィネはのんびりした声で彼を迎え入れる。


「チィッ!おい、コジロウ!俺のスペースに自分のものを入れるなって言ったろ!」


 だが、ユウマは部屋に入って来るやいなや、3人が決めた区画に侵犯してきていたコジロウのものを蹴り飛ばし、そのままズカズカと自分の区画まで行くと、アラフィネの寝ているサイズと同じ大きなベッドへと飛び込み、ふて寝を始めた。


「おいおい!?なーに、キレてんだよ、こいつ」


 そう言いながらも、コジロウはユウマに蹴り飛ばされた武具たちを再び綺麗に床へと並べ始めた。何をして何で汚れたのかは知る由もないが、その武具たちは皆総じて赤黒く汚れている。


「コジロウちゃんさー」


「なんだ?」


 そんな床にせっせと武具を並べ直すコジロウを不思議に思ったのか、アラフィネが体の向きを大きく変えて話しかける。マッサージをする猫型のビーストもその動きに合わせていそいそと態勢を変える。


「それ何の意味があんのー?綺麗に並べてるみたいだけど、でも実際は散らかり放題じゃん」


「あ?馬鹿だな、芸術だろ芸術!秩序と崩壊がこの床の上で起こってんの」


「ふーん、芸術ねぇー・・・。私にはそうだなー、怪獣が歩いた街って感じかな」


 アラフィネはそう言いつつくすくすと笑うと、目をつぶり、背中から感じるマッサージの心地よさに浸る。


 このようにして、ここにいる冒険者たちは豪華な休息をそれぞれ満喫していた。彼らは「カゴシマ」国王の命に従い、何者かを殺す限りこうして何不自由のない豪華な暮らしができる。それに、ここには彼らをとやかく言うような存在はいない。もしいたとしても殺してしまえばいい。見たくないものは見ない、聞きたくないものは聞かない、気に入らないものは消してしまえばいい。


 つまり、この世界は元の世界に居場所のない彼らにとっての楽園、理想郷なのかもしれない。


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 アスランとかいう青年を助けてから数日後のこと、俺はというとシルヴァリアの街を少し離れた森の中、1人うんうんと唸って歩きながら考えていた。


 あのPKから負った足の傷も大分癒えたので、足を慣らすためにもと少し遠出をしつつ、俺たちが直面している課題の解決の糸口がないかと考えている真っ最中だ。


 そんな俺がうんうん唸って考えているものとは、今後の作戦のことである。


 俺がひょんなことから提案した、あの国盗りは、なんとこの世界を変えるための8つの『鍵』、『王具』とも言うらしいが、とにかくそれらに関係していたことがガラハドの言葉から分かり、意気揚々とやることを決めたはいいものの課題は山積みであった。


 シゲルさんの冷静かつ沈着な思考より浮かび上がったその課題は以下の通りである。


①戦力の無さ


 当たり前のことだが、現状俺たちと「カゴシマ」国とが争うには圧倒的な戦力の差があり、今の戦力では何1つとして勝ち目がない。今のところ戦力と呼べるのは、数人の新米冒険者とガル率いるオーク集団とビッカラさん率いる義賊集団であるが、それだけでは良くて村や町を落とせる程度で、都を攻め落とせるなど夢のまた夢である。

 

 そこで、その戦力を増やすためにも目的からして味方になりうる亜人たちの力を借りたいわけが、そのコネクションが全くなく途方にくれる始末。ちなみに、この「カゴシマ」国に住み着いている亜人は合計で4種類いる。まず、戦人“オーク”、次に獣人“ビースト”、次に土人“ドワーフ”、最後に精人“エルフ”の計4種である。これらの種族の助けなしに、この戦いを制することはどうやらできないらしい。


②時間の無さ


 これは戦力の無さに関係するが、俺たちには圧倒的に時間が足りない。戦力を高めるにしても、まずは時間が必要である。兵を集め、加えてその兵を育てる時間が必要で、そうして初めて一国を落とせる戦力になるそうだ。また、何よりもガルたちオークの“ヒメ”を助け出すという時間制限までもある。作戦上オークの戦力を借りる以上は、あちらの要望に応える必要がある。だが、その要望に応えるためには時間をかけて戦力を集めないといけないというジレンマが生じている。


③権力の無さ


 あのシゲルさん曰く、この「権力」が一番に重要であるらしい。実は戦術や兵法などを駆使すれば、少数の軍勢でも大軍に勝つことは不可能ではないらしく、そこは何とかなるそうだ。だがしかし、この権力がこちらに存在しなければ、本当に国を全部潰して一から立て直さなければならないということだった。つまりは、もし俺たちが戦ってこの国の王様を倒したところで、王位は俺たちにはなく他の者が後を継いでしまう。その後を継ぐ者が亜人解放に反対であれば、また俺たちは戦うことになるという堂々巡りになってしまう恐れがあるのだ。


 それに、この権力がないと、この戦いで勝てば亜人が自由となり人と同じように暮らせるという保証ができないのである。そうすれば、戦力も集まらないし、時間も掛かる。つまり、色々な前提が総崩れしてしまうのだ。


 だが、逆に言えば、この権力さえ手に入れば何とかなる・・・のだろうが、正直その目途がない。


 以上3点の課題を挙げられ、シゲルさんを始め、各々俺たちは無い知恵を絞っているわけだが、考えが思いつかず、とりあえず心頭滅却するためにこの森に入ったわけである。


 マイナスイオンパワーできっと名案が浮かぶに違いない!


 すると、さらさらと流れる川辺を見ながら歩いている内に、徐々に水が水面にぶつかる音が強くなってきた。


 もしやと思い、駆けてみると、目の前に小さい滝が現れた。


「滝に打たれながら考えるのも・・・、いいなぁ」


 次なる名案を思いついたので、そうと決まれば急いで滝に当たる準備を始める。勿論、滝に打たれれば名案が浮かぶなんてことはない。ないが、滝に打たれるなんて経験は面白そうでいい。


 着ていた装備を全てS・Cにせっせとしまい込み、準備体操を念入りにしてからどんどんと胸を叩いてセルフ心臓マッサージをした後に、いざ水面へとざぶんと入る。水の中はそんなには冷たくなかったが、案外深さはあった。


 すいすいっと滝の下まで行くと丁度いい形をした岩があったので、その上に座禅し、1人瞑想に入る。


 ただそこには1つ問題があった。


 それは、意外にも落ちてくる滝の勢いが弱かったことだ。これではよく温泉にある打たせ湯の方がまた強い気がする。


 ただ男として一度始めたことをすぐにやめるわけにはいかず、ざばざばふり落ちてくる滝の中、思考を巡らせる。


 鍵、王具、国、亜人、権力、冒険者、国者。


 とりあえず色々と並べてはみたものの、何か違う気がしたので、今度は別のことを考えてみる。


 権力、つまりは力、力は筋肉、筋肉は食事、昨日の食事は・・・。


「食事は・・・」


 口に出して考えてみる精神年齢25歳。


 いかん、もうこの年になると色々と思い出せなくなる、昨日の食事とか、電話番号とか住所とか人の名前とかエトセトラ・・・。


 だが、ふと頭からざぶざぶと浴びる水の冷たさからか、冴えた頭の中で元の世界のことを思い出してしまう。


 帰りたい、わけではない。


 でも、家族や友人(少数精鋭)、パソコン(主にエロ)、見慣れたボロい部屋の天井、一週間ごとに変わるコンビニの新商品、アプリゲームの次回の新規可愛いキャラクター、人気漫画『狩人×狩人』の続きなどなど


 そうしているうちに、今まで抑えてきた何かが溢れそうになった。


 あぁ、元の世界では何の心配もなく、ただのうのうと生きていけたのに、この世界では毎日が必死で毎日何かをしないと死んでしまうのか。そう考えると至って平和で何も起こらないが、だが何もしなくても死ぬことはない現実の世界は意外と・・・。


「い、いかん!?いかん!?」


 そんなメランコリックな自分を恥じ、自分の頬をバシバシと強く叩きながら、今の世界を見つめる。


 ここは『アヴァロン』。狼もいるし、オークもいるし、大猪もいるし、その他色々な人もモンスターもいる世界、俺の生きている世界はここなのだ。俺の生きたい世界はこの先にあるんだ。なら、この世界でも逃げるなんてことはしない。楽しく生きて面白く生きよう、死んでも悔いが残らぬように。


 結局のところ、数分の間滝に打たれたが、現状を打破できる名案は降りてこず、降りてくるのは水ばかりなので、そろそろ帰ることにした。


 だがその瞬間、俺の目の前に広がる水面に何かが降りてきた。


 しばらくして水面に浮かび上がったその何かは、その長い髪を振りまくと、水面をスーッと見事に泳いでいった。


 岸まで着くとその正体が露わになった。


 水が滴るすらりと伸びた体に手、足。


 日の光を浴びて金色の光が増す、うっすらと光る長い金髪。


 俺たち人に比べて長い、鳥の羽のような耳。


 女神と見まごう美しさを持った精人ことエルフの女性がそこにいた。


 しかも、裸で。


 裸で!!


 その瞬間、俺の頭は一瞬にして冴え渡った。悟りと呼べる領域にまで達した俺は静かに自然と一体化し、目の前に見える美しすぎる美を静かに、ただ静かに堪能した。


 無論、悟りを開いた俺にやましい気持ちなどない。ただ、毎日オークか男っぽいレイしか見ていないので、俺の眼と頭と心が飢えてしまっていたのである。


 だから、頭が回らなかったのかもしれない、いやそうに違いない。


 だがしかし、頭が冴えたのは良いが、冷え切った体は、というより鼻は生理的に我慢が効かず


ヘブジュン!!!と見事なくしゃみが出た。


「!?」


「あ」


 バッと振り返りこちらを見つめるエルフ。その綺麗な瞳と目が合う俺。


 すると、エルフの綺麗な顔と長い耳が徐々に赤くなっていき、それが最高潮に達した時には彼女は手にした荷物を抱えて一目散に森の中へと消えてしまった。


 無論、裸で。


 その姿に何もすることができず、ただただ過ぎ去る美尻を目に焼き付けた。


 また1つ何か成長した気がした、25歳、夏。

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