第20話 という斯く斯く然然なわけで、安心安全なオークです

 あの謎のプレイヤーによる襲撃の後、すぐさまシルヴァリアへ帰還した俺たち一行。


 レイは足を負傷した俺を支え、シゲルさんとフィーが倒れていたあの青年を抱え、一先ずママチカさんの宿場へと急行することになった。そして、宿場に着いた俺たちの様子を見るやいなや、ガラハドやマサムネを始めとするその場にいたプレイヤーたちはすぐさま駆け付けてきてくれ、何があったのかと心配された。


 その後すぐに怪我した青年と俺たちは2階の客室に運び込まれ、ベッキーの応急処置の後に青年はベッドに寝かされ、俺は椅子へと腰かけた。


 ひとしきりドタバタと人が部屋に出たり入ったりした後、ようやく落ち着き始めた頃、眠る青年を見守りながら俺、レイ、マサムネ、ガラハド、シゲルさんの計5人で今回起きたことについて振り返ることにした。


 とりあえず、現場にいなかったマサムネとガラハドに状況を説明し、大猪討伐後の帰り道で出会った青年と謎のプレイヤーについて語る。


「なるほど、好戦的なプレイヤーね。そいつは厄介だな・・・」


 この青年のことはひとまず置いておき、まずは謎のプレイヤーについて皆で話し合うことになった。あのプレイヤーはNPCを殺すことに関して何の感情も抱いていなかった。それに、俺たちみたいなプレイヤーに対しても躊躇なく斬りつけてきた。ゲームだった頃はまだしも、こんな状況で人を殺そうとするなど正気の沙汰ではない。


「あいつはおそらくPKプレイヤーキラーだ。戦い方がプレイヤーを殺すための方になっていた」


 すると、俺の横に腰かけるレイが苛立った様子で口を開いた。その言葉を受け、同じことを考えていたらしいガラハドも困ったような顔をする。


「十中八九そうだろうが・・・。たく、こんな状況になってもPKとは肝が据わっているというか、馬鹿というか」


 PK、つまりはプレイヤーキラーと呼ばれる彼らは、このゲームだけでなくどのゲームにも存在するプレイヤーたちの総称だ。読んで字のごとく、PKは他のプレイヤーを殺すことを目的にゲームを楽しんでいる。勿論、ゲームの楽しみ方は人それぞれであり、強制するものではない。それにシステムとして、プレイヤーが他のプレイヤーを倒せるという環境を開発側が提供しているということは、それ自体もゲームの楽しみ方の1つなのだろう。


 そこではNPC相手ではできない、人間と人間だからこそできる戦いの駆け引き、そういうものがプレイヤーとプレイヤーが戦うことのできるシステムの醍醐味なのかもしれない。


 しかし、その一方で、そのゲームを始めたばかりのプレイヤーを強い武器で一方的に蹂躙し楽しむプレイヤーがいるのも確かである。彼らには戦いの駆け引きは関係なく、弱いものをいたぶる強者である自分にただ酔いしれているに過ぎない。そのような悪質なプレイヤーのことを俺たちはPKと呼んでいる。


「でも、NPCやプレイヤーを意味なく殺すことは例え遊びであっても許せませんぞ!」


 今度は、マサムネが少し怒りの感情を表に出しつつ声を上げる。彼にしては珍しい怒った表情でもある。


 ちなみにだが、この世界に関する俺たちの”死”に関する概念はまだしっかりとは判明していない。


 ゲームであった頃は、それぞれの街や都市にリスポーンポイントがあったので、死んでたとしても適当な演出が入った後にリスポーンポイントで目を覚ましていた。もしかしたら今もそうなのかもしれないが、シルヴァリアの街にリスポーンしてきたプレイヤーもいないし、実験するために他のプレイヤーを殺すわけにもいかない。また、そのような曖昧な状況下で自らの命を使って証明する愚か者もいない。


 なので、リスポーンせずに死体だけが残る今の状況から俺たちはこの世界の死=元の世界での死と認識している。


 ただどちらにせよ、少なくとも俺たちにはむやみやたらにNPCやらプレイヤーやらを殺す趣味趣向はない。そんな殺人快楽者はゲームの世界にも元の世界にも必要ない。


「それで、そんなPKに命を狙われていた男というわけだ、こいつは」


 ガラハドはそう言うと、ベッドに横たわる青年をちらりと見た。彼は死んではいないだろうが、まだその目を覚まさない。


 あのPKは遊びとしてNPC狩りをしていたにしても、この青年の身なりはこの近くの村の住人といった格好ではない。傷付き汚れてはいたものの、上等な服装をしているし、目を引くのは首にぶら下げていたペンダントと腰にあった剣である。


 今は壁に立て掛けて置いた彼の持っていた剣をガラハドは手に持つと、その剣の細工をしぶしぶと眺め出した。ひとしきり眺め、何度か振って感触を確かめ、納得がいったのかガラハドはその剣を鞘に戻してまた元の場所に立て掛けた。


「うーん、ただの村住人NPCって感じはしないが・・・」


 だが、それでもこの青年が何者であるのかが明確に分かるようなものは他に何もなかった。こんな世界なので免許証やパスポートがあるわけでもなく、頭にマイクロチップがあったりペンダントの中に住所や名前が書いた紙が入っていたりなんてこともないだろう。


 そんな犬猫の首輪ではないのだからと思いつつも彼のペンダントをふと手に取り眺めてみる。また、そのペンダントが気になったのかマサムネもずいっと近づいて来たので、仕方なく一緒に眺めることにする。


「うーん、高そうなペンダントには見えませんなー」


「確かに」


 宝石をちりばめた高級品というような見た目ではなく、少し色褪せ古臭いけれども何か大切な思い出の品といった感じである。形はひし形というよりも、空に飛ばす凧形のような形をしている。


「表には、これは“手”か?」


「んー?2つあるので“翼”にも見えますなー」


「裏には・・・、なんだこれ?『共に生きる星々』?って彫ってある」


 ペンダントの表には軽い装飾の真ん中に、2つの手?のような翼?のような紋章が刻まれていた。そして、その裏には『共に生きる星々』と書かれている。


 俺とマサムネが寄り添いうんうん言っていると、シゲルさんも俺たちに近づきペンダントの表側をじっくりと見つめる。


「この紋章・・・」


「何か分かりました?」


 俺とマサムネは頭が痛くなってきたので考えるのを諦め、何やら気付いたシゲルさんを見上げる。


「いえ、この紋章って『カゴシマ』国の紋章に似ているなーと」


「「『カゴシマ』国の紋章?」」


 この国のNPCでもない俺たちには馴染みのない紋章であったが、俺とマサムネは部屋の壁をぐるりと見渡す。そうすると、端にある机の上、壁に貼られた国旗の真ん中にペンダントの紋章と類似した紋章を見つけた。


「おぉ、本当だ!ということは・・・」


 俺たちはもう一度期待した目でシゲルさんを見上げる。


「・・・それだけです」


 その一方でシゲルさんは申し訳なさそうに笑いそれだけを答えた。とはいえ、この紋章すら分からなかった俺たちに彼を責める権利はない。


 しかし、国の紋章が刻まれたペンダントだからといって、それが何なのかと言われたらよく分からない。都市バルバラのお土産屋のペンダントかもしれないし、何とも言えず結局答えは出なかった。


「・・・ん」


 すると、俺たちが喧々諤々と話し合っていると、ふとベッドの方から声がした。振り向くと例の青年が体を起こし、半開きな薄い目で辺りを見渡しているではないか。


「こ、ここは・・・」


 青年はそう言いながらまだ覚醒しきっていない頭で自分の胸へと手を伸ばす。手を伸ばすがいつもそこにあったものはそこにはなく俺たちが持っているので、彼の手は空を掴む。


「ッ!?ペンダント!!」


 今度こそしっかりと目が覚めたのか、青年は目を急に開き辺りを見渡す。するとようやく俺たちが目に入った様で、驚いた様子で彼は語り掛けてきた。


「あ、あなた方は・・・」


「だ、大丈夫!大丈夫!!もう安心!ほら、これお探しのペンダント!」


 一応俺たちは怪しい者じゃないアピールをしておいて、不安げな様子の青年に向けて借りていたペンダントをそっと返した。青年は俺の手からペンダントを受け取ると、大事そうにそれを両手で包み込む。しかし、直ぐにばっと顔を上げてこちらを見て彼は声を上げる。


「ほ、他の皆は無事なのですか!?」


 青年のその必死な表情にこちらは少し圧倒されるも、知っていることを素直に話した。俺たちが見つけた時は彼一人だったことと、助けたのは彼一人だけであるということ。だが、青年はその答えに落ち込んだのか、少し肩を落とした。そして、すっと顔をもとの表情に戻すと。


「この度はありがとうございました。私の名前はアスラン。ハイル領の領主を勤めておりました」


 青年はベッドの上に座ったままではあったが、ピンと綺麗に背筋を立てた後に、深々とお辞儀をした。その姿に何と言うか高貴なものを感じ、こっちも自然と背がピンと張る。


「いえいえ、俺はアーサ」


「僕はマサムネ、よろしくですぞ」


「・・・レイ」


「ガラハドだ、よろしく」


「シゲルです、お見知りおきを」


 順番にそう挨拶した後に、「皆、冒険者さ」と俺が最後にそう付け足した。


「冒険者様・・・でしたか」


 安心した様子でアスランは俺たちの顔を1人ずつ見渡し、ゆっくりと頷いた。


「それで、アスラン様は何故あのような場所に?ハイル領はここより遠い西のはずです。それに先程おっしゃっておられた“皆”とは?」


 すると、アスランに近づくと軽く膝をついてシゲルさんがそう尋ねた。


「私は・・・」


 そうつぶやくと、アスランはこれまでの経緯をゆっくりと話して聞かさせてくれた。彼は現国王ミスラの甥当たる存在であり、元服の際にハイル領の領主へと命じられた。しかし、その当時のハイル領は他の3つの領に比べて、土地は酷く、領民も苦しんでいた。そこで、アスランは王宮を出る際についてきた近衛兵と一緒になり、その土地を開拓を始めた。率先して行動するアスランの姿に領民も活気づいて、今では住みやすい領へと変化していった。


 そんなある日、国王ミスラの3人目の息子が元服することとなり、ハイル領を明け渡すように命令が下った。近衛兵一同、その命令に対して抗議を唱えるべきだと主張したが、いらぬ騒ぎを起こさぬようにと、アスランはまた近衛兵たちと一緒に、今俺たちのいるマルモル領へと移ることにした。しかし、その道中謎の3人組の冒険者に襲われ、今に至るという。


「なるほど、アスラン様を逃がすために近衛兵の皆様は残って戦ったと。そして必死に闇雲に逃げていたアスラン様は何者かに襲われ、そのまま気を失ったと」


「そんなところです。あ、“様”は付けなくて結構ですよ」


 アスランは少し恥ずかしそうに笑うとひとしきり話して疲れたのか、不安からか、それともその両方からか大きく息を吐いた。


 それにしても、あのPKの他にまだ2人いたというのは驚きであるし、その2人と戦った近衛兵たちが心配である。おそらく他の2人も同じPKであり、NPCの命なんてこれっぽちも気に掛けてはいないだろう。


「ちなみに、その3人組に何か心当たりは?何か命を狙われる理由はあったのか?」


 今度はシゲルさんと代わりガラハドがアスランに尋ねたが、残念そうな顔で彼は首を横に振り、加えて謝った。


「申し訳ありませんが、今の所これといった心当たりはありません」


「現国王の甥だから、政治的な誰かの陰謀かもしれないけど・・・。でもそしたら甥の命をわざわざ狙う意味が分からない」


「うーん、やっぱりこの国の亜人の抑圧政策に苦しんだ亜人の仕業とかですかな?」


「あのPKどもが、NPCの頼みなんて聞かないだろ」


「確かにな、殺して楽しむことしか頭にない連中だしな、となると偶然?」


「そんなわけあるか」


 俺含めその場にいたプレイヤー全員が頭を悩ませる。やっぱり偶然が重なって移動中のアスランたちがPKたちに狙われたのか?


 だが、そんな一同が静まりかえる中、急に一階が騒がしくなる。そして、その音は徐々に大きくなっていき、俺たちのいる扉の前まで来ると、突然扉が大きな音を立てて開け放たれた。


「人の戦士、アーサ!?敵ニ、やられたト、聞いタ!お前の為ニ、オーク秘伝ノ、薬を持ってきタ!」


「あー!ダメっすよ、ダメっす、ガルさん!?アーサ君はまだ安静にしなければいけませんし、しっかりと診てもらってたから大丈夫です。オークであるガルさんが慌てると、他のオークの皆さんも慌ててしまうので、ここは一旦領主館に戻りましょう。というか、ガルさんもまだまだ傷が癒えていないじゃないですか!アーサ君たちのお見舞いなら自分の傷を治してから行きましょうって!」


「どうしたー?だいじょうぶかー」


 すると部屋の扉を開けてわらわらと入ってきたのは、ガルと彼を必死に止めようとしていたリッキー、それに乗じてパヤワちゃんまでもがこの部屋に乱入してきた。


 しかし、突然現れたオーク秘伝の薬を手にしたオークの姿に、案の定アスランの顔が真っ白になった。


「ン?お前モ、何処かやられたのカ、薬いるカ?」


「あ・・・あ・・・オ・・・オ!?」


 アスランはこちらを見て、目を見開いて「あ」と「オ」しか言っていないが、大体言いたいことは分かる。「どうしてオークがこんなところに!?」そう言いたいに違いないと思うので、そう言われたと仮定して彼に答える。


「アスラン!落ち着いて、聞いてくれ!」


 そう切り出して、これまでに起きた街の出来事をサクッと話した。オークとの戦いのこと、領主館で起こったこと、マルモル領の元領主が行おうとしていたことなどを端的に分かりやすく解説した。


 話している最中に、ガルがしきりに薬を進めてきたり、パヤワちゃんがマサムネと遊びだしたり、リッキーが必死に止めようとしたことをシゲルさんやガラハドに泣きながら説明したり、レイが欠伸したりなど色々あったが、一通りは説明できた。


「という斯く斯く然然なわけで、彼は安心安全なオークです」


「私ハ、オークの戦士ダ!」


「な、なるほど・・・」


 アスランの顔はまだ3割も理解できていない顔であったが、理解した3割に内にここにいるオークは無害だという認識があったようで、彼はガルを渋々と見ながら答えた。


「まぁ、変だとは思いますが、1つよろしく」


 しかし、心配する俺たちの一方で、意外にもアスランは笑っていた。目の前に亜人が、しかもその中でも割と強面なオークがいるというのにアスランは大分落ち着いている。


「ふふ、いえ変ではありませんよ。冒険者様は本当にすごいですね」


「そう?」


「えぇ、亜人と人とが分かり合っている」


 そして、アスランはこの部屋の有様を嬉しそうにぐるりと見渡した後に、懐かしそうに呟いた。


「父も言っていました『亜人と人は分かり合える、共に生きれる』と」


「ん?」


 そのアスランの言葉に何か引っかかるものを感じたが、このうるさい部屋ではよく思い出せなかった。


 すると、先程よりも大きな音を立てて再び扉が開かれた。今度はこの宿場の宿主であるところのママチカさんが鬼の形相でそこで仁王立ちしていた。


「あなたたち!うるさくしないの!ここは病人の部屋!病人以外は出ていきなさい!」


 普段の温厚さはどこへやら、ママチカさんの怒鳴り声が部屋に響く。


「ガルさんも!人間には人間に効く薬があるんですから!おとなしく領主館で待っていてください!」


「す、すまなイ」


 叱られるオークという珍しいものを見たのも束の間、俺たちはママチカさんに連れられるまま、アスランの部屋から半分無理やりに追い出された。


「ママチカさん!?俺まだ怪我人です!」


「はいはい、もう歩けているじゃないの」


 押されながらそう叫んだが、しかし気が付くと確かに足の痛みはすでに治まっていた。軽い痛みはあるものの、歩けないというほどではなかった。元の世界では有り得ないことだが、でも今の俺の体は回復速度が早くなっているのかもしれない。


 そんな冒険者の体の神秘を不思議に思いながらも、ママチカさんによって俺たちは強引にも部屋に帰され、話の続きはアスランの回復待ちということになった。


 目まぐるしく色々なことがあった一日であった。


 暗い部屋で一人ベッドに横たわり、目を閉じる。考えるのはこれからのこと、『鍵』と国盗りのこと。俺たちは既に引き返せない所まで来ていて、このままでは俺たちを待つのは死しかない。『鍵』のためにも、この命のためにも、俺たちは無茶だろうが無謀だろうが「カゴシマ」国と戦うしかないのだ。


 そのために必要な物、それは・・・。


 強い味方?


 ・・・ダメだ、俺のお頭だけでは名案など思い付きそうにない。また明日にでもシゲルさんに相談してみよう。


 それではおやすみ、グッナイト。

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