第18話 猪狩りにレッツゴー!

「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!?」


 雄叫びを上げながらも、草木生い茂る山道を一人爆走する。


 狼の時といい、オークの時といい、何だかいずれの戦いにおいても全力で走っていた記憶がある。だが、その頃に比べて随分と俺の足は速くなったものだし、体力も付いたものだ。


 良きかな良きかな。


 これもおそらく、ガラハドの言っていたゲーム世界の慣れというものなのだろうか。思考は現実世界に囚われたままで、まだこのゲーム世界での体とリンクしていないのだろうか。


 実に興味深い話である。


 シルヴァリアに帰ったらこのことについてシゲルさんと話し合ってみよう。


 なお、無事にシルヴァリアへと帰られたらの話であるが・・・。


 そんなこんなと妄想を広げている内にも、数歩後ろからは猛獣が物凄い勢いで俺を追走してきている。


 俺が走るといつも後ろに危険がついてくる。勿論、比喩などではない。


 後ろのそれは読んで字のごとし“猪突猛進”で追いかけてくる。どうしてこんなオーク規模の大猪に追いかけられ、俺がこんな山道を爆走するはめになったのか。


 話は少し前に遡る。


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 例のオークとの死闘後、俺たちは一週間という猶予を設けて、これから繰り広げられる“『鍵』争奪戦”の序章になるであろう冒険者・亜人連合と「カゴシマ」国との戦争に参加するかどうか、シルヴァリアに残ったプレイヤーたちに考える時間を与えた。


 勿論、発起人であるところの俺やガラハド、シゲルさんは参加は確定している。あと、レイ、マサムネもその後しっかりと参加に承諾してくれた。だが残念なことに、フィーやベッキーに関しては今回は参加するけれども、今後の“『鍵』争奪戦”にまでは関わらないという姿勢を見せていた。


 とはいえ、フィーたちのことは仕方がない。元々オークとの戦いのために彼女たちはここまで来てくれたわけだし、「カゴシマ」国を手に入れるまでは手を貸してくれると言ってくれただけでもありがたいことだ。となると、残るは最初に戦うことから逃げていたプレイヤーたちだけである。


 オークという目前の脅威は去り、戦争に赴くよりかは今のこの街は確実に安全な場所だ。


 この街に残るも良し、俺たちと命運を共にするも良し。その答えは時間をかけてじっくりと考えて欲しい。ゲームだった頃とは違って、今後は人の生き死にが関わってくるに違いないのだから。


 などとカッコよく語ってみたものの、一週間という期間は俺やレイ、マサムネなどの行くこと決定組にとっては長く感じた。俺たちはここ最近目まぐるしくやることがあったせいで逆に何もないと何もできなくなってしまっていた。


 というわけで、そんな俺たちはママチカさんの宿場にてのんびりと怠惰な時間を過ごしていた。


 あぁ、怠惰。なんと素晴らしき響きであろうか。


 この世界に閉じ込められてからというもの、あまりにも色々なことに巻き込まれていたものだからゆっくりと休む暇さえなかった。思い返せば、元の世界での生活とはまるで違い、毎日が命を賭けた心落ち着かない日々であった。


 しかし、今は何にも襲われることもなく、全力で何かから逃げる必要もない。


 耳を澄ませば聞こえる、街の住人達の安心したにぎやかな声。目を瞑れば押し寄せてくる、うとうとと眠たくなる陽気。今日はこのままゆったりとのんびりと昼寝でもして、英気を養うとするか。


 そんなこんなで俺が怠惰な時間を楽しんでいると、


バタンッ!!


 宿場の入り口の戸が強く開けられ、そこから一人の女性がけたたましく入店してきた。


 その女性はフィーだった。彼女はベッキーとお揃いの帽子に、軽装な防具を身に着けて何やらキョロキョロと店内を見渡している。


 ところで、よく考えてみれば、この人はよくこんな格好であの戦場に立てたものだ。いくらこの世界にその体が慣れているとはいえ、一撃でも攻撃をくらえばあんな防具では重傷確定である。俺には到底できないだろう。


 すると、そんなフィーは寝そべる俺と目が合うと一目散にこちらにやって来て、無邪気な笑顔で見下ろす形で話し掛けてきた。


「お兄さん、暇?」


「はい?」


 突然「暇?」と言われても正直何のことだか分からないし、それに嫌な予感もする。なので、何のことかと聞き返す。


「良かった!暇ね!一緒に来て!」


 だが、何やら意思伝達が上手くいっていないのかフィーはそう言うとぐいぐいと俺を何処かへと引っ張って行く。


「いやいや!?今の『はい』は『はい』であっても『はい?』であって『はい』ではありません」


「『はい』は一回でいいよ~」


 その言葉使うシチュエーション間違っているから!?


 そんな人の話を聞かないフィーに強引に連れ去られそうになりながらも、同じくのんびりしていたマサムネに助けを求めようと奴を探す。


「イッテラー」


「いってらー」


 しかし、その肝心の男は呑気にパヤワちゃんと一緒に手を振って見送ってくれた。この裏切り者が!


 フィーに成す術もなく、そのまま宿場の外に連れて行かれ、そのまま街中を引きずられ、ようやく大門を超えたところでポイっと投げ出された。


 立ち上がるとそこには一頭の馬と一台の馬車、それに不思議そうな顔をしたベッキーが待ち構えていた。


「ん?アーサ君、貴方がどうしてここにいるんですか?」


 そんな俺に、ベッキーが不思議そうに問い掛ける。


「さぁ、自分でも分かりません」


 そんなベッキーに、俺も不思議そうに答える。


 どうやらベッキーの様子を見る限り、彼女が俺を連れてくるように言ったわけではない様だ。


「・・・フィー?」


 今度はベッキーが近場にいたフィーに問い掛けると、彼女は無邪気な笑顔で答える。


「暇って言ってたから連れてきてあげた!」


 言ってはないですけどね!


「そうですか・・・。まぁ、経験者は多い方がいいですし、どうぞ乗ってください」


 そう言うとベッキーは馬車を指差し、彼女は運転席へと回った。


「お友達も待ってるよ!」


 一方で、フィーは何だか嬉しそうに俺を馬車の後ろへと案内すると、ぐいぐいと押してくる。


「友達?」


 よく事情が呑み込めなかったが、暇であったことは変わりないし、ことの成り行きでベッキーたちとついて行くことにしようと、馬車へと乗り込む。


 しかし、そこにいたのは、お髭の似合うシゲルさんとむっつり顔のレイだった。


「「な、何でお前が!?」」


 思わず仲良く一緒に声を合わせてしまった俺とレイ。その様子を笑うシゲルさんとフィー。そして、馬を走らせるベッキーさん。ここに冒険者5人の奇妙な旅が始まった。


 だが、その目的はまだ知らない。


 思い返せば、これで馬車に乗るのは人生2回目である。あの時と同じようにレイは黙って何やら不機嫌そうな顔をしている。ただ、あの頃と違うのは彼女は顔を覆い隠すフードをしていないことだ。


 だから、レイの不機嫌そうな微妙なしかめっ面顔がしっかりと伝わってくる。


 とはいえ、それでも随分とレイも社交的になったのではなかろうか。ちょっと前までは俺たちでさえ必要以上には話さなかった上に、顔を隠していたほどだ。今でもむっつり不機嫌な顔つきは変わらないが、時折俺やマサムネ以外の人と話している様子を見かけることさえもある。


 そう考えれば、レイもレイで彼女なりに成長しているのだな。


 しみじみ。


 しばらくすると、ガタ、ゴト、と馬車の小石を引く音がする中、話しを始めたのは年長者?のシゲルさんであった。


「いやはや、こんな美人に囲まれるとどうも話しにくいですね」


 確実にその美人の中には俺が含まれてはいないだろうが、レイにフィーにベッキー、確かにこの世界に数少ない女性プレイヤーが3人も揃ったのは中々珍しい。


「あはは!美人だなんて口が上手いね、おじさま」


「いやー、女性には嘘をつけない性格でして」


 そのフィー返しにシゲルさんはお世辞にお世辞を重ねる。何とも言い慣れた様子であり、この人は現実世界では相当遊んでいるおじさんなのかもしれない。俺には到底想像もつかないようなあんなことやこんなことをして遊んでいるに違いない。羨まけしからん!!


 まぁ、確かにこんなビジュアルの女性たちが現実世界にいたとしたら、それはそれは多くの男性から好かれるであろう。この世界の冒険者の大半は美男美女であろうし、俺もこのようなイケメンの姿で生まれれば、今頃こんな所にはいなかったのかもしれない。


 そんな話の流れだったのでついついむすっと黙り込むレイを見つめる。確かにレイの体はアスリート体系に近いので女性っぽくはないが、しかし顔は綺麗な顔立ちをしている。おそらく、彼女も気合を入れてメイキングしたに違いない。


 かくいう俺も顔のメイキングには時間をかけた。色々な設定を考えてメイキングしたのである。


 まず、俺の右瞼から右頬にかけては黒いタトゥーが彫られている。次に、目の色も左右で少し違う。実は俺には秘めた能力を持つ一族であり、その恐ろしい能力と隠せない顔の紋章に人々から恐れられ、忌み嫌われている。一度その能力を発動させれば、人は一瞬にして暗炎に抱かれ灰も残らない。それゆえに、暴走する力を恐れて俺たちは人を愛することができない。ただ、そんな怪しげな魅力に惹かれて集まる女性は後を絶たない。だが、その愛を俺は受け入れることはできない。愛を受け入れるということは、その女性をこの手で殺してしまうということだから・・・。


 という設定である。


 昔それを何となくレイとマサムネに語ると


 「アホだな」とレイに言われ、「中二病、乙!」とマサムネに言われた。


 全く、ゲームの楽しみ方を分かっとらん連中だ!ゲームとは自分であり、自分ではないキャラクターという名の“彼”を楽しむからこそいいのではないか。


 そんなこんなをレイを見つめつつ悶々と思い耽っていると、そんな俺の視線に気が付いたのかレイがこちらを見て、ニコッと微笑んだ。


 わけはなく、キッと睨みつけてきた。


 そんな獲物を狙う猛禽類のような表情に妄想から叩き戻されて意識を取り戻したところ、そういえばこの冒険の目的を聞いていないことを思い出した。


「と、ところで、俺たちはどこに向かっているんですかね?」


 そう、なるべくこちらを睨みつけるレイを見ないようにして、ここにいる人々に尋ねる。


「あれ?聞いてないのですか?」


「教えてもらえないまま、連れて来られましたから、ね!」


 最後の語尾を強く言い、フィーを見つめる。別に彼女を責めるわけではないが、しかしちゃんとした説明をするのが大人ってものではないんですか!まぁ、私はちゃんとした大人ではないですがね!!


 そんな俺の視線に気が付いたのかフィーはその視線に気が付くと、キッと睨みつけてきた。


 わけはなく、ニコッと微笑んだ。


 可愛い。心の中で正直にそう思った。25歳、童貞。


「猪狩りですよ!正確には猪の落とす素材が目的です!」


 だが、そんな俺の質問にベッキーがわざわざ運転席から大きな声で教えてくれた。とはいえ、猪狩りだなんてものをどうしてまた。


「今朝ギルドから手紙が届きまして、猪の素材が品切れに近いとの報告がありました。そしたら、ちょうどこの近くでその素材を採取できると聞いたもので、折角なので取りに行こうかと思ったんです!」


 丁寧にもベッキーは続けてそうも教えてくれた。


 行商ギルドは初心者用に格安でアイテムや装備を揃えるだけでなく、珍しいアイテムや装備を発掘しては、他のプレイヤーにオークションなどで売るなども生業にしていたギルドである。今となってはその『オークション機能』は使えないわけだが、でも手渡しなら俺たちの時のように素材や道具を受け渡しできる。まさに本当の行商・貿易といった感じに今はなっている。


「でも、ただの猪の素材なんてここだけでしか採れるわけでもないでしょ?何かレアドロップアイテムとかありましたっけ?」


「あぁ、それはね・・・」


 むふふと意味ありげに笑うフィーが答えを告げる前に、俺たちを乗せた馬車はゆっくりと動きを止めた。


「はーい、到着でーす」


 結局詳しくは教えてもらえないまま、ベッキーのその言葉に一目散に馬車から降りるフィー、そしてそれに続いてぞろぞろと降りる俺たち。そんなに答えが聞きたいわけでもなかったし、どうにでもなるか。


 そんなことより、新鮮な山の空気!生い茂る草木!聞こえる川のせせらぎ!


 あぁ、俺たちは随分と遠くに・・・。


「・・・来てないですね」


 しかし、今いる場所から少し山を見下ろすとシルヴァリアの街がまだ近くに見える。俺たちの冒険は意外にも近場の旅であった。


「では、準備をしましょうか」


「猪狩りにレッツゴー!」


「おぉー!」


 ベッキーの指示に合わせて、何やら装備を持って森の中にどんどんと入る俺たち5人。そして、とある森深い場所でその準備を終えた俺たちは仕掛けたその罠を囲うように、何故か全員木に登っていた。


「・・・あのー、何で木に登る必要があるんですかー?」


 いよいよわけがわからなくなったので、我慢できずに他の木に登っているベッキーに尋ねてみた。


 俺たちは猪を狩りに来たのである。なのに、どうして今現在木登りをしているのか。


「まずは餌で猪を呼び寄せます、次に餌につられた猪が罠にかかったら、一斉に攻撃を加えてください」


 すると、俺の質問に対してベッキーが淡々と教えてくれた。でもまだ納得がいかない、どうしてただの猪相手にそこまでする必要があるのか。


 俺がそう悩み、もう一度ベッキーに尋ねようとしたその時、“そいつ”はのっそりと木と木の間から現れた。


 普通の猪が子どもに見えるぐらいに巨体な体。口の左右から突き出した獰猛な牙。そして、草を揺らす程の荒々しい息づかい。


 俺たちの下にいたのは、猪をはるかに凌駕している“大猪”であった。


 その姿にさすがの俺も空気を呼んで、おまけに言葉を飲んで、息を殺す。


 一方で、俺たちのことなど知る由もない大猪はフガフガと鼻を鳴らしながら、一歩、また一歩と仕掛けた餌に近づいている。だが、その餌の近くには俺たちが用意した熊用のトラバサミが置かれており、それに奴が掛かったところで一斉に攻撃をする予定だ。


 そして、大猪がゆっくりと餌に近づき、同時にトラバサミにもゆっくりと近づいている。


 あと、5歩、4歩、3歩、2歩、1歩!


 作戦通り、大猪の足がトラバサミの上に乗った。


 乗ったが・・・。


 作戦とは違い、トラバサミは全く発動しない。


 そんな事実を大猪は知ってか知らぬか、呑気に餌にありついている。このままでは俺たちは珍しい大猪に餌を与えに来た、ただの“大猪愛好家”集団である。


「ベッキィ~~~~~~~~~!!」


 すると、その様子を見て小声でフィーがベッキーを責め立てた。


「わ、私の所為ではありませんよ!!」


「どうせまたケチって安くて古いものを買ったんでしょ!」


「ケチではありません!適正価格です!!」


 続くそんなベッキーとフィーの小声での言い争い。だが、かくなる上はもう攻撃するしかない。でないと本当に何をしに来たのか分からなくなってしまう。


 そう考えながらも、慣れない手でもたもたと弓を構える。また、シゲルさんもレイも弓を引いて射る態勢に入っている。


「・・・」


 皆の準備を確認すると、不本意ながらもベッキーは右手を上げて攻撃の指示を出す。


 そして、一斉に放たれる矢と一本の槍。狙うは勿論、大猪。


ブギャァ!!?


 その突然の攻撃の雨霰に驚く大猪、だがそんな俺たちの奇襲はその厚い肉によって防がれ、致命とまでは至っていない。


「このままでは逃がしてしまいます!」


「やはり、誰かが罠を掛け直す必要がありますね!」


 シゲルさんが弓を射ながらそう声を上げた。しかし、今降りれば目下の大猪を相手にしなければならない。そんなこと死んでも嫌である。あんな大猪と対峙することなど、オークと対峙するより遥かに恐ろしい!


 そう思い、少し身動ぎして木の枝に足を掛けなおそうとし、だが滑り、それで態勢を崩して、そして地面に叩きつけられた。


「あ、いってぇぇぇーー!!?」


 じんじんと鈍く痛むその体を起こし立ち上がる。どうやら手も足も腰も首も大丈夫のようだ。お尻も一つしかない割れていない。


 それに、木から落ちて死ぬなんてマヌケな死因はまっぴらごめんである。せっかく狼から襲われ、オークに襲われ様々な命を狙うものから、この命を守り抜いたのに、木から落ちてゲームオーバーとなっては笑えない。


 そう思いつつも、正面を見ると、新たな命を狙うものが俺を見つめていた。


 目と目が合うその瞬間、出会ったのはニューチャレンジャー、大猪である。


 一瞬にしてさっと血の気が引き、ぶるりと体が震える。


「逃げろッ、この馬鹿ッ!?」


 レイの叫びと同時に大猪が俺目掛けて一目散に突進を仕掛けてくる。だがその瞬間、咄嗟にS・Cシステム・クリスタルから盾を取り出し、左手に装着して身構える。


「ぐッ!!!!!」


 盾にガツンとぶつかる衝撃が全身にびりびりと響いてくる。しかし、あのガルに攻撃された一撃を思い出し、全身に力を込めて足を踏ん張り、押し返す要領で体重をかける。


 だが次の瞬間、俺の体はふわりと浮かび上がったかと思うと、軽々と吹き飛ばされて後ろの木に物凄い勢いで背中から叩きつけられた。


「がはぁッ!?」


 背中に感じる衝撃とともに、圧迫された肺から空気がこぼれだす。


 膝をつき、態勢を整えながら考える。どうして吹き飛ばされたのか。勢いとしてはおそらくガルの一撃の方が強かった。なのにどうして防ぎきれなかったのか。


 だが、そんな悶々と考えている俺を目の前に、大猪はもう一度突進を仕掛けるべく足を蹴って力を溜めている。


「突き上げだッ!そいつは突き上げてくる!体重で勝てないお前は避けるしかないッ!!」


 その時、冷静なレイの忠告が耳に入ってくる。


 そして、同時にレイのその言葉に納得する。あの時、ガルの攻撃は上から下に叩きつける一撃であった。だから地面に踏ん張ることで、攻撃を防ぐことができた。しかし、今回の大猪は下から上に突き上げる一撃である。踏ん張ることのできない体はそのまま宙を浮き、飛ばされるということか。


ブゥオォォォォォ!!!


「おわぁッ!?」


 納得したので、次の大猪の突撃は、大きく横にゴロンと回転して避ける。防ぎきれないと分かった以上、俺にはもう避けるしかない。


 狼、オークと続いて今度は大猪。この世界はどんどん俺を試してくるようだ。だからこそこの世界は面白い!生きていると実感する!!


 そこで、木にぶつかりひるんでいる大猪を横目に、頭上に向かって叫んだ。


「俺がこいつを引き付ける!そのうちに準備をッ!!」


 ただそれだけを言い残して大猪に見えるように横で手を叩き、続いて大猪を挑発する。


「そら来いよ!豚野郎ッ!俺が相手だッ!!」


 すると、大猪はその言葉に腹を立てたのか、先ほどよりも荒い息遣いでフゴフゴと俺を睨んでいる。


 そして、すぐさま山の中へと走り出す俺、それを追いかける大猪。


 これがあの俺と大猪の追いかけっこの始まりであった。


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 以上がことの成り行きである。


 危険を顧みずに、身を挺して仲間が罠の準備する時間を稼ぐ俺の雄姿を見てくれたであろうか。何?少し話が違う気がする?それは仕方がないことだ。事実は紆余曲折して人に伝わる物なのだから。


 などと調子よく妄想に耽っているのも束の間、防いだとはいえ大猪からもらった重たい一撃、それに慣れない山道。


 走る俺の体力は刻一刻と消費されていく。これ以上に時間を稼ぐことは難しい。


 すると、そんな俺の限界を察したように、遠くの方から俺の名を呼ぶ声が聞こえる。どうやら罠の準備が終わったのかもしれない。となれば、名が呼ばれる方へと足を速める。


 だが、一直線には走れない。一直線に走れば突進に長けた猪の独壇場である。


 なので、できるだけ蛇行して敵を揺さぶり、時間を稼いでやっとの思いで皆と合流した。


「アーサ君!足元に注意してくださいね!」


 シゲルさんにそう助言をもらいながらも、トラバサミを背にかばうようにして立ち、大猪の到着を待つ。先程のようにはいかない、だから左手の盾を外し、しっかりと両手で剣を構える。


 そして、あまり時が経たずして大地を踏み鳴らしながらも大猪がバッと姿を現した。俺を追いかけて来たそのままの勢いを維持して、大猪は突進してくる。でも、その目には俺しか写っていないようで、俺の後ろにある足元のトラバサミには全く気づいていない。


 目前まで迫りくる大猪、寸でのところでもう一度横に回避する。


 ただ回避するだけではない、今度は大きく避けずに小さく回転することで態勢をすぐに立て直し、大猪が過ぎ去る前にその左ももに一撃斬り込む。フィーのように軽やかにはいかなかったが、だが俺の剣は確実に大猪のその太い足をザックリと斬り裂いた。


 足に切られ傷を負い、突進の勢いが弱まる大猪。その痛みが消えぬ間に今度は右後ろ脚に仕掛けなおしたトラバサミが喰らいつく。


ブゥオォォォォォ!!?


 そして、大猪は喰らいついたトラバサミを外そうと何度も何度も暴れるが、トラバサミは深く肉に刺さったまま一向に離さない。


 加えて、次々に放たれるレイたちの放つ矢が徐々に大猪の体力を奪い、次第に大猪の動きが鈍ってきた。


 あと一撃。


 おそらく大猪の心臓があるであろう場所に狙いを定め、剣を強く握りしめた。後は、大猪のその横胸に一撃ザンッと剣を突き立てるだけだ。


 ・・・突き立てるだけだったが、そんな思考に反して俺の剣を手にした腕はビクとも動かなかった。


 だが、次の瞬間、そんな俺の剣の代わりに、雷のように振り降りた一本の槍が上から大猪の首を深々と貫いた。


 フィーだ。フィーが木の上から跳び降りて、手にした槍で大猪の首に一撃打ち込んだのである。その結果、大猪はその痛みを味わうことなく、ほどなくして絶命した。


 そして、そんな命絶えた大猪の横に立ち、ふと思う。


 ゲームだったはずがこんな世界になってからというものの、相手に殺されないようにと戦ってきた。


 まず、狼は俺を殺そうとした。


 次に、オークたちも俺を殺そうとした。


 だから、死なないように殺しに掛かる敵を殺したのである。


 だがしかし、この大猪はどうであろうか。この大猪は街を襲ったわけでもない、山中歩く俺たちを襲ったわけでもない。俺たちから襲わなければ、この大猪とは戦う必要なんてなかったはずだ。そうすれば、この大猪は今でも山の中で暮らしていたであろう。


 そう思うと次第に胸が苦しくなっていった。そして、自然と大猪だった物に手を合わせていた。それは、おそらく偽善で身勝手な行為である。それでも、何故か手を合わせる必要があると思った。


 後は実に手早いものだった。


 フィーとシゲルさんがその大猪を見事に捌き、俺とレイはベッキーさんの指示のもと撤収作業に勤しんだ。


 そして、大猪からもらえるものをもらえるだけ馬車に乗せると、俺たちは馬車へと乗り込み帰路に就いた。


 だが、自ら楽しそうに語ろうとする者はおらず、馬車の中にはガタ、ゴト、という馬車が小石を引く音だけがやけに響いていた。

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