第17話 この世界は楽しいな!!

「はぁ・・・はぁ・・・くそッ!くそッ!!」


 あのオークの一件があったシルヴァリアから遠く離れた山道の中、人を乗せた4匹の馬がドカドカと駆けていく。


「りょ、領主様!もう夜も更けております!どうかこの辺りでご休憩を!」


 その先頭を率先して走る馬に跨る領主に対し、後方に続く衛兵の一人が声を上げた。確かにその彼の言う通り、月明かりがあるものの夜の山道は視界が悪く、下手をすると落馬する危険すらあった。


「な、ならんッ!一刻も早く!都市バルバラに着かねばならんのだ!!こんな場所で休んでいる暇はない!!」


 だがそんな衛兵の忠告も一切聞かずに、領主は更に走る馬の足を速める。


「あんな片田舎、取られた所でどうとでもなる!オークと盗賊どもに占領されたと言えばいいのだ!儂がオークの雌を捕まえたことは事実なのだから、都に自ら行って褒美をもらうまでよ!!」


 領主はぶつぶつと独り言呟きながらも馬を走らせ続ける。


 すると、暗闇に包まれた中で道を示すランプの光が急に道中に大きな木が一本、倒れている姿を照らし出した。その姿を見るやいなや、領主は慌てて馬の手綱を引き馬を強引に止める。


「どうわぁッ!?」


 危うくその木に激突、そして落馬するところであったが間一髪の所で領主の馬は停止した。


「な、何だこの木は!?馬が通れんではないか!・・・ええい!お前たち何とかしろ!」


 苛立ちからか領主はやっとのことで後方から追いついた衛兵たちに焦りながら命令を下す。命令された衛兵3人はしぶしぶと馬から降りると倒れている木に近づいたが、その時1人の衛兵が不可解なことを発見した。


 ランプを近づけもう一度確認すると、木は折れたのではなく、何かに切られて倒れたという事実を目にした。こんなにも太い木を、しかもこれほどまでに綺麗に切るのは普通の者には不可能である。そう思い、さらに近づきよく観察しようとする衛兵に対して、不意にどこからか声が響いた。


「ちょっと、ちょっと、あんたたち。その鎧に『カゴシマ』国の紋章が描いてあるけど、この国の関係者か何かなの?」


 衛兵がその怪しげな声の方を見上げると、そこには月明かりに照らされた男が1人、道端にある大きな岩の上に座っていた。


「な、なんだお前は・・・」


 怪しげな男に対して、衛兵は腰に下げていた武器を構えて聞き返す。


「はぁ?聞いてるのはこっちなんだけどなー、まぁいいか」


 すると、月明かりの男は「よっ」と言って岩の上から軽々と飛び降りると衛兵たちの前に立ちはだかった。


 その怪しげな姿におびえつつも武器を構える衛兵たち。しかし、そんな衛兵たちのことなど全く気にすることなく男は話し続ける。


「この国の関係者の人なら聞きたいんだけどさー、シルヴァリアって街知ってる?そこの街の人に渡す物があるんだけどさー」


 怪しげな男はそう言うと手にしていた包みをちらつかせた。だが、その包みを見たとたん領主はハッと顔を驚かせて、その男へと声を掛ける。


「ま、まさか!貴方はバルバラからの使者様ですか!?わ、儂がシルヴァリアの領主でございます!!」


「え!そうなの!?ラッキー!あんたを探す予定だったんだよね」


 そう嬉し気に言うと男は衛兵たちを無視して、領主へと歩み寄る。また、その様子を見ていた領主はすぐに馬から降りると身を低くして男の前に座した。


「はい!これ、国王様から」


 男はそれだけを言うと手にした包みを領主へと雑に渡した。一方で、領主はその包みを大事そうに両手で受け取ると、自分の胸にギュッと大切そうに抱いた。


 そして、領主はすぐに顔を上げると嬉しそうな顔のまま、包みを持ってきたその男に対して深く礼を言う。


「ああ、ありがとうございます。これで儂も都会暮らしを・・・」


 しかし、そう泣きそうなくらいに喜ぶ領主の言葉を遮って、男はもう一言加えて言った。


「あと、領主は殺せってさ」


 そのまさかの言葉に、領主が「え?」と聞き返す前に素早く男は領主の首を切り落とした。首から上を無くした“元”領主はだらんと腕を垂らして動かなくなり、国王からの賜った大切らしいその包みは領主の血で赤黒く染められていく。


 男はその様子をしばらく黙ってみていたが、次第にその口元が緩んでいくと、最後には天を仰いで大声を上げながら笑い始めた。


「あははははは!面白れぇッ!うっわぁ、血の噴水やべぇ!!こんなのリアルでは見れないわぁ!」


 そう言うと男は領主の体からぴゅーぴゅー湧き出す血を腹を抱えて眺め、その血が次第に収まっていくと、今度は興味を失ったのか“領主だった物”を無下に蹴り飛ばした。


「あー、面白かった!!」


 領主から飛び出した血はドクドクと暗闇の山道へと流れていくが、その量は次第に少なくなっていく。


 そして、それらを見届けたその男は笑いながら、怯える衛兵たちを振り返った。その禍々しき、自分たちと同じ人とは思えないその男の姿にビクッとおびえる衛兵たち。


「あ、動くと殺しちゃうよー」


 だが、男は衛兵に釘を刺すと一歩一歩とゆっくり彼らに近づいた。男が歩くたびにぴちゃりぴちゃりとした水っぽい足音が衛兵たちの耳に響いた。その音がより一層に衛兵たちの恐怖を煽り、彼らの戦おうという気力を削ぎ落していく。その男が近づく度に、武器を握る衛兵たちの腕はガタガタと震え、身動きの一つも取れない。


「ひ、ひいぃぃぃ!!!??」


 すると、衛兵たちまであと数歩という距離まで男が近づいたその瞬間、1人の衛兵は我慢ならずに武器を投げ捨て、悲鳴を上げながら男とは逆方向に逃げ出すと道に倒れた木を登ろうと駆け寄った。


「あーあ、動いたら死ぬって言ったのに、馬鹿だなー」


 そう感情無く淡々と言うと男は持っていた剣を頭上に構える。だが、その男のいる距離から木をよじ登っている衛兵を斬ることは剣の長さからして到底不可能である。


 そして、衛兵の1人が必死の思いで木をよじ登り、やっとのことで木の向こう側に行けると思ったその瞬間、その衛兵の足を矢が深々と貫いた。


「あぎぃぃああぁぁ!!?」


「あら?」


 衛兵は突然襲った足の激痛に苦しみながら木から転げ落ち元の場所にまで戻るも、何とか足を引きずって少しでも逃げようと試みる。だが、そんな衛兵をあざ笑うかのように、今度はその衛兵のもう一方の足を矢が貫いた。


「あぁぁぁ!!?」


 続けざまに矢を受けた衛兵は両足にから伝わるその激痛に耐えきれずに、無残にもその場で倒れこむ。だがここにいれば殺されてしまう、助かりたいと願いながらも衛兵は必死に腕だけでずるずると逃げ惑う。


 そんな衛兵に対して次は、右手、しばらくして、左手、肩に腰にと次々と時間を置いて矢が放たれる。その度に、衛兵は言葉にならない声で叫んだが、その声は刺さる矢の数に比例して徐々に小さくなっていった。


 そして、最後には頭以外のあらゆる箇所に矢が刺され、衛兵は虫の標本の様に貼り付けにされ、土の上でピクピクと震えることしかできなくなった。


「ちッ!俺の玩具を取りやがって・・・」


 領主を殺した男はそう言葉を吐き捨てると振り上げた剣を下し、その光景をつまらなさそうに眺めた。また、残りの衛兵たちも震えながら仲間の苦しむ悲惨な光景を見る他なかった。


 最後、磔にされた衛兵が全身から響く痛みで気を失いかけたその瞬間、彼の頭を矢が貫いた。


「う~ん、最高!パーフェクトじゃん!!どうよ!俺の芸術!」


 すると、衛兵が頭に矢を受けて死んだ直後、木の上からその彼を射殺した張本人の声が響いた。


「いやー、あれはさすがにない!ひくわー」


 だが、それに対して、地面にいる男は笑い気味に言葉を返した。


「さ・て・と」


 残った衛兵2人で遊ぼうかなと気分転換した男が振り返ると、しかし残った衛兵2人はその男の視線が外れた一瞬の隙に一目散に逃げ出していた。


「なんだよ・・・、動いたら死ぬって言ったじゃんかッ!!」


 領主の返り血を浴びた男は怒り気味にそう叫ぶが、逃げる衛兵たちを追いかけようとはしない。代わりに持っていた剣をもう一度上に振り上げると、逃げる2人の衛兵の背中を交互に見比べる。


「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」


 まるで、美味しそうなお菓子を選ぶかの如く、血塗れの男は前を走る二人の衛兵たちの背中を見る。


 1人の衛兵は馬に乗り、もう1人の衛兵は山を駆け上がって行った。


 馬に飛び乗った衛兵はちらりと後方を確認する。すると、領主を殺した血塗れの男は先程の場所から動かずにただ剣を振り上げているだけで追ってくる気配はない。それに馬に乗って離れれば、もう1人の男の矢が届く心配もない。最後に生き残ったあの仲間には申し訳ないが、独りででも逃げさせてもらおうと衛兵は持っていた手綱を引こうとした。


 だが、その時になって初めて彼はその手綱を引く腕がないことに気が付いた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 そして、両腕を失った衛兵は続いて乗っている馬の胴がないことに気が付き、最後に自分の命がないことに気が付いた頃には、馬と一緒に肉片となり山道に散らばっていた。


 その光景を横目にしながらも、最後残された衛兵は息を殺して山を駆けあがる。木々に隠れればこの闇の中、あの残虐無慈悲な男たちからは逃げられると確信したが、次の瞬間彼の走る足の力がガクンと抜けた。彼は転げ落ち、視界がグルグルと回り出し脳が混乱する。ようやく止まった頃に、自分の痛む足を確認してみると、その片足の膝から下が斬り落とされており、その下はあるべき所にはなかった。


「あ、あ、あぁぁぁあぁ!!?」


 切れ目から血がドバドバと流れ出す足を抑え、衛兵は土の上をのたうち回る。痛みと恐怖が頭の中で響き合い、最早何も考えることができない。


「おかえり~」


 そして、そんな衛兵を待っていたのはあの男であった。領主を殺し、逃げ惑う衛兵の足を斬り落とした剣を手にしたその男は、山から転げ戻ってきた片足の無い彼に対して満面の笑顔を見せ、その首に剣をドスリと付け立てた。


 ほどなくして、その衛兵は身動きをしなくなった。


 一方で、馬と衛兵を斬り殺した女は身の丈ほどある大剣を引きずりながら、何事もなかったように歩き続け、木の上に控えていた弓を持つ男の下までやって来た。


 そして、女は体中に矢の刺さった衛兵を見て、「あはは!えげつないね!!」とはしゃいだ。

 

 その様子を見て木の上の男はすっと飛び降りて、女に近づくと「どうよ!芸術的じゃね?」と女に同意を求めた。


「そうなの?芸術とかよく分かんないけど」


「何だよ、せっかくの神業なのに・・・」


 だが、予想に反して軽いリアクションの女に木の上にいた男はぶつくさ言いながらも、女の横に掛けると、そこに向こうから剣を手にした男が帰ってきた。


「ちょっとー、血だらけだよ」


 女は血だらけの男を見てニタリとほほ笑む。


「お前もな」


 血だらけの男は同じく血だらけの女を見て笑った。


「え!?本当だ、血だらけ―。うぇ、リアルー」


 だが、そう言いつつも少し間をおいて、三人は盛大に笑い出した。


 そして、彼らはひとしきり笑った後に、領主を殺した男は目の前の二人に対して笑顔で言った。


 この世界は楽しいな!、と。


 また、2人は答えた。


 そうだね、と。


 そんな3人の右手には共通してS・Cシステム・クリスタルが月に照らされ怪しく光り輝いていた。

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