第3章 元王子、そして現国王

第15話 せっかくだからやってみますか!国盗り!!

「ビッカラさん!?どうしてここに?」


 領主の館の大層大きな入り口を開けて入り込んできた、これまた大層大きな毛むくじゃらな男は、以前俺たちを助けてくれたあの男であった。このゲームの世界に閉じ込められた俺たちが初めて会ったNPCでもある彼は、だが以前とは打って変わった戦闘モードと言った装いで立っている。


 そんな俺とビッカラさん関係を知らず、この状況が分からずに戸惑うガラハドとシゲルさん、そして盗賊の皆様方。


 命の恩人であるところのビッカラさんのことについて、ガラハドたちに一から十まで細かに語りたいところではある。しかし、何故彼がこのような盗賊と一緒にいるのか、それに周りの盗賊に親分と言われているのだろうか。それが疑問であり、問題でもある。


 すると、そんな俺の懸念とは裏腹に、ビッカラさんは周りの盗賊を押しのけ俺たちの前に立つとニッコリとあの時と変わらない優しい笑顔を見せた。


「冒険者さん、助けに来ただよ。何日か前にママチカさんから連絡があってな、街にオークが攻めてきて、冒険者さんたちが戦うって!もしかしたら、あの時の冒険者さんたちかなぁって思って来てみただよ!そしたら、驚きだぁ!?オークはどこにもいねえし、どうしてか街中には火を持った奴らがうようよいて、そいつらがママチカさんの宿場にも火を着けようとしてるでねぇか!だから、咄嗟に懲らしめてやったよぉ!!」


 ビッカラさんは相変わらずのゆったりとした調子でそう教えてくれた。でも、心配して来てくれるとはどこまでもいい人の様だ。ということは、そんないい人がこのような盗賊を引き連れているということには何か理由がありそうだ。


「ビッカラさん、それでその後ろの人達は・・・」


「ん?あぁ、こいつらは俺の仲間だぁ、心配いらね。俺たちは今は盗賊だなんて言われてるが、昔はこの国に徴兵されたただの兵士よぉ」


「兵士!?」


 まぁ、確かにビッカラさんの体格はしっかりとしているが、この国に仕えていた兵士とは思わなかった。そして、その言葉に驚く俺に対してビッカラさんは、今までの経緯を簡単に語ってくれた。


 その話をまとめるとこうだ。


 まず、ここ「キュウシュウ」地方の南の国「カゴシマ」では、古来より北の国「フクオカ」との領土争いが起こっていた。戦争初期は、「カゴシマ」には人と亜人とが連合した部隊があり、数では『フクオカ』に劣っていたものの、亜人の驚異的な身体能力のおかげで、北の国と対等に渡り合っていた。しかし、亜人の勢力が高まるにつれ、その結果として逆に「カゴシマ」国内の情勢がおぼつかなくなっていった。

 そんな中、北の国との戦いが終盤に差し掛かっていた最中に急死した旧国王に変わって王位に就いた現国王は、亜人の人の間に格差を設けることで亜人の勢力を抑え、人同士の団結を強くして国力を上げよう試みた。その際に、抜けた亜人の代わりに農民を徴兵して戦わせたが、やはり亜人が戦力から抜けたことへの代償は大きく、押されるがまま多くの領土を取られた後に、何とか停戦へと持ち込んだ。


 つまり、ビッカラさんたちはその時に徴兵された兵士たちであったが、帰る村は既に「フクオカ」の領土になってしまい帰る場所がなくなってしまった。国の金銭的な余裕のなさから急遽徴兵された兵士たちの世話を国は拒否し、ビッカラさんたちは途方に暮れた果てにここ「カゴシマ」国の田舎の山の中に移り住んで今の状況にあるそうだ。


 また、そんなビッカラさんの説明が終わる頃には、周りにいた盗賊たちも目に涙を浮かべていた。のっぴきならない事情があって、ビッカラさんは盗賊という立場にあるようだった。


 しかし、この街のママチカさんたちとも知り合いであったし、何よりもオークと戦う俺たちプレイヤーを案じて仲間と一緒に駆けつけてくれたのである。となれば、彼らは盗賊というよりは最早“義賊”と呼ぶべきだろう。


「そんでぇ、オークはどうなったべか?」


「あ!」


 と、そんなビッカラさんの言葉にオークたちの存在を思い出し、俺たちは思わず顔を見合わせた。


 先程領主がペラペラと話してくれたオークとその“ヒメ”の関係からすると、どうやら俺たちの理解には何か足りないことがある気がして、それを確かめるためにも一度オークたちとちゃんと話してみる必要がある。


 ガラハドとシゲルさんもそう感じたのか、そこで俺たち3人は街のことをビッカラさんたちに任せるとそのまま館の地下にあるという牢屋を目指した。


「おいおい、何だかじめってるな・・・」


「何だか、Theゲームって感じな雰囲気」


 などとぼやきながら、その薄暗い地下の階段をおり、松明で照らされたじとっとした石造りの廊下を進むと、オークたちが閉じ込められている牢屋はそこにはあった。


 オークたちはそれぞれ分けられて牢屋に入れられており、全員が足首と手首を大きな枷で封じられていた。その中でも、ひと際目立つあの隊長オーク、ガルの牢屋の前で立ち止まる。


「おい!お前たちの言っていた“ヒメ”について聞きたいことがある!」


 その鉄格子を掴むとガラハドは地下に響く声で言った。しかし、一方で牢屋の中にいるガルは俯いたまま話そうとはしない。


「“ヒメ”っていうのはお前たちの雌のことを意味する言葉なのか?それで、お前たちはその雌を取り返しに来たんだろ?」


 黙っているガルに対してもう一度ガラハドが先程よりも声量を上げて話す。だが、それでもガルはだんまりを決め込んでいる。


「くそ、だんまりかよ・・・」


 そう言うとガラハドは話すのを諦め、頭を掻きながら牢屋から離れた。


 ここまでオークたちが強情だとは思わず、正直困ってしまった。とはいえ、この戦いの義はあちらにあり、オークたちは戯れにここを襲撃したわけではなく彼らにはその“ヒメ”を助けるという大義があったわけだ。それなのに、何も知らなかった俺たちは彼らを討伐しようと意気込んでしまった。ただのゲーム内イベント、この戦いにはそんな考えしかなかった、と思う。


 全く、つくづくゲームなんだか、そうじゃないんだか分からなくなってきてモヤモヤとする。


 だが、領主の話が本当であるならば、俺たちとオークは戦う必要なんて初めからなかったのかもしれない。オークはただ奪われた“ヒメ”を案じて、戦いに来たのである。ただの略奪や破壊が目的ではないことは確かである。


 それに、ガルは言った”戦士”と。ならば、その言葉を信じてみるとしよう。


「オークの戦士、ガル。俺の話を聞いてくれ」


 牢屋の前で跪き、その牢屋の中で俯くガルにそっと問い掛けた。


「・・・お前ハ、確カ、人の戦士、アーサ」


「「・・・!?」」


 そんな俺の呼びかけに答えたガルに対して驚くガラハドとシゲルさん。


 助かったことに、どうやら彼の中では俺だけは一目置かれているようだ。命を懸けた戦いをした者同士、これは嬉しいことである。


「ガル、俺たちはお前たちに酷いことをしてしまった。知らなかったとはいえ、お前たちの大切な“ヒメ”を奪った者たちに加担した。それも自分勝手な理由でだ。そのことについて謝罪したい。すまなかった」


「・・・何故、アーサが謝ル、“ヒメ”を奪ったのハ、アーサではなイ」


「でも・・・、俺たちはガルたちがオークということだけで決めつけて戦いの用意をしてきた。もしガルたちを知ろうとして、オークについて詳しく調べていたとすれば、こんな戦いは避けられたかもしれない。頭のどこかに“オークは敵”という認識があったんだ」


 そう、人が死ぬようになったというのに、俺たちはまだこの世界をゲームとして、モンスターやNPCをゲームの一部としてしか見ていなかった。


「・・・」


「その上、俺たちは今朝の戦いでガルたちの同胞を3人も殺してしまった。確かに、“ヒメ”を攫ったのは俺たちじゃない。だが、ガルの仲間を殺したのは俺たちだ。だから、すまないと思っている」


「・・・」


 しかし、またガルは黙ってしまった。これ以上話すことはどうやら無理なようだ。


「・・・我々オークの戦士にとっテ、戦いで死ぬことハ、名誉ダ」


 しかし、不意に発せられたガルのその言葉が俺を引き留めた。


「むしロ、“ヒメ”を守れなイ、そのことが恥ダ」


 そう言ってこちらを見つめるガルの目には怒りと悲しみと憤りが混じっているように見えた。


 そうか、ガルは同胞を殺した俺たちに怒っているのではないのか。オークたちにとって戦うことによる死は気にすることではなく、むしろ俺たちプレイヤー、つまり冒険者を含む、亜人と対となる人間に対して怒りを感じているのだ。そして、その人間相手にどうすることもできなかった自分に怒り、また自分たちの大切なものを奪われ、その名誉と誇りが汚されたことを嘆いている。


 だから、ガルたちはこうして牢屋の中でその結末を受け入れているのかもしれない。


「だかラ、アーサガ、謝る必要なイ、ただ我々ヲ、放っておケ」


 ガルはそう言い残してまた静かに俯いた。


 確かに、オークにはオークの事情があるのだろう。所詮この世は弱肉強食、何があったにしろ“ヒメ”を守れなかったのはオークの所為、その“ヒメ”を取り戻せずに俺たちに負けたのもオークの所為。


 俺たちはただこの世界を変えて元の世界より楽しい世界を創るために『鍵』を集められればそれでいい。


 一々こんなことに首を突っ込むのは馬鹿らしい、面倒くさい、意味がない。


 今までそうやって生きてきた。


 面倒くさいことから逃げ、見たくないものから目をそらして。将来何てどうでもいい、今が大事な日和見人生。そう大事なのは今である。


 オークから街を守って感謝される?そんなのどうでもいい。オークの”ヒメ”を助けて感謝される?そんなのもまたどうでもいい。


 実を言うと、『鍵』は欲しいけど集めるのは正直面倒くさいと思っている自分もいる。


 だからこそ、大事なのは面白いかどうかだ。その選択が面白いかどうかだ!


 飽きた元の世界にはなかった、ドキドキハラハラするような面白い選択をしたい。


 そして、その選択が今目の前にある。


 ならば取るべき手段は1つしかない。


「よし!じゃあ、お互いの誤解も解けたことだし、俺たちと一緒に“ヒメ”を助けに行くか!!」


「「「はぁ!!?」」」


 その場にいたガラハドとシゲルさんも、その場にいたオークたちも、全ての者たちが俺の言葉に驚愕した。この光景は何とも気持ちよく、何とも面白い!どうやら皆々様方はこのような選択は頭にはなかった様であり、それならばなおのこと良い!!


 それに、ただオークに、ガルに提案を1つ出しただけだ。食いつかどうかは彼次第、面白くなるかどうかは彼次第である。


「イ、今、何ト?」


 すると、ガルが沈んだ顔を上げ、こちらを見つめた。オークの信じられないという表情を初めて見た。


「何だ?聞こえなかったのか?ここで野垂れ死ぬか、“ヒメ”を助けてオークの戦士の意地を見せるかのどっちがいいのかって聞いたんだよ」


 思わずニヤリと笑ってしまったが、もう一度提案する。そして、その言葉にその場にいたオークたちがどよめき始める。


 “ヒメ”も助けられずに、戦場でも死ねない、どん底の中。


 そこで、1人の馬鹿な人間が提案した、無茶苦茶な申し出。それでも彼らにとってはまたとない一筋の救いの光であるだろう。


「どうしテ、我らに力を貸ス!同情ハ、いらなイ!!」


 しかし、そんな俺の厚意にガルはそう強く言い返した。それはオークの戦士の意地や誇りとでもいうのだろうか。また、その言葉に釣られて、周りのオークたちも次々に騒ぎ立てている。


 だが、その答えは全くのお門違いである。


「同情?くだらない!そんなことでオークを助けるもんか!ただ俺は面白い選択をしたいだけだ。国のためにお前たち亜人や俺たち人間を道具のように使うこの国の王様に対して、嫌がらせしてその困った顔を見てみたい!!どうだ!面白いだろ?」


「オ、面白イ・・・?」


 フンスと鼻を鳴らして堂々と答えてみせた。


 すると、そんな俺の顔を見て、怒っていたはずのガルの顔は次第に歪み、徐々に徐々に口角が上がっていくと遂には大きな声で笑いだした。それに釣られて騒いでいた他のオークたちも笑い出す。


「ガハハハッ!我々ノ、“ヒメ”を救い出シ、この国の長ニ、嫌がらセ!?アーサ、お前ハ、本当ニ、奴らと同ジ、人間なのカ!?」


 ガルが笑いながら問う、だから俺も笑いながら答える。


「いや、俺は“冒険者”だからな!生憎だが考え方が違うんだよ!」


 その言葉に更に笑うオーク一同、何だか俺も次第に楽しくなってきた。


「ま、ま、待ってください!?アーサ君!!」


 だが、そんな俺たちを引き止めたのはシゲルさんだった。見ると、彼は信じられないといった表情をしている。


「アーサ君、貴方は正気ですか!?オークたちと手を組むって?それに“ヒメ”を助けるって無謀すぎますよ!確かに我々は彼らに取り返しのつかないことをしてしまいました。でも、あの領主やさっきの盗賊の方の話は聞いていたでしょ?そんなことをすれば、この国を敵に回すことになりますよ!彼らのためにそこまでする義理は・・・」


 必死にその考えを改めさせようと説得するシゲルさんであるが、だがその言葉に更なる面白みを感じた。


「いいね!それ!!せっかくだからやってみますか!国盗り!!」


「ええぇぇぇぇぇーーー!?」


 うん、なかなか良いアイデアなのではないか?自分の国を持つというのも悪くはない。この世界を自分のものに造り変えようというのであれば、自分の国ぐらい必要になるだろうしな。


 そんな考えを改めるどころか、更におかしな方向に話が進む俺を見て、シゲルさんはその場でひっくり返りそうなぐらいに驚いた。


「ハハッ!・・・なるほど、国盗り・・・ね」


 しかし、一方でしばらく黙っていたガラハドが口を開いた。慌てふためくシゲルさんに代わってガラハドは何か思うことがあるのかその髭面をニヤリとしている。


「ガ、ガラハド君!君からもアーサ君を止めてください!無茶で無謀だと!!」


「そうだな・・・」


 そう言うと、ガラハドは一度言葉を溜める。


「良いんじゃねぇの?国盗り」


「おぉ!」


「き、急にどうしたんですか!?ガラハド君まで!」


 シゲルさんが俺とガラハドを交互に見つめて、慌てふためいている。これはこれで面白いが、別にこれが目的というわけではない。


「いや現実的な話、だ。ボウズの提案は悪くはない。ここの領主の企みを暴き、それを阻止してしまった以上、俺たちはすでにこの国にとって犯罪者。遅かれ早かれ今度は国が俺たちを潰しにかかる。そうなれば、今の俺たちでは到底太刀打ちはできん。良くて追放か牢獄、悪くて死刑だ」


 ガラハドが淡々と説明してくれる。俺もそれを言いたかった・・・と思う。いや、そう言いたかったに違いない!


「だったら、俺たちプレイヤーが取るべき手段は、ただ1つ!ここのオーク共を助けて味方についてもらい、ついでに排他されている各所の亜人共を順々に味方につけて、最後にこの国の王様をぶちのめせば、俺たちを狙うやつらはいなくなるって話よ」


 今度は俺もシゲルさん同様にさすがに黙ってしまった。そこまでは考えてもみなかった。そうか、ここにいるオークだけでなく、他にも多くの亜人を味方に付けることもできるのか。


 それでいて、ガラハドは今まで以上に生き生きとしている。


「我々モ、戦うゾ!オークの戦士ノ、誇りにかけテ!」


 また、ガラハドの作戦を気に入ったのか、牢屋に繋がれていたオークたちが一斉に騒ぎ始めた。


 いよいよ面白くなってきた!俺の胸の中がほのかに熱くなっていくのを感じる。阿呆な心を廻す“阿呆なエンジン”がぶるぶると音を立てて徐々に動き始めたようだ。


「はぁ・・・・」


 すると、シゲルさんは深くため息を吐くと、しばし黙った。考え、頭を整理して、その上で彼は冷静に答える。


「・・・分かりました」


「「お!」」


 いつもの渋い笑顔とはまた少し違う意味で渋い笑顔をしてシゲルさんも声を上げる。


「そうですね、やってみましょうか・・・、国盗り」


「「「おおおおぉぉぉぉ!!!!」」」


 その場にいるオークも冒険者も一緒になって雄叫びを上げた。


 かくして、ここに冒険者・亜人連合軍と「カゴシマ」国との壮絶な国取り物語の幕が上がったのである。


「で・す・が!そう言うからには、皆さんには具体的にどうするのかはある程度決まっているんでしょうね!」


 すると、シゲルさんは少し怒り気味に俺とガラハドを見た。見たというか睨んでいる。


「それは・・・」

「その・・・」


「・・・まさか貴方たち」


 一瞬の静寂。


「シゲルさん!作戦はお願いします!!」

「頼んだぞ!我らが軍師!!」


 俺とガラハドは同時に手を合わせてシゲルさんを拝んだ。正直俺たちでは名案が浮かばない。


「だと思いましたよ、全く・・・」


 シゲルさんはそんな俺たちを見て、頭を押さえて苦々しく答えた。だが、その顔は絶望した顔ではなかった。何か企んでいるような、何か策があるかのような、頼もしい?顔である。

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