第14話 全く、冒険者という生き物はどうしてこうも腹立たしくさせる!

「いやいや、冒険者の皆々様、この度は本当にお疲れ様でした!ささ、皆様今宵は食べて飲んで、歌い踊り、この戦いの勝利を祝いましょう!」


 あの激戦のオーク撃退戦当日の夜、俺たちプレイヤー全員はシルヴァリアの街にある無駄に広い領主の館へと招待された。


 その大きな入口で、持っている武器類などを可愛いメイドさんに預けると、プレイヤーは大広間へと通された。館のその大広間では衛兵たちがズラリと並び、俺たちに深々とお辞儀をして出迎える。うむ、苦しゅうない!


 そして、そこには肉、魚、野菜、肉、魚、野菜、とんで、肉、魚、野菜と並ぶ両端に10人ずつ腰掛けることができる程の大きなテーブルに、美味しそうな料理が所狭しと敷き詰められている。


 肉はどれも厚切りで、ステーキが細切れ肉に思えるほどの厚さである。魚も森で取れた薬草をふんだんに乗せて香りづけされ、こんがりとそしてふんわりと焼けあがっている。それらを彩る野菜たちに、肉や魚の味を引き立てるパンに酒まで、全てがこのテーブルに揃っている。


 俺やマサムネ、その他のプレイヤーたちがテーブルを囲み、その料理の数々に見とれ、今か今かと食べれる瞬間をテーブルにかじりつきながら待っていると、一人ガラハドが声を上げた。


「領主様、お聞きしたいことがあります」


「ん、ん?何かね?」


 それではこれから乾杯の挨拶でもと準備していた領主の手が止まる。


「捕まえたあのオークたちは今どこに?」


「あぁ!あのオークどもはこの館の地下牢に閉じ込めておるよ!でも安心なされよ!何かあったらすぐにここにいる衛兵どもが対処してくれる!」


 そう堂々と領主が答えると、俺たちの周りに控える衛兵たちが持っていた槍を構えなおし、ビシッと姿勢を正した。これだけの豪華な料理を目の前に食べることができないとは可哀想に。


 てか、あのオークたちは俺たちの足元にいるのかよ・・・。ちょっと落ち着かないな。こういうのは、大抵オークたちが逃げだして・・・おっと!?危ない危ない、また立派なフラグを立てるところであった。


「それともう一つ、オークたちは開戦前に“ヒメ”という言葉を最初に口にしていました。何かその“ヒメ”という言葉に思い当たることはありませんか?」


 そう言えば、そんなこともあったな。


 オーク撃退のことばかりに必死で忘れていたが、確かに開戦直前に隊長オーク、ガル?が“ヒメ”と言っていた。それと、それが“奪われた”とも。その質問に対して、領主はというと少し躊躇ったが、咳ばらいを1つしてから答え始める。


「おそらく、オークが攫った人間の娘のことではないですかな?オークは人間の女性を攫い、更にその者を凌辱するという下世話な文化を持つと聞きます。我々はそんなオークどもの攫った人間の娘をオークの巣から助けだしたのですよ。それに腹を立てて、『奪った』などと言い、ここを攻めてきたのですよ。全く困ったものだ」


 へぇー、そんな設定があったのか。正直、そんな設定は漫画や小説、ゲームの中だけかと思っていた。・・・ん?でもゲームの中だからいいのか。


 しかし、躊躇った割には流暢に答える領主である。


「なるほど・・・」


 その答えを聞くと、納得したのかガラハドは黙ってしまう。


「で、では・・・料理が冷めるといけないn」


 待ってました!さぁ、皆でいただき・・・。


「領主様、私からもいいですか?」


 ません!!


 すると、今度は領主の言葉を遮って、シゲルさんが挙手した。


「・・・な、なにかね?」


 明らかに少し不機嫌そうに見えたが、すっと笑顔を作り直すと領主が返答する。


「私たちは街の中にオークが侵入した場合とオークを無事に討伐した場合のみ、衛兵の力を借して欲しいと頼みました。なのに、何故我々が交渉をしていた最中に衛兵が外に出て、しかも矢を放ったのでしょうか?」


 この戦いのもう1つの疑問点をシゲルさんが質問した。


 そう言えば、オーク撃退に成功しても後処理が大変だからと衛兵の力を借りる約束をしていた。それに街の外での戦いは全てプレイヤーに任されていたし、なんならあちらさんはオークとの戦いには参加したくないとまで強く言っていたはずだ。


 にもかかわらず、あの衛兵は1人外に出て戦いの最中でもないのに攻撃を仕掛けた。確かに、何かがおかしい。何か理由がなければそんな行動をするはずがない。


「そ、それは・・・」


 その質問に、今度はあからさまに狼狽える領主。しばらくの沈黙の後、領主が質問に答える。


「それはだな・・・、彼の娘がこそがその攫われた女性だったのだよ!うん!だから彼はその恨みを忘れられずに、怒りに駆られて外に出てしまい、目に写ったオークどもに攻撃してしまった!おい、そうだったな!」


 そう言うと、領主は大広間に控える衛兵の1人に話を振った。その衛兵は「は、はい!」と驚いたように返事をし、「あの時は申し訳ありませんでした」と付け加えた。


「これでいいかな?」


 そう満足げに聞くと、シゲルさんは軽く頷いて黙った。


「さささ!まぁ長話もなんですから、まずはお酒でかんp」


 待ってました!さぁ、皆でいただき・・・。


「なぁ・・・誰も言わないから最後に1つ」


 ません!!パート2!!もういいよ!この流れ!?


 またもや領主の言葉を遮り誰かが声を出す。


 今度はレイだ。


 まーた1人でクール病を発動させているのか、大広間の柱に寄りかかり酒の入ったグラスを回している。


 全くあの娘はどうしてああなったのかしら。困った娘だわ。


 そして、レイは領主の返事を待たずして言い放った。


「何で酒に毒が入ってる?」


 そう言うとレイはグラスをポイっと捨てた。投げ捨てられたグラスはそのまま床に落ち、当たり前だがガシャン!と高い音を立て割れた。最後には、床に敷かれた高そうな絨毯がゴクゴクと酒を飲んでいく。毒入りの。


 毒入り!?


 レイの言葉に辺りが静まり返っていると、だが領主だけが静かに右手を挙げた。


 すると、それを合図に一斉に周りにいた衛兵たちは槍の矛先を丸腰の俺たちに向け、静かだった大広間がより一層静かに冷え切った空気になった。


「こ、これはどういう・・・」


 両手を上げ、誰に問うわけでもなく呟くが誰も教えてくれない。


「あぁ・・・全く・・・」


 そして、領主が一人ぽつりと呟く。


「全く、冒険者という生き物はどうしてこうも腹立たしくさせるッ!!」


 今度は領主はそう大きく声を上げると、持っていた盃を投げ捨てた。あれにも毒が入っていたら笑い話だが、そんなことはないだろう。


「黙って酒を飲んでいればいいものを、余計なことをペラペラと、やはりお前たちは直接その口を閉じさせないと気が済まないようだな!!」


 さっきまでの大人しそうな声とは裏腹に、領主の声は重みのある声へと変わっている。


「まぁいい!お前たちはどちらにせよこれから死ぬのだからな、冥土の土産に面白い話をしてやる!」


 ほほう、どうやらこれから領主様による抱腹絶倒の話が始まるらしい。まぁ、笑える意味で“面白い”わけではないだろうがね。


「お前たちは”ヒメ”と言ったな?あれは人間の娘などではない!オークの姫、いやオークの雌のことよ!」


 なんと!オークに姫?ゲームだった頃の設定にはそんなものはなかった気がするが、それが“ヒメ”の正体だと言う。


「この『カゴシマ』王国の現国王様や貴族の方々はな、亜人の雌たちを弄ぶのが大変気に入られておられる。だから亜人の雌を差し出すことで、その者には褒美が頂けるのだ!そして!私の部下たちは世にも珍しいオークの雌を捕まえた!それが国王様の手に渡れば、私はこんな片田舎の領地ではなく、もっと都会に近くて、奴隷商売を好きにできる規模の領地を頂けるのだ!」


 すると、領主は楽しくなってきたのか、次第に歩きながら大袈裟な演説を始める。


 さてさて、一体この状況をどうしたものか。とは言うものの、今は話を聞くしかないのだろう。


「それが今となって、あの汚らしいオークどもが雌を取り返しに来るというではないか!我らが捕まえたオークの雌が王国に届き、それから王国の使者様がこの街に来られるまでは、儂はこの田舎の街を守らねばならない!しかし、我が大事な兵を失うわけにはいかない。そ・こ・で!お前たち冒険者の出番というわけだ!!」


 右に左に大きな広間を行ったり来たりする領主。


「お前たち冒険者にこの街を守らせ、あわよくば、オークを討伐できるなら良し、捕獲できれば国王様への更なる手土産になってなおのこと良し、だからお前たちには感謝しているよ。でもな・・・、でもな!これをお前たちの手柄にするわけにはいかんのだ!において、お前たち冒険者の手を借りたとなれば、儂の評判が一気に下がってしまう。だから、お前たちには消えてもらいたい。お前たちが消えた後は、勿論この街は焼き払う!それも全てオークの所為にすればよい!『街はオークによって焼かれましたが、そのオークどもは我々の手で捉えました』などと言えば、この国に信じない者などいまい。その後、儂はこの足でオークどもを王国へ連れて行き、そのまま新しい領地で贅沢暮らしができる!夢に見た奴隷遊びができるぞ!アハハハハハハハ!」


 長い演説ご苦労なことで。


 最後に、はぁはぁと息を切らせながらも、悦に入る領主は自分のために造らせたのであろう豪華で偉そうな椅子に偉そうに座る。


「さーて、冒険者諸君、最後に言い残すことはあるか?ん?最後に目の前の御馳走を一口だけなら食べてもいいぞ。それには毒は入っておらんよ、フハハハハハ!」


「じゃあ最後に1つ」


「ん?」


 ガラハドが両手を挙げながら口を開く。しかし、その左手の人差し指は何やら右手の甲を指している。


 なるほど、そう言うことか。面白い!


「あんまり俺たち冒険者をなめんなよッ!抜剣!!」


 ガラハドがそう叫ぶ同時に、そのサインを受けて俺たちは一斉に右手のS・Cシステム・クリスタルに触れ、各々武器を取り出すと各々近くにいた衛兵たちを斬り捨てる。


 心配するな、峰打ちだ・・・。あれ?西洋の剣の“峰”ってどこだ?


 ・・・。


 ま、まぁ、死んでないし、細かいことは無視の方向で。


「な!?なんだ!?どこから武器が!」


 そんな領主も衛兵も慌てふためく中、俺たちは次々と衛兵たちを斬り払う。勿論、全て急所を外してである。衛兵たちの手や足を集中的に狙い斬り払らっていくが、まさかこんな時にオーク戦の経験が活かせるとは思わなかった。


 それにオークたちと比べて衛兵たちの戦う意思の無いこと無いこと。何だか一方的に斬っていくのが申し訳ないほどだ。


「きゃあぁぁ!」


 しかしそんな一方的な戦いの中、どこからかベッキーの悲鳴が聞こえた。


 その声の先には、か弱いベッキーと2人の衛兵。鋭い槍の矛先を幼女に向けてにじり寄っている衛兵がいるではないか!


「ベッキーッ!!」


 ベッキーの位置がテーブルの斜め向い側であったために、申し訳ないとは思いながらも、机に並べられた料理たちを蹴散らしながらもテーブルの上を滑る。


 間に合え!だがあと一歩足りない!!


「近寄るな---ッ!!」


「「ぐわぁッ!?」」


 しかし、ベッキーが叫びながら右手のS・Cに触れると、そこから大量の鈍器があふれ出し、ドカドカと一瞬にして衛兵たちを片付けてしまった。


「あれぇー?」


 ベッキーの危機に勢いよく飛び出したはいいものの、結局ベッキーは1人で助かってしまったので、俺はというと行く当てもなく、とりあえずそのまますーっとテーブルの上を滑って行くことにする。


 そしてそのまま滑っていくと、結局レイの下へと流れついた。だが、こいつはベッキー以上に加勢を必要としないであろう。


 でも仕方がないので、レイを加勢してやろう。こう見えても一応女子らしいし。


「レイ!大丈夫か!」


「げっ!?」


 しかし、そんなレイには何故か嫌そうな声を上げられ、おまけに剣も向けられた。

それを類稀なる反射神経で咄嗟に受け止めたが、危険極まりない行為である。


「って、おい!?あっぶねぇーな!?殺す気かッ!?」


「ま、巻き込まれにきたお前が悪い!」


「周りに敵はいませんでしたけど!?」


「うるさい!」


 今度は明確にレイは俺に向けて剣を振った。しかも2回。


「ちょ!?おま!?」


 剣と剣越しに一瞬だけレイと見つめ合う。だがすぐに顔をそらされる。


 何だ!?一体何だというのか、この娘は!?思春期か?それとも反抗期か?どっちでもいいかがとにかく剣を下ろしなさい!!


「だ、大体!昼間のあれはなんだ!」


 すると、レイは顔をそらしながらもそう叫んだ。


 昼間のあれ?とは何のことだ?レイとはオーク戦後に見捨てられてからというもの、まともに顔を合わせていない。合わせていないというか、合わさせてもらっていないというか、とにかくずっと彼女は俺を避けている様子だった。


「昼間も何も、お前ずっと俺のこと避けてんじゃん!」


「さ、避けて・・・ない」


 そこに、更に一撃。


「どわぁ!?」


 流石に今の一撃は危なかった。鎧を着用していない今、下手したら怪我をしているところだ。


「お、お前はあれなんだろ!どうせ色んな女性に言ってるんだろ!」


 言う?何を・・・。うーん、思い出せそうで思い出せない。レイに切りつけられていなかったら思い出せそうなんだが・・・。


 とりあえず、俺の命のためにも順を追って思い出してみよう。


 リッキーをマサムネに預けて、


 レイが助けに来てくれて、


 お礼を言って、


 その後、その後・・・。


 あ!


「可愛い!」


「へあ!?」


 レイは今までに聞いたことのない変な声を発し、だが持っていた剣がピタと止まった。


「あぁ、そっか俺、レイに可愛いって言ったんだ!思い出した!可愛い、可愛い!いやー、思い出してすっきり!ん?でもそれとこれとで何の関係が・・・」


「わ、わ、わ、忘れろぉーーーーーーッ!!!??」


「ぐわべしぃ!!?」


 そこで、溝内に鋭いストレートが入って昏倒した。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!!」


 珍しく息の荒いレイ。一方で、俺はというとそんなレイの下で腹の鈍痛に悶絶していた。


 マジで、死にそう。


「なーにしてんだ・・・、お前たち」


「「はっ!?」」


 だが、そこで気が付くと周りの衛兵たちは皆戦意を喪失したのか武器を捨て、大広間の一部に集められていた。俺とレイが壮絶な仲間割れ(?)をしている間にどうやら全て片付いていたようだ。


「あらら、また派手にやられましたね。大丈夫ですか?」


 ガラハドと一緒に駆けつけたシゲルさんが手を差し伸べながら労ってくれる。


 うぅ、優しい!


「まぁ、ほとんどは身内によるものですが、ねッ!!」


 そこで正直にそう答えた。シゲルさんは首を傾げているが、まぁ当然の反応だろう。それでもって、当のレイは素知らぬ顔で立ち去っていた。


 そんなことは置いといて、とにかく息を整えつつもガラハドとシゲルさんと一緒に、隅で震える領主の所まで駆け寄る。だが、領主は俺たちに対して不敵な笑みを浮かべて声を上げた。


「衛兵を倒して、い、いい気になっているつもりだろうが!す、既に街には火を放つための衛兵が配置されておる。さ、最後にこの街ごと燃やしてくれる!!」


 そう言うと領主は目にも止まらぬ速さで入口へと駆け出し、扉を激しく開けて飛び出して行った。


「領主の風上にも置けない奴だな、本当に」


「ですが、あの人を止めないと!」


「そうか、ママチカさんたちが危ない!」


 俺もガラハドもシゲルさんも一斉に駆け出す。


 確かに、あの領主の言う通りであれば早くしないとママチカさんやパヤワちゃんたちにまで被害が及ぶかもしれない。


「ぎゃわえぇぇー!!!?」


 しかし、そんな変な声を上げながら、逃げたはずの領主は飛び出して行った時よりもすさまじい勢いで今度は扉の外からごろごろと戻ってきた。


「な、なんだ!?」


 その光景に驚いていると、続いてドカドカと小汚い服を身に着け、手には古びた剣や斧を持った、恰幅のいい男たちが数人館へと侵入してきた。


「こ、こいつら!盗賊だ!?混乱に乗じてこの街を襲いに来たんだー!!!」


「「「盗賊!?」」」


 そう言い残し、また館の中へと逃げ帰る領主。


 オーク、衛兵にレイ(?)ときて今度は盗賊。今日は戦いの満漢全席である。とは言え、盗賊と聞いて身構える俺たち。その姿を見て身構える盗賊たち。先程の衛兵とは違って武器は悪いが、その体と戦闘経験は衛兵よりはるかに上であろう。だが、オークを相手にした今。悪いが簡単には負けられない。


 本日三度目の戦いの火蓋が切られるかと思われたその時、そこにもう1人盗賊が館に入ってきた。


「なんにぃしとるべか!冒険者さんたちは敵でねぇって言ったろ!」


「お、お頭!?すんません!」


 突然扉から入ってきたその毛むくじゃらで熊のような男はそう盗賊たちに言いつけ、武器を下させた。


 どこかで聞いたことあるような声。


 どこかで見たことのあるような顔。


 どこかで見たことのあるような毛むくじゃらな手。


 毛むくじゃらな手!?


「も、もしかして!ビッカラさん!?」


 驚きのあまり叫んでしまった。


「んだ!冒険者さん!!お久しぶりだなぁ!!」


 それに合わせて、ビッカラさんも大きな声で叫んだ。


 まさかまさかの俺たちの命の恩人、毛むくじゃらな女神との感動の再開である。

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