第12話 我らの死闘ここにあり 前編
その日の朝はいつもに比べて明らかに静かであった。
いつも遠くから聞こえる街の人や森の動物たちの賑わいは消え、風に揺れる草木の音だけがただ静かに聞こえてくる。
だが、そんな草木の囁きをかき消すかのように、自分の内側から音が溢れ出す。
ドクン
ドクン
その音と共に、痛いほど心臓が躍動している。
それに、息も次第に荒くなる。手や背中に嫌な汗を感じる。体が寒くもないのにカタカタと震える。
だが、おそらくそれは俺だけではない。ここにいる皆がそうなっているであろう。
決戦当日の朝、眩い太陽の光をその胸に受けながらも、彼らはゆっくりと一歩、また一歩とこちらに前進してくる。
ここにいるプレイヤーの誰よりもはるかに逞しい筋肉。
むき出しになっている凶暴な牙。
丸太のごとき腕と足。
片手に持つのは、人間なら両手で使うであろう大斧、大剣や棍棒の類。
俺たちの命を懸けた、冒険者対オークの戦が今開幕しようとしている。
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「いいか!これから当日のお前たちの配置を教える。必死になって覚えろよ!覚えなければオークに殺されると思え!!」
「「「はい!!」」」
宿場のロビーに集った前衛職一同に対して、ガラハドは大声で叫んだ。
あのポジション決め翌日、『ライン』と『センター』のメンバーはママチカさんの宿場のロビーへと集められていた。
前衛職総勢12人が囲む大きな机の上には、オークとの対戦当日の俺たちの配置が描かれた大きな紙が敷かれている。
「よし、いいか!まずは『カバー』の連中は街の入り口直ぐ前方にある矢倉に位置する」
ガラハドはそう言うと、配置図一番右の『カバー』の部分を指差す。
このシルヴァリアの街は、街全体を木でできた大きな防護柵がぐるりと張り巡らされている。そして、入り口は街の西向きに作られた大門1つだけである。その大門を抜けて外に出ると、すぐに矢倉がアーチ状に建てられており、普段はそこからNPCの衛兵が警備を行っている。今回はそのアーチ状の矢倉にレイを含めた後衛職が配置されるということだ。
「その矢倉の両端から直線状に位置する場所、ここだ!ここに『センター』がついてもらう」
次に、ガラハドは配置図の『カバー』の位置から指を左にスライドさせ、しばらく距離を置いた場所、配置図上には「×」と描かれた場所で指を止めた。
『センター』に配属された全員は身を乗り出し、必死にその位置を確認する。
「そして、『ライン』!俺たちはそこより前方のこの位置、ここの位置につく!」
『センター』が自分たちの位置を確認したことを確かめると、ガラハドはさらに指を左へ動かし、配置図の真ん中、『カバー』から『センター』への半分くらい行った距離を『センター』から左に離した位置で指を止めた。
ここが俺たちの初期位置である。当たり前だがオークとの最前線でもある。
「とまぁ、絵で見たらこんな感じだ!次は実際に現地を見に行くぞ!しっかり頭に叩き込め!!」
しばらく時間を置いた後、ガラハドはそう言うと、一同を外に連れ出した。
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「はぁ・・・はぁ・・・」
まだまだオークたちとの距離はあるにも関わらず、鼓動は自然と速くなり、息も荒くなってきた。
一歩一歩と歩いて近づいてくるオークたちの姿に、体が緊張しているのが分かる。
すると、そんな戦闘態勢の俺の肩を誰かが突然ポンと叩く。
「うぇい!?」
「落ち着くですぞ、深呼吸!深呼吸!」
ビクッと振り返ると、そこには全身鎧で覆い隠したマサムネがいた。
さすがのオークとの戦闘ということで、『ライン』一同はフル装備で戦場に立たされている。とはいえ、俺自身は普段とそこまで変わらない。だが、いつも顔や腕、足やらを露出しているマサムネが全身着込むと・・・もはや誰だか分からない。
「なーに、いきなり戦闘とはならんよ、心配するな、ボウズ」
今度は、いつの間にかガラハドも近寄って来ていた。
対して、ガラハドはいつも通りである。顔には無精ひげ、体と手足にはその顔には似合わない鎧を身に着け、腰には2本の剣。
ただいつもと違うのは、ガラハドの身長くらいはあろうかという大盾をその背中に背負っていたことだ。どうやらこの大盾がガラハドのメイン武装であるらしい。
「ほいじゃ、行ってきますかねー」
などと言い、ガラハドは気楽そうに見せながら、一人『ライン』から離れてオークたちへと歩み始める。
全く、どこまでも緊張感のないおっさんである。でも、その調子のおかげで俺たちは誰一人として逃げだすことなく、こうしてここに立っていられていることは確かだ。
そして、ガラハドが歩き出したということは、そろそろ開戦が近いという合図でもある。
一方のオークたちは『ライン』からある程度の距離を保つとその場で行進を止めた。そこはこちらの弓矢が届くか届かないかという距離。それに、あの距離なら届いたとしてもオーク相手では通用しない距離でもあるだろう。
とういうことは、どうやら相手はただの脳筋というわけでもなさそうだが、それはそれで厄介だ。
また、オークたちの数はレイの報告通り10体、到着時刻もレイの報告から計算したシゲルさんの読み通りである。
何とも素晴らしい、頼りになる仲間たち。
すると、オークの集団の中から何やら赤い布切れを身に付けたオークが1体、こちらへと歩み寄ってきた。あの証は隊長の証であろうか?とにかく、他の後ろに控えるオークたちとは違う雰囲気を漂わせている。
そして、そのオークはガラハドに近づくと彼と向かい合った状態で制止する。
「聞けッ!オーク共!!俺たちは戦いを望まない!お前たちも死にたくはないはずだ!退くなら今だッ!」
静まる朝の平原の中、ガラハドは両手を大きく開き、敵意がないことを示しながらも、オークとプレイヤーの両方に聞こえるように言い放った。
無論、これは怖気づいたわけではなく、作戦の一つである。俺たちにとって何よりも最良なのはオークたちが何事もなく帰ってくれることだ。なので、即開戦!というわけでなく、僅かな可能性に賭けたのである。
しかし、何やらオークたちの様子がおかしい。
「こちらモ、戦いたイ、訳ではなイ!お前たちが”ヒメ”ヲ、返せバ、我らは退ク!」
・・・。
はぁ?”ヒメ”?なんのこっちゃ?
そして、俺と同じように、ここにいるプレイヤー一同もざわめいている。
”ヒメ”とは何の話だ?ゲームの設定としても思い浮かぶものがない。それは、人なのかオークのことなのか、はたまた物である可能性もあり、答えが分からない。
また、その動揺はガラハドも同じらしく、しばらく黙っている。
「”ヒメ”とは何だ!我々は貴様らが言う”ヒメ”は所有していない!」
だが、その返答がまずかったのか、後方のオークたちが苛立ち騒ぎ始める。
「お前たちガ、我らから奪っタ、”ヒメ”ダッ!!」
奪った?オークは奪ったと言ったが、俺たちには全く見当がつかない。
オークたちのその不思議な問いに答えられないガラハドを含めた俺たち、そんなプレイヤーたちに徐々に怒りをむき出しにし始めるオークたち。
そんな今にもプツンと切れそうな緊迫した状況の中、
ヒュン
と一本の矢が空に放たれ、それは後方に並ぶオークの1体の腕に刺さった。
「「「!?」」」
その矢を撃ったのは勿論プレイヤーではない、俺たちは指示があるまでは決して動かないと決められていた。
それでは誰がこんなことを?
街の大門を振り返ると、弓を持った衛兵が1人。街中の防衛を任せていたはずの衛兵が緊張したのか、勝手に矢を放ったのだ。
・・・矢を放ったということは。
「・・・」
その矢を受けたオークはたいして痛がる様子はなく、簡単に矢を抜き捨てこちらをギロリと睨む。
そして、先頭の隊長思しきオークは大きく息を吸うと、
「・・・いケッ!!オークの戦士たちヨ!何としてモ”ヒメ”を取り戻すのダァッ!!!!」
「オオオオォォォォ!!!!!」
隊長オークの声とオークたちの雄叫びが戦場にびりびりと響き渡った。
ここに、冒険者対オークの戦いの火蓋が切られたのである。
まず、先に動いたのは隊長オークである。
その巨体からは考えられない速い動きで、持っていた大斧を天高く振り上げると、目の前のガラハド目掛けて振り下ろす。
「死ネッ!ニンゲン!!」
「やっぱり、こうなるのか・・・よッ!!」
しかし、隊長オークの巨体から放たれた一撃をガラハドは持っていた大盾で素早く防いだ。
ガッッッキィーーーーーーン!!!!!
鉄と鉄が激しくぶつかりあった重い音が響き、その衝撃がガラハドたちの周りの草花を大きく揺らす。
ガラハドは大盾を地面に打ち込み、その体全体を使って隊長オークの渾身の一撃に耐えていた。
そして、その衝撃が消えると同時に、ガラハドは持っていた大盾をその場に残してすぐに俺たちのもとへと駆け出す。
無論、全速力で!
「撤退ッ!てっ・た・い・だーーーーッ!!!」
そう大声を上げながら、ガラハドは走り出す。
その声を聞き、『ライン』のメンバーも各々持っていた武器・防具をその場に脱ぎ捨て一目散に『センター』の場所まで駆ける。
「矢を放て!!『ライン』を援護!!」
『ライン』のメンバーが華麗に逃げだすと同時に、『カバー』のメンバー全員がシゲルの合図に合わせて一斉に矢を放ち始める。
少しでもオークの進行を遅らせる為の策であるが、その矢のほとんどは地面に刺さり、オークに当たったとしてもその強靭な肉体に阻まれ、倒すどころか刺さる矢すら一本もなかった。
足を通して響き伝わる、地響きのようなオークたちの猛進。
耳を通して聞こえる、地鳴りのようなオークたちの叫び。
まるで、すぐ後ろから大きな土砂がなだれ込んでくるような気持ちである。
それでも、冒険者たちは走った。足を止めたら確実に死ぬ、足を挫いても確実に死ぬ。
その一心で彼らは必死に走った。
走って走って走って走って走って走って走って走って走って、走りぬいて。
心臓がバックン、バックンと音を立て、もう爆発する寸前になりながらも、腕を振って足を止めずに走った。
そして、やっとの思いで『ライン』の全員が『センター』の場所を通り抜け、オークたちを振り返ると、しかしその距離は初期と比べると一気に縮まり、オークたちは『センター』までもう10mもなく迫って来ている。
そんなオークたちの見幕に、慌てふためく冒険者たち。
「大したことはない、このまま容易に冒険者たちを殺すことができる」と思ったのかニヤリと笑ったかのように見えるオークたち。
しかも、そんな風に考えたのであろうオークたちの足の速さはグングンと上がっていき、ものすごい勢いで冒険者たちとの距離が狭まっていく。
あと少し、あと数十歩で冒険者たちに届く。
意気揚々と攻め込むオークたちに聞こえるのは、冒険者の悲鳴。
そして、目にするのは、腰を抜かした冒険者の姿。
のはずだった。
「引けぇぇぇぇええええ-----ッ!!!!」
「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!」」」」
しかし、そんなオークたちに聞こえてきたのは、冒険者の掛け声。
そして、目にしたのは、突如地面から現れた無数の木の杭。
その突然地面から生えだした木の杭に驚き、オークたちは勢いを止めようとするも、既に遅い。
先頭を切って勢いよく走っていたオークたちは無残にも次々に木の杭へと自ら突き刺さっていく。
その巨大な腕やら、足やら、腹やらに深々と突き刺さる木の杭。
杭を抜こうと身を引くが、後ろから追突するオークに押され、木の杭はズブリズブリとその体の奥に突き刺さる。
「「「ギャアアアアアァァァ!!?」」」
平原に響いたのは冒険者たちの悲鳴ではなく、オークたちの悲鳴だった。
そして、その光景を視認すると、すぐにシゲルは『カバー』で弓を引いている後衛職たちに指示を出す。
「一同!矢を変え!」
そのシゲルの素早い指示と同時に、後衛職全員が放っていた通常矢から”特殊矢”へと変更を始める。
また、シゲルの指示と同時に、ベッキーは持っていた太鼓を大きく打ち鳴らす。
ドン!ドン!ドン!
ドン!ドン!ドン!
その太鼓の音は平原に響き、それを合図に前衛職の者たちは
そして、ガラハドは頃合いを見て、後方に控える『カバー』に見えるように大きく腕を上げ、その腕を振った。そのガラハドのサインを確認すると、シゲルは再び後衛職へと指示を出す。
「”特殊矢”装填!」
その合図と共に、後衛職たちが装填したのは先端に鏃がついていない特殊な矢であった。
その矢の先端についているのは鏃ではなく、
燃える盛る”火”であった。
「・・・放てぇッ!!!!」
そうして、一斉に放たれる火矢。
そんなことも知らずに、未だ抜けない木の杭に苦しめられるオークたちに、それを助けようとするオークたち。
そのオークたちが目にしたのは、天から降り注ぐ無数の火の雨。
そして、火の雨がオークたちの足元へと降り注ぐと、次の瞬間、辺りは一瞬にして火炎の海と化した。
「ガァァァアアアアアアーーーーー!!?」
その火炎の海に沈み、もがき苦しむオークたち。
だが、もがけども、もがけども抜け出すことのできない火炎の海に焼かれ、オークたちは次第に動かなくなっていった。
その光景を息荒く、ただ眺める冒険者たち。
どうやら彼らの”秘密兵器”は無事に成功したようだった。
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