第9話 納得いくかッ!!?

「ぜぇ・・・、はぁ・・・、ひーーー、つらぁい!!?」


 こんなに疲れたのはいつぶりであろうか。


 高校生の時に無駄に走らされた、あの5kmマラソンの帰り道。生まれたての小鹿のようなぷるぷると震える足で帰った、夕暮れ時の辛さである。


 どうして、こんなゲームの世界に来てまで肉体労働をせねばならんのだ!


 責任者はどこか!責任者を出せ!!


 こんなことになるちょっと前。あの夜、突然現れた髭面の男、ガラハド。奴はオークとの戦いに向けていきなり特訓をするとか言い出し、その翌朝から謎の猛特訓が始まった。


 結局、オーク打倒に集まったのは、むさ苦しい男だらけのプレイヤーの総勢21人(+女性プレイヤー1人)。


 その22人は、まず初めに遠距離主体の後衛職10名と近中距離主体の前衛職12名の大きく二つのグループに分けられた。


 その後、近中距離主体の12名のみが意味も分からないままにガラハドの前で素振りをしたり、走ったり、物を持ち上げたりなどさせられ、俺たちはよく分からない評価のまま、4つの班に分けられた。


①戦術考察班

 シゲルさんを中心とした、オークとの戦闘に向けた様々な戦術を考察する班である。


②敵戦力調査班

 オークたちの来る方角、距離、オークたちの数、戦力などを正確に調査する班である。ちなみに、レイはこの班に所属することになった。あまり納得がいかない。


③戦闘訓練班

 オークはおろか、狼やゴブリンとすら戦ったことのない者たちが、ガラハドの指揮の元に、木と藁でできた人形相手に仮稽古し、立ち回りやチームワークを身に着ける班である。


④労働班

 木や石をとにかくめっちゃ運ぶ班。以上。


「納得いくかッ!!?」


 そんなこんなで、俺とマサムネ、リッキー、他数名は仲良く「労働班」に入れられ、やたらめったら木を切ったり、石を掘り出したりしてはそれらを街まで運んでいる。


「ていうか、何で俺らは肉体労働なんだよ!こんなのNPCにやらせればいいじゃんか!YO!YO!!」


 そう怒鳴りながらも、怒りに任せて木の幹に斧をコンコンと叩きつける。しかし、これはこれで楽しいと思ってしまうから俺は阿呆なのかもしれない。


 また、石ころや木の棒程度なら持てる量に限界があるにしても、右手のSCシステムクリスタルに入れて持ち運びすることができる。だが、これほどの大きな木と大きな石となればSCには入らない。


 故にこの木や石たちは人力で運ぶしかない。


 とはいえ、とはいえである。


 この作業は本当に必要か?オーク打倒と何の関係がある?


「ガラハド殿には、何か考えがあってでござるよ」


 そう言いつつ、上半身裸の黒光りした筋肉男がずいずいと俺の横を吞気に通り過ぎる。しかも、通り過ぎた瞬間にむわぁとした熱気まで伝わってくる。


 あぁ暑苦しい!暑苦しいたらありゃしない!!どうせなら女の子と一緒に汗を流したかった。それで、汗に濡れたぴちぴちのシャツを見たかった。


 ・・・。


 いや、レイじゃ・・・無理だな。あのヒンヌーでは期待するだけ無駄だろう。あぁ、悲しや、悲しや。


「てか、こんな木を切ったり、石を拾ったりするくらいなら、俺は剣の練習をした方が良いと思うが、なッ!」


「いやいや、この木や石たちがもしかしたら最後に役に立つのかもしれませんぞ!」


「どんな役に立つって言うんだよ。この丸太でオークでも殴ろうってか?・・・あぁ、それにしても息苦しいぃー!!」


「息苦しいなら、その兜を取ればいいのでは?上半身裸にその兜では変態紳士ならぬ、変態騎士ですぞ」


 お前のような変態には言われたくない!それに・・・。


「いいか!・・・フルフェイスの兜はな!おt」


「うわー!?見て見て!綺麗な石見つけた!これ宝石だよ!絶対!」


 すると、俺のありがたーい、アーメット兜の講座に割って入り、リッキーがそこら辺で見つけたらしい石を見せようと迫ってきた。


「あぁ・・・、リッキー君・・・。人のセリフの邪魔をしてはいけないよ」


「そうですぞ!魔法少女が変身している最中に攻撃するぐらいのタブーですぞ」


「そうなのかー、ごめんねー。でもほら綺麗だよ!絶対価値ある石だよ、これ!見て見て!」


「ほう、どれどれ?」


「はぁ・・・」


 もしかしたら、この班にはただ馬鹿が集められただけなのでは?と思ったが、そうなれば自分も馬鹿の1人になる。それだけはごめんだ。


「俺は・・・考えるのを止めた」


 そう呟くと、途方もない肉体労働へと戻った。


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 アーサたちが汗水、鼻水垂らしながら肉体労働に勤しむ最中、レイはというと1人ひた走っていた。


 野を駆け、山を駆け、ひた走る。


 行く手を阻む木があれば、ひょいっと登って枝にとまる。


 彼女はわくわくとする気持ちが止められない。


 やってみようか?やってみよう!と次から次へと胸から興奮があふれ出す。


 今度は、試しに木から木へ枝を通して跳び渡る。


 ぴょんぴょんぴょんと、リスのように軽やかに、鳥のように自由に。


 まるで体に翼が生えたように、思うがままに体が動く、思うがままに足が動く。


 この世界には私を遮るものはない、レイはそう喜んだ。


「ガサッ!」


 しかし、ふいに不穏な音が耳に入り、レイは手ごろな木の上でピタッと動きを止めた。すぐさま音とは反対の方に身を隠し、彼女は少しだけ顔を出して音のした場所を視認する。


 人間ならいい、今の彼女なら狼やゴブリンでもまだ安心だ。だが、問題は・・・。


「・・・やっぱり、オークか」


 残念なことに、そこにいたのはオークであった。


 しかもどうやら1体や2体ではないようで、レイの居る場所からはよく見えないが、奥の方にも他のオークが何体かいるように彼女は感じ取れた。


 おそらく、このオーク集団こそがアーサたちが死守しなければならない街、シルヴァリアを襲うオークたちで間違いないだろう。


 レイはそのオーク集団を確認すると、右手のSCから地図を取り出す。


「マッピング機能があって助かった・・・」


 そう1人呟き、地図は開いたとたん勝手に現在地とシルヴァリアまでの経路を結んでくれた。その様子を見届けるとレイは地図を静かにしまい、もう一度眼下のオークたちを観察する。


「・・・」


 ここから見えるオークは2体、火を囲み何らかの肉の塊を焼きながら何やら楽し気に話をしている。レイはその様子をしばらく観察すると、静かに態勢を整え1体のオークの頭に構えた矢を向ける。


(この距離なら狙うとすれば、目か・・・首か)


 位置を少し高めに、首を狙いつつも目も射貫ける位置に調整した後に、少し息を吸い深く息を吐く。


 そして、息を吐ききったところで右手をそっと離す。


 放たれた矢は勢いを殺すことなく飛翔すると、見事にオークの首にすとんと刺さり、一瞬にしてその命を奪った。


 勿論、その矢がレイの空想のものでなければの話である。


(ここで本当に射れば、1、2体ぐらいは殺せるかもしれないが・・・。敵に狙われているというプレッシャーを与えて、奴らの進行が早まれば元も子もない、今は退くべき・・・だな)


 レイはそう冷静に判断すると矢をすぐにしまい、弓を背中に戻すと、その場を静かに去った。


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「やぁ~~~~~~~~~~、つ~か~れ~たぁ~」


 宿場に着くなり、俺たちはロビーの長イスにゴロンと横になった。


 今日一日だけで大量の木を切り倒し、岩を砕いて、木材と石を大量に採取してきた。見事な森林伐採、環境破壊である。この街のNPCたちはむこう何週間は木や石を集める必要はないだろう。


「おや!お疲れさん!」


 すると、何やら元気な声と同時に頭上から水が並々と入ったコップを渡された。


「ありがと~、ママチカさん」


「いいって、いいって。大事なお客様で、しかもこの街のために頑張ってくれてるんだからね!」


 そして、その恰幅のいい女性の手から水を受け取る。


 彼女はこの宿場を経営するママチカさん。


 あの熊のような男ことビッカラさんが紹介してくれたこの街の住人である。例の酒場での決起集会の後、俺たちプレイヤー全員が寝泊まりできる場所を探していると、すんなりとこの宿場を利用させてくれたとても良い女性だ。


 そんなこの宿場の従業員はすぐ近くの家に住む女性とその祖母、あとはママチカさんの娘の・・・。


「ままむねー!」


 俺たちの気配を察したのか、その最後の従業員(仮)が店の奥からてとてととマサムネ目掛けて走り出して来た。


 この幼女こそが最後の従業員にしてママチカさんの娘、パヤワちゃんである。


「パヤワちゃわ~ん!!」


 さっきまで俺と同じくしおしおだったマサムネが一瞬にしてムキムキと復活した。


「ままむね!しごとおわったのか?」


「終わったですぞ!パヤワちゃんのため拙者頑張ったですぞー」


「おちかれー」


「もー、そこは『おちかれ』ではありませんぞ!」


「えーと・・・おつ!」


 おいおい、幼女に変な言葉づかいを教えるな、この変態筋肉が!


 と、本来なら怒鳴り散らかし、非難と罵倒の嵐をマサムネに投げつけるのだが。しかしそんな気力もなく、ただただ幼女とその変態のやり取りをぼーっと眺めていた。

また、他の労働班たちも各々休める場所を見つけ、ママチカさんから受け取った水をごくごくと飲んでいる。


 リッキーに至っては、労働中に見つけた綺麗な石が宝石ではないものだと商人に教わって少ししょげていたが、今はその石を光に当ててその光り具合を楽しんでいる様子だ。何とも純粋無垢な男よ。


 そんな風に各々が肉体労働の疲れを癒していると、宿場の入り口からガラハドが急に入ってきた。


「おぉ!労働班、お疲れさん!」


「ガ、ガラハド・・・」


 労働班を代表して、元気なく返事をする。


「よしよし、丁度良かった!今から重要な話し合いをするから、お前らも参加しろ、ほら!急げよ!」


 はっはっはー!という笑いを残すと、ガラハドはまた入り口から出ていった。この間30秒とない。


 なんじゃありゃ!?とガラハドの言葉に文句を言いたかったが、重要とあっては仕方ない。

 

 ママチカさんたちのおかげで少しは元気が戻った俺たちは、ママチカさんとそのちっこいおまけのパヤワちゃんにお礼を言うと宿場を後にし、他の班と合流することにした。


 しばらく、マサムネやリッキー、その他数人とゾンビのように「あー、あー」言いながら、とぼとぼと歩いて行くと街の外に増設した稽古場が目に入る。


 しかも稽古場では、戦闘訓練班たちがガラハドを前に何やらフル装備で一列に整列していた。そのガラハドの後ろには、シゲルさんやレイも含めた後衛職も待機している。


 そして、ガラハドはとぼとぼ歩いている俺たちに気が付くと


「おーい、速く来い!」


 と急かしてきたので、しょうがなく急いで俺たちはその列に加わった。


「敵戦力調査班からの報告があり、オークたちの数と現在位置が判明した!」


 すると、俺たちが到着するや否や、ガラハドはその場に集まった全員に聞こえるようにそう告げた。


 「おぉ!」と、戦闘訓練班と労働班がざわめくなか、ガラハドは話を続ける。


「その情報を基に俺とシゲルで当日の戦略と配置を考えた。今から教えるから、言う通りに各自分かれてもらうぞ、よく聴け!」


 その言葉に、少し空気がぴりっと緊張する。


 それもそのはず。この配置次第で、当日の忙しさ、延いては当日の生死が決まるのだ。誰もオークと戦いたいなどとは思ってもいないのだろうよ。


「まずは、『カバー』後方支援は後衛職10名で行う!次に、『センター』戦闘訓練班にいた6名!最後に、『ライン』・・・俺と労働班の合わせて6名!以上だ!」


 ・・・はい?


 話を聞かされていたシゲルさん以外、全員がガラハドのその指示にざわめく。


 おいおい何故、労働班がよりにもよって『ライン』なのか!?正気か!?


 誰もそうは叫ばなかったが、俺はそう叫びたかった。

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