第8話 『成さねば鍵を得ず、成せば自ずと鍵を得る』
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!?」
さっきまでしょんぼりとしていたくせに、今度は浮かれて、喜んで、大声で叫ぶプレイヤーたち。一体何が何だかさっぱり分からん。
「げ、撃退ってどういうことだよ!?それにモンスターって!え!?この街に攻め込んでくるの?モンスターが!本当に!?」
もう意味不明である。
「えぇ、実はここの領主からとある依頼を任されていてね。『冒険者なのだからモンスター撃退など余裕だろう!』だそうだ。おそらく、このゲームがおかしくなる前のレイドイベントでも残っていたんだろう。だが、そのイベントの期限がもうすぐそこまでに迫っているのだよ」
すると、現状をよく理解していない俺たちのためにか、シゲルさんは丁寧にそう教えてくれた。全く変な所でゲームの設定をちょくちょくと挟んでくる世界ですことよ。
「とは言え、ゲームだった時ならまだしも、こんな風な世界になってしまったでしょう?今更モンスターなんかと戦って勝てる余裕なんてないのだよ、我々には」
そう言うとシゲルさんはやれやれと首を振る。やれやれと言いたいのはこっちの方だ!!
「勿論、全部君たち任せとは言わない。我々も命がかかっている以上、戦いには参加する」
当たり前だ!この上参加しないのであれば、今ここで戦闘が起こることになるぞ!
「だが、その指揮を是非ともアーサ君たちにとって欲しいのだ!モンスターと対峙した経験のある君たちならできるだろう!」
シゲルさんはそう言うと期待の眼差しを向けてくる。それで他のプレイヤーも同様の眼をしている。そんなつぶらな瞳で言われても・・・、困りマックス。
「そ、そう・・・言われてましても」
安易に話を受けずに、助けを求めるためにもちらっとマサムネとレイに目を向ける。だが、マサムネは首を横に振り無理だと主張しているし、レイは両手を軽く上げてみせ、おそらくお手上げという意味だろう。
「だ、第一!俺たちが戦ったことのあるのは狼だけだ!今回は何のモンスターなんだ!ゴブリンか?スケルトンか?」
そう怒り交じりに尋ねてみると、一同はまた静まり返した。
おっと、これは・・・嫌なパターンだ。あぁ、嫌な予感がする。
そして、押し黙った皆を代表してシゲルさんがゆっくりと口を開いた。
「・・・オークだ」
「・・・」
ただ絶句した。ただただ絶句するしかなかった。
オーク。ファンタジー世界のゲームならゴブリンに次いで、ほとんどと言っていいほど登場するモンスターキャラクターの一種である。知性はそこまで高くなく、身に着けている装備も盗品などが主でその質は極めて低い。しかし、それらのマイナス面をカバーできるほどの強靭な肉体を持っているのが最大の特徴である。
この世界がまだゲームだった頃、最初にプレイヤーが注意しなければならない敵がこのオークである。相手が1体であったとしてもできる限り戦わず、複数体のオークの場合はすぐ逃げる、多くのプレイヤーがそう教わった。万が一にも戦うことになれば、オーク1体につきプレイヤーは3人もいるとも言われている。
そんなオークが攻めてくる。しかも、その数は複数だろう。10体以上で来られたのであれば、今のここにいる者たちだけでは到底勝ち目などない。
「だ、大丈夫ですよね!?」
いやいや・・・。
「そ、そうだよ。俺たちだって戦い方さえわかれば、なんとかできる!だから、一緒にやりましょうよ!」
噓つけ!?絶対俺たちだけに擦り付けるつもりだろがッ!
そんなこんなで、「そうだ、そうだ!」とここに残った男性プレイヤーたちはがむしゃらに次々と意気込んでいく。
何ともまぁ、自分勝手なことを言ってくれる。
そして、それとは正反対にドンドン冷めていく者が数人。勿論、俺とマサムネ、レイ。それに加えてシゲルさん、彼も恐らくオークの恐ろしさを知る者の1人なのだろう。
もし、俺たちがここに集まったプレイヤーみたいに初心者中の初心者で、「狼を倒せたならオークも楽勝ですよ!」なんて言ってくれるのをシゲルさんは期待していたのかもしれない。
その上で、俺たちの狼討伐の話を盛り上げ、俺たちを持ち上げることで、「俺たちと一緒なら勝てる!」とここのプレイヤーたちにシゲルさんは信じ込ませたかったのだろう。そうすれば、ここにいるプレイヤーたちはオークが攻めてくるその日までは今の不安から解放される。たとえ、その日が皆の命日になろうとも。
だが、相手はオークである。今のままでは勝ち目などは1つもない。
だから、逃げるしかない。でも、逃げれば今度はNPCに命を狙われてしまう。少なくともここ『カゴシマ』を出るまでは犯罪者扱いである。
では、どうすればいい?いや、どうしようもない。
なら、皆になんと言い返せばいい?
正直に無理だと打ち明け、ここから逃げるべきか?それとも、戦おうと言い放ち、一時の希望を与えるべきか?というか、何でこの俺がよくも分からん、しかも男たちの面倒をみなきゃならんのだ?どこに、命まで張る義理がある?
それに、今の俺には『鍵』を集める目的、というか野望もある。だから、こんな場所で犬死にするわけにはいかない。ならリスクを回避して逃げるべきだ。
そう1人うんうんと悩んでいると、そっとレイが近づき囁く。
「どうする?」
少し黙り、その単純でも重たい質問に応える。
「・・・どうするって言ったって、なぁ?」
「お前は、8本の『鍵』を集めてこの世界を変えるのが目的なんだろ?」
「まぁ・・・今のところはね」
「なら、こんなことに関わっている場合じゃないだろう。もしかしたら、今すぐに私たちだけでも北に向かえばこの街を去ったプレイヤーたちに会えるかもしれない。その中には私たちに助力してくれる人もいるかもしれない」
なんともまぁレイらしい冷静な判断である。ここにいる者たちを捨てようと言っているのだから、レイは本当に現状がよく見えている。
「悪いが、私たちはこいつらに義理はない。自分の世界を手に入れるには・・・犠牲も必要だ」
最後に、レイはそう冷たく助言してくれた。
レイ自身、彼らが死のうがどうでもいいと思っているほど冷徹ではないだろう。ただ、彼らよりは親しくなった俺とマサムネの身を案じての助言、“犠牲”とは言い出せない俺たちの性格を知っての助言に違いない。
だが、そんなレイの助言に、ふと俺の中の奥底に眠る阿呆の心が揺れ動かされる。
目的は『鍵』である。しかも、それが8本もあり、それぞれの行方も分かりはしない。そして、それらを使ってこの世界を自分の好きなように創り変えること。
しかし、その野望を叶えるためには、今の俺には不足している大事なものがある。
なら俺の答えは決まった。レイのおかげで答えが定まった。
レイとマサムネには悪いが、俺は・・・。
「戦うか!」
はっきりと真っすぐ、そして力強くそう言い放った。
「な!?」
勿論、その言葉にレイは驚いた。マサムネも、お願いしたシゲルさんまでもが同じような顔をしている。
「おい、この馬鹿!?『鍵』はどうするんだ!?」
珍しく声を張るレイ。何だか声を張ると確かに女性のような声に聞こえなくもない。
「そう、俺の目的はこの世界を創り変えることだ!それは変わらない!だが、この状況を乗り越えられずに易々と『鍵』が手に入るとも思えない!鍵を手に入れるには今以上の脅威に立ち向かわなければならないと思う!だったら、今、そのための一歩が必要だろう!それがこの戦いだ!」
レイの質問に大声で答える。ここにいる皆に伝わるように大きな声で叫ぶ。
「それに!ここには仲間たちがいる!一度は戦うのを諦めかけたかもしれないが、俺たちは冒険者だ!勇気ある冒険者だ!!ゲームの時の記憶と感覚を思い出せ!!初めて、『アヴァロン』にログインした時の感動と興奮を思い出すんだ!!」
皆に聞こえるように大声で続ける。
「戦うぞッ!」
自分を震え立たせるために、無い勇気を振り絞る。
「俺と一緒にこの世界を変えたいっていう阿呆は俺と一緒に戦え!!俺たちの力で、この世界を本当の
こうなら自棄だ!!
死んで元々、元の世界には未練はない!
なら、目一杯この世界を喰らい尽くしてやる!
ついでに、ここにいる奴らも巻き添えにしてやる!!
そして、最後には皆でこの世界を創り変えてやる!
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
そして、先ほどまで狼狽えていたプレイヤーたちも一緒になって叫んでいる。どいつもこいつも元の世界に未練のない阿呆ばかりの様で一安心。静まり返っていた酒場は俺たちの雄叫びでびりびりと震え、あふれ出る覇気が店中を多い尽くす。
マサムネは一緒になって叫んでいる。相変わらず、頼もしい奴だ。
レイは深くため息をついているが、その顔は覚悟を決めていた。こちらも相変わらず、頼もしい奴で良かった。
・・・だが、具体的にはどうすればいいんだ?
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そんな男どものやけくその雄叫びの中。
「『成さねば鍵を得ず、成せば自ずと鍵を得る』・・・か。なるほど、あの爺さんの言う通りなのかもしれないな」
1人の男がそう呟いた。そして、男は持っていた酒をグイっと飲み込むと席を立ち、一歩一歩歩きだす。1人の青年を目指し、この絶望的な世界で何故か輝く青年を目指して。
皆の絶叫が収まりだした頃、男はその青年に向け口を開いた。
「ボウズ!その考え気に入ったぞ!」
アーサ、それにその場にいた一同もそう叫んだその男に驚き、彼を見つめた。
「でもな、今のお前らだけならオーク相手ではすぐに死んでしまうだろうな!だから、その戦い!俺も参戦してやろう!!」
男はそう高らかに宣言した。
無精ひげの生えた顔。しかし、その顔には似合わない見事に作りこまれた精巧な甲冑に、大げさな赤いマント。更に、腰には長さの異なる2本の剣、そのどちらの鞘にもこれまた見事な装飾が施されている。
「お、おっさん誰だ?」
ぽかんと見つめるアーサに、男は自身に満ちた笑顔を見せる。
「俺か?俺の名はガラハドだ!!」
男の名は、ガラハド。
この「アヴァロン」における最強のギルドと呼ばれる「十二騎士団」のメンバーの1人。
そんな男がこんな辺鄙な場所に立っていた。
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