第6話 それでも俺は元の世界には帰りたくなぁーーいッ!!
春麗らかで陽気な天気の中(※元の世界の季節は春ではないが)、俺たち3人はというと呑気に荷馬車に揺られていた。
その朗らかな晴天の中、馬のパカラパカラという蹄の音だけが耳に響き長閑な空気が俺たちを包み込む。本当にここがゲームだと思えないほどに、見上げれば見える空に浮かぶ雲は本物そのものである。
あの手紙を読んだあの夜。結局、俺たちは具体的な回答も出せないまま、とりあえず当初の予定通りにプレイヤーが集まりそうな街をもう一度目指すことにした。
そして、お世話になったビッカラさんには、お礼にと金貨を50枚ほど渡した。
ただ、金貨50枚なんて正直プレイヤーにとっては大した額ではなかったが、NPCにとっては大金だったらしく、ビッカラさんに受け取ってもらうのには一苦労した。
その後も、ビッカラさんは馬車の通る街道まで案内してくれたし、これから行く街にいる彼の友人まで紹介してくれ、道中の腹の足しにと干し肉や飲み物まで持たせてくれた。彼は本当に良いNPC・・・いや人である。
「『鍵』・・・、『鍵』か・・・、『鍵』ねぇ・・・」
一人空をだらりと見上げながらそう呟いてみた。
あの手紙、誰もが最初に目にするチュートリアルの老師であり運営のNPCキャラクターでもあるバルド・T・ヴァンギークから送られてきた手紙には、この世界を変える方法が記されていた。
その方法こそが元の世界に帰る方法だとレイは説明した。
つまりは、あの手紙に書いてあった“再生”という物を使えば、なくなった機能である『ログアウト』を“再生”させ、元の世界に帰れるということらしい。
らしいが・・・。
そう思い、レイとマサムネをちらりと見る。
レイは相変わらずクールぶった様子で、腕組をしながらその寝顔をフードで隠したままおそらく眠っている。
一方で、マサムネは大口開いて馬車の半分を占領した形で横になりながらぐうぐうと豪快に眠っている。
仮にも元に世界に戻る方法が見つかったのである。普通の人であれば、「よし!元の世界に帰る方法を見つけたぞ!みんな!力を合わせて頑張って帰ろう!」となるのだろうか。そして、1人の青年が可愛い女キャラたちに囲まれながら、お得意の二刀流で次に次に現れる魔物共をバッタバッタと斬り倒し、最後には8本の『鍵』を集めて元の世界に帰るのだろうか。
全くご苦労な話である。どうぞどうぞ、好きにやっておくんなまし。
その一方で、当の俺はというとこの様子である。
元の世界に帰る?そんなものはつまらない!面白くない!!と思う自分がいた。
だが、元の世界に帰りたいという奴の気持ちが分からんでもない。色々と元の世界に未練があるのだろう。大事な仕事が、大事な家族が、大事なガールフレンドなりボーイフレンドなりがいるのでしょうことよ。
えぇ、えぇ。俺にはそんなものが何も無くて悪うございましたよ!!
「・・・どうした、馬車にでも酔ったか?」
そう妄想で愚痴をこぼしていると、ふとレイが話し掛けてきた。
「・・・何だよ、寝てたんじゃないのかよ」
「別に、考え事をしてただけさ」
「考え事?『鍵』のことについてか?それとも元の世界に帰ることか?」
「まぁ・・・そんなとこかな」
何とも歯切れの悪い言い方でレイがそう答えると、またしばらくの静寂が訪れる。
とはいえ、レイやマサムネが元の世界に帰りたいと思っているのかどうかについて、そのことが急に気になってきた。こんな状況で元の世界に帰りたくないと思っているのは俺だけなのか、それは周りからぶれているのか、異常なことなのか、それがどうしても胸につかえていた。
それに、おそらく彼らとはこれから長い間一緒に生活を共にするのだ。そういった大切なことは早めに聞いておいた方がいい。いざとなって、あーだこーだと言い合いの果てに後ろからドスリと刺されるのはごめんだ。
「なぁ・・・」
「ん?」
「レイは・・・元の世界に帰りたいか?」
「・・・『レイは』ってことはお前は帰りたくないのか?」
「ぐっ・・・」
さすがのクール属性、人が思い悩んでいることをズバッと聞き返してくる。
「まぁ、そうだな・・・。正直に言うと帰りたくない・・・のかな」
「・・・」
レイは黙って傾聴モードになっているので、とりあえずそのまま言葉を続ける。
「帰って、何がしたいってわけでもない。向こうの世界で特に充実していたわけでもない。何となく大学行って、就職したけどでもやっぱり働く気力もなくて、仕事も直ぐに辞めてしまったし。老後とか言われても分かんないし、今を生きれればいいから単調なバイトの毎日で、そして稼いだその金で飲み食いして、結局は1日の大半をこの『アヴァロン』で過ごしていたわけだ」
「・・・」
レイはまだまだ黙っている。・・・ね、寝てないよな?ちょっと心配。
「だからさ、帰ったところでやることないなら、この世界で好き勝手生きるのも悪くないと思ったんだよ。『鍵』集めに苦労しているであろう“帰還勢”?っていうのか?まぁ、そういう帰りたい人たちには悪いけどさ。確かに、俺の帰りたくないって気持ちは奴らからしたらエゴさ、でも帰りたいって気持ちも同じエゴだろ。なら、エゴ同士どちらも押し付けることはできない。だから俺は・・・帰りたくないっていう気持ちを貫く」
そう言いたいことを全部言ってふんすと黙る。
つまり、言いたかったこととは”帰りたくない”ってことだ。ただそれだけを言いたかった。
元の世界に帰った所で俺には何もない。帰って喜ぶのはバイト先の店長ぐらいで、「やぁ、帰ってきてくれて良かったよ!シフトの穴埋めるの大変だったんだよ、はい仕事!」とか言って喜んでくれそうだよ、全く・・・。
「・・・だが」
すると、ずっと黙っていたレイが急に口を開いた。
「だが、このままだといずれ誰かが『鍵』を集めるぞ。その『鍵』を、お前の言うところの”帰還勢”が手にしたら、今のこの世界が終わり全員仲良く元の世界にログアウトするかもしれないんだぞ」
「そう・・・だよな」
「だとしたら、どうする?お前は甘んじてそれを受け入れるのか?誰かさんのハッピーエンドをお前は傍から喜んで拍手でもするのか?」
その内容はともかく、だがレイは真剣な口調で尋ねてくる。
そこでしばし考える。
いや、答えは決まっているのだ。だからこれは考えるというのではなく、意を決めるということになるのだろう。
なので、大きく息を吸って叫んだ。勿論、大声で!
「だからこそ、俺は『鍵』を集める!それを邪魔をするなら、たとえプレイヤーであろうと振り払う!そして、『鍵』を集めて俺の求める世界を創る!いっそのこと俺最強の世界に創り変えてやる!可愛い女の子もいっぱいでさ!毎日飲んで食べて笑って暮らせるそんな夢の世界を創る!元の世界に帰りたい奴のことなど知らん!勝手にしろ!!俺も勝手にやってやる!!」
言いたいことを言い切った。恥ずかし気もなく、頭の中の妄想を言い切った。
そして、一瞬の静寂。
「そうか、なら”帰還勢”と対立するかもしれないぞ。いや、確実にお前みたいな変人は必ず対立するだろうよ。それで、お前には味方がいないかもしれないぞ。・・・それでもやるのか?」
何とも冷静なレイらしい返答。身に染みるぜ。
「それでも俺は元の世界には帰りたくなぁーーーいッ!!」
しかし、そう叫んでやった。もうこうなったらやけくそだ!
そして、その言葉にレイの顔が険しくなる。それに、何やらレイの肩はわなわなとも震えている。
ここまで気持ちよく言い切っておいてなんだが、もしかしたら、レイは元の世界に帰りたかったのかもしれない。なのにそんなレイの前で俺の妄想を聞かせてしまった。しかも大声で。
だとしたら、レイは怒って俺と敵対してしまうかもしれない。こいつのことだ、俺やマサムネにだっていつものごとく、サクッとダガーを刺しにくるに違いない。
「な、なぁ・・・レイ?今更なんだか、もs」
「ぷっ・・・あはははははは!!!!!あー、もう無理!我慢できないわ!!」
俺が言おうとした謝罪の言葉を遮って、レイは天を仰いで大爆笑した。あのクールキャラのレイが笑っている。これはまさに奇跡である。
「あははははは!!!・・・あー、可笑しい、お前は本当に馬鹿だな!」
レイは零れた笑い涙を拭きつつ、どうしてか俺を罵倒する。
「ば、馬鹿とはなんだ!?俺は真剣に・・・」
「あーあ、全く、心配して損したぜ」
「・・・ったくなんだよ!ふんだ!!」
すると、はぁーっとレイは下を向いて大きく息を吐き、呼吸を整える。
「いいぜ!乗った!うん、その話気に入った!|私もお前のその馬鹿げた世界征服に協力してやるよ!!!」
レイはバッと顔を上げ、その澄んだ瞳で俺を見つめてそう答えた。しかも、顔を上げた拍子にフードが外れ、今まで見たことのないレイのそのご尊顔が露わになる。
初めてレイの顔グラフィックをまじまじと見れた。そこには、傷もなければ髭もない、俺やマサムネのような男らしい顔立ちとは正反対の綺麗な顔立ちであった。まぁ、元々フードやコートの上から見て、レイは女らしい細くて小柄な体つきだとは思っていた。だが、それはアーチャーという職業だから、設定として小柄で細いラインというのも考えられた。
考えられたが、この顔はどう見ても男性には見えない。
というか、女子の顔だ。
ん?女子?
「女子ーーーーーーーーーーーーーー!!!???」
「な、なんだよ、女子って・・・。せめて女性って言えよ・・・、この馬鹿は」
やれやれと呆れた顔でこちらを見るレイの顔は紛れもない女性のものだった。女の子女の子した可愛い感じではなく、ボーイッシュな顔立ちの凛々しい感じではあるが、紛れもない女性の顔であった。
「おい・・・、まさかなんだ?今まで気づいてなかったのか?」
気が付くはずがありません!全く!!
ブンブンと顔を縦に振る俺を見ながら、当のレイは少し怒った、ご機嫌斜めな表情を見せている。
「たく、失礼な奴だな、お前は!」
「失礼って・・・分かるか普通!?」
「分かるだろ、普通!!」
「普通の女子はそんな風にはしゃべりませんことよ!!」
「普通女子なめんな、コラァッ!!」
そう2人で仲睦まじく、ぎーぎーぎゃあぎゃあと盛り上がっていると、突然にゅっと足元から妖怪のような男の顔が現れた。
「拙者は気づいていたですぞ、でゅふふ」
「うわぁっ!!?」
「出たな、妖怪!!というか、お前・・・寝てたんじゃないのかよ!」
「いやーあれだけ騒がしければ、普通起きると思いますがJK」
「たく、いつから起きてたんだ!お前は!」
怒りと恥ずかしさから、ゲシゲシと床に寝そべる妖怪筋肉だるまの腹を蹴りつつ尋ねる。
「『俺はこの世界を征服する!キリッ(`・ω・´)』のとこらへん」
「言ってねぇよ!?そんなこと言ってねぇよ!?」
より激しくマサムネの腹を蹴る。だが、この筋肉には無意味のようだ。むしろ、こっちの足の方が痛くなってくるので蹴るのを止める。
「・・・てか!お前はレイのこと知ってたのかよ!」
「一目見た時から気づいていたでござるよ。あぁ、男の子っぽい女子、萌え!って思ってた」
「さいですか」
レイは目を細め、呆れた様子で返答した。こんな妖怪擬きに褒められても嬉しくも何とも思わないだろうよ。
「ところで」
マサムネの顔がぐるりとこちらを向く。ちょっと可愛いレイの素顔を見た後だと、いつもの3割増しこいつの顔が濃く見える。
「な、なんだよ・・・」
「拙者もその話乗ったですぞ。一緒にこの世界を創り変えませう!」
こいつの場合、口調の所為で本気かどうか分からないが、まぁ本気と受け取っておこう。
「ただ・・・」
「”ただ”?どうした?」
「いやね、世界を創り変えたあかつきには、美少女猫耳メイドさんだけがいる拙者だけの国をキボンヌ!あとは激強なロリ巨乳メイド騎士もセットでヨロ!」
「そんな国はやらん!断じて、やらん!!」
そんなこんなで、元の世界には帰らないための俺たちの旅が始まった。
仲間が今の所この2人しかいないのが不安で仕方ないが、それでも胸は高鳴りあのもやもやとした気持ちはいつの間にか爽やかに晴れていた。
まぁ、駄目で元々、やるだけやってみましょうかね。
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