第5話 親愛なる冒険者たちへ

「単刀直入に言う、どうやら、この世界から帰れる方法があるらしい」


 俺たちがNPCのビッカラさんお手製のうさぎ鍋を口にしている際、そう言い放ったレイは相変わらずの冷静キャラである。


 「ゲームの世界に閉じ込められた」なんていう摩訶不思議状況の人たちからすれば、元の世界に帰れる方法なんて何よりも嬉しい情報だろうに。


 それだというのに、このクールマンは顔色1つ変えずに淡々と話している。


「だが、その方法の前に伝えておくべきことがある」


 しかし、そう言うとレイの表情は少し険しくなった。とはいえ、険しくなったと言っても、部屋の中でも外でも顔を覆い隠すフードをしているせいで、確認できるのはその声と口くらいものであるが。


「何だよ、もったいぶるなぁ・・・。それで?何を伝えてくれるんだい?」


「静かに聞け!まず初めにS・Cシステム・クリスタルの機能だが、これがほとんどと言っていいほど使えなくなっている」


 レイはそう話を切り出すと右手のS・Cを指差し、語りだす。


「もう分かっていると思うが、『ログアウト』機能は使えない。というかそもそも存在が無くなっている。次に『転送』機能、これは存在はするが使えなくなっている」


 『転送』機能、一度訪れたことのある場所であれば瞬時にそこへと行くことができる、まぁゲームでは当たり前の便利機能である。各都市・各主要な街に『転送』用のポータルが置いてあって、まだゲームだった時は死んだり転送したりすればそこからやり直せた。だが、それも今の状況では使えないようだ。不便なこと極まりない。


「あとは、『念話』機能だな。何人かの知り合いに通信してみたが応答がない。試しにここにいるマサムネとも試してみたがダメだった」


「ダメでしたぞ~」


 『念話』機能、簡単に言えばチャット機能とでも言えるだろうか、遠く離れた状態でも登録した人となら会話することができる優れもの。現実世界のAR機能を使った電話と使い方は大差なく、また『転送』機能と同じくらいにあって当たり前のものであったので使えなくなったのは正直痛手である。


「更に『製作』機能も使えない。どんなものであれ、素材が手元にあっても一から自分たちで作らないといけないみたいだ」


「うげぇ、面倒くさい・・・」


 『製作』機能、設計図というアイテムと素材があれば簡単に色々な物が作れる機能。やろうと思えば料理や武器、木の柵から家まで作れる機能で、とても便利だったが今はどうやらこれも使えないらしい。


「次に『ステータス』機能・・・は言うまでもないな」


 この「アヴァロン」はとても現実世界のものをリアルに表現しているゲームであるが、それをゲームだとどうしても認識してしまうもの、それは『ステータス』の存在である。自分や仲間、敵の体力ゲージや名前表記、ターゲットのアイコンなど、そのような現実世界では見えないものがこのゲームの世界では見える。見えるというか視界に入ってくる。丁度、現実世界において『Mirage』でAR機能を使った視界のように自分だけに色々な情報が見えるのだ。


 しかし、そんな現実世界では有り得ないものが見えてしまうからこそ、これがゲームなんだと認識できる。だが、それも今は見えない。だからこそ目に写るもの全てが違和感なく本物に見えてしまう。それに、見えるだけではない、あの狼に噛まれた時の音、熱、痛み、恐怖・・・それら全てを感じた。


 今こうして何気なく食べているうさぎ肉入りシチューっぽい鍋にしても、におい、味、触感、のどを通る感触、その全てを感じている。『Mirage』が作り出した幻想がマイクロチップを経由して、俺たちの脳に本物にしか見えないこの世界を感じさせている。


「ていうか、それじゃほとんど使えねぇじゃん!?」


 これでは、現実世界と何ら変わりない。いや、むしろ現実世界の方が色々と便利なくらいだ。まるでタイムスリップでもして一昔前にでも来たみたいだよ。


「とまぁ、他にもまだまだあるかもしれないが、ざっと見た感じで使えない機能は幾つかある。だが、逆に使える機能もある。それが『収納』機能だ」


 そう言うと、レイがそっとその右手のS・Cに触れるとそこから一本のダガーが瞬時に現れ、それは地面にすとんと突き刺さった。


 やだぁ、説明のためとはいえ、危ないことをする子だわ。

 

 それはさておき、今度はレイがそのダガーを左手でひょいと拾い上げると、再び右手のS・Cに近づける。すると、またレイの右手のSCが光りだし、今度はダガーは跡形もなく消えた。


 まるで、マジックだな。まぁ、冒険者なら誰でもできるんですがね。


「デカいものは少し時間がかかるが、ダガー程度なら一瞬で出せるし、一瞬で引っ込めることもできる。選び方もしまい方もゲームの時と同じだし、所持重量もゲームの時と同じだ」


 だが、その言葉に少し安堵した。ゲームの時と同じものがある。それだけでゲームなのか現実なのかこんがらがった頭が冷静になった気がしたからだ。


「そして、ここからが本題だ」


「本題?」


「忘れてんなよ!?元の世界に帰る方法だよ!この馬鹿!!」


 そうでした。これは、その話の前置きでした。あれ?ていうか今馬鹿って言われた?俺、馬鹿って言われましたか?


 そんなことは全くお構いなしに、レイは少し息を深く吸うと何やら緊張を和らげてから語り出す。


「この『収納』機能には、運営からのメッセージ・ギフトも収納されているのは知っての通りだが、例の元の世界に帰れなくなったあの一件から実は全プレイヤーに対して1つだけメッセージが運営から送られていた。そして、元の世界に帰る答えは、そのメッセージの中に記されている」


 レイの口から出た衝撃の事実!!


 すぐさまS・Cを起動させ、右手のS・Cから映される映像をスワイプさせてその運営からのメッセージとやらを探す。そして、幾つかのアイテムの中の一番下にそのメッセージはあった。


 古めかしい紙でできた長方形で赤い封蝋が押されている1つの手紙。それを急いでS・Cから取り出すと、即座にその中身を確認する。


『親愛なる冒険者たちへ


ご機嫌よう、冒険者たちよ。

私が創り上げたこの世界を堪能していただけているであろうか?

この世界を楽しいんでいただけているであろうか?

血湧き、肉躍る体験であろう。

私と君たちの求めた世界がまさに今ここに存在している。

さぁ、共に旅立とう!

この膨大に広がる世界へと駆け出そう!

我らが求めた遠き遥かな理想郷へ!


・・・しかし


もし、もしも、君たちが求める理想郷がこの世界にないのだとすれば、それは非常に残念なことである。

それならば、“8つの国”を渡り、それらにある“8つの鍵”を探し求めるといい。

それらの鍵を集め“終末の塔”の頂上にてそれらを捧げたならば、その者は大いなる“再生”の力を手にし、この世界を造り変えることができるであろう。その時こそ、その者が求める新の世界へとこの世界は変わるだろう。


その選択は冒険者諸君に任せた。

私は世界の行く末を静かに見守っている。


                冒険者の隣人 バルド・T・ヴァンギーク』


 ・・・はぁ?


 なんじゃ、この手紙は!?


 その手紙の内容に、ただただ絶句するしかなかった。

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