第4話 アーサ、起きるのです、アーサ
そこは静かな暗闇であった。
それに体がやたら重い。
手や足はおろか、指ですらピクリとも動かせない。
あぁ・・・俺は・・・死んだのか・・・。
ん?
いや、待て。
何か感じる。
左頬から何か温かいものを感じる。
じんわりと温かく、心地よい。
すると目の前に優しい光に包まれた女性、いや女神様と呼ぶべき神々しい姿の女性が舞い降りてきた。
その女神様は俺の左頬にふわりと優しく触れる。
「アーサ、起きるのです、アーサ」
あぁ、ここは天国か・・・。ということはやはり俺は死んだのか。
「あぁ女神様。・・・いや敢えて言おう、ああっ女神さまっ!」
微かに見えるおぼろげな女神様に一生でおよそ使う機会の言葉を叫ぶ。
よし、これでもう悔いはない。
しかし次の瞬間、何かご機嫌を損ねたのか女神様は突然大きくその手を振り上げるとピシャリと優しく俺の左頬を打った。
「ど、どうしたんですか!?女神様!急に!」
あまりの突然の行為に驚いたが、しかし俺の体はまだ自由には動かない。
「アーサ、起きるのです、アーサ」
すると、女神様はまるで壊れかけのレディオ(ラジオ)のように、同じ言葉を繰り返し、同時に繰り返し繰り返し俺の頬を打つ。
「アーサ、起きるのです、アーサ」 バシッ!
「ちょま・・・!?」
「アーサ、起きるのです、アーサ」 バシッ!
「い、痛いですよ!めg」
「アーサ、起きるのです、アーサ」 バシッ!
「へばぁ!?痛い痛いです、いt」
「アーサ、起きるのです、アーサ」 バシッ!
「俺が痛いって言ってるでしょうがッ!!?」
もはや我慢ならずバッと起き上がり、女神様の手を掴んでその平手打ちを止めさせる。だが、その女神様のそのお手々は思ったよりも分厚く固く毛がもじゃもじゃで、まるで中年男の手であった。
というか、中年男の手だった!?
「うわぁッ!?」
急いでその熊みたいな手をぺっと放して、その男との距離を取る。
「おー、おいおい、目が覚めたべか?」
そこには熊のような毛むくじゃらな手をした男がいて、彼はこちらの顔を心配そうに見つめていた。何と俺の頬を打っていたのは見目麗しい女神様ではなく、手がもじゃついたただのオヤジだったのだ。
それに当たりを見渡すとここはどうやら小屋のような建物の中のように見えた。小屋の真ん中には大きな焚火が置かれ、その上からは吊るされた鍋がぐつぐつと煮えている。また、壁の至る所には色々な動物の毛皮がいくつも掛けられており、中でも一際大きな熊の毛皮が目を引いた。
おいおい狼の次は熊かよ・・・。ん?狼?そうだ!レイやマサムネはどこに?ここにはいないみたいだが。
「す、すいません!あの2人はどうしていますか?」
「ん~、あの2人?あ~、なら今外に出とるで、何か用事があるとかなんとか言っとたべな」
その熊のような男は時折鍋の中をかき混ぜながらものんびりとそう教えてくれた。どうやら緊急にこの場から逃げださねばならないほどの危険な人物ではなさそうである。
「にしても、あんたら”冒険者”さんだべ」
「冒険者・・・」
冒険者、ここがゲームだった頃(まぁ今もゲームだろうが)は、NPCたちは俺たちのようなプレイヤーのことをそう呼んでいた。『アヴァロン』に存在するどこの国にも所属することなく、かといって対立するわけでもなくそれぞれの国の問題に首を突っ込む存在、現実に考えれば何とも変な存在である。
「そうですね。俺たち3人はその冒険者です。えっと、その・・・」
「ん?あぁ、オラはビッカラ言うもんですよぉ、冒険者さん」
そう言うと、ビッカラさんは鍋の味を確かめ、何やら味付けが足りなかったのか徐に掴んだ調味料を鍋にドバドバと加えていく。
「ありがとう、ビッカラさん。俺はアーサ、ちなみに俺たち以外の冒険者に会ったことは?」
「そらぁ、何度かは会ったことがあるよ。町でもよく見かけるしなぁ」
「・・・そうですよね。じゃ、じゃあ、最近では?」
「最近か・・・うーん、特にねぇな。ひと月前だったかな?」
「なるほど・・・」
つまりは、俺たちが元の世界に帰れなくなってから、ビッカラさんはプレイヤーには会っていない。ということは、もうこの辺にはプレイヤーはいないのか、それとも・・・。
そこまで考えて、一瞬あの青年の顔が脳裏に思い浮かんだ。
プレイヤーは”いなかった”のか、それとも”いなくなった”のかではそこに大きな違いがある。とはいえ、それを今すぐに確かめることはできないのだが。
「・・・それにしても」
「はい?」
すると、ビッカラさんは鍋の支度を進めながら、ふと話しかけてきた。
「いんやぁ、それにしても、冒険者さんたちも我々と同じくおしゃべりをするんですねぇ」
「え?おしゃべり?まぁ、当然じゃないんですか?」
この毛むくじゃらのおっさんは何を言っているんだ?そりゃ、人間だものおしゃべりもするさ。
「いやいや、皆さんいつも世話しなく移動していたり、必要なものだけ買ったらすぐどこか行ったりと忙しいでしょう。基本は皆さん無口だし、なんかね、冒険者さんたちって心が冷たい人たちだと思ってたべよ」
「・・・」
なるほど、そういうことか。
この世界がまだゲームだった時(今もゲームだがpart2)は俺たちにとってNPCは話し相手ではなく、アイテムを売り買いしたりクエストを進めたりするだけの所謂“システム”に過ぎなかった。しかし、プレイヤーが元の世界に帰れないのであれば、NPCとプレイヤーを区別するものは右手の甲に光るこの
そう悶々と自分たちの起これている状況を整理しようとすると、突然小屋の戸がコンコンと叩かれ、外から見覚えのある2人が現れた。
「ビッカラさん、ただいま。あいつの調子は・・・」
そんな帰ってきた2人と目が合った、どうやらこの2人とも元気そうで一安心。
「よ!」
そう軽く手を軽く上げ挨拶をすると、マサムネが何やら間抜けな顔を見せた後に急に駆け出し、そのまま篤く抱き着いてきた。
「わぁーー、良かったよーーー!!目を覚まさないかと思ったよーー!!」
「ぎゃあ!?離れろ!!この筋力男!!」
胸板の厚い男の熱い抱擁で息も絶え絶えになりながらも必死に離れるようにと言う。まがりなりにも、俺たち2人は今は筋肉のしっかりとついた男性キャラクターである。その2人ががっしりと抱き合い、1人は鼻水たらしながら泣いているさまは、些か見るに堪えない。
マサムネの熱い抱擁の後に続いてレイも・・・とはならず、レイはさっさとイスに腰かけていた。相変わらずのクールっぷりで俺の回復を喜んでくれているのだろう。愛い奴、愛い奴。
「お2人さん、丁度良かった、美味しいうさぎ鍋ができたところよぉ。皆で食べるべ」
「う、うさぎ・・・」
ビッカラはそう言うと、俺たち3人分のスープを注いでくれた。マサムネと俺には具材をてんこ盛りにもしてくれた。じっとその汁の中を見つめるが、耳や足はなく兎っぽさはなくてちょっと安心した。これなら何も考えなければ美味しそうなただの鍋である。立ち込める湯気の中に、野菜とお肉のいい香りがするし、味のベースは牛乳なのか、どこかシチューにも似た香りと見た目だ。
というか、ゲームの中だというのにこうも腹が減るものなのか?前まではゲーム内の食べ物なんて言わば”ガソリン”みたいなもので、口に入れさえすればキャラクターは動くようになったのに、どうやら今は違うのかもしれない。
「そうだアーサ、食べながらでいいから聞いてくれ。この世界に起こった異変、つまりは今全てのプレイヤーたちが置かれているだろうこの状況ついて、さっきマサムネと一緒に軽く調べてきた」
ちょっとだけスープを口にするとレイがそう話を切り出した。なので、俺もマサムネも口をいっぱいにしながらレイへと目を向ける。
「単刀直入に言う、どうやら、この世界から帰れる方法があるらしい」
前途多難かと思いきや、案外あっさりと解決策が見つかった様だ。
何やら嬉しいような、悲しいようなそんな複雑な気持ちである。
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