第3話 俺は・・・

 おそらく狼的には俺たちは大層美味しそうに映ってでもいるのだろうか、飢えた4匹の獣たちは俺たちの周りをぐるりと取り囲み、まだ低く唸っている。


 その大きさは、大の人間ぐらいあるのではないかと思える程大きな狼たち。


 それぞれが牙をむき出し低く唸り声を上げ、今か今かと俺たちを襲うタイミングを見計らっている。


 このまま俺たちが、あの「クウェ何とか」君のように動かない体になるのは最早時間の問題である。


 この状況を打破できる一手。それは、攻めることだ。


 相手の攻撃を防ぎつつ、更に確実に急所を狙い仕留める。ここにいる3人で協力して戦えば、それは造作もないことである。ゲームであった頃、まぁ今もゲームであろうが、1人で狼4匹相手でも恐れることなどはなかった、死ぬことはなかった。


 そう、死ぬことはなかったのである。


 そう思いつつも、もう一度あの青年の死体を見てしまう。もうピクリとも動かない彼を、その死体を見てぞわりと戦慄する。


 俺たちと同じ元プレイヤー・・・。


 俺たちもあんな風に・・・。


 そう考えた途端、俺の頭の中に死の恐怖がぞわぞわと渦巻き始める。未だに慣れない、現実では感じることもなかった死ぬかもしれないという恐怖がべったりと体を這うようで、そうなると足も手も気付けばびくとも動かなくなっていた。


 その瞬間、咄嗟に動き出したのは狼たちであった。そんな俺たちの、いや俺の恐怖を感じ取った故の先手である。


「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」


 そして、更に不幸なことに奴らが先に襲い掛かったのは俺だった。この3人の中で一番美味しそうに見えたのか、はたまた小鹿のような死の恐れがあったからだろうか。


 そんなことは知る由もないが、しかし彼らはその隙を見逃さなかった。1匹が俺の顔目掛け、もう1匹が左足を目掛けて襲ってきている。咄嗟に盾を構えようと試みるが、俺の腕は錆びた機械のように上手く動かない。そして、そんな俺の盾がその牙を防ぐよりも速く、飢えた狼たちは襲い掛かってきた。


 そんな2匹の凶暴な狼たちに成す術もなく、一瞬にして強引に後ろへと押し倒された後、背中には強烈な衝撃が走る。


「くッ!!?」


 兜がなければ、一撃でやられていた!


 幸い、まだ体への痛みはないが、頭と足に噛みつかれた嫌な感触はある。そして、その噛まれた部分が徐々に軋んでいる感触もある。


 もって数秒、何とかしなければ、このまま死ぬ!?


 ズブズブとあの鋭利な牙に噛まれて、ズタズタに引き裂かれ、むしゃむしゃと喰い殺される!


 だがそう思えば思うほど、体は思うようには動かない。


 フルフェイス兜のアーメットの空気穴から感じるすごそこまで接近した狼から漂う獣臭さに熱気、それら全てが俺を殺そうと押し寄せてくる。


 そんな恐怖と絶望と死の渦が俺を飲み込んでいく。


 だが、それでも体は全然言うことを聞いてくれない。


 そうこうしているうちに、次第にじわじわと痛みがやってくる。


 俺は死ぬのか?


 こんな世界で呆気なく。

 

 結局何もできずに。


 現実世界でも。


 ゲームの中でも。


 俺は何もできない、不要な人間なのか。


 俺は・・・。


「俺はぁぁぁぁぁッーーーーーーーーー!!!!!」


 そんな無意識に俺の奥から轟く咆哮と共に左手で狼の顔をがっしりと掴み、右手の剣で俺の顔に噛みつく忌々しい狼の首に一撃剣を突き立てる。


 深く斬り込み、その肉を裂き、汚い獣の血で塗れた剣を振り払う。


 何もできないかどうかなんてまだ分からない!


 現実世界に未練などないのだから、夢にまで見たゲームの世界を死ぬ気で味わってやろうじゃねかぁッ!!


 そう考えるとどんどん力が湧いてきて、兜の中に入った生臭い血なんか気にもせずにすぐさま左足の狼にも一撃加える。


 先程と同じように深く斬り込み、その肉を裂き、血に塗れた剣を振り払う。


 全身その狼たちの返り血を浴びたまま、それでも雄たけびをあげ全身の力を震いたたせ、そのまま勢いに任せて残りの2匹に突撃を仕掛ける。


「ああああぁぁぁぁぁッーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 こうなればもう我武者羅である。頭で考えずに、ゲームだった頃の体の動きに任せて剣を構える。


 その勢いに任せて1匹の狼に剣を指し込み、剣の刃の全てを深々と奴の体に刺し、ねじり込みそのまま投げ捨てる。


 更に、もう1匹には飛び掛かってきたその瞬間に、渾身の力で左手に持った盾を相手の頭部に叩きつける。


 そうして、最後の狼はボールの様に2、3度跳ねて転がっていく。


 しかし、その最後の1匹だけはひるんだものの、どうやら致命傷ではなかったようだ。まだ低いうねり声を上げこちらを恨めしく睨んでいる。


 どうやら、奴は俺を旨そうな獲物から憎い敵へと認識を変えたらしい。


 面白い。最早これはゲームではなく、遊びでもなく、狩りでもない。


 これは殺し合いである。ただの冒険者とただの獣の殺し合いとなったのだ。


 その向けられた眼光に、こちらも同じく睨み返す。だがしかし、3匹目を仕留めた段階ですでにこちらには剣はなく、今の一連の流れでどっと全身が重くなり、もう一度盾で殴り返そうにも左腕にはもう力が入らない。


 狼は態勢を立て直し、最後に俺だけでも道連れにするつもりなのだろうか。


 だがいいだろう、剣がなくても盾が持ち上がらなくても、俺も食らいついてでもお前を噛み殺す。


 決死の覚悟がその狼の瞳に写り、牙を光らせて飛び掛かろうとしたその瞬間、その瞳をレイの矢が貫いた。


「ふぅんッ!!!なぁらッ!!!」


 さらに、矢を受けた狼が突然の痛みに驚いていると、その直後、マサムネが空気を揺らす程の掛け声と共に手にした大槌で力の限りその狼の胴を砕いた。


 狼は先程よりも遠くまで飛び、跳ね、転がり、そして動かなくなった。


 これで、もう動ける狼は近くにはいない、俺、いや俺たちは、勝ったのである。そんな現実世界にはない充実した勝利の喜びと共に、全身からがくりと力が抜けその場に突っ伏した。


 そして、目の前が暗くなり、意識は徐々に薄れていく。


 あぁ、とにかく・・・なんだか、どっと疲れた。

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