第1話 もちつけ!?もちつけ!?現状確認が大事だ!!

 「おぎゃ」と、別に生まれたくて生まれたわけでもないこの世界に生まれて早々、その人様の出来立てほやほやの皺一つない脳みそにマイクロチップが打ち込まれるようになって早30年以上が経とうとしている今日この頃。


 当時はこの国の誰もがその人間の進歩に驚嘆し、また歓喜したであろう。


 何やら時代が大きく変わったような、言うなれば4本足で歩いていた我らのお猿な御先祖様が立派な2本足になったかの様な、どこかの宇宙飛行士が月に足跡を付けたかの様な、そんな人類史に残る大進歩。皆がそう感じたに違いない。


 だが、俺に言わせてもらえば、時代は何も変わってはいないのだ。


 財布も携帯電話も健康管理もインターネットも確かに変わった。今では、頭の中のマイクロチップ様と『Mirage』という人の首からぶら下がる機械様が何でもしてくれる。しかも『Mirage』に搭載されたAR機能、つまりは「Augmented Reality」または「拡張現実」機能を使えば、前時代的な板っ切れで「もしもし?」しなくとも、右手か左手を耳に当てるだけで「もしもし?」ができるのだ。それに他人よる盗み見、盗み聞きなんてしようがない優れもの。


 でも、その一方で車は空を駆け回ってはいないし、大宇宙にはコロニーもなければタイムマシンも狸型ロボットもまだない。それに、人にはその脳みそにマイクロチップがあるというのに、今でも学校なる偏屈な場所でその脳の皺を増やそうと日夜勉強三昧の日々。あと、結局大学に進まないといい就職先はなく、結局大学に進んでもまともな就職先はないこの世の中。


 つまり、頭にマイクロチップという機械があろうとなかろうと些細なことで、時代は大きく変わらなかったということだ。大きな世界のその極最小の部分が細々と変わっただけ、ただそれだけ。


 さて、そんな小さくも細々と変わったもの一つに、皆大好き”ゲーム”がある。


 まだ人間様の脳みそにマイクロチップが無かった時代、つまりはジジババの時代。その当時の人たちは目と耳、それと手、たまに足でゲームを遊んでいたそうだ。それは随分とご苦労な話であり、皆頭に詰まったその皺くちゃの脳みそをフル活動させ、そのゲームに没入していたのであろう。


 一方で、マイクロチップを埋め込んだつるんっとした脳を持つ我々は、そんな苦労もなく体全体、いや“脳全体”でゲームを楽しめるようになった。つまりは、脳で直接ゲームを遊べるようになったわけで目や耳、手、足は勿論のこと、鼻や触感などなど、あらゆるものを駆使してゲームを遊べるようになった。そのゲームの舞台は「仮想現実」とか「Virtual Reality」とか言われるが、それらを可能にした『Zony Entertainment Corporation』社(通称:Z.E.C)によれば、『The World』と言うらしい。


 勿論、最初そんな脳で体験するゲームの登場は何かと世間を騒がせた。


 だけど「仮想現実」というのは言い過ぎで、本当に現実世界と瓜二つと言えるまで作り込んだ『The World』なんてそうそうないし、そのゲームの中で銃で撃たれようが、刀で斬り刻まれようが、水死しようが、現実の体はビクともしない。その仮想の世界で、悪者を倒したり世界を救ったり誰かと良い感じになったりとできるが、そのゲームの世界で”死”までは追体験できない。


 だからこそ、ゲームは「小さくも細々と変わった」ものの一つなのだ。


 今も昔も、脳みそにマイクロチップがあろうとなかろうと、ゲームのような仮想世界では”死”なんてものはやはり追体験できないのだ。


 つまりは、何も変わっていない。


 人間なんて、その頭に小さい小さい機械が埋め込まれるようになったとしても、何も変わらないのである。この世界で恵まれない者は恵まれず、生きづらい者には生きづらく、多くの人が誰の役にも経たずに、ただ無気力に生きて最後には野垂れ死ぬのだ。


 そう、この俺の様に。


 だからもし願いが叶うのであれば、俺は仮想世界で死にたい。


 盾を構え、剣を振るい、仲間を引き連れ、世界の命運を分ける一戦に身を投じ、最後の最後は大空を仰いで死ぬのである。傍らに美しい女性がいて更に泣いてくれれば、尚好し。


 どうせ生まれてきたのなら、そんな盛大な死を迎えたい。


 誰のためにもなれず、日々のうのうと生き、これから社会の役に立てることなどおそらく何一つもない俺はそう思い、今日を生きている。


 この退屈な日々を生きている。


 などと考えていたのが、この世界の神様とやらの機嫌を損ねたのか、はたまた「そのアイデアもらい!」とお気に召したのかは分からないが、とにかく俺たちはゲームの中にいた。


 説明終了。


「もちつけ!?もちつけ!?現状確認が大事だ!!」


「餅ついてどうする!とりあえず、おちけつ!」


「ふ、2人とも言葉が変になっていますぞ!もちけつ!ん?おちもち!んん?」


「「「・・・・」」」


 一瞬の静寂、慌てふためいた俺たち3人はもう一度大きく息を吸い、そして吐き出し、そう丁寧に深呼吸をすると、俺たちが現在置かれているこの現状について冷静かつ慎重に考えをまとめる。


 消えたログアウトメニュー。


 一向に応答しない強制ログアウト。


 目の前に広がるのは、鬱蒼と生い茂る木々。


 聞こえるのは、風と鳥、そして何やら怪しげな生き物たちの声。


 そして、それらから導かれる答えはただ1つ。


「この現象はあれだ!ゲームの中に閉じ込められた現象だ!」


 この場にいる他2名に対してそう提案する。


 これは夢にまで見たシチュエーションである。古い漫画や小説、ゲームなんかではたまに見られたシチュエーションであり、こういう場合は大抵誰かの陰謀が関わっているのだ。天才ゲームクリエイターとか、政府の人体実験とか、とにかく何やかんやと関わって果ては世界の存亡の危機に繋がるのだ。いやー実に、愉快!


 だというのに、約1名だけは蔑んだ目で俺を見ている。やれやれと言わんばかりにじとっとした目で俺を見つめている。


「はぁー・・・、なんだそれは?そのまんまだなぁ。それに、つまらない。却下だな」


「いやいや、でも数十年前の漫画やアニメの設定なら定番でしたぞ。こういうのは大抵、最強主人公がハーレムで無双するパターンですな!」


「おお!いいな、その設定!胸が躍るなー!!俺も可愛い娘と冒険してー!!」


「まぁ、残念なことに我々は最強でも、そのハーレムとやらでも無いがな」


「「おうふ・・・」」


 その言葉を最後に、俺たちはそれぞれの作られた顔を見合わせる。


 こちらの顔をすっぽりとフードで覆い隠している、先程からやたら消極的なツッコミ担当が「レイ」。


 加えて、先程から語尾がやたら変で、中のプレイヤーとは正反対の筋骨隆々色黒男が「マサムネ」。


 そして、この俺、中世のフルフェイス兜に甲冑は騎士の証「アーサ」。


 「レイ」は遠距離主体のアーチャー、つまりは弓使い。ねちねちと遠くから相手を攻撃できる上に、いざとなったら近接もできる優れもの。


 「マサムネ」が近距離主体のブレイカー、つまりは攻城兵。速さを捨て、一撃の攻撃に全てをかける。そして、その攻撃を外すととてもダサい。


 そして、俺は近中距離主体のセイバー、つまりは剣士である。おそらく「アヴァロン」を始めた人のほとんどがこのジョブを選択する。平凡といえば平凡だけど、平凡が故に欠点もない!しかも、アーメットの兜を装着すると更にカッコいい!


 そして、悲しいことに、女性のプレイヤーはここにはいない。


 というより、このゲーム自体に女性プレイヤーキャラクターは少ないのだ。


 詳しいことはよく分からないが、俺たちプレイヤーがたった今装着して遊んでいるはずの『Mirage』は、俺たちの脳に埋め込まれたマイクロチップを経由して装着した者の声や性別などを認識するらしく、ゲーム内の声と性別だけはどうしても変更できないそうだ。


 マサムネ曰く。


 「ネカマはいないし、女性もいない(泣)」だそうだ。


 なんともかんとも。


「まぁ、とりあえずここにいる3人だけでは埒が明かない。他のプレイヤーを探して話を聞こう、今は何よりも情報だ」


 すると、口火を切ったのはレイである。クールキャラだけあって、マニュアル通りのクールな対応である。


「そうだな!じっとしていても仕方ない・・・」


「おぉー、リアル冒険!胸が高鳴りますぞー!!!」


「だよなー!!」


「・・・やれやれ」


 俺以下1名もその意見に賛同し、この場から歩き始める。幸い、他のプレイヤーが集まりそうな中規模な街は近い。


 まずは、そこで他のプレイヤーからの意見も聞いて、このゲームに何が起こっているのか、そして何が起こるのかを確認しなければならない。しかし、こんな意味不明な様な状況にも関わらず、俺の心は何故かワクワクと弾んでいた。


 退屈な現実世界から抜け出したようで、何やら胸が高鳴っていた。

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