第6話 最後の日

 福山くんとの日々は楽しいものだったけれど、楽しいことが恐ろしかった。楽しければ楽しいだけ次に来る寂しさに怯えることになった。身に余る幸せなのかもしれなかった。あるいはマイナスでいる時期が長すぎたせいで、プラスの居心地が悪いのかもしれなかった。自分が幸せになっていいのだろうかと思った。そんな資格はないのでは、と。


 街で老人を見かけると、もしかしたら今日がこの人の最後の日になるかもしれないと思う。デパートの駐車場で車から親子が降りる。この人達は帰りに事故に遭って死ぬかもしれない。いつからかそういうことを思うようになっていた。


 いつからか。それは間違いなく9月1日からだ、と私は思う。今そばにいてくれる誰かが、いつまでもそばにいてくれるとは限らない。今日の喜びは明日には消えている。


 彼は私がからかわれていることに対して、何一つふれなかった。その代わり、週に一度か二度、遊びに誘ってくれた。


 物足りないとは思うものの、けれども多くは望まない。私のために被害者になってほしくはない。少し痛いぐらいがちょうどいい。


 でも本当にそうだろうか?

 強がりだ、と私は思う。

 私は本当は彼に守ってほしいのだ。

 離れるなら今だ。


 彼には友達もいる。私さえ関わらなければ、彼の人生はうまくいくだろう。うまくいかないにしても、私より悪い方向へは流れないだろう。


 姿見の前で2時間格闘して服装を決めた。ボーダーシャツの上にモスグリーンのビッグブルゾン、ネイビーのガウチョパンツ。靴はスニーカーがいい。秋にしては温かい日だった。


 待ち合わせた駅、人混みの中でも彼の姿はすぐに見つかった。騒がしい場所でも聞きたい人の声は聞き取れる。それと同じだ。彼は丸首のシャツの上にネイビーのジャケットを着て、ベージュのチノパンツを履き、レッドブラウンのチャッカブーツでまとめていた。


 今日が彼と会う最後の日だと思うと、いくらか気が楽になった。彼の足を引っ張っている後ろめたさは、存外大きなものだったのだ。

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