第37話
「美冬、怪我はないか?」
視界を覆う乳液の如く濃厚な霧、夏南は腕に抱えた美冬と唇が触れる距離まで顔を近づけ、愛する者の無事を確かめる。実践経験の全く無い素人を戦場に連れ出し、挙げ句に頼り人質にさせしてしまった。こうなったのは全て自分の責任だ、夏南は奥歯を噛み締め未熟な自分をなじった。
「・・・・・・はい」
美冬は静かに目を開け答える、何処か怪我をしていて我慢しているかもしれない、早くシィにみせた方が良いだろう。
「この煙・・・・・・・呪食小龍?」
周囲の異変に気付いた美冬が驚きの声を上げた。
呪食小龍とは術識を食らい無効化する霧状の擬似生命だ。発動前は手に収まるサイズの玉子型容器に収まっており、発動すれば容器を破り一瞬にして周囲を霧に包み効果を発揮する。術識初心者が訓練の為に使う道具の一つで、一定以下の術識が無効化される中で術識を使う訓練に用いられる。
以前取材に来た時、夏南が中庭を案内された際にこっそり仕込んでおいたものだ。
バチバチ!
火花が散る音が突然鳴り響く、二人は音の発生源へと弾かれたように顔を向けると、夏南を捕らえかけた術識の檻の表面に幾つもの火花が生まれては消えていく。
低出力の術識の阻害しか出来ないはずの霧が、竜の術識に干渉している、里で教えられた知識に反する光景に美冬の目が釘付けとなっている。
「里の技術開発部門が作った対龍用の改良版だ
実践配備されなかったのは自分達の術識も阻害されるので、生身で人以上の身体能力を龍と使えば戦う羽目になるのが理由だ」
霧の効果を理解した龍が檻へ注ぐ術識を予想通り強める気配を夏南は察知。
「離れるぞ美冬
わざと捕まって話をして分かった、もう手加減しない、次で決める」
「わざと捕まったのですか、キャ!」
龍が更なる術識力を檻へと送る、それと同時に周囲を覆う霧が檻へと一斉に集まり視界が開ける、夏南は美冬を抱え中庭の中心に居る龍から跳んで離れる。美冬を助ける際に蹴り飛ばしておいた人間態のイルタが飛びかかってきたが、その手刀は虚しく空を切った。
夏南は病院裏の庭園に続く開けた場所に美冬を降ろすと、こちらに追撃しようとする人間態のイルタへ向かって叫んだ。
「術識を止めろと本体に早く言うんだ
でないと食った術識を使って霧が攻撃して来るぜ」
思わず人間態のイルタが振り替えると、術識の檻に集まった霧が幾つもの帯となって弾けた。帯の一つ一つが瞬時に変形、小型の白い龍となって転身、その全てが自らに餌を与えた龍へと高速で突進する。自身が知らない術識に巻き込まれた龍が、目の前の脅威を図りかねて一瞬動きが止まる、それを見ていた人間態のイルタが助けに向かおうと身を翻そうとする。
「許してくれとは言わない」
イルタが顔を戻すと直ぐ目の前に刀を構えた夏南が居た。
回避する猶予すら蹴散らす夏南の迅速の踏み込み、更に両手を添えた対龍刀ー水風の水平に寝かされた高密度分子の鋭利な刃が振られる。
一閃、イルタの頭部が体から切り離される。
二閃、慣性を殺した刃が水平線を裂くように振られ頭部を縦に両断、断面から血と脳症が零れ僅かな湯気を立てる間もなく、地面へと落ちる
三閃、水風に切られた金糸のごときイルタの髪が再度刃の起こした風に乗り夏南が伸ばした左手の中に収まる。
「擬態とはいえ人間、供養は必ずする」
夏南は自らが犯した罪をしっかりと胸に刻んだ。
その光景に美冬は目を見開いて固まるしかなかった、わざと捕まった兄を怒ろうと開きかけた口もそのままに。
素人目にも分かる、殺すと決めて放った一撃、今まで見た事がない兄のもう一つの姿がそこにはあった。
「美冬、援護を頼む」
夏南が振り替える、一瞬辛そうな表情がそこには浮かんでいたが、直ぐに険しくなり跡形もなく消える。
美冬は頷く、夏南はこれで終わりにする気だ。
無茶を怒るのは生き残った後で必ずするんだ、必ず。
美冬は符を構え大きく息を吐いた。
いい表情だ。
背中を預ける相棒の顔に命を預けられる何事かを見届けると、夏南は倒すべき龍へと向き直った。
龍は自らの分身が斬られたにも関わらず、左手に掲げた術識の檻を維持し続けていた。檻の表面には幾つもの霧の龍が群がり、術識を食らう端から耐えきれずに自壊し続けている。瞬時に霧の特性を見破り、檻を放棄することなく霧を消滅させる手段に出たのだ。
もし人間態のイルタを斬った勢いで龍に斬りかかれば、近づいた所にぶつけようとしていたに違いない。
荒ぶる霧の向こうで龍が笑った、自身の魂胆を相手が読んだと見ての笑みだろう。
命拾いしたようね、とでも言いたいようだ。
龍が左手を空へと掲げ送る術識量を一気に増加、残り僅かとなった霧の龍がその総量を食いきれずに一瞬にして消滅する。中庭を包んだ霧が全て消える、役目を終えたとばかりに術識の檻が火の粉となって宙へと消える。
「残念ね、せっかく切った切り札だったのに、負けるのが数分延びただけになったようね」
「自分の事しか頭にないのか?」
夏南はこれまで発した事がない低い声で、龍の煽り文句を一蹴した。
龍は言葉の意味を図りかねて目を細める。
「最後に聞かせてくれ、あんたは理由は何であれ多くの人間を救ってきた
龍を殺すことしか知らない俺よりも良い側面を持っている」
夏南は刀を下段に構え片足を一歩前に出す。
「感謝されたこともあるはずだ
その顔を思い出してほしい、本当に何も感じないのか?」
夏南の言葉に中庭に揺らぐことなく聳え立つ大樹のごとき龍が、落雷に打たれたかのようにその全身が一瞬激しく震えた。すると鋼以上の高度を誇る鱗を貫いて放たれていた殺気が、夕立の終わり間際のように跡形もなく消え去った。表情は読めない、何処かから流れて来た雲が月光を遮り龍の顔を闇に隠してたからだ。
「触れれば壊れる虫の感情など、私の生に取っては塵同然よ
大海に投げ込まれた一滴の水のことなど、憶えるに値しない!」
声と同時に龍の中心から膨大な術識が溢れ、拡散することなく城壁のように龍を囲む気配をはっきりと感じた。出力の低い術識が触れれば、術識が干渉し合う発光現象すら起こらず分解されてしまうだろう。これが龍との戦闘で脆弱な人間が近接戦闘を仕掛けなばならない理由だ、そして龍に取っては戦うための準備の一つにして、殺さねばならない相手に出会ったという声なき覚悟である。
手心を加える必要が互いに無くなり、ここから先が本当の人と龍の戦いが始まるのだ。
夏南は直ぐに行動に出る、龍との戦闘で先手を取れなければその分死傷率が上がる。後ろに美冬がいる以上、龍に譲る訳にはいかない。
戦闘用に作られた靴の底で砕けた氷で濡れたを蹴ると、夏南の身体は弾かれたように龍へと向かった。龍が氷の槍を目の前に幾つも生成、今度は横の回転を加えて撃ってくる。命中精度を犠牲にて攻撃範囲とランダムな軌道を得た槍たちの動きはバラバラで紙一重での回避を許さない、夏南も速度を捨て稲妻のような軌跡を描いて龍へと迫る。
右肩を叩こうとする槍を刀で叩き落として、進路方向の地面に突き刺さった槍の上を跳び、横殴りに迫る槍は地面に倒れかける程に前のめりになりやり過ごす。
幾ら数を蒔こうが、当たる槍の目星が点けられれば龍の術識であっても対応は可能だ。
龍の懐に入る、槍の攻撃が尽きる、夏南の振り上げた刀が右上から左下へと振られる。龍は尾で地面を蹴って横へと移動、斬り抜けた夏南へ右腕を勢いよく振り下ろした。
夏南は身を捩って回避しようとするが、シャツの背中を爪が縦に切りると、その下の皮膚が裂け血を流した。
龍は夏南が放った回転切りに右腕を浅く斬られるが直ぐに体ごと後方へ移動。夏南が体制を立て直すと龍の背中で氷の破片が飛散、美冬の援護術識でその巨体が僅かに揺れる。美冬が龍の向こう側で右へと走る、夏南はそれに合わせて左へ移動、龍は振り返る素振りも見せずに一目散に夏南を追って来た。
夏南は地面に半弧を描き方向転換、突進する龍へと走る。間合いに入った龍へと、水平に構えられた水風が放たれた。迎撃する龍の右手に術識反応、手と腕の付け根付近から指が5本生えると、鋭い爪を交差させ即席の盾を生成、食い込む刃に3,4本爪を切り落とされるも力任せに突きを繰り出して来た。
夏南の体は弾き飛ばされるも空中で回転し着地、そのまま地面を滑り破壊された花壇に足を着いて停止する。
その隙をついて龍が夏南へともう一度迫る、しかし上空と地面に術識の反応を感じたのか急停止すると、右後方へと飛翔して距離を取った。遅れて空と地面から氷の槍が幾つも生まれ、互いにぶつかり合い砕け散る。夏南の右前方、中庭入り口前で悔しそうな美冬の顔があった。
急場の罠故に読まれたが、そのお陰で難を逃れることができた。フォローを入れたところだが龍相手にそんな時間はありはないない。
龍は上空へ飛翔し高度を取る、その際役目を終えた右指5本が切り捨てられ地面へと落ちた。肉体の構成を瞬時に変えられる相手は厄介だ。特に必要となれば自分の体を捨てられる奴は何をしてくるかわからない怖さがある。
龍の頭上に幾つもの氷の短剣が生成、先ほど美冬にされた事への意趣返しだろう、なら狙いは一人しかいない。発動を待たずに夏南は地面を蹴り疾走していた。美冬の元へ一瞬で到達、彼女の体を空いている左腕でその細い体を抱きかかえる。美冬はもう何も言わない、慣れたのかそれともこうなることを覚悟していたのかは分からない、龍の術識は既に発動されている、夥しい氷の刃が二人を引き裂かんと迫る。
夏南は中庭を病院の壁沿いに移動、つい先ほどにも同じ状況に陥ったが今度は上の中の美冬が冷静に防御術識を幾つも発動している。空中に生み出された氷の壁は飛来する氷剣を防ぎはできなかったが、大半が威力をそがれ軌道を曲げられ直撃コースを取るものはほんの僅かであった。夏南が右手の刀を一振り、氷の盾を抜けてきた氷剣を叩き落す、最初の頃が嘘のように美冬と連携が取れ始めている。
「俺たちは良いチームになりそうだ」
「当然です、いずれは夫婦のなるのですから」
夏南は空を切る氷剣をを首を横に倒してかわす、風音で美冬が言った言葉は聞き取れなかったが頷き返すと龍へと視線を戻した。
夏南達は中庭端に到達、その時を待っていたのか今まで以上の氷剣が殺到、地面を蹴っ二人は宙へと舞い紙一重で回避。夏南は追いすがる氷剣を壁から壁へと跳んで引き離した。美冬も氷の盾を連続発動して龍の攻撃に抵抗する、しかし負荷に脳に痛みが走る思わず抱きかかえてくれる兄の首筋に噛みついてしまう。
美冬の異変に夏南は回避から攻撃へと転身、氷剣の雨を潜り抜け龍の真下へと出る。龍の攻撃が止む、しかし龍の体から新たな術識が発動する気配が放たれたのを夏南は悪寒として察知する。
「兄さん、また箱です!」
術識に詳しい美冬が何かを察知したのか、警告を耳元で告げた。言葉の意味が分からないが、周囲の景色が一変したことで夏南は晒されている危険の種類瞬時に理解、地面を蹴り上空へ跳ぶ。
四方から術識反応、透明度の高い純水で作られたとおぼしき氷の壁が殺到、二人を閉じ込める氷の囲いを瞬時に形成。夏南は氷の壁に空中で蹴りを放ち強制的に足場を作り再度跳躍、壁を飛び越えようとする。美冬が悲鳴を上げる、視線を追って空を見上げるとそこには下と同じく氷の壁が、何の支えも無く夏南たちと星空の間に横たわっていた。
間に合え、夏南はもう一度氷の壁を蹴り空えと向かう、それを阻止するかのように氷の壁が自由落下を開始する。空から降る天井が氷の壁の頂点に到達する前に、檻の外にでなければつぶされてしまう。夏南は最後の壁蹴りに全身の力を込める、美冬を檻の中で死なす事など誰にもさせない。
氷の壁と天井の僅かな隙間に夏南は飛び込んだ、左肩が天井の側面に触れシャツと皮膚が削り削がれるも脱出に成功、後は地面に無事降りるだけだ。
「兄さん、龍が!」
耳もとで美冬が悲鳴を上げる、その指先が指し示す方向から龍が突っ込んで来ていた。氷の檻から相手が逃れると読んで、予め離れたところから突進の機会を伺っていたのだ。美冬が瞬時に術識を発動、氷の槍が幾つも発射される、しかし龍は自身から漏れる術識の鎧で威力を減衰させ、体当たりで槍を砕き勢いを殺さず進む。
互いの距離は3メルトルに縮む、夏南の足は未だ地面を踏んではいない、龍が大口を開け人間二人を飲み込もとする。0、龍の大口に月光が遮られ夏南と美冬が影に沈む。巨口が上下から閉じられる、鋭い牙が肉を引き裂こうと迫る。絶体絶命に美冬は目を閉じた、しかし夏南は迫る危険に目を凝らすと、特出した長さを誇る上顎から延びる犬歯に向け蹴りを放った。
砕ける犬歯、予想外の反撃に龍が悲鳴を上げると同時に蹴りの反動を利用して、夏南の体が龍の口から飛び出した。夏南の体は空中で縦に一回転すると地面に着地。龍は獲物を捕らえることなく、破壊された病院へと突っ込んだ。
「まだあの龍は生きております
これからどうなさいますか?」
地面に降ろした美冬が次の行動を乞うて来た、あまりうれしくはないが龍との戦闘に馴れてきているのだ。
「素早さと警戒心からの奇策、やっかいな龍だ
動きを止める必要がある、何か大掛かりな罠になりそうな物があれば……」
夏南はそこまで言うと、不意に病院裏にある庭園へと目を止めた。
あるではないか、温度を閉じ込める為に作られた檻が。
「美冬、今からいうことをよく聞くんだ」
夏南は思いついた作戦を手短に美冬に説明、できるかと聞くと彼女は力強く頷き答えてくれた。
「俺の命、お前に預ける」
手筈通り庭園へと走り出す美冬に向って、夏南は一人呟いた。
轟音、振り返ると龍が突っ込んだ病院の二階部分が崩れた、だが次の瞬間、術識で生まれた衝撃破が建物に止めを刺して倒壊、宙に浮かぶ龍を残して診察室があった棟は完全に破壊された。
夏南は鞘に納めていた刀を抜いて構える。
軽口が来るかと身構えたが、龍は何も言わない。
代わりに全身から術識を発動、周囲に水を生み出すと刃の形に凍らせ、それらを自らの全身に身にまとった。
不可視の刃、全身凶器の龍殺しを一呑みにはできないと、今度は切り刻む作戦に変えてきたのだろう。
「刃物で俺とやりあう気かい」
安い挑発、美冬が定位置に着くまで少しでも時間を稼がねばならない。
「メスなら嫌という程振るって来たわ
20年程度しか生きていないボウヤが私について来られるかしら」
龍がその場で一回転すると、氷の刃が月明かりを受けてシャンデリアのように幻想的な輝きを放つ。隙を晒したつもりだろうが夏南は乗ることはなかった。不可視の刃、その一つ一つが長さも幅も全てバラバラとなれば、不用意に間合いに飛び込むことは即死を意味する。
「夏南さん、一つ選んでくださいな」
龍がこちらに向ける赤い目が怪しく光る。
「ばらばらになった妹の死体を見るか、それともばらばら死体となって妹にみられるか?」
夏南は答えない、美冬を先に殺せると言い戦場の主導権を握る腹だろうが、そんなことはもう美冬に命を預けた以上、既に覚悟は決めている。
無言が答えだと龍も分かったのだろう、直ぐに夏南から視線を外すとその背中の向こうにある庭園へと顔を向けた。それが夏南に取っての戦闘再開の合図となった。体内の拘束術識の最後の一つを解放、純粋な人の身体能力を越えた体の限界が消滅、命と引き換えにたった一人で龍を滅ぼせるまでに夏南の細胞一つ一つが活動を開始、たった一つの存在理由を成そうと躍動する。
龍が飛んだ、夏南もそれに合わせて跳ぶ。
次の瞬間、夏南の体が龍の進路を塞ぐ。
龍の目に驚き、夏南の目には殺気。
龍が鼻先の脇から伸びる氷の刃を振るう、夏南は刀を下から上に振り上げ防御。術識が通った氷は欠けることなく対龍刀と拮抗。夏南は刀の刃の裏側に左手を当て刀を押して緊急落下、追撃の龍の右手をかわす。龍は上昇を諦め地面を這うように飛翔、入院患者用の部屋がある棟の壁に沿って移動、その先は庭園へと続く階段がある。
夏南の足が地面を叩く、すると龍と同じいやそれ以上の速さで加速、龍の頭に追い付き並走する。
互いに目が合う、そして龍と人が一気に急接近、氷の刃と刀が再び交わり合う。
移動しながらの力比べは龍に有利をもたらした。
胴体から伸びる氷の刃を受け止めた夏南は受け止めきれないと判断すると、空中へと飛んだ。美冬が見ていたら叫んだであろう、なんと夏南は龍から離れたのではなく、龍へと向かって飛んだのである。龍の二つの目は上下左右180度の視界を誇るが、頭の後ろは死角となることを夏南は知っていて跳んだのであった。
龍の背中、氷の刃が無数に生えた致死の空間に夏南は突入、迫る刃を刀で防いではその反動で後ろと進行方向へ向かう推力を得る。体を幾度か斬られたが、夏南は氷の森を抜け反対側へ着地。龍が苦悶の声を上げ夏南から急ぎ離れる、離れる時に斬りつけた傷が思った以上に深く、追撃を恐れたのだろう。
夏南は地面を数回転がると再び立ち上がった、龍は庭園へと続く斜面を降りると一際高く育て上げられた生け垣を支柱事なぎ倒しながら旋回、美冬の跡を追わずに夏南へと迎撃行動に移る。
突進の威力を載せた斬撃を放つ気だ、夏南は横へと回避しようとするが周囲の気温が一気に下がった事に警戒して足を止める。夏南の周囲に氷の細い柱が幾つも地面から生え、猛獣のように一斉に襲いかかって来る。柱はどれも建物の1階程度の高さしかない、跳べば回避できるが龍はそれを待っているのだろう、夏南は龍に向かって斜め左へと駆け出した。
庭園へと続く斜面を疾走、跳べば斬られ引けば美冬と分断されるなら進むしかない。
夏南の軌道を塞ぐように5、6本の氷の柱が密集、地面を削りながら高速で迫る。
最初の2本は並走、夏南はその間を潜り回避、続く3本は正三角形を地面に描き更に回転、刀で1本を斬り倒して回転する柱の中へ突入、2本になり間隔の空いた三角形の外へ一気に飛び出した。
残るは1本と次の目標へ意識を移した瞬間、背後でガシャンと氷と氷がぶつかる音が響く、肩越しに振り替えると急停止した氷の柱へ後を追い回っていた柱が激突、互いに砕け散るとその破片を周囲に撒き散らした。
「これが狙いか」
夏南は背後に刀を回すと高速で飛来する破片を叩き落とした、だが迎撃を免れた破片の幾つかが背中や脚を直撃する。斜面での背後から奇襲攻撃、流石の夏南も体制を崩し転びそうになる。
慌てて顔を上げる、龍はもう既に目と鼻の先に迫っている。
最後の柱は何処へ消えた?
6本目の柱はいつの間にか消えていた、迫る龍、考えている暇はない。
横へと跳ぼうとした夏南の周囲に術識反応、地面から系4本の氷の柱が瞬時に生成されると、夏南の左右に×型となって進路を塞ぐ。
6本目の氷の柱を消したのは、この罠から目を逸らさせる為だったのだ。
正面からは最高速度に達した龍が迫る、左右と背後への退路を絶たれた、絶望的な状況だが夏南は地面を蹴って前に出た。
龍の顔から伸びる幾本もの氷の剣、幾ら術識で産み出され強化を受けているとしても所詮は氷、完全に透明ということはあり得ない。
目を凝らし刀身に着いた外気に含まれる水分、結露が膜となりそこに写る月光を確認、瞬時に剣の配置を読み取ると鼻先から伸びる一刀目を跳んでかわすと、刀の柄頭で龍の側頭部を思いきり殴り付けた。
「くっ!」
空中で夏南の体が龍から弾かれたように離れるも、背中や右肩をざっくりと氷の刃で斬られ苦悶の声を上げる。夏南の体は斜面から庭園の煉瓦舗装された道を転がり、龍は斜面を駆け上がるように登り病棟の壁を砕いて止まる。夏南は地面を叩いた反動で起き上がる、背中は見えないが肩口の傷は骨には達してなかったようで、代謝向上による瞬間再生と同時に痛みが消えた。
その時、破壊音が周囲に鳴り響いた。
顔を龍へと向けると、自身が砕いた病棟の壁の端を両手で掴んで引き抜いていていた。まるで二枚の盾のように壁を龍は掲げると、そのままこちらへ向かって放り投げて来た。斬れるが質量が大きすぎて軌道を変える事は難しいだろう、夏南は後方、庭園の中心に向かって走り出した。
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