第33話

イルタ医院は元貴族の屋敷、その一部を改装して造られた病院である。持ち主が養子縁組で相続した建物ではあるが、個人開業医としては最大級の病院だろう。350、000平方メルトルという敷地は、山岳地域に住んでいた夏南にとっては途方も無く広く感じたが、カントリー・ハウスとしてはこれで中規模と、邸内の地図を用意してくれた刑事クルトに言われた時にそこに忍び込むのかと途方に暮れたものでった。

だが、今回の夜盗紛いの捜査について、何処を調べるかについては既に目星がついている。

その根拠になったのは二つ、ミーリの部屋で偶然見つけた葉とある工事記録であった。

葉は龍養咲と呼ばれる植物の一種で、中央の葉脈を中心に左右不均衡の葉が一番の特徴で、主に小型の龍種や生まれて間もない龍が好んで食べる葉だと、鑑定したシィ女史は言っていた。

夏南が持ち帰った葉は龍養咲の中でも湿地帯に適応したもので、この北の島国では自生は出来ず、何処かの湿気の多い暗室で人の手で育てられた物で、環境に馴染めずに枯れたのだろうとシィは予想した。

工事記録の方は、クルトが以前ある事件の捜査で調べた建設会社の記録にああった。先代の屋敷を必要以上に改築したと周囲に思われたくないとイルタから打診を受けたという。割り増し料金として法外な額を貰っていた事が、押収した裏帳簿にあったので憶えていたのだという。

工事区画は正面入り口から東にある倉庫、そこをもう一使えるように改修したと記録も帳簿と一緒に残っていたのだ。

偶然と几帳面な犯罪者と勤勉な刑事のお陰で、夏南は広大な家探しから解放されたのであった。

夏南と美冬は小走りで敷地の西に向かって進んでいく。目指すは東の倉庫部屋だが、今目指しているのは厨房だ。そこには食材搬入用の勝手口があり、古い簡素な造りの鍵で施錠されている事は以前の取材の折に確認済みだ。

クルト達の集まりの仕事で憶えた、素人解錠技術でも難なく開くだろう。後ろをチラリと見ると、美冬はしっかりとついて来ている。問題は彼女だ、あの生真面目な妹の前でピッキングをしなければならないのだ、きつい小言が待っていることは確実である。

夏南は美冬に気取られぬように、腰のポーチからピックングツールを取り出し手の中に隠した。

「屋敷に入る前に、周囲に人影が無いか確認してくれ」

厨房の勝手口に到着すると、夏南は美冬に自分は中に人が居ないか確認するので、周囲の警戒するよう伝えた。

彼女は真剣な表情で頷くと、着物の中から術に使う符を取り出してた。これから龍が居る屋敷に潜入する気負い、普段以上に緊張しているようだ。これならこちらの意図には気付くまい、夏南は美冬が離れ背を向けたところで窓から厨房内部を覗いた、人影は見当たらないので鍵の解錠に取り掛かった。

鍵を開けられたことを伝える符などの仕掛けは見当たらない、夏南の手にあるピッキングツールが鍵穴に差し込まれると、20秒もしない内にカチャリと鍵を開けた、良し!

「美冬、来てくれ!

また探知を頼む」

小声で叫ぶと驚いたのか一瞬ビクンと跳ねた美冬が、月明かりの下でもはっきり分かる程顔を赤くして駆け寄って来た。そして、何事もなかったかのように、符を構えて目を閉じて周囲に意識を拡散させる。壁を越えた時と同じように、術識で罠や探知系の罠を探って貰っているのだ。

頻繁に人の出入りがある場所に仕掛けらえていることはあまりないが、相手は龍なので警戒するに越したことはない。

「危険な罠は何もありません

この部屋の隅々まで調べましたので安心して下さい」

扉周辺だけで良かったのに、厨房内全てに攻撃してくる罠があるかどうか調べてくれたようだ。相手に龍と言う兵器にも等しいカードがある以上、侵入者の存在を把握できればいいだけなので危害を加えるような罠は設置する可能性は低い。だが、互いの身を案じてくれた美冬にそれは言わない、代わりにお礼の言葉を掛けるに留めておく。

「ありがとうございます」

 そう言うと美冬は、何か考え込むように俯いてしまった。術識使いは、自分よりも上の技術で隠蔽された術識見破れない。その事を気にして探知が完ぺきではないことを気に病んだのだろう。

励ましの言葉を掛けようとしたところ、突然美冬が顔を近づけて耳打ちしして来た。

「今回は事情が事情で見逃しますが、泥棒さんのような真似は今夜だけにしてくださいね」

どうやらオピッキングを見ていたようだ。

更に美冬は自分の唇に人差し指を当てた、見たことは誰にも言わないという意思表示だろう。最愛の家族に、犯罪者と思われて少し傷ついたが訂正している暇はない。まぁ、捜査の為とは言え、人には言えない行為をしてきたという自覚もあるので、黙って受け入れるしかない。

暗闇に目が慣れるのを待って、二人は厨房に足を踏み入れた。扉を閉め奥へと進むと、調理台からシチューの匂いが漂ってきた。イルタが自炊することは調べてある、病院スタッフは日暮れ前に屋敷を去るので、イルタが自分で夕飯を作ったのだろう。

夜食を取りに来たイルタと、院内で遭遇することはまず無いとみていいだろう。

夏南は美冬を伴って厨房から廊下へと出た。潜った扉に鍵は存在せず、更に何の罠もしかけられて居なかった。あれだけ煽り興味を引くようなことをするにしては不用心すぎる、この街の記者の行儀の悪さを知らないわけではないだろうに。

やはり、誘われているとみて行動するのが妥当だろう。

「兄さん、誰かの気配でも感じたのですか?」

厨房の扉を閉めたところで急に動きを止めたので、不審に思った美冬が体を寄せて小声で囁いた。

「探ってみたが反応無しだった

美冬も何か感じたら直ぐに言ってくれ」

そういうと美冬が一息ついて、肩から力を抜いたのを密着した体が教えてくれた。色々考えるにしても、余計な心配を掛けない方法を取った方がいいだろう。夏南は美冬から離れて肩を軽く叩くと、着いて来いと言い廊下を東に向かって小走りに移動を始めた。

廊下は貴族屋敷の名残を色濃く残す造りで、床の中央にはカーペットが敷かれ、その上を進む二人の足音を小さくするのに一役買ってくれた。患者が倒れて怪我をしないように、調度品とそれを飾る収納は殆どなく、部屋がある右手側の壁に時折絵画が掛けられている。左手は中庭へを覗く窓が並び、その全て採光用の薄いカーテンが閉じられていた。

数日前に見た通りの景色だ、走りながら廊下の要所をチェックしているが、侵入口同様罠は仕掛けられていない。後ろを一瞬だけ振り返ると、前方を夏南に任せて周囲に目を光らせながら着いて来る美冬の姿があった。出来た妹だ、正直自分の初陣よりも様になっているのが少し悔しかった。

二人は廊下から正面玄関ロビーに入り、屋敷の東棟へ足を踏み入れた。西側と対称的な造りの廊下、人も罠の気配も無い。美冬が入ったのを見計らってロビーへと続く扉を閉めると、消毒液の匂いは薄まり代わりに少し淀んだ空気が鼻を刺激する。

「美冬、ここからは少し速度を落とすぞ

この先に龍が居る、いや保管されている部屋があるかもしれない」

今度は止まっている美冬に体を寄せて耳打ちする。彼女は頷いて答えてくれた。少し呼吸が乱れているのを、悟られたくはないのだろうが体力が余りないのは、作戦に織り込み済みで警戒させて体力を温存させることもその一部である。

夏南は美冬を伴って移動を開始、その後難なく突き当りの倉庫の前に到着する。鍵は掛かっていたがこれも旧式。夏南のピッキングスキルの前に難なく扉を守る役目を解かれた。

「何の罠もありません

私たち誘い込まれているのではありませんか?」

 ここまで術識使用者や身体強化された人間用の罠が無いことの不審さに、流石に気付いた美冬が背中の向こから声をかけて来た。

「流石は美冬、俺もそう思ってる」

「だったら何故、このままお進みになられるのですか?」

罠と分かって飛び込もうとドアノブを握る夏南の手を、美冬は強く掴んで制止する。

「だからお前を連れて来た

今回は高登域術識者に龍が相手だ、何かあったら今みたいに止めて欲しい」

薄暗い廊下の中、こちらの身を案じる真摯な瞳と視線を合わせると、ドアを開けまいとする美冬の手に空いてる手を重ねた。

「そういうからには、必ず止まってくださいね」

不満げにそういうと美冬は手を引いた。

言う事を守らなかったら怒るよと暗に言いたいのだろうが、頼られてのがうれしいのが口元に表れているぞ、我が妹よ。

夏南は扉を開けると目の前に闇が広がり、今いる廊下以上のカビ臭く淀んだ空気が全身を包み込んだ。彼岸堂の倉庫で馴れているはずの美冬も、思わず鼻を手で押さえる程の悪臭。人の出入りが無い、本当に使われていない部屋なのではないだろうかと大抵の人間なら思うだろう、しかし術識には大気の組成を変更するものがあるので、鼻で判断してはいけない。

夏南は美冬に合図を送ると暗闇の中へと身を滑らせた。


「ひっ……」

「しー、静かに」

 自らが生み出した術識の明かりに照らし出された光景に、悲鳴を上げた美冬の口を夏南の手が覆い声を押さえた。

二人が足を踏み入れた倉庫に窓は無く、扉を閉じれば完全に闇に閉ざされてしまった。美冬に術識で明かりを灯して貰うと、周囲の壁は棚で隙間なく埋まり、その上には幾つもの大型の瓶が所狭しと並んでいた。人体標本だ、ホルマリンに漬けられたそれが術識光に照らし出されると、闇の中から浮かび上がったであった。

 埃っぽい空気の中に僅かにホルマリンの異臭を感じた夏南は予測できていたが、西洋の病院を見たことがない美冬にとって、かなり刺激的な光景だったのだろう。

腕の中で説明を求めるように、こちらを見上げる目が泣きそうになっている。

「医者の教材だろう、イルタはこれを使って勉強したんだろう」

「お、お医者様ってすごいのですね

こんなものを毎日見ているなんて」

美冬の口から手を離す。

お前の体の中にもあるんだぞと意地悪してやろうかと思ったが、ここで泣かれては困るので心の中に留めておいた。

倉庫内は5メルトル四方程度の面積しかなく、その上天井が低く周囲が金属製の棚に囲まれているので、人が2人入るだけでかなり圧迫感を感じる。普段ダイニングに置かれた瓶詰の漢薬を見慣れている美冬をも、怯えさせる人体標本は教本と言ったが人避けの為のフェイクだろう。その証拠に棚には埃がうっすらと積もっているが、近くで見ると瓶の見える表面だけに埃を拭き取った跡が僅かに残っていた。

「ここの下に龍が居るのですか?」

 美冬が背中が汚れるのも気にせず、壁に背中を押し付けながら言った。

「安心しろ、居るとしてもまだ卵だ

いきなり孵化したとしても怖くはないよ」

部屋の中央に置かれた木箱の山を端に寄せながら答える。横目で見た美冬は安心する処か、大きく息を吸い込んだ。極まれに敵の気配を察して逃げてしまう新人がいるが、美冬の反応はそれよりもマシだろう、その証拠に無意識のうちに右手に符を握っている。

箱や資材を片付けカーペットを捲ると埃が舞い、その下から正方形の切れ込みが入った板張りの床と金属製の取っ手が姿を現した、地下への入り口だ。

「美冬、明かりを新しいものへ交換してくれ」

美冬には危険は無いといったが、扉を開けていきなり敵が跳び込んで来る、なんて展開もありえるのだ。狭い倉庫内での戦闘は混乱必須、術識光が途中で消えれば危険である。夏南は腰に佩いた刀の柄に手を触れた、自らの為に打たれ幾つもの戦場を共に駆け抜けた戦友に等しい武器、頼むぞ相棒、今夜はもう一人の命も預けるっことになるんだから。

天井の中心付近を人魂の様に浮かんでいた術識光が一度消え再び灯る、夏南は美冬に向って頷くと取っ手を握ってゆっくりと引いた。

「あっ、この匂いはお屋敷に閉じ込められる前に嗅いだことがあります」

隠し扉を開けるとそこには地下へと続く階段が姿を現したと同時に、中に籠った空気が直ぐに倉庫中に広がった。濃厚な緑の匂い、地下特有のカビ臭さが混じっているが、森や林特有の香りが鼻をくすぐった。懐かしい香りに隠し扉の縁に思わず足を掛けた美冬を片手で制止、もう片方の手で術識光を指さすと階段の先へと降ろすようにジェスチャーした。

創造者である美冬の指先に沿って、術識光が扉の階段の上を滑るように移動すると、奥にある扉の前で止まった。

この先に連続失踪殺人事件の真相ある、夏南と美冬は互いに頷くと、術識光の後を追って階段を降りて行った。

「開けるぞ、美冬

これは龍の餌である龍養咲の匂いだ、つまりこの先は龍の巣だ」

扉の前に立った夏南は、肩越しに振り返り美冬に注意を促す。登り階段の一段目のに立っている美冬が、覚悟は出来ていると頷いて答える。しかし、頭上にある術識光の明かりは先ほどから微妙に輝度が変化しており、彼女の胸の内を雄弁に語っていた。

夏南は目の前の扉に向き直ると、縁が金属で補強された年期の入った木戸の取っ手を掴んだ。ここもまた入り口同様鍵は備え付けられてはいない。夏南は自分の膂力を頼りに一気にドアを引いた。

 今いる階段部分とは比較にならないほどの濃厚な龍養咲の匂いが、二人の鼻腔に襲い掛かった。夏南は堪らず一瞬息を止めてしまい、美冬は着物の袖で顔の下半分を覆ってしまった。普通の人間ならここで中に入ることを躊躇うだろうが二人は龍を狩る一族の人間、階段を降りる際に話し合った手順通り、術識光を部屋の中へと飛ばすとそれを囮に夏南は抜刀して後に続いた。

龍が居た、薄白い術識光の中、テーブルと思しき台の上に小型の龍の姿が見えた。閉所での定石通り最小の動きで愛刀ー水風の切っ先を龍の顔へと叩き込む。その時、術識光が揺らめいて龍と刀の間に不可視の壁があることを訴えた。

「標本なのか?」

水風の切っ先が直径30センチメルトル程の瓶の僅か触れるか触れないかの所で止まる。それはこの上の倉庫に並んでいたホルマリン漬けの瓶と同じ物であった。違うのは埃を被っていないこと、そして中身が人ではなく小さな龍であること。

刀を戻すして部屋の中をぐるりと見まわした夏南は、術識光が捲り上げた闇のベールの向こう側の光景に絶句した。

部屋の至る所に小型の龍が居たのである。

ある龍達は壁の右手の棚に瓶詰めで並んでいる。首と背骨だけの龍、調理された魚のように体の全面を一直線に切られ内臓が取り払われているなど体の一部以上が欠損しているものが殆どで、中には生体実験に使われたのか小型の哺乳類や爬虫類が移植された形で保管されている。

部屋の奥には龍養咲の鉢が並び、部屋の中央には黒い木製のテーブルが4列に置かれている。その上に紙の書類や試験管や用途不明の事件器具が散乱、その中にミイラ化した龍が無造作に置かれている。

最後に左手の壁に目をやる、刀を振る際に一瞬目に入っただけで生理的に拒否したくなったが、ここまで来て避けて通る訳にはいかない。

そこに並んでいるのは人と龍の生体標本だ。

別々に並んでいるのではない、一つの瓶の中で死体を継接ぎして生み出された小説に出てくる怪物のように組み合わされた異形が、幾つもホルマリンの中に漂っているのであった。

全て死んでいるようだ、気配は……あった。

夏南は刀の切っ先を微かに感じた龍の気配へ向けると、ゆっくりと近づく。気配を辿ると、部屋の右手奥にある金属製の大きな箱に行き着いた。龍の気配にしては余りに微弱、気配遮断の術識が使われている気配も感じないので、中にいる龍は小型か生後間もない赤子だろう。

鍵は掛かっていない、夏南は片手で蓋を開けた。

「これが手品の種か」

そこには龍養咲が浸された液体の中で、金具に固定され龍の卵が幾つも並んでいた。殻を通して栄養分を浸透させ、術識による急激な成長に耐える為の下準備である。欧州での龍の卵の密輸に強制的に成長させる為の作業、物証はこれで全て揃った、このまま事件を解決して集まりに報告すれば真偽を問われることはないだろう。

しかし、ここまでするイルタの目的とは一体何なのだろうか?

売買が目的ではないことは、彼女が事件への関与を認めるような行動をしない限り、誰かがここに辿り着くことはなかったかもしれない事実が否定している。

ヒントは彼女の夏南の目の前で龍を喰い、この部屋にある龍と他の生命の継接ぎ死体を合わせると浮かび上がる疑問の答えにあるように思える。

龍と他の生命をかけ合わせて、何を生み出そうとしているのか?

「そろそろ入っても宜しいのでしょうか?」

物思いに耽っていた夏南の耳が、遠慮気味で震える声を拾った。慌てて揺籃期もどきの蓋を閉めると振り返った、入り口の扉がゆっくりと動いている。部屋に入ると同時に美冬に被害が及ばぬよう扉を閉めておいたが、中の様子があまりに静かなので、痺れを切らした美冬が入ってこようとしているのだ。

「待っ……」

慌てて止めようとしたがここは地下室だ、声を張れば反響した声が換気口を通して外に漏れる危険性がある。

部屋の中へと足を踏み入れる美冬、彼女は周囲を見渡すと予想通り恐怖に顔を歪ませ大声を上げた。

「イヤッ……フゴフゴ」

「落ちつけ美冬、みんな死んでる襲ってこない」

夏南は自身の術識拘束を一時開放すると、稲妻のような速さで美冬に駆け寄りその口を塞いだのであった。

「いいな、手を離すぞ、悲鳴は上げないでくれ、いいな、落ち着くんだぞ」

美冬が酸欠気味っぽい赤い顔で首を何度も縦に振るう。その度に術識光が明滅する。美冬を信じていいものか迷ったが、夏南は手を離した。

「し、死んでいるのであれば怖くありません

私は武家の娘ですから、このくらい平気です」

 口では強がっても着物の下の脚が震えているのは丸わかりだぞ、我が妹よ。

「なら術識光を何とかしてくれ」

 はっとする美冬、動揺して術識制御がおろそかになっていたことが相手に筒抜けだったことに気付き顔を赤らめた。

「シィ女史の助手をやっていた美冬の知見を借りたい

一緒にこの部屋を見て回ってくれるか」

いつまでも観客の居ない喜劇を演じている時間はない。美冬は頷くと夏南に体をぴたりとくっつけて、不自然な体制で捜査が始まった。夏南が最初見た通り入り口から見て右から左へ、龍の標本や資料などを確認していく。

「何の実験か見当もつきません、テーブルの上の資料も華国の言葉で書かれたもので、龍の観察日記かもくらしか分かりません」

お役に立てずごめんなさいと、最後に美冬は頭を下げた。

「いや、専門家じゃなきゃ分からないと判断できた、後でシィ女史を連れてこよう」

夏南は恐怖に耐えながら付き合ってくれた美冬を労った。

これから戦うかもしれない龍について何かわかればと思ったが、そこは戦闘中に体を張って引き出すしかない。

夏南は美冬からカメラを借りると、部屋の目ぼしい場所をセルロ製のフィルムに納めた。

「兄さん、これはこのままにして置くのですか?」

写真を撮り終わると、美冬が地下室の左手に並ぶ龍と人の継接ぎ標本を指さして言った。

「これから龍と戦うかもしれない、持って行く訳にはいかない

安心しろ、事件が片付けば集まりの連中が焼いてくれる」

集まりは軍や教会に事件を悟られぬよう、証拠を消す後始末部隊を持っている。彼らと違い人命まで奪う事はしないが、金と脅しで関係者を黙らせる荒っぽい連中だ。集まりの存在を隠蔽し事件に関わってしまった人々を守るには必要な存在だが、夏南はその全てを肯定してはいない。

咎めようにも、住居侵入や化け物と化した人間の始末に手を染めている自分にその資格などない。

 墓もなく荼毘にされて終わり、彼岸堂を出る前に簡単な集まりの説明を受けていた美冬は、不承不承といった様子で頷いた。

「なぜイルタという方は、いえ、人は龍の力を欲しがるのでしょうか?」

何気ない呟きだっただろう、だがその言葉は夏南の胸に深々と突き刺さった。

「きっと、弱いのが嫌なんだろう

カメラを返すから一端部屋の外に出て見張っていてくれ」

用を押し付けて彼女の疑問を軽く流す。

美冬は力を得ようとする里の者達に犠牲にされかけたのだ、目の前の男が自分の為に龍の力に手を出したなど気付かれてはいけない。

「ご、ごめんなさい」

だが、聡い彼女は察したのだろう、カメラを受け取ると地下室から出て行った。

まぁいい、結果的にこれで良かったのだから。

夏南は腰から下げた水風の柄に手を掛けると、地下室奥にある揺籃機もどきの傍まで行き、その蓋を開けた。

生まれる前とは言え龍に変わりはない、ここはロンディニウム、この子たちが人間と衝突せずに生きれる場所は無い。

風水の刃が水平に走る。

揺籃機もどきに満たされた龍養咲の水が赤く染まり、蓋が閉じられると水面に浮かんだ生の名残を残す肉達が、誰にも知られる事無く僅かに痙攣した。

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