第11話

「ご馳走さま

庶民が作ったにしては中々のものでした」

「お褒めに頂いてありがとうございます

余り物でしたが満足されたようで何よりです」

『ハハハ!』

 女二人の何処か剣呑な響きを含んだ笑いが、狭い部屋に響く。美冬は空になった食器を持って台所に消える。振舞った料理を中々と上から目線で評価されて、内心怒っていることは傍目に見ても分かった。

 その様子に夏南とシィは同時に溜息をついた。

 今、彼岸堂の住人全員に来客を加え一同は、台所に併設された小さな食堂にて、朝食を終えたところであった。

「それにしても相変わらず君の悪い部屋ね

良いインテリア業者を紹介するわ、夏南・薬利」

 客人、リリム・フェリムは食堂を囲む棚に置かれた瓶をぐるりと見回した後で口を開いた。

 瓶の中身は薬草からヤモリの干物どころか怪しげな生物が納められている。

 液体浮かぶ眼球がこちらに視線を送って寄越す瓶もあり、どれも食事をする場所に飾るものではない。

 なぜそんな食堂に飾るかというと、シィに言い寄るしつこい男はこの部屋に連れてくると二度と声をかけてこなくなるそうだ。

「その意見の前半は同意するが、この家は生憎俺のものじゃないんで後半部分はどうしようもない」

「諦めてはだめよ

このままではこの家に住む者の美的感覚が、大いに狂ってしまいますわ」

 彼女は、部屋の持ち主が目の前に居ることを知りながら、言葉を選ばず意見を口にした。

「正導教会は古く歴史がある組織だ

この時代の最先端にある都市の薬屋を、理解できないのは仕方ないことだ」

 それを聞いたシィは何時もと変わらぬ感情の読めない顔を屑さなかったが、声は何処か冷たい響きを宿していた。

「リリムさん、いけませんよ

これらはシィ先生の商売道具、つまり人命を助ける物です

見た目が悪いのは私も認めますが、気味悪がってはいけません」

 エプロン姿の美冬が食堂に顔を出した。

 その手には、人数分のカップがほんのりと湯気を立てている。馴れた手つきで食卓に付いている人の前に一つ一つ置いていき、最後に自分も席につく。眠気覚ましのハーブティーの香が部屋に満ちる。

自分の妹とは思えない気の効きよう、これを知れば嫁に欲しいと男が大量に押し寄せるだろう、渡しはしないが。

「それで今日は朝食を食べに来たのかな、それとも何時ぞやのように観光ですか

正導教会の特別派遣僧侶さん」

 夏南は彼女らの会話が喧嘩に発展する前に、自ら本題に切り込んだ。

 彼女がこの店に姿を表すのは珍しくないが、早朝訪ねて来る事は今まで殆どなかった。

 食事中、シィ女史に何やら視線を送っていたことから、教会の職務絡みでシィに助言を求めにきたのだろう。

「私に与えられた任務で、どうしてもシィ先生の助言が必要だから顔を出したの」

「断る!」

 食後のお茶を楽しんでいたシィが、巻き込まれたくはないのか声を上げた。

「怪異にお詳しいシィ先生の知見、腐らせておくには惜しいと思いませんか」

「生憎、私は平穏に暮らすしたい

むやみやたらに己が能力を振るう輩は、この街では破滅するんでな」

 シィは断固として反対するが、リリムは断られても眉ひとつ動かさない。

「俺の大切な人を、あまり危険に晒さないでほしい」

 夏南はシィに加勢する為に口を挟む事にした。

『ぐ、ごほごほ』

シィと美冬の二人が、まるで示し合わせたように飲んでいたお茶でむせると、夏南を軽く睨んだ。

 俺、何か変な事をいったかな?

 シィは顔を赤くして視線を逸らし、美冬はこちらに向ける視線の温度を下げる

「あら、そうだったの

でもね夏南、私は重婚容認派だから安心して」

 リリムは訳の分からない事を口にする。

理由を聞くような雰囲気ではない。

兎に角、話を進めよう。

「裏の仕事なら俺たち部外者に話すのは、まずいんじゃないか?」

 正導教会とは、唯一神ハウアとそれに対する信仰の祖聖キルリアを崇める、北欧を中心に活動する宗教団体である。

 その活動は大きく分けて二つ、神の教え唱え人々を導く数多の活動を行い、その裏で余を乱す邪教の排除、そして神の庇護の外側に住む人外の存在の撲滅である。

 邪教徒の排斥に関しては、数百年前に時の国王と結託して浄化政策を行った過去を反省し、今は寄付金目当ての詐欺宗教の告発に止まっている。

 しかし、人に害をなすとみなした化け物への攻撃の手は緩むことは無く、今もリリムの様に尼僧に紛れ込ませ、このブルタリア島全土で殲滅作戦を行っている。

化け物や邪教が表にでることを良しとしない教会は、証拠隠滅の為なら目撃者の始末も平気で行う危険な一面を持っている。

夏南は教会を良く思ってはいないが、組織と個人は別としてリリムと接し、彼女が知らない教会の一面も教えるようなことはしていない。

リリムはまだ新米、教会の裏の組織とは直接の関係は無い。あくまでも一介の調査員なので、非合法の情報網も利用できない。故に、シィが解決に一役買った人狼事件の事を嗅ぎつけてからというもの、事あるごとに彼女に助言を求めに来ている。

そんな二人の関係を夏南は最初知らなかったが、以前荷物持ち兼案内人としてリリムに偶然雇われた際、彼女が追っていた化け物から逆に襲われたのを助けたのを切っ掛けに、知る事となった。

その後分かったことだが、美冬は既にシィから知らされており、一人仲間外れにされていた事を知り、少し落ち込んだことを憶えている。

今考えると昨日龍に会う以前に、リリムの手によって平穏な日常を送る機会は葬りさられていたのかもしれない。

「シィ先生は、邪教に手を出し人を捨てた者を捕まえるのに尽力された方、言わば教会の協力者よ

部外者どころか、同じ使命を抱く同志よ」

 リリムはキラキラした眼差しをシィに向ける、彼女は鬱陶しそうに新聞を読む振りをして取り合わない。

「何で教会の人間と協力なんてしたんだ」

「あの場で人狼を殺すには、私が本来の姿に戻る必要があった

そんな事をすれば今度は私が化け物として糾弾される、だから教会の人間と一緒になって捕まえるしかなかった」

 夏南の耳打ちに、シィが後悔たっぷりといった声を返して寄越す。

 何があったのか気になるが、シィには心底嫌な思い出のようで今話した以上の事は何一つ語ろうとはしない。

「事件でしたらまず、警察に相談するのが筋ではありませんか」

 美冬が至極全うな意見をリリムに告げる。

「この街の頭の固い警官なんか宛にならないわよ

明らかに狼男が起こした事件を、連続殺人事件と言い張るのに、数百年前に消えた騎士がいつか帰って来るなんてお伽噺を真に受ける哀れな連中よ、話にならないわ」

 リリムが手を振ってこっちから断るとジェスチャーする。

「そうなのですか?」

 外出を殆どせず街の情報に疎い美冬が、夏南に真偽を問う。

 警官と拘束された犯人の罵り合い、些細な事を涙ながらに訴える市民に呆れる受付、そして日々犯罪者と戦い疲弊していく警官。

 夏南のよく知る警察署の風景が脳裏に浮かぶ。

 彼らに化け物を退治する力などなく、ただその疑いがあった場合、上層部を通して軍や正導教会に連絡を送ることしかできない。

 あくまで兆候を察知するだけ、対処はするのは別な組織。避難するリリムも似たようなものである。それを指摘すると、護身用に彼女が持ち歩いている長針で刺してくると思うので口には出さない。

 夏南は美冬に頷いて答える。

「私に協力しろ、というなら何かしら化け物が絡んだ形跡が証拠として残されているはずだ

持参しているのならこの場で広げてくれても構わない」

 シィが唐突に協力すると言い出して、夏南は耳を疑ったが、彼女の顔を見て直ぐにその魂胆が分かった。

 リリムは手ぶらであった。

 多分だが、朝方にこのロンディニウムに到着して宿に荷物を置き、直ぐにこの店に顔を出したのだろう。

 彼女の直線的な性格を考えると、事件に関係あるものなら持ってくるはずである。

「え、あ、その、うう」

 リリムがしどろもどろになり、目に涙を浮かべる。

 やはり何も持って来てはいないようだ。

 このまま待てば、彼女はこのまま帰ってしまうだろう。

 ほっとこう、そう夏南は考えたが涙が一粒、二粒、三粒落ちたのを見てしまうと、体が自然と前に出てがしどろもどろになり、目に涙を浮かべる。

 やはり何も持って来てはいないようだ。

 このまま待てば、彼女はこのまま帰ってしまうだろう。

ほうっておこう、彼女のこれまでのパターンからすると、情報源は噂話で蓋を開ければ誤解でしただろう。

 龍の事もあるリリムの話には乗る余裕はない。

静観を決めた夏南であったが、リリムの目から1粒、2粒と涙が落ちるのを見て、自然と体が前に出てしまう。

「何かあったんだな

前みたいに化け物に襲われたのか、なら俺の助けが必要・・・・・・」

「本当に!

助けてくれるの、ありがとう夏南」

 リリムが泣き顔から一転、底抜けに明るい顔に替わる。

 今一瞬、勝ち誇った顔をしながら舌を出しやがった。

 面倒をやり過ごせるかもしれない状況から一転、引くに引けない状況へと自ら飛び込んでしまった。

「やはり男か」

「ふーん、泣くと助けてくれるんだ」

 美冬とシィは、冷たい視線をこちらに向ける。

この分では助けてくれることはないだろう。

観念して夏南は椅子に座り直した、龍の調査の合間にリリムに付き合えばいいだろう。

「それでね、夏南

最近この街周辺で起きている連続失踪事件の事なんだけど」

『え!』

 リリムが口にした物騒な単語に、この店の住人達は一斉に声をあげた。

 リリムはそんな三人の反応に目を丸くする。

「まさか、あなた達が犯人?」

「どうして、そうなるのですか!」

 美冬が身を乗り出して冤罪をはね除けた。

「どういう事件だ

詳しく話してくれないか」

 夏南が記憶する限り、ここ数日でそんな事件が起きた話に触れた記憶はない。

 事件に飢えているゴシップ誌に刺激に飢えている市民が多く住むこのロンディニウム、リリムの話通りなら当の昔に広まっているはずである。

「この男は兎も角、お二人はご存じですよね」

 改めて確認するリリムだが、美冬とシィは首を振って否定する。

 予想外の反応に顔面蒼白になるリリム。

 彼女は急に立ち上がると、シィが持っていた新聞を引っ手繰った。

「何いってるの!?

この事件は教会でも話題になってる程有名で、新聞にも載ってないわけ・・・・・・うそ」

 リリムは自分が言うことの正しさを証明しようと新聞を捲るが、目を通し終える力なく椅子に腰を下ろした。

「どうして、人が死んでおるのよ」

 項垂れるリリム。

「リリムさん、よかったら話して頂けませんか」

 落ち込むリリムを励ますように美冬は声をかけた。シィは頬杖を付いて、耳だけリリムに向ける。最後に夏南が頷いて聞く意思を表す。

龍の出現と同時期に別な事件が起こったというのだ、無関係とは思えない。

「ありがとう」

 リリムは紅茶を一口飲むと、事の経緯を静かに語り始めた。

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