第54話 間違い

「……」


 あれから、どのぐらいの時が流れたのか。丸一日、戦っていたような気さえするが、そんなには経っていないんだろう。

 息を乱しながら、僕は戦闘の結果を確認する。

「……たおした、のか」

 地面に刻まれた数々の傷、前で輝く緑の炎を、放心しながら見つめていた。

 ごうごうと、めらめらと、人の気も知らずに、調子よく燃えてやがる。くそったれ。

「……く、そ」

 膝を折り、肩を落とす。右手から剣がするりと抜け、固い地面に落ちた。

 ガランと、音が響き。うっとうしいと、思った。

「……」

 全身を襲う、脱力感がある。もう、小指一本すらうごかしたくない。

 口の中に嫌な味が広がっていて、気持ち悪い。途中で、何回か吐いたか。

「……こんな、もんかよ」

 あれだけ頑張って、死にもの狂いで、練兵獣を打倒して。

 達成感なんて、もっと強い感情でふみつぶされた。


 ……こんな苦しみを、もっと味あわないといけないのか。


 想像すると、吐き気がする。

 最後に立ち塞がる壁はきっと、さらなる苦痛と実力を僕達に要求するのだろう。そんなものを、乗り越えられるのか?無理じゃ、ないか。

(……今更、引き返せねぇだろ。怪物を倒さないと、ここから出られない。骨になって、朽ちるのを待つ気かよっ!?)


【あの、骸骨のように?】

 

 ……ありえねぇよ、そんなの。

 そもそも、なんで僕はこんな逃げ腰になってやがるんだ。らしくないだろうが、アホバカ野郎がっ!

「くそっ!!くそッ!!」

 両頬を叩き、へたれやがった心をたたき直す。脱出が目的か?違う。挫けるわけには、行かねぇんだよッ!!


 だが、てめぇは折れかけてたよなぁ。


「……クソがッッ!!うるせェッ!!」

 こんな場所で、こんな中途半端で、折れるわけないだろうが。ああ、そんなことありえねぇんだよ。

 心は、まだ折れてない。

「いけるだろ、まだ」 


 本当にか?実は、もう気付いているんじゃないか。


「――僕には、無理だ」

 咄嗟に自然と、出た言葉。

 それは無意識の産物ではあったが、間違いなく自身の心に在る弱音。真実のもの。当然、心の一欠片に過ぎないが、今はまだそうであるという話。

 

 いずれ、お前は折れて砕けるだろうよ。

 この場所で散っていった、戦士達と同様に。


「……ッ!!」

 歯ぎしりして、自分自身を抑えつける。

 そうなる訳にはいかないと、自身の気持ちを定めようと、必死で踏ん張る。

(……僕は、自信があった。自分なら出来ると、乗り越えられるといった類のだ)

 積み重ねてきた、落ちこぼれの努力。苦しい日々だったが、それを僕はなんとかしてきた。歯を食いしばって、ぶっ倒れても、動けなくなっても、進んできたんだ。

(ゴンザレスに倒されて。その度、立ち上がって。壁はとても大きく、本当に嫌になるほどだが)

 自分を信じてきた。そうすることが、大事だと思っているから。落ちこぼれの自分でも、続けて行けばきっと。と、思いながら。優秀な、周りの奴等を見ていた。その進みの早さを、羨ましそうに。

 ――信じてたんだ。信じるに難き、ポンコツ雑魚野郎ロインを。

 それがどうして、砕けかけてるんだよ。今までは、なんだかんだで大丈夫だっただろうが。頼むぜ本当に、失望させないでくれよロイン。

 これじゃ、信じてたことが無駄だったみたいじゃないか。

(薄っぺらい、嘘じゃないんだ。自分を信じる気持ちは)

 あの時、誓った筈だ。必ず奴にリベンジすると。

 先生に言った。立派な男になって、帰ってくると。

 それらは決して嘘ではなく、真実の気持ちだった筈だ。本当の、想いなんだよ。


 ――こんな簡単に揺らぐ程度の、な?


「――うるッせぇんだよッッ!!!」

 

 地面に、拳を打ち付ける。どうしようもない苛立ちをぶつけるように、強くぶつけた。

「……くそったれ」

 結果は、ただ痛いだけ。

 じんじんとした痛みが、伝わってくる。駄目駄目じゃ、ねぇかっ。

 どんどんと、気持ちが沈んで行っている。今までも、何回か挫折しそうになったときはあったが。本当に、今回はやばそうだ。

「僕は……っ」

 こんな所で、諦めるわけにはいかないのによ。

 ちくしょうが……ァッ!!


「ロインっ、無事かッ!?」


 背後。走る足音。

 聞き慣れた声が、鼓膜を叩く。この場所で共に戦う、戦友のものだ。大切な親友の。

 その筈、なのにな。

 ――鬱陶しいぜ。今は。

「無事かじゃ、ねぇよ……」

 思わず、呟いた。

 元はと言えば、お前がドストーンを抑えておかないから。こんなにも負荷が掛かって、精神が折れかけたんだ。きちんと一体ずつ相手にしていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。ここまで絶望するなんてことは、あり得なかったかもだ。

 分かってんのかよ、てめぇ。

「お、おい?ロイン……」

 右肩に、手の重みが掛かる。

 ジン太は心配そうな声だが、僕は気付いた。

(てめぇは、そういう奴だよな)

 昔から、そういうところはあった。だがなぁ、この状況でそれはまずいだろうが?

「ジン太。ドストーンが一体、こっちに来たんだが」

 僕は、顔だけを後に向けた。

 申し訳なさそうな、ジン太の顔。だが、きっとお前は。

「あ、ああ。やっぱり、こっちに行ったのか」

「……どうしてだ?お前の実力なら、問題ない筈だろ」

 問い詰める僕。自分でも攻撃的になってるのが分かるが、抑えられない。

「……悪い。対処を間違えた。まんまと動きを封じられて、動けなかった」

「お前が、か?ちゃんと対策は、あっただろ」

「あったが。単純に、間違えた。大した理由もない、俺の間抜けさが原因だ……!!本当に、すまなかったッ!!」

 頭を下げ、真髄に謝罪するジン太。其処に偽りなんてない。

(……単純にか)

 別に疑問はない。

 人間なら、ミスをすることはあるさ。僕だって、ヘマをしちまったからな。

(……【僕達】なら、なおさらそうだろう)

 なんでミスをする?何故に、こんな簡単なことで間違えるんだよ?普通、ないだろ。

 自身からか、他者からか。

 評価は下され、どちらであろうと疑問は尽きず。

(答えは簡単。ただ、間違えた)

 気持ちの問題、集中力が足りない、頭が足りない、努力が足りない。大した理由もあれば、下らない理由もある。

 未知の壁どころか、同じ所で間違えたことだって、以前は越えた壁で挫かれることだって。

 ふざけてやがる。が、あるんだ。僕達はよ。

 だから、それだけなら良いんだ。まだ、我慢できるんだが。


「……だけど、凄いよなロイン」

 

 ああ、畜生、ジン太よ。我が友よ。

「あのドストーン二体を」

 僕は、こんなに苦しんでんだぞ。テメェは、なんでそんなに。

「一人で倒すなんて」

 さっきはお前、期待してたよな。僅かだが、それが分かったぜ?

「そんなにボロボロになって、戦い続けたんだろ?」

 伊達に親友やってはいないしな。

 分からなきゃ、良かったかもだが。なあ、ジン太。

「乗り越えるなんて」

 なんで、そんなに。


「――素晴らしい、努力だ」


 ――嬉しそうなんだよッ!?テメェはッッ!!?


「ふざけるんじゃねェッ!!」

 一気に、爆発した。思い切り、叫んだ。

「ッ!?」

 溜まった負債を、ぶつけるように。

「つらいんだよッ!!苦しくて、しかたねぇんだよッ!!どうにも、ならねェんだよッ!!」

 どうしようもない現実を、憎むように。

「もっとッ!!これから、苦しむ破目になるだろうよッッ!!テメェのせいで、この様だッ!!ありがとよッ!!お節介野郎がッ!!」

 大切な、間違えた、友に。

 その顔を、見ながら。

「なのになんでッッ!!テメェは笑ってやがるんだッッ!?」


 間違いだと思う、言葉を。

 ひたすらに、ぶつけ続けた。

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